第220話 vsハッピーエンドの方法
少し前のことだ。
病室で目覚めたヘリオン・ノックバーンは友人が置いて行った手紙を何度も読み返していた。
心温まる言葉だけが記されていれば、ここまで何度も読み返すことは無かっただろう。
問題はこの手紙に書かれている追伸にある。
内容を要約してしまえば、ウィリアムに気を付けろ、だ。
ウィリアム・エデン。
嘗てのチームメイトにして、自分が知る中でももっとも旧人類を毛嫌いしている人間だった。
彼の催眠術によって多くの旧人類が操られ、無残な最期を迎えているのは知っている。
思い返すだけで吐き気がしてしまう光景だ。
そんなウィリアムが行動を開始した。
手紙を詳しく読み返していくと、彼はその力を最大限に活用して旧人類連合を牛耳っているらしい。
この時点で頭が痛くなる話だ。
新人類軍に抵抗する旧人類の希望は、彼らを蟻としか思っていない男の玩具に成り下がっている。
カイト曰く、XXXで世界征服するつもりなのかもしれないとのことだが、それが笑えないから困った。
ウィリアムは既にそれが可能なほどの力を手に入れている。
そして彼が『世界征服』を果たす為に必要、あるいは懸念点が昔の仲間だとするならば、確かに自分の元に使者が来るのも頷ける。
ウィリアムはマメな性格だ。
同時に、XXXという団体に固執している節もある。
外に出たいと言うヘリオンの主張に同調してきたことを思えば、ウィリアムなりにXXXを新人類軍から切り離したいと考えているのは明らかだった。
問題は、いつくるか。
既にカイト達が旧人類連合の兵と共に行動をしている為、そこで決着がついているのなら来ないのだと思う。
だが、楽観視することはできない。
ウィリアムは手段を選ばない男だ。
火が付けば、アトラスの比ではないほどの被害が出る。
もしそうなってしまえば、ゲーリマルタアイランドは一瞬にして死の街と化すだろう。
それだけはなんとしても阻止しなければならなかった。
決意を胸に刻み込むと同時、病室の扉がノックされる。
ヘリオンは手紙を枕の下に隠すと、来客に対応した。
「はい」
本来ならこういうのは看護婦の仕事なのだろうが、目覚めたばかりのヘリオンは人払いをしている。
お見舞いに来てくれた大家のおばちゃんも早々に帰したし、医者による体調確認も最低限の時間で済まさせてもらった。
使者がいつ来てもいいように、だ。
「失礼します」
静かに扉が開く。
病室に少女と男が上がり込んできた。
黄金の瞳を持つ少女に見入られ、ヘリオンはあくまでひとりの病人として振る舞う。
「失礼ですが、病室を間違えてませんか? ここには私しかいないのですが」
どちらも目立つ容姿だが、両者ともに面識はない。
ただ、少女の方は一度テレビで見たことがある。
確か、大統領の横でちらっとだけ映っていた少女だ。
恐らく秘書かなにかだとは思う。
確信にも近い予感を感じつつも、ヘリオンは再び口を開く。
「それとも、私に用が?」
「はい、ヘリオン様」
律儀に畏まられ、ヘリオンは困惑する。
生まれてこの方『様』付けで名前を呼ばれたのは始めてだ。
大統領秘書は従者のように腰を折ると、黄金の瞳を閉じて自己紹介を始める。
「お初にお目にかかります。私はイルマ・クリムゾン。現在はアメリカで大統領の秘書をやっていますが、本職はボスの忠実なる下僕です」
「ボス?」
「カイト様です」
てっきりウィリアムのことなのかと思いきや、予想外の名前が飛んできた。
あの男、確か部下を持つ事は極力避けていたのではなかったのか。
というか、下僕ってなんだ。
訝しげにイルマを見やると、ヘリオンは咳払い。
「……後ろの男は?」
イルマの背後で直立不動のまま動かない青年に目を向ける。
こちらは自分たちと同じくらいの年齢だろうか。
顔の右半分を髪の毛で覆っているが、片方しか見えない眼光から確かな威圧感を感じる。
油断のならない相手だと、ヘリオンの直感が告げた。
「彼はゼッペル。私のボディーガードとしてついてきました」
「に、しては物騒だな」
「武器は所持していませんよ」
「そういう意味ではない」
間にイルマを挟んでいるが、ヘリオンは居心地の悪さしか感じない。
ゼッペルに見られているだけで、呼吸ができなくなるのではないかと思えるような息苦しさに襲われる。
この男は危険だ。
そう判断すると、ヘリオンは早めに話題を進めることにする。
一秒でも早くゼッペルの射程範囲から離れたいと思う一心での行動だった。
「まあ、いい。用件はなんだい。まさか、カイトが忘れ物でもしたのか?」
「今日の我々はボスではなく、ウィリアム様のメッセンジャーとして動いています」
やはりそうか。
確信を得て、ヘリオンは深く納得する。
予想よりもずっと早い来客の登場に、彼は内心慌てていた。
ただの新人類ならまだいい。
ウィリアムが直接くるのも、まあよしとしよう。
想像しうる限りの最悪のパターンではあったが、それも杞憂に終わった。
問題なのは、このゼッペルと言う男。
こうしている間にも、彼は品定めするかのような視線でヘリオンを眺めている。
言葉を発することなく、己のオーラだけで場を支配したのだ。
「ウィリアム様からのお言葉をお伝えします」
そんなヘリオンの焦りを余所に、イルマは淡々のメッセージを読み上げ始めた。
「やあ、ヘリオン。脱走以来だね。元気そうで何よりだ」
「病院のベットで寝てる相手にそれか」
とんでもない嫌味だ。
それを無表情で読み上げるイルマも大したものだが。
「前置きはいい。本題を話せ。わざわざ出向いてきたんだ、僕に用があるんだろう」
「では、お言葉に甘えて」
ヘリオンの許しを得たイルマは、早速話の中核を持ち出した。
「ウィリアム様は戦争を終結させるつもりです」
「何!?」
17年。
開戦当時に参加していたヘリオンは、新人類と旧人類による長い争いに終止符をうつことなど不可能ではと考えていた。
姿形は違えど、人種差別による戦争は幾らでも続く。
歴史の教科書を眺めていれば、嫌でも実感できることだ。
「できるというのか」
「ウィリアム様は脱走からすぐにアメリカに向かいました。勿論、そこを隠れ蓑にするのも理由ですが、同時に戦いを終わらせる切り札を用意していたのです」
「切り札?」
なんだそれは。
ヘリオンには想像もできない単語だ。
まさかボタンひとつ押すだけで世界平和になる機械を作った訳でもあるまい。
そんなものがあれば、ノーベル平和賞も真っ青だ。
「まさかと思うが、核兵器で王国を滅ぼすというんじゃないだろうな」
核兵器。
人類が所持する中でも特に凶悪な兵器だ。
その威力がどれ程凄まじく、非人道的に扱われているか、誰もが知っている。
ウィリアムがやろうと思えば、地球の各所を灰にすることだって決して不可能ではない。
「ご安心ください。そのような物騒な破壊兵器は使用しません。雌雄を決するのは、常に英雄でなければならない。ウィリアム様のお言葉です」
「英雄?」
まさかとは思うが、人間が切り札なのか。
ヘリオンの視線は自然とゼッペルへと向かう。
彼が知る中で『切り札』というのに相応しい人間はカイトか、もしくは出会って早々に強烈なインパクトを叩きつけたゼッペルのいずれかだろう。
「人間が切り札なのかい?」
「ヘリオン様は新生物と言う存在を御存知でしょうか」
聞き覚えがある単語だ。
確か、数日前に命を落としたマリリス・キュロがそれに分類されるのだと聞いたことがある。
「大雑把だが、カイトから聞いたことがある。新人類の後に生まれた、進化に特化した生物であると」
もちろん、実物を見たことはない。
マリリスも自分からその力を使おうとはしなかったし、あくまでトラセットの出来事を仲間たちから聞いただけだ。
当然、その末路も知っている。
「だが、新生物は消滅した筈だ。マリリス・キュロももういない」
「そうですね。確かに新生物そのものはもう存在していません。因子を植え付けられた存在も亡くなりました」
だが、DNAは生きている。
初戦闘時に切りつけられた際に散った血液。
抉られた肉。
やろうと思えば、いくらでも採取は可能だった。
「王国もクローン戦士を生産しているくらいです。我々が似たようなことをやらないとでも?」
「……なら、余計わからないな。僕のところに来た理由が」
先の話を聞くに、『英雄』の準備はできているのだろう。
それなら今更ヘリオンのところに来る必要はない。
手負いの臆病者ができることなんて何もない筈だ。
「新生物は動くのに莫大なエネルギーが必要です」
「クローンでもか?」
「正確に言えばクローンではありませんが、その通りです。彼女は今、外に出て行動するだけで身体が崩壊しかねない状態です」
「それはひどいな」
想像し、ヘリオンはげんなりとする。
以前、ゲームでヘドロ状の生物を見たことがあるが、あれと似たような物ではないか。
しかも、イルマの話だと歩くだけで身体が崩れていくと聞く。
「従来の新生物は、アルマガニウムエネルギーの詰まった植物。あるいは自らの因子を埋め込んだ人間を食すことで力を蓄えていました」
「……おい、まさか」
そこまで話が進んだところで、ヘリオンはある仮説に辿り着く。
「まさかと思うが、ソイツも人間を食べているんじゃないだろうな」
「そのまさかですが?」
重い衝撃がヘリオンの頭に圧し掛かる。
包帯で巻いている個所とは違う肌が、言いようのない嫌悪感に包まれていった。
ヘリオンが呆気にとられている内に、イルマは淡々と説明を続けていく。
「言ってしまえば、高値の生命維持装置なのです。彼女の活動には多くのエネルギーが必要。本来の新生物のことを考えれば、人間を差し出すのが一番効率的ではないかとウィリアム様は考えたのです」
ただ、いかに新生物とはいえ新人類王国の崩壊には時間がかかる。
ただでさえ領土が広いのだ。
活動時間が長くなればなるほど、必要に迫られる人間の数も増えていく。
「……ウィリアム様はいよいよ全国の情報媒体に顔を出すおつもりです」
「なんだと!」
例えばテレビ。
例えばインターネット。
なんでもいい。
そこでウィリアムの声を聞いてしまえば、それだけで旧人類は彼の言いなりだ。
この世界に住む人間の大半が旧人類である以上、その威力は絶大である。
しかも、情報社会である現代において、彼の声が届かない場所は殆どないと言っても過言ではない。
「あらゆる手段を用いて、念入りに聞かせて回るそうです」
「正気か、君は!」
起き上がり、イルマに跳びかかる。
今にも殴りかからんばかりの勢いで迫るヘリオンだったが、その間に現れたゼッペルによって阻まれた。
「君も、それでいいのか!?」
「なにが」
「自分たちが何をしようとしているのか、理解できないわけでもないだろう!」
これは一種の大量虐殺。
徹底的に旧人類をコントロールし、餌として調達する。
そして残った新人類は、『英雄』によって絶滅の道を歩んでいく。
人類の滅びだ。
彼らがやろうとしているのは、全人類の虐殺ではないのか。
いや、それ以前に。
そこまでしてこの戦いに勝利して、いったい何が残ると言うのだ。
「いかにウィリアムや君たちが新人類だとしても、君たちだけ残った世界でどうなる!? 僕らは他の人間の手助けもあって、やっと生きていけるんだぞ!」
「その為に、こうしてお迎えしているのです」
お迎え。
その言葉を聞き、ヘリオンはふたりが何故ここに来たのかを理解した。
「……僕達だけを助けようと言うのか?」
「そうです。ウィリアム様はボスを始めとしたXXXの皆様と、それに親しい人間が消えることまでは望んでいません」
身内だけの確保。
後の人間は徹底的に排除する。
極端な平和実現の仕方だった。
「他の人間はどうなる!?」
「息絶えることになるでしょう。新生物となった彼女の手にかかって」
ウィリアムが恐れているのは、新生物の手にかかって仲間が殺されてしまう事だ。
トラセットのでの戦いで、あれが新人類を簡単に殺すことができる存在だということを理解してしまったのだ。
誰も新生物には勝てない。
唯一の対抗策であるマリリス・キュロも死んでしまった。
故に、死ぬべきではないと判断した人間は先に確保しておく。
全ての役目を終えた後、エネルギーの尽きた新生物は静かに崩壊。
後は生き残った仲間たちだけで、何の争いも無くハッピーエンド。
「ふざけるな!」
なるほど、確かに仲間たちしかいない世界なら、この長い戦争は終わるのかもしれない。
早く終われと願った戦いだ。
終わるのであれば、それに越したことはない。
だが、その為に他の人間を犠牲にするかと言われれば、ヘリオンは首を縦に振る事は出来ない。
恐らくは、今のカイトも。
「まだ僕らは外に出たばかりだ。今は繋がりが無くても、素敵な出会いが沢山待っている!」
ゲーリマルタアイランドに流れ着き、教師として生きた1年間。
大家のおばちゃん、学園長を始めとした職場の仲間、学園の生徒たち。
たったの1年で、これだけ多くの人間と繋がりを持てたのだ。
それなのに、出会いを奪うというのは横暴すぎやしないだろうか。
「未来は、まだ始まったばかりじゃないか!」
「……では、力づくで」
交渉決裂と感じ取るや否や、イルマはゼッペルに視線を投げた。
直後、ゼッペルの右拳がヘリオンの脳天に炸裂する。
撃ちぬかれ、巨躯ごと病院の床をくり抜いていく。
「が――――!?」
なんだ、いまのは。
ただの右拳を受けたのだと理解するのに、数秒の時間を要した。
たった一発のパンチ。
それだけで自分は地に伏し、床すら粉砕したというのか。
「体調が仇になったな。今度やる時は、もう少し楽しませてくれると嬉しい物だ」
好き勝手な事を言うと、ゼッペルは再び拳を振り降ろす。
病室に亀裂が走った。
ヘリオンの身体がくの字に曲がり、そのまま砕け散った床と共に放り出される。
崩れ落ちていく病室で、イルマが叫んだ。
「ゼッペル・アウルノート! あなたはなんてことを!」
先程の無表情ぶりからは考えられない、鬼気迫る表情である。
反対に、ゼッペルは表情を変えることなくイルマの言葉を耳に届けた。
「XXXの皆さんをお迎えするのが我々の使命です。誰が倒せと仰いましたか!?」
「だが、倒さねば抵抗を続けていただろう。無駄な労力を使う前に気を失わせてやっただけのことだ」
ゼッペルなりの心遣いである。
ただ、今回に関して言えばまったく不要な心遣いだ。
イルマは床の穴を覗き込み、ヘリオンの姿を確認する。
突然の破壊に戸惑う医者たちが取り囲んでいた。
あれでは回収は難しいだろう。
この病院も長くは持たない。
「くっ……」
任務失敗。
ウィリアムから言い渡されたXXXメンバーの回収に、大きな遅れが生じてしまった。
残された時間も少ない。
もうすぐカイト達が約束の場所に辿り着いてしまう。
ボスとの約束に遅れるのは、絶対に許されないことだ。
脅迫にも似たそれを強く意識すると、イルマは溜息をついてからゼッペルに向き直る。
「ヘリオン様の回収は後回しにします。ヒメヅルへと向かいましょう」
「了解した」
「ですが、ボス達に対してあのような真似は許されません。テレポートをした後、あなたとは別行動をとりましょう」
「私の帰りはどうなる」
ゼッペルの移動はすべてイルマがコピーしたテレポート能力によって行われてきている。
それが別行動するということは、ゼッペルは帰りの足をなくしてしまう事になるのだ。
少々困った表情を浮かべるゼッペルに鋭い目線を送ると、イルマは淡々と言う。
「こちらの要件が終わった後、足を出させます。あなたは別ルートで帰投してください」
「了解した」
聞き訳よくゼッペルが了承すると、イルマは早速テレポーターの姿へと変身する。
だが、次に接触する人物も恐らくヘリオンと同じ態度をとることだろう。
イルマは半年間、カイトを観察し続けている。
もしもSYSTEM Zと切り札の詳細を知れば、その場で阻止を考えるだろう。
それで自分たちの退路が完全に断たれるのだとしても、だ。
その時が来れば、自分は――――
頭に出てきた言葉を振り払い、イルマは場所を想像する。
視察しに行ったヒメヅルシティの光景を思い浮かべた直後、彼女とゼッペルが光の粒子となって霧散した。
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