第271話 vs御柳エイジ ~欠片編~

 身体を鍛えようと思ったきっかけは、友達に無茶をする奴がいたからだ。

 彼は自分と同い年なのだが、年頃の少年とは思えない程自分の命を軽んじている。

 そういう人間は新人類王国では珍しくなかったが、神鷹カイトは特にその傾向が強い少年だった。

 超再生能力。

 映像作品の巻き戻しをそのまま見てるかのように傷が再生していく異能の力。

 そんな能力を生まれ持った為か、彼は自分の身を擦り減らすのになんの躊躇いも持たなかった。

 だが、その様子は余りに痛々しい。

 なまじ傷は再生しても痛みは本物なのだ。

 無茶な人体実験や訓練をする度に悲鳴を上げる彼の姿を見ていられなかった。

 結果、御柳エイジは鍛えることを心に決めた。

 守られているばかりの自分の立場を恥じ、何時か真の意味で彼と対等な立場で、胸を張って遊ぼうと決めたのだ。

 それから17年。

 23歳になった御柳エイジは、友人を守る為に鍛えた己を強く称賛していた。

 いやはや、鍛えておくというのは便利な物だ。

 相手が一撃で致命傷を与える奴でもまだ立ち上がることができる。


「く、くく」


 込み上げる笑いを堪えることができない。

 やばい、嬉しい。

 嬉しすぎるぞ。

 今、自分が殺されるかもしれない絶体絶命なこの状況。

 逆に言えば、自分が突破させなければ17年間鍛え続けた甲斐があったというものだ。

 リオールとパスケィドはなんとしてでもここで倒しておかなければならない鎧である。

 方や単純戦力トップクラスのハイブリッド。

 方や封印術と奇襲性に優れた初見殺しのハイブリッドだ。

 どちらも仲間たちと戦わせたいと思わない。

 たぶん、鎧の中でも特に凶悪なのではないか。

 少なくとも、王国から脱走する際に戦った3人組とファッキン連呼マンよりも強敵に思える。

 あのふたりは自分を生きて逃さないためにこの空間に連れ込んだに違いない。

 しかし、そうはさせるものか。


「逃がすかよ」


 虚ろな目でエイジが一歩、また一歩と進みだす。

 身体中ボロボロで、満身創痍の状態なのに戦う意思は衰えない。

 それどころか、どんどん増してきている。


「ここでお前らふたり、始末してやる」


 あいつらをこの封印世界から出すわけにはいかない。

 外にはシデンがいる。

 スバルやアウラ、アーガスもいる。

 貸しを作りっぱなしの神鷹カイトもいる。

 あのふたりは彼らの脅威になる鎧だ。

 だから、なんとしてでもここで倒す。


『……不愉快だな』


 エイジの主張を聞き、ノアは苛立った口調で鎧に命じた。


『殺せ。どんな手段を使っても構わん。フルパワーで殺しにかかれ!』


 目障りだった。

 指でつつけばそのままノックダウンしそうな傷を負いつつも、何時までもふてぶてしく笑っているその態度が。

 勝つ算段もありはしない癖に。

 まったく、理解ができない。


『エリーゼ、君の拾い物は本当に不愉快なのが多いな!』


 今はもういない大学時代の同級生への手向けにしてやろう。

 寂しくないように、当時の部下を全員同じ場所へ送ってやる。

 アイツはその第二号だ。

 明確な殺意を受け取り、リオールが構えをとった。

 足をやられたパスケィドは即座にリールの背後へと回り、あっと言う間に床の中へと溶け込んでしまう。

 リオールの身体が光に包まれていく。

 青白い、破壊の力を纏ったエネルギー波だ。

 若干距離の離れたエイジにも、その威力はひしひしと伝わってくる。

 タイラントお得意の格闘戦だ。

 オリジナルはあれを纏う事で無敵の格闘戦に持ち込むことができる。

 身体に纏った光に触れただけで骨は砕かれ、皮膚が破裂してしまう。

 エイジはあれを何度か受けたことがある。

 今度こそ受け切れるのかと問われれば、自信はない。

 既に満身創痍。

 破壊のドレス抜きでも、拳を受ければそのままノックダウンされてしまうだろう。

 ゆえに、エイジは残された力を振り絞って走り出した。

 一歩を踏み込むごとに、身体に重りが集っていく。

 進めば進むたびに、自分の中から大切な何かが抜け落ちていくかのような気怠さを感じた。

 ジグソーパズルみたいだ、とエイジは思う。

 エイジを構築している欠片が、一歩を踏み込むごとに砕けていっている。

 たぶん、もう後戻りできないところまできているんだろう。

 だが、それがなんだ。

 アキハバラで命の恩人と再会した時、覚悟を決めた筈だろう。

 簡単に生きて帰ってこれるような戦いじゃないって、理解していた筈だろう。

 だから恐れるな。

 自分が砕けるのを。

 今の己が恐れるのは、自分の後ろにいるアイツらが砕ける事だけだ。

 手を伸ばせ。

 望みを叶える為に全力で足掻け。

 自分が怪我人だなんて言い訳にもならないぞ。

 ここにはお前しかいないのだ。


「俺がやる」


 そう、俺だ。

 俺がなんとかするんだ。

 小さい時、澄ました顔の親友が死に物狂いで耐えてきたように。

 あの臆病だった後輩が、命を賭けて大切な物を守りきったように。


「とどけぇ!」


 気付けば叫んでいた。

 正面から迫るリオール。

 振りかぶった拳から光の水飛沫が飛び散り、エイジの肌を焦がしていく。

 拳が突き出された。

 エイジは重心を下げ、スライディング。

 勢いをつけて足から滑り込み、リオールの足の中をくぐりぬける。

 その先にあるのは、弾かれたスコップ。


「コイツが欲しかったんだ!」


 柄を掴み、笑みの濃さを強める。

 アルマガニウム製のそれはリオールの放つ破壊の光を弾き飛ばす万能な代物だ。

 リオールが早い段階でこれを重力で飛ばしたのは防がれるのを恐れての事だろう。

 当然、再び手に取ったことで相手は警戒を強めてくる。

 寧ろ、既に手を討たれているのは承知の上だ。


「わかってるんだよ」


 柄を握りしめた直後、床から勢いよく黒い凹凸物が飛び出してきた。

 暗い空間の中で迫るそれは目視しづらい為、突然出現したら簡単には避けられない。

 パスケィドによる羽攻撃だ。

 影で覆われた床は今やパスケィドにとってはプールも同然である。

 暗闇であれば、黄緑の鎧はどこからでも羽を飛ばして攻撃することができた。

 

「卑怯者がやりそうなことくらい、簡単にわかるぜ!」


 ゆえに、エイジにとっては驚きでもなんでもなかった。

 既に足をへし折ってやった手前、相手が勝算も無く馬鹿正直に突撃してくるとは思っていない。

 特にパスケィドのような背後からの奇襲を得意としているタイプなら尚更だ。

 顔面を貫かんばかりの勢いで迫る黒い羽を掴みとり、引っ張り出す。

 本来ならこの羽は触れた瞬間に封印されてしまうのだが、ここはその封印空間の中だ。

 今更怖がることなんかない。


「どおりゃ!」


 リオールが振り返るのとパスケィドが影の中から引き抜かれたのはほぼ同時だった。

 橙の鎧が再度腕に光を充満させ、エイジに向けて突き出していく。

 エイジはパスケィドの顔面を掴むと、それをリオールの前へと出しだした。

 押し出された破壊の光がパスケィドの身体に噛みつき、鎧を砕く。


「――――!」


 絶叫。

 黄緑の鎧が砕け、中からゼクティスによく似た女性の姿が剥き出しになる。

 エイジはその背に蹴りを入れると、再びスコップを構えて刃先をリオールへと向けた。

 この一撃だ。

 パスケィドが致命傷を受けた手前、この封印空間はそう長くない内に解除されるだろう。

 だが、この鎧をそのまま解放するわけにはいかない。

 こいつは野放しにしていたら危険な鎧だ。

 ここで絶対に倒す。

 己を構成する欠片が吹き飛ぼうが関係ない。

 パズルの欠片なんて、基盤さえあればいくらでも組み立てることができるのだから。


『リオール!』

「勝負だアホンダラ!」


 パスケィドが力なく項垂れ、エイジとリオールの影が交差する。

 橙の鎧から眩い光が解き放たれ、エイジを包み込んでいった。

 暖かな光だ。

 乱暴だけども、もう痛みをまともに感じないくらいにボロボロな身体だと、なんとなく安らぎすら感じてしまう。

 飲み込まれてはならない輝きなのに。


「おおおおおおおおおおお!」


 リオールが吼え、拳を突き出した。

 前後から重力の壁が発生し、エイジの身体を力任せに押さえつけにかかる。

 向こうもこちらを逃すつもりなどさらさらないらしい。


「……そういえば」


 光がエイジの肌を撫でた。

 同時に彼は突拍子もなく、ひとつの事実を思い出す。


「あの野郎、まだ俺の作ったカツ丼食ってないな」


 僅かに肩をすくめる。

 封印世界が破壊の光で満たされていった。









「……ボス?」


 イルマ・クリムゾンがカイトの起床に気付いたのは、彼がベットの中から起き上がってから少ししてからの事だった。

 僅か数秒の遅れだが、自分が起床の気配すら読み取れなかった事実にショックを覚える。

 驚きを隠せない表情のまま、イルマはカイトの元へと駆けつけた。


「イルマ、か」

「はい、ボス」

「俺はどのくらい寝ていたんだ?」

「大凡48時間ほどです」


 殆ど2日間。

 その事実に直面し、カイトは自らの睡眠時間の多さに呆れてしまう。


「状況は」

「良いとはいえません。王国が攻めてきました」


 淡々とした報告だった。

 だが、事実を教えてくれるならなんでもいい。

 それを聞き届けたうえで、どう行動するかを決めればいい話だ。


「詳しい話は移動しながらしましょう。その方が時間の効率もいい筈です」

「わかった、そうしてくれ」

「はい。それと、ボス」


 言うべきか言わないべきか。

 珍しく困ったような表情をするイルマだったが、意を決してカイトに質問を投げかけた。


「どうして泣いておられるのですか?」

「なに」


 言われ、カイトは目元を拭う。

 拭った袖に染みが出来上がった。

 どうやら自分は寝ながら泣いていたらしい。

 どんな器用な真似をしているのかと怪訝な表情になるが、すぐさまひとりの友人の表情が脳裏に浮かんだ。


「エイジ」

「え?」


 突拍子もなく出てきた名前に、イルマが驚いたように振り返った。


「エイジ様がどうなされました?」

「……いや」


 自分でもどうしてその名前が出てきたのかはわからない。

 特に何か意図して出てきた名前ではなかった。

 だが不思議な事に、胸が妙に痛む。

 その痛みを意識すると、自然とエイジの笑顔が頭に浮かんできた。


「時間がないんだったな、急ごう」

「了解、ボス」


 今は考えても答えがでるとは思えない。

 それゆえ、カイトは思考を一旦追い出した。

 きっと今頃、あの友人たちが必死になって耐えている頃だ。

 早く追いついて、王国の報復を振り払わなければならない。

 その時は、そうだな。

 アイツにカツ丼でも御馳走になろう。

 なんだかんだでまだ一度も口に入れていないことを思いだし、カイトは微笑みながらもゲストルームから出ていった。

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