第251話 vs残骸

「う、うう……」

 

 重い瞼を開け、スバルは目を擦る。

 かなり長い間眠っていたのだろうか。

 妙に体がだるいし、疲れを感じてしまう。

 意識をはっきりと取り戻した後、スバルは己を取り囲む異変に気付いた。

 コックピットの中にいたのだ。

 慣れ親しんだ獄翼やダークストーカーのとは違うシートの感触に、少し形の違う操縦桿。


「いづ……!?」


 そして何よりも注目すべきは自身の足が血塗れになっている事だ。

 少し足を動かそうとすれば激痛が走り、まともに動かすことができない。

 立ち上がることすらも困難な状態だった。

 スバルの記憶の中にこんな怪我などない。

 何時できた怪我なのかと思考している内に気づく。


「なんだこれ」


 モニターから覗き込んだ周囲の惨状だ。

 砕け散った巨大水晶は、傷だらけのスバルの目にはやけに輝かしく見える。

 だが、その水晶は見覚えのある物だった。


 ゼッペル・アウルノート。


 嘗て、緑の国トラセットで新人類王国を蹂躙した男の能力だ。

 巨大で、部屋全体を雪のように覆い尽くしている超常現象を発現させたのは、きっと彼なのだろう。

 問題は、自分がどうしてここにいるのか。

 そして今の状況はどうなっているのか、だ。

 水晶が伸びているのであれば、きっとゼッペルも近くにいる筈である。

 彼と話が出来れば状況はわかるかもしれないが、記憶が途切れる前のやりとりを思い出すとそれも難しそうだった。

 ゼッペルは自分を完全に見下している。

 これまで出会ってきた新人類王国のエリートのように、彼も格下の相手を見下す傾向があった。

 そういった相手と協力するのは、実は結構難しい。

 まだバトルマニアの方が判りやすく、馴染みがある方だ。


『そうか。残念だ』


 ただ、どういうわけか。

 ゼッペルと殆ど会話したことがない筈なのに、彼の呟きが聞こえた気がした。

 この機体に乗っているのかと思い、後ろを振り向くが誰もいない。

 エクシィズの後部座席は無人だった。

 では、どこから聞こえてきたのだろう。

 首を傾げるスバルだが、混乱したままの頭は更に別の物を発見する。


「あ」


 赤い染みだ。

 砕け散ったクリスタルにべっとりと飛び散った、赤い液体。

 まるでペンキをぶちまけたかのようなそれを見て、スバルはペルゼニアの最期を思い出す。


「――――!」


 背筋が凍えるのをぐっと堪え、首を振る。

 思考を振り払うと、彼は再びモニターで周囲の状況を確認した。

 まず、ここはワシントン基地だ。

 それは間違いない。

 そして自分がいる場所は見知らぬブレイカーのコックピットである。

 どういうわけか足は潰れており、自力での脱出は不可能。

 そして目を張るべきは、エクシィズが佇んでいる空間の至る所に飛び散っている水晶の破片だ。

 これを作り出したのはゼッペルに間違いない。

 しかし肝心の本人の姿は見えなかった。

 周辺にいるのは、崩れた水晶の壁に守られた旧人類連合の兵士達のみである。


「なにがあったんだ……」


 誰にでもなく、そう呟いた。

 正直な所、わからないことしかない。

 しかし断片的に見る限り、ここで何かしらの戦闘があった筈だ。

 もしそうなら、戦ったのはきっと戦闘兵器に乗った自分である。

 そして相手は――――


『スバル!』


 考えが纏まり始めた瞬間、スバルに声がかかる。

 慣れ親しんだ同居人の声に反応し、スバルはスピーカーのスイッチをオンにした。


「カイトさん……」

『ズバル、俺が判るんだな?』

「う、うん」


 モニターを出入り口の方面に向ける。

 カイトとイルマ、エイジやシデンにアーガス。

 カノンとアウラもいる。

 見れば、彼らの横には戦艦フィティングが誇るエキスパートたちがいた。

 心なしかどこか怯えた目でこちらを見る彼らを余所に、カイトは淡々と問う。


『降りれるか?』

「ごめん。足怪我してるんだ」

『わかった、ハッチだけ開けてくれ。迎えに行かせる』


 振り返り、カノンとアウラに指示を出そうとするカイト。

 だが声を出そうとした瞬間、ふと何かを思い出したようにして沈黙。

 再びエクシィズに顔を向けると、彼は真剣な表情で言葉を投げた。


『もうひとつ聞きたい。お前の後ろ、誰かいるのか?』

「ううん、誰もいなかったよ。それがどうかしたの?」

『……いや、確認しただけだ。カノン、アウラ。スバルを頼む』

『了解!』


 どこか納得いかなげな表情を作りながらも、カイトは部下に指示を出す。

 カノンとアウラが飛び出したと同時、エキスパート達も羽ばたき始めた。

 彼らが行く先にいるのは水晶の壁。

 その向こう側には、彼らの主人であるスコット・シルバーが眠っている。








「結局、ゼッペルに助けられちゃったわけだね」

「そうなるな」


 惨状を目の当たりにし、シデンが肩を落とす。


「あんなに好き勝手に暴れておいて、最後は貸しを作るなんて自由すぎでしょ」

「暴れただけじゃねぇよ」


 嘴でつつかれ、無理やりたたき起こされたスコットの逞しい胸板に鳥類たちが飛びつく。

 どこか微笑ましい光景を見て、エイジは感嘆した。


「しっかりと未来も守りやがった」


 手を広げ、感触を確かめる。

 ゼッペルに敗北した後にクリスタル漬けにされたエイジたちはその後、カイトが勝利した瞬間に水晶からの脱出に成功していた。

 恐らく、彼が砕いてくれたのだろう。

 急いで起き上がり、カイトの応援に向かおうとしたのはいい物の、途中でイルマが現われて逃げろと言われたのだ。

 この光景を見れば、理由は言うまでもない。

 ゼッペルの戦いの巻き添えにさせない為だ。


「ここでどんな激突が起こったのかは、アイツが作ったオブジェを見ればなんとなくわかる」


 砕け散った水晶の大樹を見上げる。

 先端は爆発の衝撃で木端微塵になってしまったが、天を突き破らんばかりに伸びる雄々しさは未だに健在だった。


「美しい」


 隣から見上げ、アーガスがぽつりと漏らす。

 客観的に見て、このような巨大クリスタルを目撃すれば誰もが度肝を抜かされることだろう。

 そういう意味では、彼の言葉は正しかった。


「しかし、なんと虚しいことだろう」


 視線が落ち、水晶にこびり付いた血痕へと移動する。


「もしかしたらよき友人になることができたかもしれない。まだ彼の未来は、始まったばかりだと言うのに……」

「始まったからこそ、行動できたんだ」


 独り言を呟くアーガスに、珍しくカイトが同調する。

 彼もまた、どこか寂しげな表情で血痕を見つめていた。


「アイツは、自分にできることを精一杯やろうとした。俺たちにはその力が無かった」


 その結果がこれだ。

 最後に別れる時、止める当てがあると言っていたが、この結果を見る限り、それは外れてしまったのだろう。

 だが、彼はやり遂げたのだ。

 宣言した通り、ここにいる人間の未来を繋ぎとめてくれた。


「それだけの話なんだ。だから、この話は終わりだ」


 冷たい物言いだという自覚はある。

 しかし、何時までもこの件を引きずるわけにはいかなかった。

 ワシントン基地は正真正銘、内部崩壊を起こしている。

 中から旧人類連合を牛耳っていたウィリアムは消え、彼のコントロールから脱した多くの兵が混乱から逃れられない。

 新人類王国にとって最大の障壁である旧人類連合は、弱みを露呈してしまったのだ。


「急いで体勢を立て直さないといけない。モタモタしてると、すぐに報復が来るぞ」


 新人類王国の報復はこれからなのだ。

 濃厚な一夜を過ごした彼らだが、結局目の前の問題はなにも解決していない。

 戦争を終わらせるどころか、内部の大問題を片づける羽目になってしまった。

 お陰で全員ボロボロである。


「しかし、山田君。美しく体勢を立て直すと言っても、エデン君が死んだ以上、彼らの洗脳は解かれたと受け取っていい筈だ」


 実情を理解し、なんとかせねばならないと考えたうえでアーガスが問う。


「彼らにとって、我々は部外者でしかない。それどころか、見方によれば敵になってしまう。どうやって立て直しを図るつもりなのだね」

「……イルマになんとかしてもらうしかない」


 悔しいが、アーガスの意見は正しい。

 司令官として君臨していたカイトも、後ろ盾が無くなればただに不審者なのだ。

 そんな人物を中心に置いておくほど、彼らも甘くない。

 だが、大統領秘書というポジションを確立しているイルマならまだ発言力がある筈だ。

 今はそれに頼るのが一番ベターな判断であるとカイトは考える。


「大変です、ボス」


 そんなことを考えていた折、そのイルマが近づいてきた。

 珍しく狼狽えているように見える。


「どうした」

「スバル君の治療、うまくいかなかったの?」

「いいえ、そちらは問題ありません。ただ……」


 慎重に言葉を選んだうえで、イルマは問題を口にした。

 恐らく、今最も恐るべき出来事を、だ。


「エミリア・ギルダー様が見当たりません。恐らく、どこかに流れてしまったかと思われます」

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