第247話 vs未来

 地面が揺れる。

 おちおち寝ていられないな、などと思いながらもゼッペル・アウルノートは天井を見上げ続けていた。

 クリスタル・ディザスターによって貫かれた穴からは夜景が見え、綺麗な星が並んでいる。

 今更ながら、始めてじっくりと眺めた気がした。


「……」


 無意識に手を伸ばす。

 目の前にある星を掬い上げるようにして手を動かすも、ゼッペルの掌はその輝きを掴むことができない。

 当然だ。

 宇宙の彼方で光り輝くあの星を掴むには距離が足りないし、大きさも敵わない。

 よくよく考えてみれば当たり前のことなのだが、少し前まで自分に不可能なんてないと勝手に決めつけていた。

 身近に無理難題など沢山あると言うのに。


「……広いんだな」


 誰に向かって言ったわけでもない。

 強いて言うなら、慢心していた自分に言い聞かせる為の言葉だ。

 まだこの世界には不可能なことが満ち溢れている。

 それは未知という形で人間の知的欲求を刺激し、乗り越えていくことで人類は進化していったのだ。

 ゼッペルは今、己の中に芽生えつつある欲求の答えを懸命に出そうとしている。

 進化の為に。

 退屈と言う名の殻を打ち破る為に、だ。


「そうですね。ここは私達には狭すぎたのかもしれません」


 独り言に対し、律儀に対応することが聞こえた。

 大の字で寝転んだまま、ゼッペルは顔を向ける。


「君は……」


 少しだけ見たことがある少女だ。

 確か、名前はマリリス・キュロと言ったか。

 直接交流はないが、カイトの連れだと言う事は覚えている。

 だが、彼女はもうこの世に存在していない。

 それにこの声は自分も良く知る女性の声だった。


「イルマ・クリムゾンか」

「流石はボスですね。あなたでも敵いませんでしたか」

「正式に君の上司ではなくなったのではなかったかな?」

「こう見えても、尽くすタイプなんです」


 そういえばコイツは結構頑固な性格をしていたな、とゼッペルは思いだし内心苦笑。


「彼は君が苦手だったと思うのだが」

「なら、今から好きになってもらいます」


 ド直球な発言だった。


「こういう関係をボスは望んでいない。それは本人から聞かされたことです。しかし、私にはこれしかない」


 特化された新人類とは難儀なもので、取柄が固定化されてしまう。

 極めた人間と言えば聞こえはいいが、それ以外のことをやれと言われたら何もできなくなるパターンが多いのだ。

 イルマは典型的な例であり、ゼッペルは行き詰まりを覚えたタイプである。

 彼らは同じ悩みを抱えていた。


「なので、これから猛アピールしようかと思います。何時かボスが気にならなくなるくらいには」

「単純に尽くすだけなら他にも居るだろうに」

「そうですね。しかし、私はあそこが定位置でありたいです。私が知る中で一番居心地が良さそうな場所は、他に知りませんから」

「……それも、彼の強みかな」

「どちらかと言えば、影響を受けたと言った方が強いかもしれません」


 神鷹カイトは優秀な新人類である。

 この時点で最強の兵と呼ばれるゼッペルを倒し、新人類王国の鎧とも渡り合っている。

 XXXのリーダーも務め、成績優秀。

 文武両道を素でいっているような優等生だ。

 しかし、そのカイトも完璧ではない。

 弱みを見せることもあるし、誰かに頼らないといけない場面だってある。


「私はボスを長い間観察し続けてきました。それこそ、ヒメヅルに王国が攻め入ってくる前まで」


 それからずっと眺めていたが、彼に劇的な変化が訪れた出来事がある。


「蛍石スバル。あの旧人類の少年とのやり取りを経てボスは確かに変わりました。遠目から見ても刺々しさが無くなりましたし、誰かの為に動くことが多くなった気がします」

「……彼か」


 贅肉の塊と称した少年だ。

 カイトは彼のことを一番強い人間だと表現していたが、成程。

 その話を聞いたらなんとなくわかるかもしれない。


「一度、真面目に話してみたいものだ」


 最初に会ったとき、まるで興味を持てなかった。

 だが、今となってはどうだ。

 あの平凡で無駄な贅肉がついている少年が、とても魅力的に思える。

 ちょっと視野を変えただけでこんなに世界は違って見えるのか。


「くく……」


 ゼッペルは笑う。

 嗚呼、なんておかしなことだろう。

 こんな簡単に悩みがすっ飛ぶのなら、もっと早く外に出てみればよかった。


「確かに、ここは私たちにとっては狭すぎたな」

「ええ」


 イルマ・クリムゾン。

 ゼッペル・アウルノート。


 共に小さい世界でひとつのことを極めるのを強いられた人間。

 ウィリアムの駒として選ばれた彼らは、言われるがままに能力を磨き上げて期待に応えられるようにまで成長していった。

 だが、ある日気づく。

 そのまま駒として生きることを拒否している自分がいることを。

 イルマは恐怖から逃れる安全な場所を求め、ゼッペルは退屈に終止符を打ちたいと切に願ったのだ。

 だが、蓋を開ければなんてことはない。


「もっと早く相談してみればよかったんです」


 たったそれだけで、もっと早く楽になれた。

 もしかすると今ほどスッキリと道を選ばなかったかもしれないが、きっと同じところに辿り着いていたと思う。


「ウィリアム様には拾っていただいた恩があります。しかし、できるのであれば私も居場所を選びたい」


 その為にはウィリアム・エデンの計画は邪魔になってくる。

 都合のいい話だと自分でも思う。


「ゼッペル・アウルノート。あなたの力を貸してください」


 イルマは僅かに首を下げ、ゼッペルを見下ろす。

 満身創痍なのは明らかだった。

 全身につけられた無数の切り傷がそのまま彼の受けたダメージである。

 このままでは立ち上がる事さえも難しいだろう。

 だが、イルマには数々の任務でコピーしてきた異能の力がある。

 今変身しているマリリス・キュロもそうだ。


「私は、自分の望む世界で生きたいです。ですがその為には戦わなければいけません」


 ボスは言った。

 勝ち取れ、と。

 ならばそうしよう。

 折角彼に教えてもらったのだ。

 やらない内に逃げては示しがつかない。


「あなたはどうですか、ゼッペル・アウルノート」


 冷たい瞳がゼッペルを射抜く。

 普段はあまり気にならない筈の少女の声が、やけに胸を響かせた。


「……」


 すぐには答えず、再び星空を見上げる。

 閉じこもったままでは決して見ることがなかった景色だ。

 ふと、病院で戦ったヘリオンの言葉を思い出す。


『まだ僕らは外に出たばかりだ。今は繋がりが無くても、素敵な出会いが沢山待っている!』


 素敵な出会い。

 良い響きだ。

 ゼッペル・アウルノートは正に今、外に出たばかりである。

 周りには自分の知らない物がたくさんある。

 きっと同じ数だけ出会いと別れがある筈だ。

 それらを無下にするのはあまりに勿体ない気がする。


「未来は、まだ始まったばかり……」

「え?」

「ゲーリマルタアイランドで出会った彼の言葉の意味が、やっと理解できた」


 あの時は盲目的に好敵手を求めていた。

 それが視野を狭くし、ゼッペルの心から好奇心を忘れさせていく。

 きっとウィリアムの望む世界を実現させたら、ヘリオンの言う『未来』は消えてなくなるのだろう。


「……冗談ではない」


 ようやく掴んだのだ。

 手放して溜まるか。

 掴めなかった星に再び手をかざし、拳を握る。

 ゆっくりと指を開いた。

 相変わらずその手の中にはなにもないが、指の隙間の向こうからは小さく輝き続ける星がある。


「私の未来は、始まったばっかりだ」

「私の未来も同様です」


 その言葉を聞ければ十分だと判断したのだろう。

 イルマはゆっくりと羽を広げ、鱗粉をゼッペルに浴びせはじめた。


「きっと今頃、ボスは苦しい戦いを強いられている事でしょう」


 若干自画自賛になるが、自分たちは決して弱者ではなかった。

 ゼッペルに至っては完全に追いつめていたと言っていい。

 だが、それを乗り越えたからといってすべてが解決したわけではない。


「貴方が倒された今、ウィリアム様はあれを起動させる筈です」

「しかし、あれを動かすには時間が必要だ。その時間稼ぎに我々が担がれたのではないのか?」

「裏ワザがあるんです」


 あまりに残酷な現実なので、カイトに話すことができなかった問題が残っている。

 もしも起動が間に合ってしまえば、カイトの心に消えない傷を作ってしまう。

 沈黙を保つ事でイルマは誤魔化しを図っていたが、深く考えれば考えるほど『なんとかした方がいい』と考え始めていた。


「出来損ないの新生物のクローン。そう呼称していますが、その正体は改造人間です」

「……まるで漫画だな」


 ゼッペルはウィリアムの作戦の全貌を詳しく知っているわけではない。

 彼の役目はあくまで敵の殲滅であり、内容を全て把握するのはイルマの役割だった。


「ただ、その改造人間の役に選ばれた人材が厄介でして」

「誰だ。今更彼にかなう人間がいるとは思えないが……」

「エミリア・ギルダー様です」


 新人類王国に所属していた頃の名称は、人間湖。

 自身の身体を水にして溶かすことができる能力者だった。


「急ぎましょう。ウィリアム様が起動を急かせば、彼女の自我が崩壊しかねません。精神的に不安定になっているのはあなたもご存知の筈です」

「……ウィリアムは最初からそのつもりで彼女を捕まえたのか?」

「さあ。彼の真意はわかりません。しかし、止めれる内に止めた方がいいのは事実でしょう」


 というのも、今回の新生物には恐るべき要素が加わっているのだ。


「前回新生物を葬った人物は、もうこの世にいないんです。誰も彼女を倒す事ができなくなってしまった、と言っても差支えがないかもしれません」

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