『LastWeek ~終わりの始まり編~』

脱走計画 ~始まりの始まり~

 7年ほど前の話だ。

 新人類王国にはXXXと呼ばれる特殊部隊があった。

 彼らは幼い頃から戦いに勝つ為に様々な訓練を課せられ、人間兵器として育った超人軍団である。

 当時の王、リバーラの提案により多額の援助金を受け取った彼らは、その恩恵を受けて期待通りの人間兵器へと成長していった。

 だが、確かな戦果をあげる中で影もある。

 当初集められた子供の数は136人。

 追加の人間も入ったとはいえ、それがたったの10人にまで減ってしまったのだ。

 いかに人間兵器と言っても、中身は人間。

 戦いに出され、殺されてしまったら戻ってこない。

 その事実を肌で感じていたのは、紛れもなく当人たちだった。

 明日は我が身かもしれない。

 そんな不安を各々抱えた彼らは、大人から隠れて提案した。


『ここから出る気はないか』


 集められるチームメイトを集合させ、ヘリオンが提案する。

 彼以外の4人は各々困ったような表情を浮かべつつも、ヘリオンの言葉に耳を傾けた。


『もう理解してるだろう。ここにいたら命がいくつあっても足りない。それに、死ぬまで戦っていくだけだ』


 俯き、静かな口調でヘリオンは言う。

 彼は限界だった。

 戦死したと見せかけ、新種のアナコンダとして生きていこうと考え始めるほどに追い詰められていたのだ。

 今の生活はヘリオンにとってストレスでしかない。

 だが、それは他の仲間にも同じことが言える。


『……確かに、その通りだな』


 真っ先に同調したのは御柳エイジだった。

 彼は古傷を擦りつつ、物思いに耽るようにして天井を見上げる。


『戦争が終わればこんな糞みたいな生活ともオサラバできるって思ってたんだがな。甘い考えだったわけだ』

『開戦からもう10年だもんね』


 当時のことを思いだしたのだろう。

 六道シデンも暗い表情になっていく。

 同期で唯一残った女性兵、エミリア・ギルダーも同様だ。


『でも、どうする気なの?』


 エミリアがどこか不安そうな目でヘリオンを見る。

 仲間がやろうとしているのは正真正銘、新人類王国に対する裏切り行為だ。

 裏切り者には死を。

 脱走者にも死を。

 逆らう者はとにかく叩き潰すのが新人類王国のやり方なのだ。

 これまで自分たちがそれを執行してきたのだから、よく知っている。


『私たちがいなくなったとしても、別の誰かが狩人になるだけよ。新人類軍はXXXだけで構成されているわけじゃないのよ』

『それこそ、噂に聞く鎧を出されたら堪ったもんじゃねぇ』


 その光景を想像し、エミリアの身の毛が震えた。

 湧き上がる不安をかき消す為、ヘリオンが再度提案する。


『だからこそ、君たちに提案している』

『一緒に逃げようって?』

『簡単に纏めるとそうなる』

『なにかプランはあるのか?』


 エイジが言った疑問に誰も文句を言わない。

 ここから出ていくことに対しては、みんな賛成意見であるとヘリオンは踏まえる。


『今は無い』

『そこも協力してくれって奴か?』

『ああ。僕ひとりの力じゃ限界なんだ。それに、逃げるならみんなで逃げたい』

『なるほど』


 ここまで沈黙を保ち続けた男が、口を開く。

 ウィリアム・エデンだ。

 正直なことを言うと、この男を呼んだのは一種の賭けのようなものである。

 過去に何があったのかは知らないが、旧人類を心の底から毛嫌いしているのだ。

 それこそ、下等生物と言っては罵っている。

 そういう意味では、XXXの中の誰よりもリバーラの意思に同調していると言えた。

 だが嬉しい事に、彼は協力的だったのだ。


『では、計画は僕が引き受けよう』

『え!?』


 予想外だ、とでも言わんばかりに驚くチームメイトたちの顔を見て、ウィリアムは肩をすくめる。


『なんだいその反応。僕だって今の状況に危機感を持ってるんだ』

『つっても、お前割と後方だろ』

『それでもだ。10年以上の付き合いになる君たちが苦しむ姿はこれ以上見るに忍びない』


 言われて、全員が思い出す。

 もう戦争が始まってから10年以上経つのだ。

 リバーラの予想よりも旧人類達の抵抗は凄まじく、早期の世界制覇は未だに達成できていない。

 戦いの期間が長引けば長引くほど、苦しむ時間が増えるだけなのだ。


『特に、カイトは早く解放しなければならない』


 その一言に、全員が押し黙った。

 神鷹カイト。

 当時のXXXのリーダーを務めた少年兵だ。

 本来なら彼もこの場に招いて話し合いたかったのだが、第二期の育成にかかりっきりの為に誘えななかった。

 もっとも、それはこちらの誘いを断る為の便宜上の物であることは全員が知っている。


『……すまねぇ』


 エイジが申し訳なさげに首を下げた。

 彼とカイトの亀裂は、未だ修復の気配がない。

 エイジの方は何時でもウェルカムなのだが、肝心のカイトがすっかりチームメイトを避けているのだ。


『言っていても仕方がない。実際、この状況で彼を誘うのは困難だ』

『第二期の育成があるのは本当だからね。特にアトラスはなんというか……』

『あー、あれはちょっとヤバめかもしれないね』


 偶に熱っぽい視線をリーダーに送り続ける後輩の姿を思い出す。

 全員が深いため息をついた。


『アトラスは王国の意思に賛同するだろうな。アキナもそっちのタイプだろ』

『じゃあ、第二期でこっちに取り込めそうなのはあの双子くらい?』

『あいつらはどっちにでも転がるよ。たぶん、カイトがいればな』


 どちらにせよ、神鷹カイトが重要なファクターであることに違いない。

 そもそも彼がいなければ、この計画の提案は無かった。


『どっちにしろ、僕は脱走するなら彼もつれていきたいと思ってる』


 ヘリオンが言った。

 彼は以前、カイトと個人的な相談を交わしている。

 その会話の中、彼がここに残るつもりなのも聞いていた。

 だが、ここにいてはカイトは死ぬ。

 いかに再生能力の保持者とは言え、度重なる人体実験は彼の身体に相当な負担をかけている。

 本人は平然な顔をしているが、それがただのやせ我慢なのは誰もが知っていた。

 恐らく、エリーゼの気を少しでも自分に向かせる為なのだろう。

 どこまでも一途な男だった。


『でも、エリーゼがいたら彼は……』


 エミリアがそこまで言いかけて、途中で止めた。

 これも全員が知っている事だ。

 彼はエリーゼの為なら自分の身体の安否など厭わないし、どんな犠牲でも出す。

 そういう男だ。

 実際、エリーゼに気に入られたカイトはXXXのリーダーと言う名目で後輩の面倒を一任されている。

 どう考えても激務だ。

 自身の訓練と実験、任務もある。

 何時休んでいるというのだろう。


『そこに関しては僕らでなんとかなる問題ではない』


 一番の課題が見えてきたところで、ウィリアムが話題を切った。


『確かにエミリアの言う通りだ。彼を連れていきたいのなら、エリーゼを諦めさせる必要がある』


 瞬間、エミリアが暗い表情を見せた。

 彼女が見せた態度に物言うこともなく、ウィリアムは続ける。


『だが、それは現時点では不可能だろう。彼は頑固だし、エリーゼもカイトを手放す理由はない。どちらかに変化があれば話は別だが、自然に待っているだけでは無理だ』

『陰からあらぬ噂でも流せ、と?』

『そうは言っていない。ただ、まだ時間はあると言いたいんだ』


 ウィリアムが時計を見やる。

 就寝時間まであと少しという時刻だった。


『今日はもう遅い。僕も脱出プランは考えておくから、この件は一旦次回までの課題としよう』

『次回って、いつやるんだよ』

『毎日では目立つ。1週間に2、3回やれればいい方だろう』

『じゃあ、次は3日後にしようか』


 淡々と計画が決まっていくと、一時解散の流れになる。

 各自部屋から出ていくと、各々の個室へと戻って行った。

 2名ほどを残して。


『エミリア』


 ウィリアムがその名を口にする。

 丁度部屋に戻ろうとしていた少女は、長い金髪を靡かせつつも振り返った。


『なに?』

『さっきはああ言ったが、実は思う事がある』

『どういう意味かしら』

『カイトとエリーゼの関係を壊す方法だ』


 紡がれた言葉に、エミリアの目が見開く。

 彼女はウィリアムに詰め寄ると、苛立ちの口調で言う。


『どういうつもり? 私だけにそれを言うの、嫌味じゃない!?』


 エミリアはこの1週間前、カイトにフラれたばかりだった。

 長い髪もチーム監督に対抗意識を燃やして伸ばした物だし、物腰もなるべく落ち着かせるようにしたつもりである。

 それが彼の好みだと思ったからだ。

 結果は惨敗だったわけだが。


『まあ、落ち着け。他の連中に聞かれると、誤解されかねないからね』

『ヘリオン達に聞かれると不味い事なの?』

『彼らはお節介だ。余計な混乱を生むよりかは、酷い目に会った君に相談したい』

『……いいわ』


 襟首を掴んでいた手を離し、エミリアが一歩後退する。

 僅かに距離をとった後、彼女は己の胸の中に芽生え始めた黒い感情から目を背けるようにして、ウィリアムに問う。


『聞こうじゃない。どうするつもりなのか』

『実は、エリーゼには秘密があるんだ。僕もこの前、偶然知った事なんだけどね』

『それを暴くっていうの? 彼にとって、驚くべきことなのかしら』

『暴露したところで彼の態度に変化はないだろう。彼は旧人類でも新人類でも偏見を持たない方だ』

『旧人類?』


 その単語が出てくるタイミングに疑問を持った。

 どうしてエリーゼの秘密の話なのに、旧人類が出てくるのだろう。

 ここは新人類王国。

 その特殊部隊であるXXXだ。

 旧人類の戦士などひとりもいない。


『……まさか』

『そのまさかさ』


 エミリアが答えに辿り着くと同時、ウィリアムはにやりと笑う。


『エリーゼは旧人類だ。彼女には僕の力が通用するんだよ』


 その言葉は、エミリアにとって悪魔の囁きでもあった。

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