第222話 vs慣れ

 深夜。

 時計短い針が3の字を指し示している時刻に、スバルは起床する。

 ぼんやりとする頭を抱え、周囲を確認した。


「眠れないのか」


 隣のソファーで神鷹カイトがこちらを見ている。

 向こうはスバルと比べて随分と元気そうだ。

 誰かが起きて万一の時に備えようという案で起きているだけなのだが、その話すら耳に届いていなかったスバルはきょとんとした顔でカイトをみる。


「そっちはどうなのさ」

「これは重症だな」

「なにが」

「お前たちが寝る前に事前に決めた取り組みだ。俺がジャンケンで負けたのを見ていなかったのか」


 言われて、スバルは慌てながら思い出し始める。

 殆ど数時間前の出来事だ。

 眠っていたとはいえ、それを忘れているのはショックである。

 若いのにもう痴呆症になりかけているとあっては、笑い話にもならない。


「嘘だ」

「おい」


 真剣になって心配しはじめていたスバルに、カイトが嘲り笑うような答えを出す。


「俺がジャンケンで負けたのは嘘だ。だが、寝る前に話しあって決めたところまでは本当だ」

「うっ」

「お前、話を全然聞いていなかったな」

「……ごめん」


 肩を落とし、落ち込み始めるスバル。

 ナーバスになっている自覚はあった。

 ペルゼニアの一件から何もやる気が起きないし、食べる気力もない。

 かと言って、大人しく寝る気にもなれない。

 なにかやらなければならないと思いながらも、身体はそれを受け付けようとしなかった。


「ペルゼニアの件か」

「……というよりも、ここ最近のことだと思う」


 そろそろ4日になるが、ゲーリマルタアイランドの襲撃から色々とありすぎた。

 あまりに衝撃的すぎて、頭と体が追いついていない。

 だが、こんな日が来るのはわかっていたことだ。

 以前、カイトに言われたことがある。

 明日には自分たちは全員そろっていないかもしれない、と。


 その通りになった。


 何時の間にか隣でいることが当たり前になったマリリスが殺され、何時か友達になれると思っていたペルゼニアも届かない場所に行ってしまう。

 それだけではない。

 スバルがこの17年で築き上げてきた物が、無残に刻まれ続けていたのだ。


 あまり交流のないヒメヅルの町長でさえも自分のせいで殺されてしまった。

 こうしている間にもケンゴや赤猿達が無事なのか、凄く不安になる。


「ねえ、カイトさん」

「なんだ」


 自分でも情けない状態に陥っているのはわかっている。

 だからこそ、身の回りにいる『切り替えの早い人間』を参考にしたいと思う。

 丁度目の前に代表例がいたので、思い切って聞いてみた。


「カイトさんは、友達が死んだときどうした?」

「途方に暮れていたと思う」

「思う?」

「自分の感情がなんなのかわからなかった。XXXの仲間が死んだとき、俺には振り返る選択肢なんてなかったんだ」


 代わりに、ひとりひとりの顔はきちんと刻み付けている。

 彼らの顔を忘れたことなど、一度だってない。


「思えば、最初に仲の良かった奴が死んでから他人と距離を置き始めた気がする。そう言う意味で言えば、俺も完全に切り替えられないのかもしれない」


 面倒くさい性格なのは知っている。

 その上頑固で、一度距離を置き始めたら中々線を縮めようとしないのだ。


「ただ、何度も繰り替えしている内に、そういうのが何とも思わなくなってきた」


 スバルもその辺の話を聞いたことがある。

 父、マサキが殺されたと報告を受けた時だ。


「どんなに足掻いたって、人間は死ぬ。それを思い知らされていく内に、どんどん冷めきっていった」


 恩人、マサキの死を前にしてもカイトは涙のひとつすら流せなかった。

 マリリスの時も然りだ。

 ふたりのことは決して嫌いではなかった。

 寧ろ好感を抱いていたとすらいえる。


「要は慣れだ」

「……そっか」


 つまり、自分には『慣れ』が足りないのだ。

 スバルはそう結論付けると、顔を抑える。

 ペルゼニアが倒れた以上、王国からの激しい報復は確定的だと言えた。

 それに備える為には、そういった慣れが必要なのだ。

 スバルは深々と感じ始めていると、カイトが言葉を投げる。


「お前はそのままでいい」

「え?」


 意外な言葉だった。

 驚き、振り返る。

 カイトは真剣な眼差しを向けながらも、スバルに言う。


「慣れるとな、たまにすごく辛くなるんだ」


 惨めになる、と言い換えてもいい。

 誰かの為に悲しんだとしても、それを形にする手段がないのだ。

 周りが悲しんでいるとき、ひとりだけ涙も流せない場にいると、人間としての欠陥を見せつけられた気がした。


「たぶん、これからも俺はそうだ。お前にこっち側になって欲しくない」

 

 体育座りに姿勢を変え、顔を膝に埋める。

 まるで自分の表情を見せまいとしているかのような仕草に、少年は言葉が出てこなかった。

 代わりに出たのは、別の問い。


「……カイトさん。本当に戦争って終わるのかな」


 現実味の帯びない言葉だ、とスバルは思う。

 自分と同い年の戦争なのだ。

 物心ついた頃には既に激化していた闘争の嵐が治まる光景は、頭の中には浮かばない。

 ただ、終わりが来るのに越したことはないと思っている。

 だからこそイルマ・クリムゾンの提案に乗りかかったのだ。

 その為に自分の持てる力の全てを使い、協力するつもりでいる。

 どんな手段なのかは知らないが、それが失敗してしまったら、この戦争は永遠に続くのだろうという不思議な確信があった。


「俺、怖いんだ」


 その光景を想像し、身を震わせる。

 戦いが激化する。

 ゲーリマルタアイランドや、ヒメヅル以上の戦いが展開されていく。

 何時か見た悪夢のように、自分の大事な人たちがひとりひとり消えていってしまう。

 それを想像しただけで、泣きそうになる。


「俺がどんなに足掻いても、なにも変わらないんじゃないかって。このまま戦い続けていったら、俺は……皆、どうなっちゃうの?」

「考えるな」

「でも」

「いいから」


 顔を上げ、カイトがスバルを宥める。

 どうなるのか。

 そんな疑問に、カイトは答えることはできない。

 それがどれだけシビアな未来なのか、知っているからだ。


「……今はイルマとウィリアムに賭けよう」


 あまりにリスクが高い賭けだ。

 しかし、今の彼らに縋るものは他にない。

 自分たちの力だけで王国と滅びるまで戦えるわけでもない。

 元からそんなことなど望んですらいない。

 それでも、生きる為には戦わなければならないのだ。

 キッカケは些細なことだったのかもしれない。

 国王のダーツがほんの少しでもずれていれば、彼らはこんなところで震えてなどいなかった。


「もし、それでダメだったら」

「それでも終わらせるんだ。そうじゃないと、死んだ連中が報われない」


 蛍石スバル、17歳。

 彼は痛みに敏感だ。

 頭をからっぽにしてその場を有耶無耶にしたこともあるが、それも目の前に明確な敵がいたからこそである。

 それがペルゼニアの一件で、改めて思い知らされたのだ。

 戦わなければならないのは、明確な敵だけじゃないということに。

 新人類王国の根底にある弱肉強食主義。

 そして新人類が優れていると言う絶対的な自信。

 それらが見えない刃となってスバルを切りつけていた。

 何度も刃を受けて、少年は今にも崩れ落ちそうである。

 カイトにはそれが手に取るように理解できた。


 しかし、例え傷らだけになってしまっても、スバルにはそのままの彼でいてほしい。

 痛みに慣れようと思わないで欲しかった。

 どれだけ矮小な存在だと罵られようが、自分を救ってくれたのは間違いなくこの少年なのだ。

 自分だけではない。

 きっと彼と関わり、ここまでついてきた人間の殆どが同じ気持ちでいる筈だ。

 そして、消えてしまった者達も。


「諦めるな。俺達が付いている」


 もしも、この少年が消えてしまったら。

 その時、自分は泣いてしまうかもしれない。

 みっともなく、大声をあげながら。

 だから自分のできる精一杯のことやろうと思う。

 もう一度、あの田舎町に帰る為に。

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