第249話 vs尊敬

「君の尊敬する人物か……」


 ウィリアムは唸るようにして、声を潜める。

 少年の頃は嫌でも顔を合わせていた身ではあるが、カイトが自分から『尊敬している』と言ったのはこれが初めてかもしれない。

 当時の彼ならエリーゼという回答以外はありえなかっただろう。


「さぞかし素晴らしい人物なのだろう。外に出たことを喜ぶんだね」


 自分の置かれた状況を考えているのかいないのか、ウィリアムは妙に挑発的な台詞を吐きだした。

 一方のカイトは目を細め、ウィリアムを捉えたまま言う。


「そうだな。あそこにいたままだと俺は変われなかった」

「人間は自分よりも上のスキルを持つ人物に出会う事で刺激を受け、更なる高みへと行く。君がそこまで言う新人類なんだからね」

「……あの人は、」


 僅かに天井を見上げ、カイトは思い出す。

 自分を叱ったアパートのおばちゃんの言葉を、だ。

 彼女の面影はよく覚えている。

 行き場のない自分たちを住まわせてくれた、気前のいいおばちゃんだった。

 ただ、別段優れている人間と言いう訳ではない。


「ただ気前のいい、アパートを経営する旧人類のおばちゃんだ」

「は?」

「あの人だけじゃない」


 例えば日本のド田舎に住んでいる、自分の意見をハッキリ言ってくる老婆だったり。

 例えばイベントごとに妙な熱意を掲げるさぼり学生だったり。

 例えば大らかなふとっちょの学園長だったり。

 例えば怖いのを堪えて最後まで着いて来てくれた女の子だったり。


 数えてみれば、尊敬できる人間はたくさんいた。

 別段、彼らが強いから尊敬しているわけではない。


「俺が尊敬する連中は、みんな俺より弱い」


 少し昔の自分なら、矮小な存在だとでも言って見向きもしなかった筈だ。


「けど、尊敬できる人達ばっかりだよ。そこに旧人類も新人類も関係ない。お前から見れば、俺の付属品でしかないかもしれないが」


 それでも、彼らの人生の主役は自分ではない。

 自分であってはならない。


「それでも、あの人たちと同じように生きてる人間がいるんだ」


 ウィリアムの主張と思想はそれを力でねじ伏せるものだ。

 そこに有無を言う暇などなく、ただ奪われるだけである。

 想像すると、あまりいい気はしない。


「戦いを生むだけの世界に対して、みんな良い人だから止めろとでも言いたいのかい」

「いいや」


 ゆっくりと、カイトの膝が動く。

 静かにぶれるカイトの姿を目の当たりにし、ウィリアムは隠し持っていた銃を抜いた。


「俺だって見方によっては嫌な奴だ。それでも、受け入れてくれた人がいる!」


 良い人間、悪い人間と口で言うのは簡単だ。

 人間の好き嫌いだってそんなもんである。

 否定するだけなら、誰にだってできてしまう。


「なら、どうやってこの戦いを終わらせる!? もう止まれないところまで行ってしまった、戦いしかない世界でどう生きると言うんだ!?」

「最後まで戦うよ。俺にはそれしかない」


 カイトが走り、一気に距離を詰めてくる。

 その軌道を予測し、ウィリアムは引き金を引いた。

 床に着弾。

 第二の引き金を引くころには、銃を持った腕はカイトによって掴まれている。


「そして、それを抜きにしても、お前は俺の大事な物を踏みにじった」


 それが許せない。

 内から湧き上がる怒りの炎は止まるところを知らず、嘗てのチームメイトに向けて躊躇うことなく爪を突き立てた。


「あうっ!」


 右の爪がウィリアムの脇腹を貫いた。

 彼の肉体は別段固くなるわけでもなく、かといって鍛えられているわけでもない。

 いとも容易く刃の侵入を許すと、ウィリアムは破壊されたモニターへと押し付けられた。


「エリーゼだけじゃない」


 憎悪の炎を瞳に宿し、カイトが腕を押し込んでいく。

 元チームメイトの表情が苦痛に歪み、悲鳴を漏らす。


「スバルやエミリアまで使い捨てるつもりで……!」

「有効活用だよ、これは」

「そんな綺麗に纏めた言葉で片付けようと思うな!」


 腕を突き上げ、ウィリアムを叩きつける。

 機械がひしゃげる音が響き、背中はショートするモニターへと押し込まれた。


「イルマとゼッペルは倒した。残りが操り人形である以上、お前を倒せば俺の勝ちだ」

「……どう、かな?」


 呼吸するのも苦しいのだろう。

 安定しない口調で紡がれたウィリアムの言葉に訝しげに反応しつつも、カイトは次の言葉を待つ。

 たった数秒の時間が、妙に長く感じられた。


「僕が……用意した駒は、まだある」

「なんだと」

「これがなんなのか、もう聞いてるんだろ?」


 未だにぐるぐるとまわり続ける円柱の物体に視線を向ける。


「あれは……」

「そうだ。あれがSYSTEM Z」


 実物を見るのは始めてだが、こうしてみると案外でかい。

 少し呆気にとられるも、それも長くは続かなかった。

 破壊すべき対象が明確になったのだ。

 寧ろ、勝利への一歩に大きく近づいたと言える。


「あれには、多くのアルマガニウムエネルギーが充満している。もし、それが漏れるようなことがあれば、入れ物ごと崩壊に導くことになる」

「……まさか」

「そうだよ。既に何人もの兵を栄養剤に変えてるんだ。エミリアに移送するエネルギーの量は、元から溜まっている」


 ただ、それを一気に押し流すとどうなるかわからないから手を出さなかっただけなのだ。

 ちょっとずつ、栄養剤と言う形で投与することでエミリアを少しずつ新生物として成長させ続けたのも、これのせいと言える。


「壊せる物なら、壊してみるといい。その時、ここら一体は全部吹き飛ぶ」


 少なくとも、ワシントン基地そのものは消し飛ぶ程の威力はあるとウィリアムは推測している。

 いかにカイトがすばしっこくても、これほどの至近距離で爆発に巻き込まれればひとたまりもない。

 ましてや、彼は再生能力が衰えている。


「……電源を止めろ!」

「教えると思うのかい。僕にロマンを求めるなら、哲学を学んだ方がいい」

「この状況でどんな哲学を求めろと言うんだ!」

「当然、諦めだ」


 ずしん、と音が鳴った。

 背後からゆっくりと近づいてくる振動を耳に届け入れ、カイトの表情が徐々に青くなっていく。


「……そんな馬鹿な」


 近づいてくる物体の正体の予想を立て、カイトが凍り付く。

 直後、破砕音が響いた。

 天井が破壊され、夜景が丸見えになる。

 同時に、天井を引き剥がした巨人の正体を見た。


「エクシィズ!」


 そんな馬鹿な。

 あれは鬼と正面衝突して、動けなくなった筈ではないのか。

 鬼の巨体に押し潰され、装甲が歪んだのを確認したのだ。

 動けたとしても、かなり制限される筈である。

 だと言うのに、目の前にいるそれは、汚れていない綺麗な装甲だった。


「まさか、2機目が?」

「馬鹿を言っちゃいけない。エクシィズは僕の切り札だよ。あんな超出力ブレイカー、2機も作るコストはない」

「じゃあ、俺と同じ新人類を後ろに乗せたか!?」

「確認してみればいいだろう」


 エクシィズが右腕を光らせる。

 ばちばちと破壊の音を鳴り響きかせつつも、デストロイ・フィンガーがゆっくりと近づいてきた。


「止めろ! お前も死ぬぞ!」

「本望だよ」


 突き立てられた右腕を掴み、ウィリアムは笑みを浮かべる。


「僕はね、人間が大嫌いだ。どこまでも学習しないで、ヘラヘラ笑って、自分が不幸になるなんてちっとも考えない人類が大っ嫌いなんだよ!」


 同時に、それらがはこびるこの世界が憎くて仕方がない。

 害虫しかいない世界を丸ごと綺麗にするのは、骨の折れる作業だと理解していた。


「その人間の数を減らす為に、命を賭けるのか!?」

「僕はこの世界が変わりさえすれば、それでいい」


 自分が認めた人間が消えてしまうのは残念だが、最大の目的はあくまで害虫駆除である。

 新たな世界を担うのは、人類の後に生まれる種に任せた方がいいだろう。

 今の状況だと、それが一番ベストな選択肢ではないかとウィリアムは思う。


「新生物はどうなる!?」

「ここらが消し飛ぶ程度の爆発で、死ぬと思うか!?」


 なんとかして電源を切るように説得を試みるカイトだが、時間は刻一刻と無くなっていく。

 迫る破壊の腕。

 あれをやり過ごすには逃げるしかないが、目の前のSYSTEM Zを放っておくわけにもいかない。

 だが、その装置も大きな爆弾を背負っている。


『時間がないよ! 選ばないと』


 意識の奥からエレノアが語りかける。

 わかっている。

 理解しているのだ。

 選ばなければならないのは。

 だが、ここで自分が撤退してもスバルがそのままSYSTEM Zを貫けば結果は同じだ。

 どう足掻いても、全員消え去る未来しかない。


「死ぬのは、ここにいる僕らだけだ」


 勝ち誇った表情でウィリアムが言う。


「火傷を受けた時点で僕は覚悟を決めた。この勝負、僕の勝ちだよ」

「ぐっ……」


 何も言い返せない。

 考える暇があればまだ違うかもしれないが、その時間すらも碌に与えられていないのだ。

 負ける。

 みんな、ウィリアムに潰されてしまう。

 そんな言葉が、カイトの頭を支配していく。


「勝利するのは、常に強者であるべきだ」


 そんなカイトの思考を打ち破る、第三の声が響いた。

 破壊された天井から跳躍して自分の真横に降り立つその姿を見て、カイトは戦慄する。


「ゼッペル・アウルノート……」


 最強の兵士、ゼッペル。

 やっとの思いで倒したはずの男が、再び刃を抜く。

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