第229話 vs汚点

 エレノア・ガーリッシュを味方に引きずり込んだのはイルマの判断だった。

 彼女を野放しにしておいては、自分たちの脅威になりえると判断したからだ。

 そう決めつけた理由も幾つかあるが、一番の理由は彼女が純粋な人間ではないことにある。


「……どうやら、御存知だったようですね」

「まぁね。君は私をあまり好んでなかったくせに交渉を持ちかけたから、敵にしたくない理由があるのかなって常々考えていたよ」

「その通りです、ミス・ガーリッシュ」


 こうしてカイトと交代して出てきたと言う事は、もう自分の能力のカラクリもばれているのだろう。

 イルマはエレノアに対して最も最適な新人類は誰かを考え始めつつも言う。

 露骨な時間稼ぎだった。


「私の力はコピーと呼ばれていますが、実際に対象の全てを取り込めるわけではありません。再現するのは、あくまでDNA情報」


 ゆえに、身体の一部に不純物が混じっているエレノアはコピーできない。

 彼女の『憑依』と糸は中々に面倒なスキルだと思っていただけに、それを入手できないのは残念だった。


「同じ理屈で、あの機械ちゃんもコピーできないんじゃない?」

「正解です」


 あの機械ちゃんとはシャオランのことだろう。

 全身に機械を含んだ半ロボ超人の姿を思い出しつつもイルマは続ける。


「私が複製するのは細胞ですから。残念ながら、今のボスも完璧にコピーすることは不可能でしょう」


 片腕を失い、義手を取り付けられたカイトは純粋な遺伝子情報の塊ではなくなってしまった。

 自分が依頼したこととはいえ、『更新』できないのは勿体ないことをしたと思う。


「ですが、その前ならどうでしょうか」


 イルマの遺伝子情報が活性化する。

 細胞が沸騰し、脳に刻みつけられた誰かの姿を再現していった。

 モザイクの風が吹く。


「そういう選択をしたわけだ」


 眼前の少女の姿がブレた瞬間、エレノアは歓喜の笑みを浮かべる。


『あれは……』


 遅れて、カイトも認識した。

 イルマにかかっていたモザイクが晴れる。

 直後に姿を現したのは、他ならぬ神鷹カイトの姿であった。

 ただし、現在の物ではない。

 今エレノアの前にいるカイトは、シンジュクで戦った時の彼だった。

 その証拠に、自分が取り付けた筈の義手が『まだ』ない。


『俺か』

「私への答えに出したのが君とは、中々理解しているじゃないか」

『旧式だがな』

「旧式ですが、それでもスペックは高いほうです」


 エレノアにしか聞こえない筈のぼやきを看破し、イルマが口を開いた。

 自分の姿をしている押しかけ秘書が考えを見抜いてきたことに驚きながらも、カイトは耳を傾ける。


「ミス・ガーリッシュはこの当時のボスと争っていましたね」

「そうだね。彼の蹴りはドM魂に火をつけてくれたよ」

『やめろ気色悪い』


 蹴り殺すつもりで放った一撃で快感を得られても困る。

 だが、それとは別にカイトには疑問があった。

 イルマ・クリムゾンが対象をコピーする瞬間だ。

 シンジュクで戦った際、彼はイルマに会っていない。

 どういうタイミングでコピーされてしまうのかは分からないのだが、少なくとも腕を無くすまで彼女と交流を持ったことはないのは確かだ。


『どこであれをコピーしたんだ』

「不思議に思われることもないでしょう」


 何故かは知らないが、イルマはカイトの思考を完璧に把握したうえで会話を行ってきた。

 薄気味悪さを感じつつも、彼はぼやく。


『やっぱりアイツもストーカーか』

「君のストーキングに関して言えば私の右に出る者はいないよ!」


 なぜかエレノアが張り合い始めた。

 こんなところで闘争心を剥き出しにされても困るのだが、本人がやる気になっているので敢えて何も言わないことにする。

 心底嫌なのだが。


「ストーカーというのは語弊があります。私はあくまでボスを見守って来ただけ」


 時間稼ぎは十分だ。

 思った以上に会話にのめり込んでいたことを自覚しつつも、イルマは軽くジャンプ。

 ボスの感覚を確かめつつ、言う。


「実を言うと、ウィリアム様は早くから他のXXXの捜索を開始していました」


 当然だ。

 脱走自体は早くから聞いていたし、死んだと偽るように指示を出したのも彼である。


「皆さんがこれまで王国に見つからず生活できたのは、ウィリアム様がアトラス様に死亡届を出すよう命じたからです」

『アトラスが?』

「はい」


 だから何で普通に会話できるんだよ。

 言っても絶対に答えは出ないのだろうと理解しても、憤りを感じられずにはいられない。


「極秘任務だと仰られたそうですね。しかもボスからのお願いだと付け加えたので、アトラス様も特に疑問を抱くことなく実行したらしいです」

「第二期ってみんなチョロかったの?」

『……単純だったよ』


 当時のことを思い出しつつ、カイトは溜息。


『要するに、俺は早い段階から見つかってたわけだ』

「その通りです。ご存知ないかと思いますが、アーガス様たちが襲来する1ヵ月前に私はボスと出会っています」


 もっとも、その時はイルマ・クリムゾンとして出てきたわけではない。

 適当にヒメヅルの住人に変身し、挨拶を交わしただけだ。


『その時にコピーしたんだな』

「イエス、ボス」


 軽いステップを刻み、イルマがエレノアを睨む。

 第二ラウンドのゴングが鳴るのを待つようにして、彼女は身を屈めた。


「それから接触の時期まで、ずっと見守っておりました」

『に、しては自分から手を出さないんだな』

「私が合流するタイミングは予め定められていましたから」


 ただし、すべてがウィリアムとイルマの予定通りに進んでいたわけではない。

 途中で予想外の出来事もあった。


「失敗があったとすれば、あなたが腕を無くしたことと、彼女を引き合わせた事でしょう」


 アキハバラでの決戦で、カイトは腕を切断せざるをえない状況まで追い込まれてしまった。

 結果的には撃退に成功した物の、無くしてしまったものはなんとかして補強しなければならない。


『道理でエレノアの対応も早かったわけだ』

「そうだね。私が彼女に腕の修復を依頼されたのはサイキネルの襲来から殆どすぐだったから」


 材料集めも含め、時間的には妥当な所だろう。


「しかし、その後くっついてしまうとはこちらの誤算でした」


 言い方次第では大きな誤解に繋がりかねない発言だが、今はそんなことを注意する気にもなれない。

 エレノアが聞けば、喜んで茶化してくることだろう。


「原因を作ったのは私です。つまり、あなたは私の汚点なのです、ミス・ガーリッシュ」

「私は君に感謝してたりするんだよ」


 睨むイルマを余所に、エレノアは平常心のまま語りかける。


「ほら、私ってシャイだからさ。気になる人にアプローチしようにも、自分の特技を披露する場がないとどうしようもないだろ? その辺を提供してくれたんだから、ねぇ」


 寧ろ、環境としては最高の場所である。

 何といっても、本人の身体を共有しているのだ。

 目的の達成を成し遂げたと言っても過言ではない状況には満足している。


「ただ、私も女の子でね」


 エレノアが悪戯っぽく舌を出す。

 彼女なりに苛立っていたのだろう。

 珍しく、親指を下に突き立てていた。


「汚点呼ばわりされると、ちょっとムカつくかな」

『87の女の子がいてたまるか』

「87歳が女の子ぶるのは無理があると思いますが」

「心は何時だって女の子なんだよ!」


 意識と敵から同時にツッコミを受けても、エレノアは少女の気持ちを忘れない。

 乙女のポリシーだった。


「確認しとくけど、倒してもいいんだよね」

『ああ』


 その答えだけあれば、躊躇う理由などない。

 しばし、沈黙。

 両者ともに言葉を発しないまま、エレノアが先に動いた。

 右手をかざし、その指先から銀の光が走る。

 同時に、暴風が吹いた。

 カイトに変身したイルマがダッシュし、エレノアの糸を回避。

 先程まで彼女が立っていた場所を貫通し、光の糸が床を砕く。


「ひゅう!」


 流石のスピード。

 本物のカイト曰く、戦闘経験は殆どない筈なのだが、彼の身体をここまで自由に動かせるとはたいしたものだ。

 イルマが壁を伝い、真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。

 その指先からは、見慣れた凶器が伸びていた。

 イルマが一歩を踏み込むたびに、壁に足跡がくっきり残る。


『奴がお前をコピーできないのはわかった。だが、お前自身は勝つ算段があるのか!?』


 本物が問う。

 1年前、シンジュクで戦った時は苦戦を強いられたが、結果的にはカイトが勝利をおさめた。

 言うまでもなく、エレノアの武器は糸だ。

 カイトに変身された今、イルマ・クリムゾンは鋭利な爪を扱う。


『あれには過去、何度も切断されていたな』

「そうだったね!」


 壁についた足跡が、一気にエレノアとの距離を詰めていく。

 肌に風圧が迫るのを感じ、エレノアは退いた。

 床が谷折りに弾け飛ぶ。

 イルマが拳を突き立てていたのが見えた。


「ありがとう! 当時の君、手加減してくれてたんだね!」

『場所が場所なだけだ!』

「照れちゃって!」

『そんなことより、背中に注意しろ! 足で俺に勝てると思うな!』

「元から運動で君に勝てると思ってないよ!」


 ただ、向こうは本気だ。

 足跡は勢いよく床や壁に残り、その度に強烈な風圧がエレノアを包み込んでいく。

 追いつかれるのは時間の問題だ。


「そう、正面からあの子に勝てるなんて思ってないとも……」


 エレノアが不敵に微笑む。

 指先から黒い糸が伸びた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る