第218話 vs終わらない戦い

 この世界には二種類の人間がいる。

 力を持って生まれた新人類と、そうでない旧人類だ。

 分類上、同じ人類として数えられている筈なのに彼らは争い続けている。

 どちらがこの世界の頂点に君臨するのに相応しい人種なのか。

 あるいは自分たちの正当性を証明する為に。


 そんな戦いが、もう17年続いている。

 物心ついた時から戦いの中にいたカイトは、心底疲れ切った顔で呟いた。


「……いつまで続くんだろうな。これ」


 茂みの向こうから見えるダークストーカー。

 その中から響き渡る少年の慟哭を耳にし、カイトは思う。

 ペルゼニアは最後にとんでもない置き土産を残したんだろう、と。

 厳しく言った物の、蛍石スバルは甘さが抜けない男だ。

 一度友好関係を築いてしまうと、まるで鎖に繋がれているかのように手放さない。

 例えそれが、彼を崩壊に導こうとした存在でも、だ。


「恐らく、戦争が終わったとしても延々と続いていくことだろう」


 殆ど独り言だったのだが、律儀に答えてくれる声があった。

 アーガスである。

 彼は妙に真剣な表情のまま、静かに語り始めた。


「元々、人間は争いを好む生物だ。理由はともあれ、我々は戦いから逃げられん」


 そして厄介な事に、一度始まってしまった闘争は簡単に自分たちを手放してくれない。

 例え勝利をおさめたとしても、他の誰かが『報復』や『追撃』と言った形で迫ってくる。

 ペルゼニアを倒しても同じことだ。

 前国王のリバーラが黙っている筈がない。


「終わったと思っても、また次がある。それが終わっても、また次が来る。私はこの戦争とそれに関連した戦いしか知らないが、この17年間はその繰り返しだったように感じるよ」


 最初から関わっていたわけではないアーガスですらこの感想なのだ。

 幼い頃から青年に至るまで戦い続けた第一期XXXは、ただ憂鬱になるしかない。


「あいつも、また同じ痛みを繰り返すのかな」


 カイト達がダークストーカーを見やる。

 この数日で一番神経を削らせているのは、間違いなく彼だった。

 先日のマリリスの一件に続き、ヒメヅルでの連続殺人。

 挙句の果てにはペルゼニア。

 このままでは蛍石スバルが壊れてしまう。

 そう思える程に、激動だった。


「ここに来たのが裏目に出たか」

「同じだ。例えここに来ても、来なくても、ペルゼニアは俺達の前に現れていた筈だ」


 スバルは限界にきている。

 本人の表情は見ていないが、あの性格だ。

 マリリスの後でもそうだったように、深く落ち込むことは目に見えている。


「あいつは俺達程切り替えがよくない」

「それが彼の限界でもあります」


 背後から声が聞こえた。

 近づいてくる足音を耳にし、カイト達は一斉に振り返る。


「イルマ」

「お久しぶりです、ボス」


 律儀に挨拶し、イルマ・クリムゾンが腰を折った。

 彼女の姿を見た途端、カイトの目つきが険しい物に変化する。


「今までどこに」

「事態の収拾を。警察に変身し、シティの人間の非難を誘導しました」

「そうか」


 実際はそれだけではなく、ケンゴの治療に当たったりもしたのだが、イルマにとってそれは大した仕事ではない。

 彼女の任務はあくまでカイトやエイジ、シデンを始めとしたXXXの回収だ。

 その上で、自分が彼らの配下にいるのを理想としている。

 ゆえに、旧人類のスバルとその関係者についてはちょっと冷たい。

 街の人間を助けたのも、昔ボスが世話になった程度の理由だ。


「道中で柴崎ケンゴと呼ばれる旧人類の治療にあたりました。蘇生は成功。一命は保障致します」

「……わかった。ありがとう」

「はっ。ありがたき幸せ」


 何時の時代の人間だ、こいつ。

 妙に古臭く、畏まった態度に半目を送りつつも、彼女に新たな疑問を投げたのはシデンだ。


「それで? さっきの台詞、どういう意味」

「そのままの意味です」


 立ち上がり、イルマの黄金の瞳がダークストーカーを映し込む。

 装甲が剥がれ、立ち上がる事もままならないその姿は正に傷だらけの巨兵であると言えた。

 イルマの目から見ても彼の残した成績は素晴らしいものである。

 だが、それだけではダメなのだ。


「一喜一憂。ひとりの敵と戦うたびにそんな調子では、これからの戦いを生き残れません。ましてや残っているのは鎧。ペルゼニアと同等か、それ以上の戦士が残っています」


 データだけで言えば、ペルゼニアを倒すのに消耗した兵が数人に留まったのは奇跡である。

 貴重なブレイカーのカスタム機を失ったのは痛手だが、それでも敵のトップを仕留めれたことは大きい。

 兵士にとって、最大の誉だ。

 どんな関係があるかは知らないが、彼女はスバルの親友を殺そうともした。

 本当なら、迷う暇もない筈なのだ。


「毎回無駄な時間をかける。それが旧人類である彼の限界であると言えるでしょう」

「馬鹿め。そこがいいいんだ」


 イルマの出した結論を、カイトが即座に一蹴する。


「効率を求めるならそれでいい。だが、あいつの勝利は俺達のそれとはちょっと違う」


 去年の今頃は自分も理解が及ばなかった。

 戦場で敵を殺す以外に何があるのかと、心底不思議に思っていたのも今では懐かしい思い出だ。

 そういえば、彼とあんな問答をしたのは丁度ダークストーカーと戦っていた時だったような気がする。


「……これ以上の問答は無用だな」


 溜息をつくと、カイトは改めてイルマに振り返る。

 相変わらずの無表情。

 だが、カイトの目には彼女が面白く無さそうな顔をしているように見える。


「不服か?」

「いえ。ボスが仰るのであれば、そうなのでしょう」


 前に会った時と変わらず、あくまでカイトの意思を優先する。

 彼女はなにも変わっていなかった。


「迎えは来てるのか」

「ええ。ペルゼニアの襲来があったので、すぐ近くで待機させています」

「高みの見物ってわけかい。けっ、いい御身分なこった」


 エイジが毒づく。

 当然だ。

 スバルを始め、ブレイカーに乗っていた面々はみんな命がけでペルゼニアに挑んでいったというのに、すぐ近くに来ていた味方は助けようともしなかったのである。

 あまり気持ちのいいものではない。


「そう言うな。こいつらにとっても、アレの登場は予想外だった筈だ」

「その通りです」


 カイトの助け舟にイルマが乗りかかる。

 直後、彼女は本題を切り出した。


「ペルゼニアの脅威は一旦は去りました。フィティングを呼び寄せますが、異論はありませんね?」

「ひとつだけ」


 そのまま連れ出しかねない勢いで喋り出すイルマに向け、カイトは指を立てる。


「ここで確認したい。星喰いはもう倒した。お前は俺達に何を望む?」


 1年前。

 トラセットでカイト達を出迎えたのはイルマとその教育者であるウィリアムだった。

 彼らは星喰いという人類の脅威を取り除くためにカイト達を招集し、王国とも停戦を結んで化物との戦いに臨んだのだ。

 だが、その怪物はもういない。

 ウィリアムにとって、残りの脅威は王国の追手と目障りな旧人類の筈である。

 昔馴染みが連れ去られたので捜索を出したと言うのならまだいい。

 だが、ウィリアムは思考の底が知れない男だ。

 既に旧人類連合を裏から牛耳ってる以上、なにをしでかすかわからない。

 今の連合は、彼の私兵に近い。

 そのお陰で助かっている事実もあるのだが、目的もわからずに付き纏われれば気味が悪いだけだ。


「お前は俺達の脱走も知っていたな」


 オズワルド曰く、王国での脱走をキャッチしたイルマは各兵に捜索任務を言い渡したのだと言う。

 どうやって脱走の情報を手に入れたのか気になるが、今はいい。

 問題はそこまでして自分達を呼び戻したい理由だ。


「ウィリアムの思想にはついていかないと言った筈だが」


 心当たりがあるのは、以前ウィリアムと話した際に話題に上がった彼の理想の世界だ。

 人類を統率するには優れた人間が必要であると言うのが彼の持論だったのを覚えている。

 それは王国の考えにも繋がるが、彼はその指導者にカイトを指名してきたのだ。

 自分で言うのも何だが、人選が狂ってると思う。

 というか、その考え自体を受け入れる気になれない。

 ゆえに、提案は断った。

 あれ以来ウィリアムからその話題はないが、もしもまた同じことの為に呼び寄せると言うのなら、付き合い方を考えなければならない。

 もう自分たちは保護された子供ではないのだ。


「……ウィリアム様はこの戦争を終結させるつもりです」

「なに」


 イルマの口から出た答えは、カイトの予想を超える物だった。

 驚き、カイトは僅かに口元を引きつらせる。

 彼だけはない。

 横を見ると、シデンとエイジも困り果てたような顔をしていた。


「正気?」

「もちろんです。寧ろ、ペルゼニアを倒した今こそが攻め入るチャンスだとウィリアム様は考えています」


 そりゃあ確かに。

 まだ先代国王がいるとはいえ、女王の死は国に少なからずとも影響を与えるだろう。

 その隙をついて攻撃を仕掛ける。

 理に適った行動と言えた。


「しかし、いかにして戦いを終結させるつもりなのだね」


 面識がないため、殆ど蚊帳の外だったアーガスが口を開く。

 彼の常識から考えても、王国を攻略するのは至難の業だと認識されていた。


「美しい手段なのだろうね」

「これが成功すれば二度と戦争が起こる事はないでしょう」


 言い切って見せた。

 どこか自信を匂わせる態度に、カイト達は益々困惑する。


「皆さんにはその作戦に協力していただきたいのです。17年間続いた戦いに決着をつけるのは、今しかありません」


 強い意志を感じる瞳だ。

 金の眼差しに射抜かれた瞬間、カイトはイルマの本気を垣間見た。

 彼女はこの戦いを終わらせたいと願っている。

 そんな風に感じた。


「切り札はSYSTEM Z。それさえ完成すれば、戦いも幕を閉じることでしょう。皆さんや彼にとっても、悪い話ではないと思います」


 戦いが終わる。

 実感のない言葉を受け、カイト達はただ困惑するだけだった。

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