第227話 vs使命の完成形

 冷気と氷に覆われた会議室のど真ん中。

 六道シデンに変身したイルマ・クリムゾンは油断のない目つきで周辺を見渡していく。

 会議室自体は元々物は少ない方だ。

 隠れられる場所は自然と限られてくる。

 そこを破壊しつくのは簡単だ。

 簡単なのだがしかし、イルマはそれをあまりいい手段だとは思わなかった。


「ボス、出てきていただけますか」


 隠れているであろう上司に懇願する。

 彼女の目的は決してボスを殺すことではない。

 あくまで新時代の幕開けを迎えられるよう、大人しくしてもらいたいだけなのだ。

 無駄な殺傷は好きじゃないし、なにより自分の存在意義を奪うような真似をするつもりはない。

 イルマの思考には、最初から負けることなど計算されていないのだ。

 なぜなら、


「私が登録してきた変身パターンは大凡300通りあります。ボス、300人の選りすぐりの戦士たちを一度に相手して、無事で済むと思いますか?」


 言い終えた直後、倒れたデスクにひびが入る。

 凍りついたそれが砕かれたと同時、冷気を切り裂いて影が突撃してきた。

 神鷹カイトだ。

 だが、彼の連れの姉妹がいない。


「あの姉妹はどうしたのですか、ボス」

「言った筈だ。先にいかせる、と」


 至近距離で激突し、そんな問答が繰り広げられる。

 イルマが僅かに視線をカイトの向こう側へと向けた。

 砕け散ったデスクの近くには、何時の間にかつくられた巨大な穴がある。


「あの一瞬で脱出口を作りましたか。流石です」

「敵を褒めるか」

「私はボスと敵対するつもりはございませんが」

「嘘をつけ。さっき思いっきり脅しをかけてきただろう」


 勝てると思っているのか、だったか。

 あの類の台詞は大体敵対している人間が高圧的に見下してくる時の言葉なのだ。

 要するに、イルマはこの勝負に勝つつもりでいる。


「俺に勝つ気か?」

「今はそうしないと、大人しくしていただけないのでしょう」

「そうだな」

「ならば仕方がありません」


 諦めの溜息をつくと同時、至近距離で激突していたシデンの肉体が二重にブレる。

 僅かな間を置いてから、カイトの腕に強烈なパワーがのしかかる。

 目の前にいたイルマは、御柳エイジの姿を借りていた。


「ボスのステータスは、一見どれをとっても引けはありません」

「ぐっ……!」


 両手を掴まれ、押し合いの形になる。

 カイトも握力にはそれなりに自信がある。

 だが、エイジと腕力で勝負すると分が悪いことは十分承知していた。

 自然と、腕を捻られていく。


「しかし、ボスはおひとりです」


 イルマは知っている。

 単純な身体能力の勝負では、カイトに勝てる人間が殆どいないであろうことを。

 新人類王国最恐と謳われた鎧でさえも、目玉の力が無ければカイトに負けていたのだ。

 また、SYSTEM Xの力を借りていたとはいえ、新生物を圧倒したのもポイントが高い。

 身体能力を数値化したとして、総合力で彼にかなう人間はそうはいないだろう。


「新人類は特化すればするほどに伸びる人類です。特に新人類王国に所属していた人間は、その傾向が強い」


 例えば自身の能力をただひたすらに伸ばした六道シデン。

 例えば腕力だけに特化された御柳エイジ。


 どちらも強力な新人類だ。

 しかし、彼らがひとりでカイトに戦いを挑んだとして、勝てる見込みはまずない。

 総合値が違うのだ。


 では、全員で挑んだとしたらどうだろう。

 カイトとて馬鹿ではない。

 自ら進んでエイジとパワー勝負に挑む道理はないのだ。


「ですが、ボスはそれでも戦わなければなりません」


 六道シデンを相手に遠距離を保ち続けていれば、その内凍死してしまう。

 それなら近づくしかない。

 だからと言って、御柳エイジに接近戦を挑めば不利な状況に陥ってしまう。


「私は300通りの変身パターンから、常に最善の選択をボスに叩きつけます。それでも、着いてこれますか?」


 試すような物言いに、カイトが歯を食いしばる。

 1対1の戦いにおいて、彼女ほど厄介な存在はまずいない。

 変身対象の人格以外の全てをコピーしているのだ。

 擬似的にではあるが、本当に300人と組み手をしているようなものである。

 しかも、向こうは自由交代だ。


「気に入らないな」


 それらの要素を意識しつつも、カイトは白い目でイルマに言う。


「お前、俺が勝てないと思っているだろ」

「正直に申し上げますと、9割以上の確率で私が勝つと考えています」


 まったく悪びれた様子もなく、イルマは言い切った。

 その上で、彼女は続けて言葉を発する。


「ですがご安心を。この力はあくまでボスの為にあります」

「現在進行形で暴力を振るわれているんだが?」

「ボスの聞き訳がないからです」


 まるでいう事を聞きなさい、とでも言わんばかりの口調で叱られた。

 カイトは一瞬、自分がおかしいのかと自問してから、やはりイルマがなんかおかしいと判断する。


「お前、面倒くさい」

「優秀な部下がいると、上司は決まってそう思うものです」

「自分で言うな」

「しかし」


 カイトのツッコミを華麗にスルーしつつも、イルマは眼前の穴を恨めし気に睨んだ。


「目の前でネズミを逃がしたのは、屈辱です」


 エイジのパワーがカイトの全身へと圧し掛かってくる。

 めきり、という音が指先から響いた。


「痛っ」

「先にあのふたりを始末しましょう。ボスとしても、彼女たちは迷惑だったと聞いています」


 イルマの肉体にノイズが走り、細胞を再構成していく。

 カイトの両腕を掴んだまま、タイラント・ヴィオ・エリシャルがその姿を現した。

 両手から青白い発光が湯水のように溢れ出る。


「ボス、しばしお休みください」

「図に乗るな!」


 破壊の光に飲みこまれる直前。

 カイトの指先から刃が伸びた。

 手首に回したそれは、一瞬でイルマの皮膚を切り裂いていく。


「うあっ!」


 激痛が走り、イルマが後退。

 両腕が離され、自由を得たカイトが改めてイルマを観察した。


「お前、実戦経験は殆どないな」


 カイトなりに観察し、結論をだす。

 イルマ・クリムゾンとは半年程度の付き合いしかない。

 その半年の間で彼女が戦った光景を見たのは、トラセットでの一戦だけだ。


「……今ので後退するような奴が、誰を休ませるって?」

「どんな凄い人間でも最初は初心者です」

「認めたな」

「ボスだって始めは素人でした」


 屁理屈に加速がかかってきた気がした。

 単純に負けず嫌いなのかは知らないが、妙に反抗的な態度だとは思う。

 さっきから『ボスの為』とか言っておきながら、イルマの優先順位は割と自分本位な気がした。

 ちょっと前にゴリラのモノマネをさせたのが懐かしい。


「いいか、この際ハッキリさせておく」


 カイトは思う。

 ちょっと前は確かにイルマを受け入れた。

 受け入れざるを得なかった。

 だが、今は違う。

 彼女は眼前にそびえる壁でしかないのだ。

 簡単に言ってしまうと、敵である。


「俺は確かにお前を配下として認めた。どんな経緯であれ、それは事実だ」

「恐縮です」


 どこか照れた表情でお辞儀をし始めるタイラント顔のイルマ。

 ちょっと不気味だった。


「だが、今のお前は俺にとって敵でしかない」


 それなら、容赦する道理はない。

 敵なら倒す。

 戦いの場なら当然の流れだ。

 カイトはスバル程甘くはない。


「お前を壊す」


 ある種、宣告だった。

 カイトとしてはこれ以上ないほど冷徹に言い放ったつもりである。

 それだけ本気でもあった。


「人生で培ってきたもの全部を解体して、跡形もなく砕いて、お前をぶっ壊す」


 身体を屈み、睨みつける。

 彼を知っている者なら誰もが思う。

 これから攻撃が始まる、と。

 本気で対象を破壊するつもりの姿勢だった。

 当然、イルマもそれは理解している。

 言葉通り、自分が彼に解体される光景を想像する。


「……ふっ」


 笑みがこぼれた。

 思いもしなかったリアクションを見て、カイトは問う。


「何がおかしい。できないとでも思っているのか?」

「いいえ。あなたならどんなに時間をかけても私をバラバラにしていただけることでしょう」


 まるでそれが喜びであるとでも言わんばかりにイルマは歓喜していた。

 喜んでいる姿を始めて見た気がする。


「ボスの為に生きろと言われ、ボスの手によって死ぬ。ある種、私の使命の完成形ということが出来るでしょう」

「勝手なことをいう」

「しかし、ボスは俗に言う『ツンデレ』に分類されるお方。私が喜ぶと言えば、意地悪をしたくなるものです」

「おい」


 聞けよ人の話を。

 何時の間にかツンデレなるものに分類された男は、心底そう思った。


「では真剣にやりあうとしましょう。私はボスの為に使われる命。ボスの為にボスと戦い、ボスに殺されるのも使命の全うと言える。そうは思えませんか?」

「理解できん」


 カイトにしては珍しくドン引きしていた。

 彼が他人を見て、気色悪いと思うのはエレノアとシャオランとイルマの3人くらいである。

 どれも自分にある程度好感を持っていそうなのが悲しかった。


「理解できなくても構いません。寧ろ、当然と言えるでしょう」


 なぜならば。

 イルマは続ける。


「私はボスと直接会うよりも前に、あなたを学習してきたのです。わかりますか? ボスの為に生きて、ボスの為に私は死ぬ。私の存在意義など、それしかないのです」


 ゆえに、この場でカイトに殺されたとしてもまったく問題ない。

 彼に不要だと判断される。

 あるいは脅威だと考えられ、排除されるのも彼女の役割なのだ。

 これがフリーの身なら、喜んでこの身を差し出す事だろう。


 しかし、今はそのボスの為に任務を遂行しなければならない。

 不慣れな戦闘であったとしても、得意の『最善の選択』を選び抜く事で道を切り開かなければならない。

 それが彼の為になるのだと、本気で信じている。


「俺がそれを望まないのだと言ってもか」

「そういうところに、人は幸せを見出す物ではないでしょうか」


 イルマの瞳がカイトを映し込む。


「私がそうでしたから」


 肉体が再構成されていく。

 僅かにブレた身体は瞬時に作り替わると、次の選択を切った。

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