第221話 vs押しかけ秘書
「よーう、お前ら! 元気だったかぁ!」
ずがん、と喧しい音を立てて扉が開く。
強引に開け放たれた自動ドアから筋肉もりもりのマッチョマンが姿を現した。
はち切れんばかりの胸板とハゲ頭を輝かせながら、我らのキャプテン・スコット・シルバーはずかずかと入室する。
一応、ここはゲストルームなのだが、プライバシーもクソもない入室の仕方だった。
しかし、これでも戦艦フィティングに置いては艦長という役職を持っているのだ。
フィティング艦内でどれだけ横暴なふるまいをしたとしても、問題は届きにくい。
「む?」
だが、そんなスコットでも怪訝な表情を浮かべた。
ゲストルームに充満する暗い空気。
集っているのは、前回の星喰い殲滅作戦に参加した血気溢れる若者たちだった筈なのだが、揃いも揃って俯いている始末だ。
健康的じゃない。
「んどぉーうしたんだ!」
惨状を目の当たりにし、スコットが叫ぶ。
三度の飯よりも健康が好きな筋肉野郎は、ここぞと言わんばかりにマッスルポーズをとった。
「お前ら元気ないぞ。ちゃんとカルシウム取ってるのか!? 鉄分は!? 言っておくが、炭水化物だけじゃ人間早死にしちゃうかもしれんぞ!」
二の腕を膨らませ、自己主張し続けるキャプテン・スコット・シルバー。
ライトに照らされた小麦色の肌がやけに眩い。
しかし、彼がどれだけ自己主張を続けても誰も見向きもしなかった。
痛烈な沈黙。
誰も言葉を発しようとしなければ、何か作業に没頭しているわけでもない。
全員、なにか思い悩むようにして俯いているばかりだ。
「……あー」
そんな時、ようやく言葉を発した男がいる。
神鷹カイトだ。
流石は元司令官。
誰よりも先にこの漲る筋肉の熱気を感じとり、自分の存在をキャッチしたか。
艦長が安堵の溜息をつく瞬間、カイトは言う。
「それで、王国の状況は?」
スコットがすっ転ぶ。
派手な激突音がゲストルームに響きつつも、全員これを無視。
気付いているのかすらも怪しいまま、イルマが返答した。
「まず世論ですが、大分リバーラ王権の支持率は下がっています」
「そりゃあそうだ。17年間無茶し続けてるわけだからな」
元々、開戦当時は早期決着を目指していた新人類王国だ。
いかに圧倒的なスペックを誇っていても、時間が経てばそれだけ疲労がたまっていく。
身体にも、心にも。
「ペルゼニアに王位が継承されて、一時的に支持率は上がったようですが、彼女の戦死速報が届いたことで戦争反対デモも発生しているそうです。もっとも、それも無理やり揉み消されていますが」
「当たり前だ。普通の兵士はともかく、あっちにはまだラジコン兵士が8体もいる」
これまではなんとかなったが、新人類王国に所属する鎧はまだ8体もいるのだ。
彼らが王国最強の矛として存在している限り、リバーラは己の欲望のままに行動し続ける。
「ここ最近の敗北続きで、支持率は低下していく一方です。知名度のある兵士が続けざまに戦死しているのも理由でしょう」
グスタフやタイラント辺りはアイドルレベルの人気を保持していた。
彼らが倒れたことにより、王国は徐々に崩壊の道を辿っている。
「ただ、それでもリバーラがいる限り新人類王国は終わらないだろうね」
アーガスが口を開く。
つい最近まで所属していただけあり、彼は饒舌に語り始めた。
「絶対王政。弱肉強食。一見無茶なようだが、これらを実施してきたのは間違いなく彼だ。あまり美しくはないが、それも17年間続いている」
「長続きしている以上、簡単には崩れないってわけだね」
シデンがどこか諦めにも近い溜息をつき、肩を落とす。
自然と、視線はイルマへと向かっていく。
「ねえ、本当に戦いを終わらせる事なんてできるの?」
「ウィリアム様は可能だと判断しています」
「君はどうなのさ」
「ウィリアム様が言うのであれば、間違いはないのでしょう」
あくまでウィリアムが正しい。
それが彼女の主張だ。
イルマの奥底にある『教育』は、幹部に至るまで強く入り込んでいる。
「で、結局それってどんな手段なんだよ」
便乗し、エイジも問う。
彼は訝しげな目を向けていた。
「SYSTEM Zつっても、結局説明はねぇし。有耶無耶にして俺達を連れて行こうとしてねぇか?」
まあ、SYSTEM Xがあるくらいだ。
きっとSYSTEM Zもブレイカーのオプションかなにかなのだろう。
しかし、仮にそうだとして。
人型兵器に取り付けるオプションで戦争を終わらせると言われても、いまいちピンとこない。
「内緒です」
「あ?」
「内緒です」
「なんでだよ」
「内緒なんです」
しつこく食い下がってみたが、イルマは答える気がない。
彼女が頑固な事は知っているのだが、どうして肝心な所の説明がないのだろうか。
困り果てた顔をしてから、エイジがカイトに振り向く。
助け舟を悟り、カイトが質問を引き継いだ。
「なんで内緒にする必要がある」
「ウィリアム様曰く、一大イベントは隠しておかないと驚きがないとのことです」
「…………」
怒気を含んだ視線を向ける。
イルマはそれに気づきながらも、静しげな表情だ。
そんな彼女の姿を遠巻きに観察するふたつの影がある。
カノンとアウラだった。
「姉さん、この人知ってます?」
『ううん。私が合流した時には、もう一緒にいたよ』
シルヴェリア姉妹とイルマは今回が初対面である。
比較的コミュ障に分類される彼女たちは、親しい人たちが見知らぬ同年代の少女と一緒にいるのがちょっと不思議に思えた。
過去にマリリスと言う例外がいたが、あれは良い子だったので置いておく。
「なんか、感じ悪いですね」
マリリスとの一番の違いは、この一言に尽きる。
なんというか、素直じゃないのだ。
可愛げがない、ともいえる。
『でも、私も傷を治してもらえたよ』
「そういう問題じゃないでしょう。聞けば、リーダーの押しかけ部下だそうじゃないですか」
イルマの能力は強大だ。
新人類王国でも、あれほど多様なコピー能力者は居ない。
元々優秀な秘書をしているのもあり、心強い存在の筈なのだが、自称一番の部下を誇る彼女たちにとっては最大のライバルの登場とも言えた。
ただ、部下と言う点に関しては自分たちの方が勝っているとアウラは自負している。
「まず、先輩の問いに対して素直に答えないのはマイナスです。あれで部下と言うのだから笑わせますよ」
「訂正を求めます」
好き勝手なことを言っていると、イルマが冷え切った視線を向けてきた。
表情は冷静そのものだが、黄金の瞳は確かな怒気を孕んでいる。
「私はボスの忠実なる下部。一度ボスを疑うような真似をしたおふたりと一緒にして欲しくはありません」
「んな……!」
そこを突かれたら弱い。
シンジュクにおける『リーダーぶっ殺す』発言は彼女たちにとって忌むべき黒歴史である。
あれがあったからこそ和解(?)したようなものなのだが、恥ずかしい過去であることに変わりない。
「で、でも! その後はちゃんと役に立ってるもん!」
「そうだな」
意外な事に、アウラの主張を支持したのは他ならぬカイト自身だった。
彼はこれまでのことを思い出しつつ、口に出す。
「サイキネルのときも情報があって助かった。トラセットの新生物も、ダークストーカー抜きでは辛い戦いだっただろう。王国の脱走も、こいつらがカメラを無力化してくれたから実現できた。ゲーリマルタアイランドでもスバルにブレイカーを渡してくれている」
「ほうら、みなさい!」
勝ち誇った顔でアウラが胸を張る。
張るような胸でもないのだが、それがイルマのプライドに火をつけた。
「では、おふたりはボスの好みを御存知ですか?」
「え?」
突然の質問だった。
言われてみれば、長い付き合いだけども何が好物かなどは聞いたことがない。
神鷹カイトは割と栄養バランスよく、文句も言わず食べる方だった。
他のXXX戦士も同じだが、その中でもカイトは表情のバリエーションに乏しいため、非情に判断が難しい。
「私は知っています。本格中華にお連れし、お褒めの言葉を預かりましたから」
「な、なんですってぇ!?」
『何時の間に!』
「それだけではありません。ボスは靴を履く際、必ず右から入れます。身体を洗う時も先ずは洗顔から行い、シャンプーを済ませ、右肩から足の爪先にかけて石鹸で洗うと湯に浸かるのです」
「待て、貴様なぜ知っている」
明らかなプライバシーの侵害を前にして、とうとうカイトが真顔でツッコんだ。
彼の名誉の為にも言っておくが、カイトとイルマは一度も一緒のお風呂に入ったことはない。
「私はボスのすべてを管理するのがお勤めです。ゆえに、私がボスのことで知らないことなどありません」
「よかったじゃねぇか、カイト。モテモテだぞ」
「山田君、君も隅に置けないな」
「喧しい」
自分に矛先が行ってないからと言っていい気なものだ。
こんな発言を受けたら自分の中に寄生しているストーカーが黙っていないと言うのに。
「ちょっと待ったぁ!」
ほら、きた。
身体の奥から響いてきた声を認識した瞬間、カイトの意識は闇の中へと飲み込まれる。
同時に、顔を出してきたのはエレノアだった。
ただでさえ不健康そうな顔が、怒りに歪んで更に悪化している。
相変わらず表情豊かな人形だった。
「そのセリフはいただけないなぁ、クリムゾンちゃん。私を差しおいて彼の管理をする? そんなのは私の人生分早いんだよ」
「87年ですか」
具体的な数字が飛んできた。
その場にいる全員がぎょっ、とした顔でエレノアを見やる。
「おい、マジかよ」
「年上なのは知っていたけどさ。流石に具体的な数字出されると……」
「老婆の執念だね。美しい」
「リーダー、87歳に17年も付きまとわれていたんだ」
『可哀そうなリーダー』
遂には哀れみの言葉すら投げられた始末である。
尚、カイトは意識の奥でずっとこのやりとりを聞いていた。
表情があれば、すごく微妙な顔をしていたんだろうなと思う。
「ふっ、その分人生経験が豊かなんだよ。若者たち、私の生き様を見て少しは自分の役に立てるんだね」
そして当のエレノアは年齢のカミングアウトを平然とした顔で受け流している。
ある意味大物であった。
とはいえ、17年もストーカーを続けているおばあちゃんの生き様を参考にしようとは誰も思わなかったようだが。
「それはそうと、クリムゾンちゃん。今やこの身体は私と彼で一心同体。所謂共同作業って奴だよ」
『ふざけるな』
「今、あなたの脳内でボスがふざけるなと仰ったのではないのでしょうか」
「むぐ!?」
ズバリ的中させられ、エレノアが数歩後ずさる。
頭を打って倒れていたスコットに足を取られた。
そのまま転倒。
「あいたぁっ!?」
間抜けな声を出しつつ、エレノアの意識は再び奥底へ。
この隙を逃すまいと、カイトが表へ出てきた。
「……気持ち悪いぞ、お前」
「お褒め預かり光栄です」
「褒めてない」
どこまで本気なのかわからないが、イルマは相変わらずだ。
見事に話の方向を逸らされてしまったが、元々口で彼女に勝てる奴は居ない。
そのイルマが『内緒です』と言おうものなら、ずっと内緒なのだ。
これに関して言えば、本人が口を割るまで我慢しなければならない。
問題があるとすれば、ここまでの寸劇でまったく会話に入ってこなかった少年だ。
いつもなら即座に反応する筈の彼が、会話に入ってこないで俯き続けている。
真の意味でナーバスになっているのは間違いなく蛍石スバルだった。
ゲーリマルタアイランドでのマリリスの死に続き、故郷ヒメヅルでの騒動。
よかれと思って故郷に連れてきたが、それが仇となってしまうとは。
一応、彼の意見も汲み取ってこの艦に乗っているのだ。
戦争を終わらせると言うイルマの言葉は、スバルにとっても魅力的に映ったのだろう。
だが、その内容は未だに紐解けないままだ。
戦争が終わる。
それ自体はいい。
だが、その平和の内容が見えない今、迂闊にイルマを信じ切るのは危険だ。
ましてや背後にいるのは旧人類を毛嫌いしているウィリアムである。
彼がどのような『世界平和』を実現させるのか、きちんと聞いておかなければならない。
もう、これ以上ボロボロになるのはカイトの望むところではなかった。
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