第250話 vsゼッペル・アウルノート ~未来に幸あれ編~

「貴様、何しに来た!」

「そういきり立つ事もあるまい。私とあなたの勝負は既に決した」

「状況を考えろ!」


 神鷹カイト、23歳。

 嘗てないマジツッコミである。

 前方をウィリアムとSYSTEM Z。

 後方をエクシィズに塞がれ、横にゼッペルの襲来なのだ。

 ただでさえ余裕がないのが、更になくなってくる。


「ゼッペル、何の用だ」


 もっとも、彼の訪問はウィリアムも予想していなかった。

 驚きを隠せないウィリアムの問いに対し、ゼッペルは静かに答えた。


「未来を掴みに」

「……なんだ、ロマンチストになったのか?」

「失礼な。私は大まじめだ」


 茶化されたと思ったのかもしれない。

 少々むっとした表情を見せると、ゼッペルは周囲の状況を軽く確認する。


「なるほど、あまり芳しくないようだ」

「俺の味方をする気か?」


 何時爆発してもおかしくないSYSTEM Z。

 そしてデストロイ・フィンガーを近づけてくるエクシィズ。

 傍から見れば絶体絶命な状況だ。

 こんなところに好き好んでやってきたのであれば、物好きだと評するしかない。


「あなたに負けてから、少し考えてみた」


 少し。

 本当にほんの少しだけの時間だ。

 多分、時間に換算すれば10分も考えていない。


「本当の強者とは、何を指すのか」

「おい、お前それをここで報告する気か?」


 別に報告するのは構わないが、もうちょっと時と場合を考えてほしい。

 見れば、ウィリアムも呆れかえったような微妙な表情をしていた。

 だが、彼らの意思とは裏腹に、最強の兵はマイペースに続けていく。

 意外と人の話を聞かない男だった。


「多分、本当に強い人間は未来を求めてるんだと思う」


 自分が持ってなくて、カイトが持っていた物。

 負けた後、深く考えてみた結果、きっとこれだけが差だったのだとゼッペルは結論付けた。


「私は未来を求めていなかった。空っぽの自分を満たす為に、今しか見ることができない」

「おい、来てるぞ!」


 真後ろからエクシィズのデストロイ・フィンガーが炸裂する。

 破壊の色を纏った手刀がゼッペルに迫るが、しかし。

 その手が押し込まれることは無かった。


「そうだろう、少年」


 エクシィズの右手をクリスタルで固めた後、ゼッペルは静かに見上げる。


「今は話が通じないだろうが、君にはよく謝っておかねばなるまい。私は君の内面を見ず、外面にしか目を向けることができなかった」


 自分が認めた男は言った。

 一番強い奴は、スバル少年だと。

 どういう意味なのか理解に苦しんだ。

 だが、それも実際にぶつかってみないとわからない。

 ゼッペルはぶつかるよりも前に、少年を品定めしてしまった。


「君の戦績は聞いている。ただの旧人類の少年と片付けるには、いささか目立ちすぎる」


 新人類軍の追手を退け、初代新生物に立ち向かい、星喰い殲滅作戦に参加し、王国から見事脱走してみせ、更には王女ペルゼニアを撃破。

 旧人類連合に所属しているパイロットだったら、今頃英雄扱いだ。


「だが、それもきっと未来を望んでのことだ」


 ゼッペル・アウルノートから見た蛍石スバルの第一印象は、贅肉の塊だ。

 その印象は変えるつもりはないし、間違ってるとも思わない。

 だが、内に秘めた物がどれほどなのかを図り損ねてしまった。


「本当の強者は未来を求める。君や、彼のように。そして他人の未来すらも」


 それが真の強者たる条件だ。

 ゼッペルはそう結論付け、ここに来た。


「ならば私も、未来を求める!」


 右手をエクシィズにかざしたまま、左手を動かし始める。

 素早く水晶の剣を生成すると、ウィリアムの手を切断。

 そのままカイトを弾き飛ばすようにして回し蹴りを放つと、剣をウィリアムの腹部へと突き立てた。


「ぐあっ!」

「おぐ!」


 蹴りによって弾き飛ばされるカイト。

 剣に串刺しにされ、悶えるウィリアム。


「おおおっ!」


 だが、ゼッペルは彼らの安否を考えるよりも前に、更なる行動に移っていた。

 逆手で剣を持ち直すと、力任せにウィリアムの身体をSYSTEM Zへと叩きつける。

 ばちばちと音を立てながらも、円柱の機械が再び輝き始めた。


「な、なにを……」

「ゼッペル・アウルノート!」


 光に接触したウィリアムの身体が発光しはじめる。

 彼が弱々しく問うと同時、起き上がったカイトが叫んだ。


「何をする気だ!?」

「この状況、私が食い止める」


 あっさりと紡がれた言葉に、カイトは声を出すことができない。

 ワシントン基地そのものを消し飛ばす爆弾マシンと、ブレイカー業界でトップの出力を誇るマシンを両方とも受け止めると言っているのだ。

 正気の沙汰ではない。


「いずれにせよ、剣は既にSYSTEMを貫いた。爆発は時間の問題だ」


 激しく回転するSYSTEM Zを、クリスタルが覆い尽くしていく。

 水晶の大樹は天まで伸びていくと、強固な檻となって中の爆弾を幽閉した。

 同時に、周辺で待機している旧人類軍の兵達を庇うようにして水晶が伸びる。


「その威力、どちらも受け止めて見せる」

「よせ! どちらかなら兎も角、両方を一緒に防ごうとすれば、いかにお前でも――――」

「イルマ・クリムゾン!」


 抗議するカイトを余所に、ゼッペルが少女の名を呼ぶ。

 名を呼ばれたと同時、イルマはカイトの横へと出現した。


「はい」

「今言った通りだ。彼の治療と、避難を頼む」

「……了解しました」


 一瞬、イルマが目を伏せる。

 どこか物寂しげなそれを見ると、ゼッペルは無理やりはにかんでみせた。


「そんな顔をするな。私は嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「ああ。ようやく、自分の才能を活かす時がきた。喜んでこの力を振るう瞬間を、ずっと望んできた」


 塞がった両手を見て、ゼッペルは笑う。

 右手はエクシィズを。

 左手はSYSTEM Zの爆発を耐える為に差し出した。

 後は身体が耐えてくれることを祈るのみだ。


「無駄だ」


 そんなゼッペルに声をかけたのはウィリアムだ。

 彼は刺し貫かれ、クリスタルに閉じ込められながらも主張する。


「いかにお前でも、エクシィズと爆発の両方を抑え込むなど、人間ができることではない」

「できないことをやってのけなければ、最強の兵とは言えまい」

「あくまで反抗するつもりか」

「私は、あなたの為に生きているんじゃない」


 睨み、ゼッペルは悩むことなく宣言する。


「ここにいる全員の未来。あなたに渡さない」

「なら、潰れて消え失せろ! スバル君!」


 命じられ、エクシィズのカメラアイが光った。

 飛行ユニットから噴出される光の翼はさらに勢いを増し、4枚から6枚へと増えていく。


「ぐっ――――!」


 強烈な押し込みが始まったのは目に見えて明らかだった。

 直立不動だったゼッペルの足が僅かに屈み、ふんばっているのだ。


「ゼッペル!」

「心配無用!」


 反射的にカイトが声をかける。

 だが、ゼッペルははにかんだまま答えるだけだ。


「彼の未来も、渡さない!」


 右手を捻ると同時、エクシィズの腕に纏わりついてた水晶が唸りをあげた。

 ぐるぐると捻じれたそれはエクシィズの関節に入り込むと、そのまま力任せに締め上げる。


「ぬおおおおおおおおおお!」


 エクシィズの右手が大破した。

 僅かに後退するものの、途中で空中停止。

 体勢を整えると、今度は左手のデストロイ・フィンガーを起動させた。


「行け、イルマ・クリムゾン! 彼を……彼らを、頼む!」

「……許してください」


 顔を伏せると、イルマはカイトの肩を掴む。

 一瞬でその姿を変化させると、カイトが抗議し始めた。


「待て、どうするつもりだ!?」

「皆さんを回収します。その後、治療に当たるつもりです」

「奴はどうなる!?」

「先程、彼自身が説明した通りです」


 爆発とエクシィズのふたつとぶつかり、耐える。

 言わんとしていることはわかる。

 だが、それがあまりに非現実なのは疑いようがない。

 先のエクシィズの一撃をクリスタルで受け止めても、出力をあげたらバランスを崩す始末だ。

 どう考えてもゼッペルだけでは足りない。

 同じ能力を使える人間がもうひとり必要だ。


「なぜ加勢にいかない。お前なら――――」


 言いかけたところで気付く。

 イルマ・クリムゾンは新人類に変身することができても、肉体強度は本人のそれが残ったままなのだ。

 簡単に腕を怪我したタイラントの姿を思い出しつつ、カイトは項垂れる。


「……ご察しの通り、私では彼の能力をコピーできても、耐えきれず押し潰されるのがオチです」


 イルマ自身もそれを認めている。

 この作業はエクシィズの猛攻と爆発の威力を抑え込むだけの頑丈さが必要だった。

 クリスタルで威力を閉じ込めても、中のエネルギーを抑え込むには本人の馬力が求められる。

 先程ゼッペルが足腰に物を言わせてエクシィズの突撃を耐えたのがいい例だった。


「そう悲観的になる事はあるまい。どちらにせよ、誰かがやらなければならないのだ」


 SYSTEM Zなんて物騒な代物、破壊するに限る。

 だが、破壊する時に膨大な威力を携えた爆発が起きるのなら、相応の場所か人材が必要だ。

 場所は動かすことができない。

 それなら、適切な人材をもって爆弾処理をすればいい。


「それに、耐えきる当てはある」

「……任せてもいいんだな?」

「私の実力を信じてもらえるのなら」

「それを言われたら首を縦に振るしかないだろう」


 ゼッペルの実力は嫌という程知っている。

 身を持って思い知らされたのだ。

 それを信頼できないということは、自分があの戦いで得た物を全て否定することに繋がる。


「すまない。頼めるか」


 ゼッペルとイルマ。

 両方に向けられた言葉に対し、両者は無言で頷く。

 イルマは変身を終えると、改めてカイトの肩に手を置いてテレポートを開始する。

 その場にいたふたりの影が消え去り、後にはゼッペルだけが残された。


「スバル君、何をしている! ゼッペルを殺せ!」


 ウィリアムが訴えると同時、彼の姿は光に飲み込まれて消えた。

 最後に残された命令を聞き届け、エクシィズは出力を更にアップ。


「ぐっ……!?」


 飛行ユニットから吹き荒れる旋風がゼッペルの頬を打つ。

 見れば、背中の6枚翼は8枚翼にまで成長していた。


「フルパワーで来る気か」


 ブレイカーは全身から噴出されるアルマガ二ウムのオーラの量によって出力が判ると言われている。

 それを踏まえれば、エクシィズの出力がどれだけ常識を逸脱しているかわかるだろう。

 ブレイカーの知識はそこまで豊富ではないが、ゼッペルもひしひしと感じている。

 だが、それでも耐えなければならなかった。

 ウィリアムが消えたが、スバルの洗脳は解ける気配を見せない。

 しばしのタイムラグがあるのかは知らないが、彼の洗脳が解けるまでは抑え込んでおく必要があった。

 もしもエクシィズの侵攻を1センチでも許せば、そこでこのワシントン基地が消滅する。

 残された兵。

 集められたエキスパート達。

 そしてスバル少年。

 彼らを巻き添えにし、未来を潰すのは忍びない。


「早速、当てが外れたか」


 ウィリアムが消滅することでスバルの洗脳が解ければ、まだ集中できると考えていたのだが、甘かった。

 しかし、泣き言を言う暇はありはしない。

 エクシィズが右手を復元させていく。

 引き千切られたコードが復元し、装甲が液体のように伸びて、指の先まで再生した。


「なんとも、まあ」


 機械にしては妙に器用な能力だ。

 誰か新人類を乗せているのかは知らないが、かなり力を込めて作られたブレイカーなのだと伺える。

 そんなブレイカーが両手を構え、突撃してきた。


「やらせん!」


 エクシィズの手前に水晶の壁が立ち塞がる。

 ブレイカーを完全に覆う程の、巨大な壁だ。

 壁とデストロイ・フィンガーの指先が接触する。


「うお!?」


 ひびが入った。

 薄く、それでいて強固な水晶の壁に生じた亀裂を見て、ゼッペルは右手に更なる力を込める。

 だが、一度貫通した光の指は容赦なく水晶を砕いていき、壁に穴をあけていく。


「ならば!」


 壁が通用しないなら、束縛するまで。

 壁に穴をあけようとするエクシィズは、その間動きが止まっている。

 その隙を見計らい、背後から巨大な鎖を生成して跳びつかせる。

 野犬が噛みつくようにして、鎖がエクシィズの肢体に絡みつく。

 そのまま大地に叩きつけようと手を振るが、


「ううっ……!」


 強烈な抵抗感がゼッペルの手を押し退けようとしている。

 鎖に繋がれ、壁に拒まれても尚、エクシィズは羽ばたき続けていた。

 それだけではない。

 デストロイ・フィンガーの破壊の余波が、鎖にも飛び散ってきたのだ。

 まるで水飛沫のように飛び散るそれは、水晶に触れた瞬間に粉砕していく。


 なんという破壊力だ。


 エクシィズのパワーを目の当たりにし、ゼッペルは唸らずにはいられない。

 いかに人対ブレイカーとはいえ、決して負けるつもりなどなかった。

 寧ろ、ブレイカーだろうが生身で破壊できると考えていたほどである。

 実際、ゼッペルはそういった経験があった。

 だが、あれは明らかにその辺のブレイカーのパワーを凌駕していた。

 精々鬼と同様かと思っていたが、とんでもない。

 内蔵兵器と出力に関して言えば、明らかに向こうが上だ。


「くっ!?」


 今にも押し返されそうな右手だが、今度は左手も震えはじめた。

 目尻で背後の状況を確認する。

 水晶の大樹の中で、遂にSYSTEM Zが爆破したのだ。

 閉じ込められた破壊力がクリスタルを揺らし、ゼッペルの身に衝撃を与えていく。


「ううううっ!」


 前方と後方から壁が迫ってくるような気分だ。

 しかも、前方の方は今にも突破せんばかりの勢いがある。

 ここで左手が加勢できればまだ違うのだろうが、爆発が治まるまでは戦力を分散せざるをえない。

 それに、ここにいるのはゼッペルだけではないのだ。

 ウィリアムに洗脳されたままの旧人類連合の兵達が、危なげな足でふらついている。


「彼らの未来を、君に奪わせるわけにはいかない!」


 そういう大切さは、きっと誰よりもあのエクシィズの中にいる少年が知っている筈だ。

 だから、奪わせてはいけない。


「そして、君の未来も渡さない!」


 背後の破壊力が水晶の大樹に亀裂を生む。

 押し上げられた左手を庇うようにして膝をつくと、ゼッペルは冷や汗を流す。


「そして、私の未来も……」


 未来。

 良い言葉だ。

 口にして、ゼッペルはそう思う。

 当然のように迎える明日に、いったいどんな未来が待っているのだろうか。

 自分を変えてしまうような凄い事が、きっとある。

 今日がそうだったのだ。

 ウィリアムはロマンチストなどと鼻で笑ったが、ロマンを抱いてはならないと誰が決めた。

 いいじゃないか。

 馬鹿みたいな希望を抱いても。


「まだ、私たちには素敵な出会いが沢山ある!」


 自分に、そして周囲の洗脳された人間たちに言い聞かせる。


「辛いことも、嫌なこともあるに違いない。私の人生も23年間退屈だった!」


 それでも、この日に気付けた素敵なロマンがある。

 ウェルカム未来。

 グッバイ退屈な日々。


「この手でなんでもできるかと思ったが、星まで掴むことはできなかった……」


 血管が千切れ、皮膚から噴水のように血が飛び散る。

 だが、ゼッペルは悲鳴をあげることなく続けた。


「できないと気づいた時、まだできることがあるんだと知れた。私ひとりが出来ることなど、たかが知れている」


 見ろ、威勢よく飛び出したのはいいが当てが外れて今にも押し潰されそうじゃないか。

 しかし、それでも――――


「それでも、退屈な日々を過ごした私にできることがある!」


 身を翻し、右手を一時的にSYSTEM側へと向けた。

 エクシィズを拒んでいたクリスタルが木端微塵に砕け散り、デストロイ・フィンガーの魔の手がゼッペルに迫る。


「少年、私の声が聞こえるか!?」


 亀裂が入っていた水晶の大樹が瞬時に復元された瞬間、ゼッペルは再び右手を構える。

 今度の狙いはエクシィズの関節部だ。


「私の未来が潰えるのであれば、それは君の責任ではない。例え引き金を引いたのは君でも、引かせたのはウィリアムだ」


 水晶の圧力に押し潰され、エクシィズの両腕が切断された。

 デストロイ・フィンガーの光が消え、床に落ちる。


「もしも」


 後方の爆発エネルギーによる抵抗力が、徐々に弱まっていくのを感じる。

 自身の力が抜けていくのを感じながらも、ゼッペルは静かに語った。


「もしも最後まで私が無事でいられたら、少年。君に、オセロ辺りで挑ませてくれ」


 崩れ落ちるエクシィズの頭部が音を立てる。

 セットされたエネルギー機関銃が、一斉に射出された。

 虚ろな目で右手を見る。

 血塗れになったそれは、自分の意思で動けなくなるほどにボロボロだった。


「そうか。残念だ」


 またフラれてしまった。

 薄れゆく意識の中で、ゼッペルはただ思う。


 君たちの未来に幸あれ、と。

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