第246話 vs最新機

 鬼の全長は大凡30メートル。

 一般的なブレイカーと比べても十分大きく、エクシィズと並べたら約1.5倍になる。

 そんな巨大な物体が止まる気配もなく突っ込んでくると言うのに、エクシィズはまるで動く気配を見せなかった。

 理由はある。

 パイロットを務める蛍石スバルは、鬼の識別信号を見て味方だと判断していたからだ。

 エクシィズと鬼は元々揃っての運用を視野に入れて開発された特機である。

 カイトかスバルがゼッペルと組み、脅威となる敵を殲滅。

 それが両機の仕事だった。

 ゆえに、エクシィズから見た鬼の識別は常に味方のままである。

 これがウィリアムの誤算を生じさせた。


『……鬼の救援を確認』


 コックピットで操縦桿を握りしめるスバルが機械的に呟く。

 催眠にかけられた彼は、あろうことか識別の信号が発するまま味方だと認識しているのだ。

 味方に攻撃を仕掛ける理由はない。

 だからエクシィズは鬼を攻撃しなかった。

 彼にとって優先して破壊するべき敵は、他にいる。

 丁度マウントポジションをとっている獄翼だ。

 拳を振るう事で頭部が凹んだそれを見て、スバルは武装を選択する。


 デストロイ・フィンガー。


 乗りこんだときには敵が目の前にいたので、装備を切り替える余裕も無かったが、エクシィズに関して言えば標準装備で十分だ。

 このデストロイ・フィンガーもそのひとつである。

 機体内に増築されたアルマガニウムエネルギーを右手に集中させ、それを相手にぶつけるという至ってシンプルな武装だ。

 だが単純だからと言って侮る事なかれ。

 たったそれだけでもブレイカーを破壊するだけなら十分すぎる武装なのだ。

 光の手が獄翼へと振りかざされる。

 迫る鬼はあくまで味方機。

 だが、彼の出番はない。

 出現タイミングが少しばかり遅かった。

 それだけの話なのだ。

 

「……あれがエクシィズが」


 一方のカイトはモニターに映るミラージュタイプの機体を眺め、新型機の観察をしはじめている。

 幸いなことに、鬼はある程度自動操縦で動かすことができた。

 目的地をセットして飛ばした後は、身体を休ませて再生に務めることができる。

 それでも全快というわけではないのだが、僅かな休息をとったことで頭の回転はよくなった気がする。

 その証拠に、エクシィズが獄翼を組み伏せているのも把握していた。


『あれがあるってことは、鳥類が動いてくれたみたいだね』

「ああ。手羽先でアレを動かすとは恐れいる」


 流石は選ばれしエキスパート、といったところだろうか。

 鳥がブレイカーを動かす姿はさぞかしシュールだったに違いない。

 是非とも生で拝んでみたかったものだ。


「だが、流石に持たなかったか」


 イルマとゼッペルを失ったウィリアムが動かした次の駒。

 控えていた最新機とスバルのコンビは、新生物の門番にしては豪華すぎる。


『どうするの? ブレイカー戦で言えば、君はスバル君に負けているわけだけど』


 エレノアが痛い点をついてくる。

 ゲーリマルタアイランドで初めてやった真剣勝負。

 悔しいが、カイトはスバルに敗北を喫していた。

 現在のコンディションも、決していいわけではない。

 だが、それはブレイカーで戦う事を想定した場合だ。


「まともに戦う気は最初からない」


 鬼は突撃スピードを緩めない。

 格納庫に入り込んだこの瞬間も、最大速度を維持している。


『ねえ』

「なんだ」

『ここはさ。剣を構えてかっこよくスバァーンって突撃するところなんじゃないの?」

「ずばーん、か」


 ずばーん、と音を立てながら豪快にエクシィズに切りかかる鬼の姿を想像する。

 初登場時に剣を持って大暴れしたブレイカーなのだ。

 その方が様になっている。

 

「それも悪くないが、目的がちょっと違う」


 『敵』と戦うなら多分そうしていた。

 しかし、彼らの眼前にいるのは敵ではなく、ただの操り人形である。

 相手にするだけ時間の無駄というものだ。


「借り物だが、大事に使う気はない」

『……ねえ、突撃するって言ってたけど、もしかして』

「そのまさかだ」


 鳥類たちはこちらの判断を悟ってくれた。

 コックピットから素早く抜け出し、被害が出ない位置へと羽ばたき始めている。

 唯一、飛べないペンギンだけがペタペタと走り回っていたのだが。


「目くらましになれば丁度いい!」


 手足を動かし、身体の調子を確認する。

 ゼッペル戦の直後に比べれば大分動くようになっていた。

 相変わらず回復は遅いが、動けないレベルではない。

 これならウィリアムを追える。


「ふん!」


 乱暴にコックピットのハッチを蹴り上げた。

 強烈な突風がコックピットを包み込み、カイトの身体を押し出していく。


『敵機の動く気配なし!』

「好都合だ!」


 鬼の頭部がエクシィズの腕と接触する。

 腕を包んでいた光が鬼の頭部を破砕し、爆発を生んだ。

 だが、それでも鬼の巨体は留まる事を知らない。

 30メートル越えの鋼の塊がエクシィズを押し潰し、格納庫の奥へと弾き飛ばしていく。


「許せ」


 エクシィズのコックピットが閉じたままなのを見たカイトがぽつりと漏らす。

 彼は悔やむように唇を噛み締め、そのまま鬼のコックピットからジャンプ。

 格納庫の床に着地したと同時、エクシィズは鬼ごと格納庫の壁に激突した。


「クェー!」

「む?」


 鬼から降りたカイトを出迎えたのは、戦艦フィティングが誇る選ばれたエキスパートたちである。

 彼らは各々カイトの元に集い、戦果を報告しはじめた。


「クェ、クェー!」

「コケー!」

「ホゥ、ホゥ」

「クァ!」


 なんて言ったのかさっぱりわからない。

 判らないがしかし、彼らの懸命なジェスチャーはカイトに意思を伝えようとしていた。

 懸命に動く4羽。

 真顔で注視する23歳児。

 しばし鳥たちが騒がしく動いていると、カイトは深く頷いた。


「成程、ウィルは背中を負傷したか」


 伝わった。

 ガッツポーズをとるかのように手羽先を引くペンギンと、ハイタッチを交わす3羽。

 意外とジェスチャーを交えると伝わるもんだった。


「ホ、ホゥ」

「逃がしたことを気にすることはない。お前たちは仕事をした」


 ちらり、とエクシィズを見やる。

 この手羽先で最新型のブレイカーと戦う羽目になりつつも、ウィリアムを追い詰めたことを評価すべきだろうとカイトは思う。


「寧ろ、無茶を言ったのは俺の方だ。協力、感謝する」


 ゆえに、ここからは彼らに無茶をさせない。

 用心深いウィリアムのことだ。

 スバルと最新型以外にも何かしらの切り札を用意しているかもしれない。

 それこそ新生物のクローンをそのままぶつけてくる可能性が濃厚だった。

 そんな場所に彼らを連れていくわけにはいかない。

 ただでさえゼッペルとの戦いで疲弊しきっているのだ。

 守り通す余裕などない。


「ここからは俺が奴を追う。お前たちはあの最新機からスバルを引っ張りだしておいてくれ。それが終わったら艦長たちを探してほしい」

「クァ!」


 ペンギンが敬礼し、残りの3羽がそれに続く。

 綺麗に揃った敬礼をし終えると回れ右。

 彼らは一斉にエクシィズへと走り出していく。


『生きてるのかな、スバル君』

「ウィリアムの催眠は強力だ。命令を遂行する為に、本来の能力を遥かに超えた行動を行うようになる。肉体の限界に関係なく、な」

『あれだけの衝撃を受けて、まだ生きてるってこと?』

「ああ。B級映画に出てくるゾンビみたいなものだ」


 大破とまではいっていないものの、エクシィズは鬼によって完全に圧し潰されている。

 手足は折れ曲がり、恐らく自力で起き上がることもできないだろう。

 中にいるであろうスバルの容態も気になるが、ここはあのエキスパートたちに任せることにする。


「避けなかったのが幸いした。まともに戦えば、多分死んでただろ」

『そうだね。なんで避けなかったのかはわからないけど、ラッキーって解釈でいいかな』


 エクシィズから背を向け、カイトは廊下へと続く道へと視線を向ける。

 際しい目つきになると、彼は無言で進み始めた。


 エクシィズの指先が僅かに動いたのは、その数分後の出来事である。

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