第219話 vs何時か来るかもしれない日

「スバルっ!」


 柴崎ケンゴが緑を駆ける。

 木々の間を抜け、茂みを跨ぎ、草に足を取られても彼は前進を止めなかった。

 親友の悲鳴にも似た叫びが聞こえたからだ。

 見た感じ、スバルが乗りこんだ黒い機体は無事なように見える。

 対して敵対していた機体は顔面を切られて沈黙したままだ。

 どう見てもスバルが優勢なように見える。

 だが、そんな予想とは裏腹にスバルはこの世の終わりとも言わんばかりの大絶叫を解き放っていた。

 心配にならない訳がない。


『待ってください』


 そんなケンゴに待ったの声がかかる。

 妙にノイズの混じった声だ。

 壊れたラジカセから流れてくるような不快感に包まれながらも、ノイズはケンゴに語りかける。


『今はいかないで』

「なんでだよ!」


 ノイズの発信源に視線を向け、ケンゴは吼える。

 木にもたれ掛った少女が、脇腹を抑えながら少年に答えた。


『そっとしてあげて欲しいの』

「だから、なんでそうなるんだよ!」


 台詞から考えるに、この前髪のやたら長い少女もスバルとカイトの関係者なのだろう。

 抑えている個所から赤い染みが溢れているのが見えるが、ケンゴはお構いなしに口を開く。

 彼女の容態を気にしている余裕は、今の彼にはない。


「できるわけないだろ。あんな声を聞いてさ!」


 無視できるはずがない。

 背中を押して彼を向かわせたのは他ならぬ自分だ。

 その背景には様々な事情があったにせよ、あの時はそれが一番最善だと信じて送り込んだのだ。

 だが、結果はどうだろう。

 ケンゴは新人類に比べて視力がいいわけではない。

 なにがあったのかはわからないが、親友の危機だということだけは察しがついた。


「俺、またやっちまったかもしれないんだ。もう、そんなの嫌なんだよ!」


 言うだけ言って、ケンゴはカノンの元から走りさる。


『ま、待って!』


 急いで追おうとするも、カノンの足取りは重い。

 ベストコンディションなら旧人類の少年を捕まえる事など容易いことなのだが、アキナとの戦いで負傷した傷が広がってまともに動けないのだ。


『お願い。ひとりにしてあげて……』


 後ろから切実な呟きが聞こえる。

 必死さが伝わってきた。

 彼女なりに、親友を思う気持ちが痛い程に伝わってくる。

 しかし、それでも足を止めるわけにはいかない。

 自分にはあそこに行って彼を支える義務があるのだ。

 己にそう言い聞かせ、ケンゴはダークストーカーが佇む森の中へと向かう。


「止まれ」

「うわっ!」


 大分近づいたところで、ケンゴの身体が宙を浮く。

 首根っこを掴まれたのだ。

 勢いよく振り返ると、そこには蛍石家の住み込みバイトの姿がある。

 彼だけではない。

 一緒に行動していたエイジとシデン。

 見慣れぬ外国人の少女に、なぜかアーガスまで居る。


「言われただろ。お前は行っちゃいけない」

「おかしいだろ、それ!」

「……そうだな。そうかもしれない」


 認めつつも、カイトはケンゴを降ろす気配がない。


「お前の言いたいことはわかる。だが、それでも行かせるわけにはいかない」

「なんで!?」

「あいつが新人類王国の女王を殺したからだ」


 その言葉を聞いた瞬間、暴れまわっていたケンゴの動きが止まる。


「殺した?」

「正確に言えば、自殺だ」


 自殺。

 いまいちピンとこないフレーズだ。

 つい先ほどまで彼女に殺されそうになっていた身としては、襲い掛かってきた張本人が自ら死を選ぶと言われても信じられない。


「どうして」

「さあな。だが、問題はスバルがペルゼニアに勝った事にある」


 自殺の真意はどうあれ、ペルゼニアはスバルと戦って負けた。

 その間に蒼孔雀との戦闘があったとはいえ、直前の状況を見れば大した影響になっていないのは一目瞭然だ。

 新人類の代表者が旧人類に負ける。

 王国がその事実を死ぬ気で揉み消してくる事は容易に想像できる。


「今度は先代国王が全力で俺達を消しに来る。どちらかが完全に消えるまでこの戦いは続くだろう」


 今度こそ生きて会える保証はない。

 それどころか、運良く生き残ったケンゴを更なる危険に巻き込む可能性すらあった。

 マリリスとペルゼニアを続けざまに失ったスバルが、これから更に激しくなってくる戦いに求めることは自然と限られてくる。


「時間がない。あいつのことを本気で思うなら、早くここから非難した方がいい。寧ろしてくれ。頼む」


 実際問題、今ケンゴが合流したところで何の役にも立たない。

 イルマの言う戦争を終結させる手段がどれだけの物なのかもわからないし、これ以上足手纏いを増やす余裕も無かった。

 彼らは常に死と隣り合わせの環境にいる。


「今日、旧人類軍の精鋭が3人付いてきた。その中のひとりはブレイカーズ・オンラインでスバルと引き分けた事もある」


 それがどういう意味を持つか、わからないケンゴでもない。

 あのゲームが本物の機動兵器のシミュレーションソフトの役割を兼ねていることを知っているのだ。

 過去の成績とは言え、スバルと引き分けたほどの人間でも殺されてしまう。


「俺達が置かれた状況は、ちっともよくなっていない」

「寧ろ、完全に悪くなってるよな」


 エイジが横から口を挟んだ。

 彼は溜息をつきつつ、ケンゴに言う。


「そんなわけで、だ。オメーは連中に顔も割れてる筈だろうから、暫くは身を隠していてほしい」

「身を隠してって……」


 言いたいことはわからないでもない。

 またペルゼニアと同じように、スバルの関係者が狙われていくかもしれないのだ。

 その危険がある以上、普段の生活は封印しなければならないだろう。

 だが、いかに当事者とは言え身勝手すぎる言い分ではないだろうか。


「そんな事言われても、これは何時まで続くんだよ!」


 ダークストーカーを指差し、ケンゴが言う。


「みんな知ってるだろ。アイツ、親父さんを殺されたんだぞ。巻き込まれただけの被害者じゃねぇか!」


 ケンゴの視線が僅かにスライドし、アーガスを睨む。

 確かな敵意を受けとり、英雄と呼ばれた男は俯いた。


「……返す言葉もない」

「うるせぇよ! というか、どの面さげてここに――――」

「よせ!」


 このままいけば飛びかかっていきかねないケンゴを抑え、カイトがフォローに回る。

 彼がアーガスを庇うのは珍しい事だった。


「なんでだよ……! なんでおじさんを殺した連中の仲間はよくて、俺は除け者になるんだよ! 俺は、俺は――――」


 自分は、そんなに無力なのか。

 言葉にするよりも前に、実感がケンゴに襲い掛かった。

 どうしようもない罪悪感と、己の非力さに対する怒りに身を打たれる。

 柴崎ケンゴは背中を押すことができても、直接力になる事が出来ない。

 そんな彼の様子を見て、カイトが手を置いた。


「大丈夫だ」


 優しい口調で紡がれた言葉に、ケンゴは驚愕する。

 なんやかんやでこの男とも6年の付き合いがあるが、人を元気づけさせる気遣いがあるような人間ではなかったのだ。

 それが今、始めて温もりとなってケンゴを支えている。


「俺が、必ずあいつを連れて帰る」


 ダークストーカーを見上げ、カイトが力強い眼差しを送った。

 確かな決意を秘めた表情であると、ケンゴは思う。

 彼のこんな表情を見るのは、マサキが死んだあの日以来だ。


「だからお前は待っていてくれ。あいつがまた、昔の暮らしが出来た時の為に」


 その時はいつ来るのか。

 もしかしたら明日かもしれない。

 1年かかるかも。

 ひょっとしたらおじいちゃんになってしまう頃かもしれないし、最悪来ない可能性すらあった。

 

 だが、今の自分ができることを考え、彼なりに最善の選択肢を選んだうえでケンゴは静かに頷いた。

 頷く以外に、彼に選択の余地は無かった。









 真田アキナは不満足だった。

 面白くなくてイライラし、大股で歩んでいくくらいには今の状況がつまらなかった。

 自分をコケにしたゼクティスを倒したのはいい物の、あれは殆ど不意打ちのようなものだ。

 ジャオウも既にカイトが倒してしまったし、彼らを倒したカイトは辛気臭い雰囲気を出すばかり。

 溢れんばかりに湧き出す彼女の闘争本能は、戦いを求めている。

 だが、肝心の相手が見つからない。


 もうこの際、ペルゼニアに特攻してもおもしろいんじゃないかとさえ考えたが、天下の新人類女王も自ら命を差し出した始末だ。

 まったく、そんなつまらないことをするなら最初から来るなと言いたい。


 アキナにとって、自殺はこの世界でもっともやってはいけない禁忌のひとつだった。

 それは戦った相手の誇りを傷つけるし、なにより『勝ち負け』を蔑んでいる気がする。

 だからアキナはペルゼニアを認めない。

 同時に、彼女と戦ったスバルも評価する気になれなかった。

 敵が死んだくらいでいちいち喚くなと、心底思う。

 

 そんなことをしている間に、アキナのやる気はどんどん霧散していく。

 相手を求めても、狙いを定めた相手は悉く自分の闘争意欲を削いできたのだ。

 折角ゼクティスの空間から抜け出せたと言うのに、勿体ない。

 当初の標的だったカノンも、ゲーリマルタアイランドの傷が癒えていないままだ。

 ベストコンディションじゃない彼女と戦っても、敗北の傷は癒えない。


「ああ、もう!」


 鬱憤を晴らすように叫ぶ。

 彼女はカイト達から離れ、ひとりで行動していた。

 これからどうしようなんて考えはまったくない。

 自身が求めるのは戦いだ。

 ゆえに、これからなにをすべきかなんて聞かれたら戦いしかない。

 もっとも、その戦いが求められなくなってしまうと、ただイライラとするだけなのだが。


「なによ、本当に。どいつもこいつも辛気臭い。もっとこう、身体を動かしてすっきりしなさいよね!」


 凄まじい持論も、誰の耳にも届かない。

 空に向かって轟く文句は、聞かせてやりたい面子に届くことなく木霊する。


「ていうか」


 別れる前に、ちょっと聞き耳を立てていたのを思い出す。

 イルマ・クリムゾンと名乗る新人類の言葉についてアキナはじっくりと考え始めた。

 記憶に間違いがなければ、彼女はこの戦争を終わらせると言っていた気がする。


「……それは、ちょっと」


 戦いのない世界。

 それはアキナの理想とは正反対の空間だ。

 想像しただけで息が詰まりそうになる。

 退屈しかない世界だった。


「ダメよダメ! そんなことになったら、面白くなくなっちゃうじゃん!」


 真田アキナ、17歳。

 面白いの基準はあくまで強い人間と命を賭けて戦う事にある。

 そういう意味で言えば、戦争は彼女の理想にぴったりと当て嵌まった空間だと言えた。


「断固、阻止するわよ!」


 拳を握り、天に突き出す。

 彼女は誰にでもなく決意表明を送ると、回れ右。

 さっそく辛気臭い連中を叩き潰しに走ろうとする。

 が、彼女の足がそのまま進むことは無かった。

 

「がっ――――」


 アキナの身体が僅かに宙に浮く。

 勢いよく打ちつけられた腹部への衝撃で胃液が逆流し、口から透明の液体が溢れ出した。

 熱が込み上げ、口が痺れていく。


「な、な――――」


 不意の一撃に、アキナは困惑する。

 朦朧とする意識の中、彼女は自分を支える人物に向かって言った。


「なによ、あんた……」


 そこでアキナの意識は途切れる。

 たったの一撃。

 不意打ちとはいえ、耐えがたい屈辱だ。

 同時に、燃え盛るような激しい熱がアキナの中で目覚めていた。

 絶対にこいつを殴り返してやろう、という決意を胸に秘めたまま、彼女は倒れ込んだ。


「…………」


 意識を失ったアキナを抱き上げ、男は髪を掻き上げる。

 彼は無言のままスマートフォンを取り出すと、番号をプッシュした。

 ややあってから、男の声が返ってくる。


『はい。こちらウィリアム』

「ゼッペルだ。真田アキナを確保した」


 簡潔な報告だ。

 電話に出たウィリアムは口に出す事も無く、胸の内で呟く。

 戦いに特化した人間を育成したつもりではいたが、どうもそれ以外の感情が希薄だ。

 会話が長続きしない。


「イルマは無事に目標と接触した。これより別ルートで帰投する」

『ゼッペル、彼女は特別ゲストだ。じゃじゃ馬で面倒だろうが、それでも僕の可愛い後輩でね。しっかりエスコートしてあげてよ』


 エスコート。

 アキナには似合わない言葉だ。

 言った後、ウィリアムは苦笑してしまう。

 ただ、つい先ほどの『事故』を思い返し、ウィリアムは笑みを止めた。

 ゲーリマルタアイランドに在住している仲間を勧誘する為にゼッペルを向かわせた物の、勧誘しきれずにその仲間を叩き潰してしまったのだ。

 お陰で仲間は入院したまま。

 折角の大イベントを企画していると言うのに、これ以上の欠席者が出るのは面白くない。


『いいかい。くれぐれもやりすぎるんじゃないぞ。また仲間がボロ雑巾のようになるのは流石に堪える』

「了解。ゲーリマルタアイランドの二の舞はなるだけ避けよう。何もないようなら連絡を終了する」


 ウィリアムが何も答えずに待つ事30秒。

 ゼッペルは喜怒哀楽の表情が見えないまま、電源を切った。

 

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