第228話 vs役割

 ウィリアム・エデンは人間に役割を持たせるのが好きだ。

 例えば『死んだら負け』の王様を決めたり、その王を守る騎士役を配置したり、進軍する歩兵であったり、壁役であったりと、スポーツやボードゲームに当てはめて考えるのを好んでいる。


 XXX時代に彼が提案する作戦も基本的にはこの法則が採用されていた。

 歩兵には第二期XXXが。

 遠距離からの攻撃役に六道シデンが。

 近距離で戦うアタッカーには御柳エイジが採用され、神鷹カイトは作戦内容によって自由なポジションを取ってもらう。

 彼は比較的なんでもこなせる優秀な遊撃だった。

 機動力があり、瞬時にどこにでも駆けつけることができるのもその一因だ。

 だからこそ、ウィリアムも自然と頼りにしてしまう。

 彼の考える役割の中でも、特に重要なポジションに収まりやすい。


 第二期XXXが配属されてしばらく経った後、ウィリアムは『特に大事な駒』であるカイトをサポートする役が必要ではないかと強く考えるようになった。

 彼に与えられる負担が、目に余るようになったのだ。

 戦いだけならまだいい。

 過度な訓練に人体実験。

 そして第二期の育成。

 どう考えても激務でしかない。


 加え、彼の直属の部下となった第二期XXXは揃ってぽんこつだった。

 唯一高い評価を得ていたアトラスも、ウィリアムの目からすれば問題点に溢れている。

 安定性を欠く部下ほど恐ろしい存在は居ないだろう。


 そこで必要だと感じた人材はふたり。

 業務をこなす秘書タイプと、彼に代わって激しい戦闘を担う騎士タイプだ。


 言うまでも無く、イルマ・クリムゾンは前者に分類される。

 彼女の役目はカイトに圧し掛かるであろう雑務を代わりにこなすことと、時々やらかす我儘な行動を止めることだ。

 神鷹カイトは己の強みを理解している為か、自身を犠牲にする傾向が強い。

 だが、いかに彼が再生能力を持っていてもそれが全てを解決するわけではないのだ。

 無茶をし続ければ、本当に死んでしまう事もあり得る。

 そうなってからではウィリアムの理想は完成しない。


 だからこそ、イルマには主人を攻撃することも望まれた。

 カイトが『我儘』を言い、最善を拒むようであれば正面から対立してでも黙らせなくてはならない。

 イルマはそういう教育を受けている。

 なぜなら、カイトの行動は大体自分を追い込むものばかりだからだ。


 そして、もしも彼を殺してしまった場合は己の命を捨てなければならない。

 イルマはあくまでカイトのサポートをする為に用意された駒だ。

 あの男と付き合っていく上では、衝突は避けられないだろう。

 だからこそ、戦う事も視野に入れて教育した。

 だが、イルマが強力過ぎて仲間が死んでしまえば、ウィリアムはイルマを一生許さないだろう。

 ゆえに、ウィリアムは念を押すようにイルマに言い続けた。


――――お前は彼の為にいるのだ、と。


 命を大事にしないチームメイトの映像を見せ続け、ウィリアムは語る。


『忘れるな。お前は本当ならとっくの昔にくたばっているんだ』


 ウィリアムがイルマを見つけた時、過度の人体実験による影響で彼女は虫の息だった。

 本来なら兵として使い物にならないであろう状態。

 焦点すら合わぬ目を元に戻すまでに、数か月を要した。

 そこまでしてイルマを現実世界に引き戻したのは、彼女の持つ能力が純粋に強力だったからだ。

 誰にでもなれるコピー能力。

 人格が崩壊する寸前まで身体を弄られた影響で、余計な自我が入る事はない。

 まさに理想と呼べる人形だった。


 そこから刷り込みを入れるのは、容易い話である。

 イルマは既に疑問を抱くことができぬほど思考が弱り切っていた。

 今では信じられない程素直だった彼女は、すんなりとウィリアムの計画に手を貸したのだ。


 もっとも、イルマが駒としての人生を受け入れた理由はもうひとつある。


『もしも中途半端に君の役割が終わって、のこのこ帰ってきたらお仕置きだ。注射もたくさん用意してるんだよ』

『ひっ……!』


 イルマ・クリムゾンにはわかりやすい弱点がある。

 注射が怖いのだ。

 実験のたびに刺された小さな針は、少女の身体に消せない傷跡を作ってしまった。

 恐怖と負担によって崩れた人格は、針をちらつかせることで一時的に蘇る。


 飴と鞭ならぬ、鞭に鞭だった。

 酷なようではあるが、それくらいのハイペースで教育をしていかないとイルマは与えられた駒にはなれない。

 第二期XXXの倍。

 いや、3倍以上は学習させなければ彼女は完成しない。

 ウィリアムはそう考え、ひたすらイルマにカイトを見せ続けた。







 会議室が崩壊する。

 目にもとまらぬスピードで壁を叩き潰し、また別の壁へと縦横無尽に飛び交う黒い鞭。

 いや、鞭と言うにはあまりに太い。

 氷漬けになった部屋を破壊へと導くそれに敢えて名前を付けるのであれば、尻尾というのが相応しい。

 元XXXのひとり、ヘリオン・ノックバーンことテイルマンから繰り出される一撃は、カイトが避けなければならないと判断するほどの破壊力を秘めている。


『君の同級生には一通り変身できそうだね』


 襲い掛かる尻尾から逃げるカイトに、エレノアが語りかける。


「集中してるんだ。少し黙っててくれないか」

『まあ、いいじゃない。今までもこうして戦って、なんとかなってきたんだからさ』


 お気楽な物だ。

 相手はXXXオールスターならぬ、擬似新人類オールスターだというのに。


「これまで戦った相手とは、力のスケールが違う」


 カイトはこの時、素直にイルマの能力とそれに目を付けたウィリアムの眼力を評価していた。

 これまで何人かの変身を見てきたが、スペックは本物とほぼ同じだ。

 彼女の発した台詞を信じるなら、今自分がやっているのは力のある新人類との300人組み手でしかない。


「加えて、本人が頑固だ」

『君と似てるよね』

「どこが」

『意地っ張りな所とか』


 ベクトルの違う指摘を受けて、カイトは憤りしか感じなかった。

 百歩譲って自分が意地っ張りなのは認めよう。

 それで仲間たちにも多大な迷惑をかけたのは覚えている。

 それにしたって、イルマの頑固さと比べたらまだ可愛い物だと思う。


『私からしてみれば、どちらも子供の意地の張り合いでしかないね』

「……87のババアの言う事は違うな」

『よせやい。照れるじゃないか!』


 脳内でエレノアが喜びの感情を孕みつつも言う。

 今の発言のどこに照れる要素があるのか全く分からないが、ご満悦なら問題ないだろう。


『それに、彼女を見てると思い出すよ』

「なにをだ」

『ちょっと前の君さ』


 エレノアは思う。

 今のイルマ・クリムゾンは再会した当時の神鷹カイトを髣髴とさせる振る舞いをしている、と。

 信じるものは何もなく、ただ目の前にある何かの為に必死になるしかない。

 未来も見えていない状態で、眼前にそびえる脅威に立ち向かっているだけなのだ。


『口ではボスの為とか言ってるけど、あれはそうせざるを得なかった感じじゃないかと思うよ』

「そうだろうな。俺に対する敬意が足りない」


 えらいふてぶてしい発言だった。

 彼の周りにいる部下のことを思えば、確かにイルマは特殊だったかもしれないが、それでも何様なのだろう。


「だが、それがどうした」


 押しかけ秘書が、どういう経緯で自分の元に来ることになったのかは知らない。

 どうせウィリアムの差し金なのだ。

 またつまらない策略か、自分には理解できない拘りで選出されてしまったのだろう。

 アレは人間を駒に例えて動かすのが好きな人間だ。

 そういう意味では同情する。

 だが、彼女の為にやってやれるのは同情だけだ。


「だからと言って手加減はできん。やる余裕もないし、なによりアイツに負けたら色々とやばいことになる」


 プライド云々の問題ではない。

 自由自在に変身し、最善の解答を導き出す事に特化したイルマは、野放しにしておいてはならない存在であるとカイトは認識している。

 もし彼女はカノンとアウラを追いかければ、そこで試合終了だ。


『追おうとしたのは良い判断だったね。君があの姉妹を連れて来た理由も、なんとなく見当がついてるんだろうさ』

「そりゃあそうだ。あのふたりを連れてきて、SYSTEM Zの破壊を懸念しない方がおかしい」


 シルヴェリア姉妹は放電能力の持ち主である。

 こと機械関係においては、彼女たちの右に出る者は居ない。

 当然、壊す意味でだが。


「とはいえ、俺がこいつの足止めに時間を食らうのもよくない」


 カイトが知っているウィリアムの配下は、もうひとりいる。

 アキナとヘリオンを倒したと言う、ゼッペルの存在だ。

 彼の動向が見えない以上、何時までもここで時間をかけるのは得策ではないと思う。

 今の所、まともに相手をしたくない戦士ナンバー1だ。


『それなら、ちょっといい案があるんだけど』

「なに」


 エレノアが脳内で提案をする。

 普段なら足蹴りにしたいところだが、誰にでも変身してくるイルマの相手を真面目にしていたのでは埒が明かない。

 なにか手があるのなら、猫の手でも借りたい状態だった。


『これはあくまで私の予想なんだけどね。あの子には変身できないパターンがあるんじゃないかな。それの強みを出していけば、自然と押し勝てると思うんだけど』


 意外とまともな意見だった。

 言っていることは否定できない。

 否定はできないが、同時に飲み込めるような意見でもない事は確かだった。


「なんだ、その変身できないパターンとやらは」


 寧ろ、そんな物が本当にあるのか。

 少し見た感じだが、身近にいる人間なら完璧に化けているように見える。

 新生物となったマリリスにもなれるのだ。

 やろうと思えば、なんにでも変身できるのではないかと思う。


『私だよ』


 脳内にエレノアの勝ち誇ったような声が響く。


『向こうが変身するなら、こっちも変身するのさ。さしずめ、絆のシャッフル戦法! と、いうわけでちょっと失礼するね』

「あ、こら」


 ツッコみと説明を要求するよりも前に、エレノアの意思がカイトの身体に介入する。

 左目から溢れ出る黒い霧を視界に収め、ヘリオンに変身したイルマが動きを止めた。


「……出てきますか」


 僅かに。

 ほんの僅かだが、イルマが唇を噛み締めた。

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