第269話 vs橙と黄緑
『ちぇっ、結構時間かかっちゃった』
それが制限時間を使い果たした真田アキナの捨て台詞である。
ぎりぎりで無理やりシステムカットせざるを得なくなったスバルは寸でのところでヘルメットを放り捨て、再び操縦桿を強く握りしめた。
「敵機反応は!?」
「ありません!」
助かった。
時間切れを迎える前に鬼――――いや、ビューティフルローズロボが救援に駆けつけてくれたおかげで天動神のビームを食らわずに済む。
「アーガスさん!」
『おお、スバル君。無事で何よりだ』
無線から相変わらずの口調で語りかけてくるパツキンナルシスト薔薇野郎。
最初はあまりの出来事に混乱したが、どうやら本当にこの男が乗っているらしい。
「どうして鬼に? ていうか、ブレイカー動かせたっけ?」
『ビューティフルローズロボ』
譲れない物がるらしい。
妙にトーンの低い名前の確認が行われると、スバルは白けた表情で言い直した。
「ろ、ローズロボはどうしたの」
『うむ! 実はペン蔵氏が修理をしてくれていたらしくてね。ありがたく使わせてもらう事にしたのだ』
鬼ことローズロボは従来のブレイカーとは異なり、パイロットの動きをトレースさせることで動くスーパーロボットだ。
その特性上、旧人類よりも鍛え上げられた新人類の方が上手く動かせる。
ある種、乗せる人選としては妥当ではあった。
「まあ、でも助かったよ。俺たちはサムタックに突入するから、アーガスさんはここを」
「待ってください!」
言いかけた瞬間、後部座席のアウラが声を荒げる。
彼女の声に反応してスバルは振り返り、アキナの意識は呼び覚まされた。
「なに、なにがあったの?」
システムから強制的に排除されたアキナがぼんやりとした頭を抱え、訝しげに視線を向ける。
「サムタックから熱源反応あり。新しいブレイカーが来ます!」
「数は!?」
「1機です!」
ひとつ。
旧人類連合の本山とも言えるこのワシントンに、たった1機のブレイカーを出撃させたというのか。
理解が追いつかないまま、スバルは別の情報を求め出す。
「機種は!?」
「特定不明! データベースには掲載されていない、新型ではないかと」
ここで新型ブレイカーを出撃させる。
まあ、新型を持ってくるのはいいとしよう。
こちらの認識にない機体でも、向こうでは十分テストされた機体の筈だ。
ここに送り込んでくるのであれば、それ相応の機体なのだとは思う。
だが、どうしてこのタイミングで出すのだ。
単純に殲滅させたいのであれば、天動神とガデュウデンと一緒に出撃させればいい。
火力では頼りになっても数の上では不利なことには変わりない。
なのに、なぜこれらが全滅するのを見計らったタイミングで出したのだ。
「!」
思考を回転させるスバルの元に、不意の連絡が届いた。
不快な通信の回線要求音だ。
嫌な予感がする。
アーガスが現われたのとはまた別の、悪い意味での予感だった。
「……なんなんだよ、もう!」
だが、黙っていたところで音が途切れることはない。
放っておけば何時までも鳴り響いているであろうそれの要求に応えてやると、正面スクリーンの右端に小さなウィンドウが表示された。
相手側のカメラに移された黄金の兜が、無言のままこちらを睨んでくる。
「お前は!」
操縦席に収まっているのが不思議に思える巨体。
兜につけられた切り傷。
間違いない。
「姉さんを殺した奴!」
「アイツが!」
アウラとアキナもスバルに続いて敵意を露わにする。
そんな彼女たちを焚き付けるかのように、トゥロスから女の声が響いてきた。
『さっきは彼女に邪魔されたからね。今回は君と同じ土俵に立って勝負してやるよ』
凄まじい上から目線である。
この戦いで負けるなんて微塵も考えてない喋り方だ。
「望むところだこの野郎!」
「さっさとかかってきなさい!」
「ぶっ潰してやるわ!」
溢れ出る闘志を押し留めることもせず吼えるスバル。
後部座席から身を乗り出して犬歯を剥き出しにするアキナ。
同じく後ろから親指を下に突き出すアウラ。
各々の臨界点を超えて怒りは爆発していく。
最早抑える事なんて思考には残っていない。
「アーガスさん、これから出てくるのは俺達がやるからね!」
「いい!? 手出ししたらぶっ殺すからね!」
『あの、私味方なんだけど』
「味方でも譲れない物があるんです!」
そう、譲れないのだ。
カノンはスバルとアウラの為に身体を張り、死んだ。
突き刺された彼女の背中は、鮮明に覚えている。
たぶん、これから何年経っても忘れることはないだろう。
「よし、こい!」
ゆえに、相手から来るのは大歓迎だった。
3人はコックピットの中で意思をひとつにし、金の巨人を迎え撃つ姿勢に入る。
この戦いにはどんな邪魔も入って欲しくなかった。
例えそれが自分たちよりも強い味方だとしても、だ。
『では望み通り、トゥロスにはお前たちを標的としてインプットしておく』
女がそう宣言すると、通信ウィンドウが強制的に閉じられる。
直後、サムタックの頂上に異変が生じた。
金の激流である。
まるで鯨の潮吹きの様に噴き出たそれは、液体の中から勢いよくその姿を見せつけた。
全長、推定20メートル。
両肩に大きな盾のようなアーマーを取り付けた、金色のブレイカーだ。
その頭部にはトゥロスの兜と同じ形状の角が伸びており、どこか動物的な印象を漂わせている。
『気を付けてまえよ!』
アーガスが叫ぶ。
彼もスバル達の事情を知っている身だ。
なんとか仇を取らせてやりたい気持ちはあるゆえ、一旦は彼らの気持ちを尊重する。
しかし、もしも危機に陥るようなことがあればすぐにでも援護をするつもりでいた。
仇を取らせるのと、殺されるのを黙って見ているのでは話が全く違う。
『もし、獄翼で敵わないと判断すれば私も遠慮なく入らせてもらう。それだけは承知しておいてくれ』
「……わかった!」
『良い返事だ。よし、兵士諸君。金色はあの機体に任せて我々はサムタックへの侵攻に移るぞ! くれぐれも警戒と美しさを怠るな!』
言いつつもアーガスは思う。
あの巨大な画鋲のような要塞には先行してエイジとシデンが潜入している筈だ。
王国側は金の鎧を出撃させている。
青の鎧はイルマが引き受けた。
この場にいる残りの鎧は、3体になる。
果たして彼らは鎧と遭遇しているのだろうか。
ゲイザー以外はまだ能力すらわからない超戦士。
見えない敵の姿に緊張しながらも、アーガスは視線を基地全体へと向けていった。
「いよいよもって本格的な戦闘が始まるみてぇだな」
無事にサムタックへと乗り込んだエイジが廊下に設置されている窓から外の様子を眺め、呟く。
「天動神とガデュウデン……だったっけ。あれを出した時は流石に応援に行こうと思ったけど」
「なんとかしてくれたみたいだな。まさか鬼まで出してくるとは予想外だったが」
ともかく、これで旧人類連合とアーガス達がサムタックに攻め入れる準備は出来た。
後は先行している自分たちが上手くやればいい。
とはいえ、ここは敵の本拠地だ。
なるだけ早く来るように依頼した手前、仕事はちゃっちゃと済ませたいところではあるが、どれだけスムーズに行くことやら。
「さっきコラーゲン中佐に確認した情報だと、確認された鎧は青と白と金ぴかとオレンジだったな」
「うん。ボク達の鎧だね」
王国脱走の際に遭遇した3人の鎧。
彼らの正体は自分たちのクローンであることは知っている。
意識するとどうしても友人と姿がダブってしまうが、そんなことを言っている余裕などない。
「もしかすると、今回の鎧はXXXで纏められてるのかもしれねぇな」
知っている鎧の特徴を分析し、エイジは予想する。
聞けば、王国に現れたジェムニはカノンとアウラの鎧だったらしい。
だとすればアトラスやアキナ、エミリアと言った強力な新人類のクローンがいてもおかしくはなかった。
特に反逆者の主要メンバーは大半がXXXということもあり、同様の能力者をぶつけてくる可能性は十分考えられる。
「だとすると、オレンジともう一体は誰になるのかな」
「まだ出てきてないって事を考えると、ヘリオンかアキナ。あるいはアトラスかエミリアか……」
ウィリアムは強力だが戦闘向けではない。
過去に寄生中の鎧などが存在していたが、単純に誰かを操りたいのなら彼が十分役割を果たす。
鎧の存在意義を考えれば、可能性は薄いだろう。
「つっても、確定じゃねぇからな。まだトンデモねぇ新人類はたくさんいるし」
それこそ序列で言えばグスタフやタイラントなんかは筆頭クラスだ。
他にもアーガス、ゼクティスと数えていけばキリがない。
彼らは優れた新人類の能力を複数所持している。
これから出てくるのを想像しただけで頭痛がしてきた。
「まあ、それでもやんなきゃダメなんだがな」
頭痛を振り払うようにぶんぶんと首を振る。
もう後戻りのできないところにいるし、そういう人生を選んだのは自分の意思だ。
だから鎧と戦う事に恐怖を感じることはなかった。
エイジが感じる恐怖は、それとは別の所にある。
「なあ」
「ん?」
「正直、カイトの奴は起きると思うか?」
「……どうだろうね」
真面目な問いなのだが、それを正確に答えられる人物はいない。
寝ている張本人に聞いたところで言葉が返ってくるわけでもないし、病原菌が地球外生命体関連なだけに医者もお手上げだった。
「ただ、早い所決着を付けないと取り返しのつかないことになると思う」
「同意見だ」
ゼッペルとの戦いをモニターで見て、理解した。
星喰いの目玉は神鷹カイトに多大な負荷を与えている。
持ち前の強力な再生能力は機能が衰え、目に見えて疲労の色が濃くなってきている。
ゼッペルが過去最大の強敵だったのは認めるが、怪物揃いの新人類王国で『不死身』とまで言わしめたカイトが死にかけたのはあれが始めてだった。
そして影響は、だんだんと色濃く出てきている。
「俺達でなるべくアイツの負担を減らしてやらないといけないな。最初からそのつもりだけどよ」
「そうだね。その為には」
シデンが廊下の正面に視線を送る。
かつん、と鉄の音が鳴り響いた。
曲がり角からオレンジ色の鎧がゆっくりと姿を現し、兜をこちらに向ける。
「少しでも数を減らしておかないと」
「そうだな。気を付けろよ、アイツが誰なのかすらわかんねぇんだからな」
各々の武器をとり、構える。
敵との距離は約50メートル。
お互いの間に障害物は無く、一直線の距離だ。
飛び道具を使ってくる場合、必然的にシデンが対応を取らざるを得ない。
が、
「……見たまま動いてこねぇぞ」
「なんだろう」
オレンジは全く動く気配を見せない。
腕を突き出す事も無く、ただ立っているだけだ。
まるでこちらを観察するかのように、じっと眺めている。
「なら、こっちから仕掛けてやる!」
エイジがスコップを振りかざし、一歩踏み出す。
直後、オレンジの鎧が素早く腕を突き出した。
天井から黒い波が出現し、エイジたちの頭上に漂い始める。
次の瞬間、身体にずしん、と重さを受け取った。
「がっ」
「あうっ」
視界に見えない一撃を受け、シデンとエイジが怯む。
それがグスタフの得意とする超重力の影響であることはすぐに理解できた。
ただ、威力は殆どないに等しい。
「なんのつもりだ、こいつ」
グスタフのクローンなのかと考えたが、それにしては威力が低い。
彼の能力なら、ちゃんと手をかざすだけでも骨を折るくらいの事は出来る筈だ。
なのに、なぜこんな足止めのような真似をする。
「エイちゃん!」
その疑問はすぐに理解できた。
背後からシデンが慌てながらも叫ぶ。
「後ろ!」
「!?」
素早く振り返る。
音もなく、気配もなく。
勘付かれることもないまま、御柳エイジの影の中から黄緑の鎧が姿を現していた。
背中からはカラスのような黒い羽が伸び、自分を覆い尽くしていく。
否、エイジだけではない。
こちらに向かって猛ダッシュを始めたオレンジが、その勢いのまま飛び込んできた。
「おい、ふざけんな」
これは前に受けたことがある。
ヒメヅルに現われたペルゼニアの側近の能力だ。
あの羽に飲まれたらどうなるのか、エイジは嫌という程知っている。
黒い羽がパスケィドとエイジを包み、瞬間的に黒いドームを作り出す。
それは1秒もしない内に消え去ってしまったのだが、後に残されたシデンはその場に何も残っていないのを見て愕然とするだけだった。
最悪な形で分断されてしまったのだ。
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