第223話 vs鬼神

 夜が明け、カイト達は再びゲストルームに集合する。

 目的地への到着まで後数時間と言う連絡をイルマから受け取った後、エイジがぼやいた。


「で、結局俺達はどこに行くんだ?」


 割と大事な項目だ。

 大事な項目なのだがしかし、1日経過した今でも未だに目的地を聞いていない。

 

「時間的に考えて、もうアメリカに到着してても不思議じゃないと思ってるんだが」

「はい。今フィティングが飛んでいるのはアメリカ上空です」


 実にあっさりとした返答がイルマから返ってきた。

 彼女は眉ひとつ動かすことなく、機械的に説明する。


「我々が向かっているのはワシントンです」

「ほう」


 言わずと知れた米国首都である。

 観光名所とまでは言わないが、ホワイトハウスなんかが有名だ。

 しかし、いかに首都だからと言ってわざわざワシントンに行く理由がわからない。


「なんでまたワシントンに?」

「ウィリアム様は普段、ワシントンで勤務されています。したがって、SYSTEM Zもワシントンで準備するのが都合がいいのです」

「だが、まだ肝心なことは聞いていない」

「SYSTEM Zの詳細は私の口から語る事を許可されていません。昨日もお話した通り、口止めされていますので」

「そこはもう諦めた。口でお前に勝てる奴は居ない」

「お褒めいただき光栄です」


 カイトに称賛されたと思ったのか、イルマは笑みを浮かべつつもお辞儀をする。

 深々としたお辞儀だ。

 ただ、それが称賛されているのかと言われたらちょっと疑問である。


「結局のところ、お前たち――――正確に言えばウィリアムになるが、俺達に何をさせたい」


 長年続いた戦争を終わらせる手段がある。

 イルマがカイト達に言ったのはたったそれだけだ。

 戦いを終わらせること自体は別にいい。

 寧ろ望むところではある。

 問題は、その全貌と招き入れる理由だ。


「あまりこういうことは考えたくないが、今の俺達は新人類王国にとって真っ先に首を取るべき存在だ。戦火を振りまくと言ってもいい」


 要するに、カイト達を連れていけばそれだけ巻き込まれる可能性が大きくなるのだ。

 ペルゼニアが死んで間もないため、王国もすぐには動いてこないのかもしれない。

 だが、彼らが動き出すのも時間の問題だ。


「向こうにはミスター・コメットにサムタックがある。あのふたつが存在している限り、新人類軍はどこにだって現れる」

「じゃあ、旧人類連合の領域だからと言って攻めあぐねる理由はないな」

「それどころか、敗戦続きなことを考えるとガンガン攻めてくると思うよ」


 先代国王、リバーラはそういう人物だ。

 どこまでも『勝利者』であることに貪欲である王は、国についた敗北という泥を決して許さない。


「いつ決戦になってもおかしくないんだ。囮になれというのならまだわかるが、それでも俺達を連れて行く理由は何だ」

「ウィリアム様はXXXで新しい歴史の幕開けを迎えたいとお考えです」


 疑問に対する返答は、戦略もなにもあったものではなかった。

 個人の我儘である。


「それだけ?」

「それだけです」


 あまりにも簡単なので、シデンがもう一度問うてみた。

 だが、イルマの返事は変わらない。


「あくまでSYSTEM Zの稼働。そして戦争が終わる瞬間を、あの頃の仲間を交えて送りたいと仰っています」

「俺、当時の仲間じゃないんだけど」


 スバルが不貞腐れた表情で言った。

 言わずともわかることだが、ゲストルームに集まった人間の中で唯一の旧人類がスバルである。

 反旧人類思想であるウィリアムから見れば、彼が仲間にカテゴライズされていないであろうことは容易に想像できた。


「スバル君、あまり自分を卑下するのは美しくないぞ」

「でも、アーガスさんだってそうじゃん」


 アーガス・ダートシルヴィーに至ってはウィリアムと面識がない。

 既に出されている要求だけで我儘なのだ。

 スバルとアーガスは来ないでいいと言われる可能性だって、十分ある。


「ご安心ください。今回はボスの御友人であるおふたりも参加を認められています」

「なに?」


 カイトが心底驚いたような表情を浮かべる。

 半目になってアーガスを見やった。


「どうしたのだね、山田君。今の説明におかしなところがあったかな?」


 あくまで歓迎されたことを当然と受け止めるアーガス。

 溢れ出るフレグランスに戸惑いつつも、微妙な顔を維持し続けるカイト。

 ふたりの間に挟まり、スバルはいたたまれない気持ちになった。

 このままだとアーガスがしつこく絡んできそうなので、スバルは敢えて別の質問を投げることにする。


「XXXってことは、ヘリオンさんもくるわけ?」

「……そのつもりです。皆さんのご案内が終わり次第、ゲーリマルタアイランドのヘリオン様のお迎えをする予定です」

「ふぅん」


 納得し、スバルはひとり頷く。

 アトラスにやられ、入院してしまったヘリオンと別れてからまだ数日しか経っていない。

 だが、その数日がやけに長い時間のように思えた。

 心なしか、随分長い事会っていないような気さえする。


 感慨深く思い出に浸るスバルを余所に、カイトは僅かに目を細めていた。

 先程の発言、イルマにしては妙に歯切れが悪いのだ。

 普段の彼女は殆ど間を置くことなく、すぐさま返答してくるだけに尚更である。

 ゆえに、カイトはもう少し深く掘り下げてみることにした。


「他の連中もか」

「はい。真田アキナ様は既にゼッペルによって捕獲され、我々とは別ルートで搬送されています」

「動物園に入れられるような言い方するね」

「事実ですので」


 本人がそう言い切る以上、そうなのだろう。

 ヒメヅルで少し目を離した隙に居なくなったかと思えば、何時の間にか捕まっているのには頭痛しかしないのだが、相手があのゼッペルなら納得である。

 同時に、前回はフィティングを守る役割を果たしていた彼がいない理由も知れた。


「誰だね、そのゼッペルとやらは」


 聞き慣れない名前に、アーガスが問いかける。

 見れば、シルヴェリア姉妹もいまいちピンとこない表情だった。

 しかし、彼らは名前を知らなくてもその暴れぶりはよく知っている筈である。


「前にレオパルド部隊をひとりで壊滅寸前に追い込んだブレイカーがいただろう。あれのパイロットだ」

「ほう、あの!」


 言われ、アーガスも納得する。

 新生物との決戦で襲撃してきたレオパルド部隊。

 誰もが敗北を覚悟した時、颯爽と駆けつけたのがイルマとゼッペルだった。

 特に鬼に搭乗するゼッペルの活躍は、正に鬼神の如き戦いぶりだったと記憶している。


「真田君も災難だね。あれに襲われればひとたまりもあるまい」


 食らうようにしてレオパルド部隊を壊滅させていった鬼の姿を思い出す。

 あれから1年近くの年月が経っているが、未だにあれを超える暴力的な戦いは見たことがない。

 恐らく、ひとりでも鎧を倒せる実力者ではないかと思う。


「逆に言えば、アイツが護送してるならアキナは確実に来るということだ」

「また荒れそうですね、あの子」


 アウラがげんなりとした表情で言う。

 脳みその大半を戦闘だけで構築しているような女なのだ。

 やられたらその悔しさで怒り狂い、最終的には暴れ散らすのは目に見えている。

 ゼクティスがそうだった。


「……どうかな。他なら兎も角、ゼッペルが相手ならアイツも我儘ばかりは言えない筈だ」


 たった一撃だけとはいえ手合せした経験がある。

 反応速度、武器の強度、身体能力。

 いずれをとってもトップクラスだ。

 もしも彼と戦えと言われたら、絶対に断る自信がある。


 ただ、事と場合によってはその可能性も十分あり得ることだけは忘れてはならなかった。

 ウィリアムの真意が見えず、SYSTEM Zの全貌も見えない。

 疑わしい物は信用しすぎないに限る。

 それがどれだけ魅力的でも、だ。

 最悪の事態だけは考えておく必要がある。


「……着いたらウィリアムから説明があるのか?」

「その予定です」

「では、それには俺とカノン、それからアウラが出る。他は待機だ」

「え!?」


 意外な人選に、その場にいる全員の視線がカイトに集まる。


「全員が行くんじゃないの!?」


 中でも一番不服そうなのはスバルだった。

 昨夜の一件もあり、彼は戦争を終わらせる為に尽力を尽くそうと考えていたのである。

 ゆえに、微力ながらできることをしていこうと気合を入れていたのだが、いきなり言い渡されたのはお留守番だ。

 そりゃあ憤慨する。


「忘れたか。お前は何時でも催眠をかけられるんだぞ」

「あ」


 すっかり忘れていた。

 スバルはこれまでウィリアムの名前を聞いたことがあっても、実査に絡んだことはない。

 どんな顔をしているのかすら見たことがないのだ。

 その理由は、スバルが旧人類だからに他ならない。


「操り人形になりたくなければ、動かない事だ」


 厳しめに言いつつも、カイトは残るメンバーを見やる。

 彼らは皆、無言で頷いてくれた。

 全員、この後の展開が予想できないだけに慎重になってしまう。

 できればその不安が徒労に終わる事を、心から祈った。

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