第245話 vs蛍石スバル ~リミッター編~

 獄翼の頭部にセットされている機関銃がこちらに照準を合わせているのはすぐに理解できた。

 ウィリアムは混乱する頭に喝を入れると、すぐさま右向け右。

 ダッシュし、いち早く射程から逃れようとする。


『クァー!』


 無駄だ、とでも言わんばかりに鳥類の鳴き声が響く。

 直後、ウィリアムがいた場所をエネルギーの弾丸が抉った。

 すぐそばにある新型機の装甲を削る一撃を見て、ウィリアムは舌を打つ。


「くそ、まだか!」


 想定外の来客だった。

 彼らがスコット・シルバーに懐いているのは知っていたが、そのスコットさえ催眠出来れば後は体よく使える駒だとしか考えていなかったのだ。

 仮にスコットの危機を察知したのだとしても、鳥だけでなにか出来るわけがないと決めつけた結果がこれである。

 しかし、だ。

 いかに彼らが選ばれたエキスパートであっても所詮は鳥である。

 手羽先と嘴、あるいは鉤爪でしか操縦桿を動かすことはできない。

 ゆえに、単純なエネルギー機関銃を乱射している。

 こちらのブレイカーを起動させ、戦闘に持ち込めば楽勝な相手の筈だ。

 少し想定とは違うが、今こそ蛍石スバル少年の到着を待つ時である。

 とはいえ、エネルギー機関銃を嘗めてはいけない。

 これがブレイカー戦なら話は別だが、いかんせんウィリアムは生身なのだ。

 以前は新人類王国に所属し、XXXとして暗躍した彼でも肉体を強化してきたわけではない。

 生身で銃弾を受ければ死んでしまうように、エネルギー機関銃の直撃を受ければ自身の肉が消し飛んでしまう。


「はっ!」


 リフトから飛び降り、廊下目掛けて駆け抜ける。

 後少しだ。

 スバル少年が間に合わなくとも、この狭い廊下の中に入り込む事が出来ればブレイカーの猛攻を凌ぐことができる。

 猫に追いかけられたネズミが穴倉に隠れようとする動作だ、と思いつつもウィリアムは懸命に走った。


「うぐっ!?」


 だが、丁度廊下に足を踏み入れた瞬間、ウィリアムの背中は強烈な熱を浴びる。

 焼け付く痛みを覚え、転倒。

 廊下の中に入り込むことで狙い撃ちにされるようなことはないものの、頭の中にある言葉がよぎった。


「掠った、か」


 恐らくは着弾の余波かなにかだろう。

 背中から足にかけて塗られた火傷の痕。

 なんとか自力で立ち上がる事は出来るが、激しい運動は制限される。


「……まあ、いい」


 命は拾えた。

 状況だけで考えれば、普通死んでいる。

 そんな中、命を拾えたのは一重に自分の悪運の良さだろう。

 それに、丁度いいタイミングで彼も来た。


「健闘を祈る」


 廊下の奥から猛ダッシュしてきたスバルの顔をみると、ウィリアムは呟く。


「オーダーは獄翼の殲滅。そして何人たりとも僕の後を追わせないことだ」

「了解」


 すれ違いざまに機械的な返答を投げると、スバルはそのまま格納庫へと突入。

 すぐそばに敵がいるのだ。

 本来なら別ルートから回り込むといった様子見を合間に挟むべきなのだろうが、今だけは関係ない。


『クァ!?』


 鳥類が戸惑っている。

 当然だ。

 ここでスバルが飛び出してくるとは思うまい。

 それに、彼らにとってあの少年は味方のままである。


『コケ、コケッ!?』

『ホウ! ホホウ!』


 ニワトリとフクロウが語りかけるようにして鳴くが、スバルは無反応。

 代わりに行ったのは、エクシィズ目掛けての大跳躍。

 思いっきり踏込み、ジャンプ。

 大きな弧を描きつつも少年の身体は綺麗にコックピットの中へと収まっていった。


『クェー!?』


 アヒルが仰天する。

 そりゃあそうだ。

 10メートル以上はある高さに位置するコックピットへのジャンプである。

 鍛え上げた新人類なら兎も角、ただの旧人類であるスバルが可能とする芸当ではない。

 では彼らの狼狽えっぷりを翻訳した状態でお送りしよう。


『な、何だ!? なにがあったんだ!』

『スバル君が凄いジャンプしたぞ!』


 彼らとスバルは交流がある。

 当然ながらあの少年が旧人類であることを知っているし、軍に所属している誰よりも身体能力が低いのも知っていた。

 だが、スバルが目の前でやって見せた事は紛れもなく軍人顔負けの大ジャンプである。

 ジャンプ台を使ってもあんな場所まで届くか危うい。


『落ち着きな、青二才共』


 そんな超現象を前にしても、いまだに踏ん反り返ったままのペンギンがいた。

 メカニックの巨匠、ペン蔵である。


『あれは恐らく、催眠状態による副作用だ』

『催眠されたらあんなことができるようになるんですか!?』

『聞いたことないか? ヒーターに手を触れても、気付かなければ火傷にならないって奴』


 聞いたことがないわけではないが、いかになんでもそれと比較してはいけないような気がする。

 先程の大ジャンプはどう見ても人間がこなせる動作ではない。

 鍛え上げた新人類なら話は別だが、そうなるとスバル新人類説が出てきてしまう。


『人間は筋力にリミッターがかけられた生物だ』


 ところが、ペン蔵の意見に同調する声が響く。

 チキンハートだ。


『筋肉を守る為に脳が制限をかけてるって話を以前聞いたことがある』

『意外と博識なんだな。物知りなニワトリは嫌いじゃないぜ』

『じゃあ、彼は今催眠で脳のリミッターが外れた状態なんだね?』


 ダックが後ろから声をかける。

 確認を求める声に頷くと、ペン蔵は先程とは別のベクトルの心配をし始めた。


『だが、いかに人間がスゲー生き物でも身体は悲鳴をあげるもんだ』


 その言葉に、全員が息を飲む。


『スバルは元々鍛えてるわけじゃねぇし、そういう風に進化した身体でもねぇ。負荷をかけ過ぎれば潰れるのは目に見えている』

『じゃあ、彼は』

『本来できもしねぇことを無理やりやらされたんだ。今頃足はマトモに動かねぇ筈だぜ』


 エクシィズのカメラアイが光を灯す。

 ゆっくりと動き出す手足を確認すると、ペン蔵は吼える。


『忘れるな! 相手はラジコンだ。手だけ動けば俺達を殺せるぞ!』

『でも、あの中にはスバル君が』

『こっちがエネルギー機関銃しか撃てないのを忘れるな!』


 言ってしまえば最弱武装のみでの突撃である。

 無謀なのは理解していたが、単身で突撃するよりかは遥かにマシな選択だった。


『撃ちまくれぇ! 弾なんか気にすんな。相手を行動不能にできればそれでいい!』

『了解!』


 オウルとチキンハートが同時に引き金を引いた。

 器用に押下されたスイッチと連動して機関銃がエクシィズを捉え、弾丸を放射しはじめる。


『ペン蔵さん、これで本当に勝てるの!?』

『鬼に比べたらマシだ!』


 先に説明した通り、エネルギー機関銃は一発の威力がそんなに大きい訳ではない。

 精々威嚇射撃に使うのが一般的だ。

 だが、それでも至近距離で一気に撃ちこめばミラージュタイプをボロボロにすることができる。

 嘗てスバルがダークストーカーを倒したように、だ。


『前進しろ。至近距離で足を止めるんだ』


 とはいえ、紙装甲は足が速いのはお約束である。

 この狭い場所で一気に加速してこられれば、まともな武装を取り付けていない獄翼ではひとたまりもない。

 だからこそ、すぐに決着を付ける。


『敵機、接近!』


 エクシィズの背中から光の翼が噴き出す。

 飛行ユニットから飛び出した四枚の光の翼は、その場で大きく羽ばたき始めた。


『すんごいエネルギー反応だ! 強力な磁場が機体の周りに形成されている!』

『磁場だと』


 ダックの解説にペン蔵が首を動かす。

 

『まさか、バリアを張ってるってのか!?』

『そのまさかです!』


 発射され続けているエネルギーの弾丸が、悉くエクシィズの手前で弾かれていく。

 四枚翼が何度か羽を広げた後、エクシィズは身を屈めた。


『来るぞ! テメェら、』


 ペン蔵は直感的に理解する。

 あの最新型、性能が桁外れだ。

 開発にペン蔵は関わっていない。

 ゆえに正確な機体性能は理解できないが、見ずとも理解できる脅威と言う物がある。

 ブレイカーの飛行ユニットは、具現化されるアルマガニウムエネルギーの物量をそのまま表現する装置だ。

 要するに、出力が高ければ高い程派手な光が溢れるのである。

 獄翼の場合、これが2枚だった。

 対してあの新型は4枚。

 しかも、左右に逃げる場もない程狭い空間で広げたのがそれだ。

 瞬間的に出せる最大出力がどれ程の物なのか、計り知れない。

 しかもこちらの唯一の武装が届かないときたもんだ。

 動く前にチェックメイトされている気分になる。


『……っ、脱出!』


 一瞬、準備と言いかけた嘴は最後まで言葉を紡ぐことは無かった。

 何故ならば、言いかけた瞬間。

 大きな振動がコックピットを襲ったのだ。

 原因など見るまでもない。

 何時の間にか密着する位置にまで突進してきた新型機が、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 その攻撃方法とはすばり、パンチ。

 顔面を思いっきり殴りつけられ、巨体が転倒する。


『ぬわぁ!?』


 脱出する暇などないまま4羽がコックピット内で転げまわる。

 シートベルトをつけることすらできない手羽先を呪ったのはこれが初めての経験だった。


『み、右手から高エネルギー反応あり』


 後部座席で衝撃を耐え抜いたダックが状況を懸命に伝えてくる。

 カメラアイ越しに見える光景は、絶望的なものだった。

 獄翼を見下ろすエクシィズ。

 その右手は青白く発光しており、ばちばちと音を立てながらペン蔵たちにプレッシャーをかけてくる。


『くそっ! これまでかよ!』


 たかが右手。

 だが、それが纏う光の手袋は誰がどう見たってヤバい代物だ。

 ゼッペルやタイラントの戦いを見たことがあれば尚更。


『まさか、鬼以外にこんな伏兵を隠していたとはな……』


 ペン蔵が改めてエクシィズを眺める。

 黒いボディに赤い関節部。

 そして背中から飛び出す光の四枚翼は、どこか芸術性すら感じさせる。

 堕天使なんてものがいるなら、きっとこんな感じなのだろう。 

 脱出する事も忘れて見惚れるペン蔵。

 そんな彼のいるコックピット目掛けて、エクシィズは光の手刀を差し向けた。


『ブレイカー接近!』


 ダックが声を荒げる。

 同時に、エクシィズも頭部を動かし始めた。

 向こうも接近してくる機影に気付いたのだろう。


『今更どこの誰だ! こんな場所に来る物好きは!?』

『鬼だよ!』

『はぁ!?』


 絶体絶命といえるこの状況に追い打ちをかけるかのようなキーワードだった。

 鬼。

 旧人類連合の秘密兵器であり、同時に彼らが知る中でも最強の新人類が駆る起動兵器である。

 その鬼がここに帰ってこようとしていた。


『……まさか、司令官が』


 青ざめるオウル。

 チキンハートも愕然としたまま、言葉を発しようとしない。

 そんな中、唯一ペン蔵だけは獄翼にかかってきた通信を見て目を輝かせ始めた。


『いや、違うぞヒヨコ共』


 巨匠の言葉に従い、鳥類たちが視線を無線に向けた。

 ダックが慌てて回線を繋げ、鬼からの声をコックピットに届ける。


『……こちら、神鷹カイト』


 今にも消えさってしまいそうな小さな声だった。

 彼は息を整えながら、ゆっくりと喋りつづける。


『これより敵機に突撃する。……脱出されたし』

『突撃ぃ!?』


 それはつまり、あれか。

 鬼を使ってエクシィズに体当たりをぶちかまそうと言うのか。


『無茶だ司令官!』


 提案に対し、オウルは反論する。


『あれに乗っているのはスバル君だ! いかに鬼とはいえ、そんな単調な攻撃が通用する相手じゃない。しかも、機動力は向こうが上だ』


 悲しいが、ミラージュタイプのエクシィズとアーマータイプの鬼では主軸に置いている性能が違う。

 単純な体当たりの威力は大きくとも、それを躱すには十分すぎる性能をエクシィズは所持していた。


『飛行ユニットを見てくれ。あの四枚翼、これまで色んなブレイカーを見てきたが出力が段違いなんだよ。まともに相手をすれば殺されてしまう』


 冷静で、それでいて的確な言葉選びであるとオウルは自身を評価する。

 神鷹カイトは割と命知らずな司令官だ。

 無茶も多い。

 だからこそ、的確に不安要素をあげておき、注意を促さなければならないのだ。

 その点、オウルはきちんと説明していた。

 唯一、彼が忘れていたことはただひとつ。

 

『何言ってるかさっぱりわからん』


 神鷹カイトは自分たちの言葉を翻訳していないことである。

 オウルの説得も虚しく、鬼の巨体がKブロックに突撃。


『おめぇら、今度こそ脱出だ!』


 ようやく我を取り戻したペン蔵が叫ぶと同時、獄翼のコックピットが解き放たれる。

 選ばれたエキスパートたちが懸命に逃げ出す中、エクシィズは突撃してくる鬼を静かに見据えていた。

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