第217話 vs数十分

 出会うべきではなかった。

 ペルゼニアは外に出たことが無く、他人との接触経験が碌にない。

 旧人類なら尚更だ。

 心の内にずかずかと入り込んできたスバルを特別視しだすのは決しておかしな話ではなかったのかもしれない。

 蛍石スバルは立派な兵士ではない。

 話を聞いた限りだと、寧ろ真逆。

 普通そうな少年と言い換えてもいい。

 特別な力を持って生まれたわけでもなく、ただ毎日を惰性で暮らしていただけ。

 唯一の特技であるブレイカーの操縦も、兵士でないならあんまり役に立たない。

 だが、それらを兼ね揃えた『遊び人』はペルゼニアにとって興味深い人材だった。

 同時に、彼は非常に居心地がよかったのだ。

 幼い頃、父から繰り返し言われ続けた言葉がある。


 お前は人の上に立つ人間だ、と。

 

 兄弟や親を殺したことは咎めない。

 君のそれは立派な才能だ。

 僕はそれを歓迎する。


 どれもこれもペルゼニアを肯定するだけの言葉だ。

 牢屋に入る直前まで聞いていた言葉は、ペルゼニアに新人類王国の王族としてのプライドを植え付けていった。


『私は女王よ!』


 そして今、ペルゼニアは牢屋から解き放たれ、女王の座に就いた。

 スバルがその封印を解いたのだ。

 不思議な縁であると、お互いに思う。

 接触時間はたったの数十分。

 退屈な勉強の時間よりも短い筈だ。

 なのに、どうしてこうも拘っているのだろう。


 ペルゼニアにはわからない。

 わからないながらも、心の中では彼と一緒にいたいという願いがあるのを自覚している。

 また、国の為に彼を殺さなければならないという使命感を背負っているのも事実だった。

 相反するふたつの願いを乗せ、ペルゼニアと獄翼が渦巻く。


『反逆者はひとりたりとも許してはならないの。例えあなたとお友達になったとしてもそうよ!』


 ずきり、と。

 胸が軋むのを感じた。

 言っていて辛い。

 自分の中にあるもうひとつの感情が、それはいけないと叫んでいた。

 だが、止まらない。

 止まってはならない。

 そんなことをすれば、自分は女王失格だ。

 何の為に兄を殺し、家族を皆殺しにしたのか。

 その意味が、水泡に帰してしまう。


『だから、死ねよ! あなたの全てを私に頂戴! 細胞から宝物に至るまで、全部!』


 獄翼の頭部が割れた。

 口元にひびが入り、無機質な鋼鉄の表情に笑みが浮かぶ。

 獄翼は笑っていた。

 ペルゼニアの主張を乗せ、獄翼が叫ぶ。


『命を、よこせ!』

「いいよ。くれてやる」


 妙に冷めきった声でスバルが言った。

 あまりに冷静過ぎる態度に、後部座席のアウラは仰天する。


「ちょ、ちょっ!?」

「でも、タダじゃやらない!」


 ダークストーカーの関節が軋む。

 重心を落とし、背部の飛行ユニットが飛翔の準備を始めた。

 突撃するつもりだ。

 瞬時に理解すると、アウラはスバルへと叫ぶ。


「馬力じゃ向こうが上ですよ!?」

「わかってる」

「なにか勝つ手段があるんですか!」


 スバルのことは信頼している。

 実力も認めた。

 だから疑うつもりはない。

 ないのだが、しかし。

 不安になる。


「あんなのとまともにぶつかったら、ダークストーカーでもバラバラになります!」


 オズワルドの蒼孔雀もそれで半壊した。

 いや、目の前に迫ってきているあれは、当初の物と比べても明らかに違う。


「あの子の為に死ぬ気ですか!?」

「冗談っ!」


 即座に否定すると、スバルは切っ先を構える。

 刃先の向く先にあるのは獄翼だ。

 背部が翼を広げる。

 ダークストーカーが、竜巻を纏った獣に飛びかかっていく。


「ペルゼニア、お前にそれは不要だ!」

『何を……』


 真っ直ぐ突撃するダークストーカーの姿を目撃した瞬間、ペルゼニアは呆気にとられた。

 装甲の薄いミラージュタイプが正面から突撃してきているのだ。

 単騎とは言え、暴風を纏った獄翼に考え無しで突っ込むことほど頭の悪い話も無い。

 例え反応速度は向こうが上でも、生物としての優位性はペルゼニアが勝ったままなのだ。

 ライオンを相手に突っ込んでいくなど、馬鹿のやる事だ。

 ゆえに、無様に逃げるのが精一杯だろうと考えていた。


『なんで、逃げないのよ!』

「俺には武器がある!」


 一瞬。

 ペルゼニアの脳裏に、幼い頃の問いかけが頭がよぎった。

 父からの問いだ。


「お前と俺は対等だ。同じこの世界で生きている」


 けれども悲しいことに、生物としての種類が違う。

 だが、種類が違うと言うだけで仲間と呼ぶことはできないのか。

 否。

 スバルは首を横に振る。


「旧人類と新人類。どっちが偉いかとか、優れているだとか、そんなのどうだっていい。興味がない! そんなのは学級会のクソくだらねぇ議論でやってろ!」


 これまで、たくさんの人間に会ってきた。

 割とユニークな連中が多かった気がするが、憎めない人間が多かった気がする。

 出会った当初、おっかなさしか感じなかった月村イゾウなんかは二度と頭から離れない存在になってしまった。


「もしも、お前が自分の力が優れていて、それが理由で俺と――――俺達と仲良くしたくないって言うんなら、俺が奪ってやる!」


 スバルは知っている。

 鎧の弱点を。

 新人類王国から脱出した後、カイトから目玉のことを聞いたのだ。

 その内容はSFチックすぎてとてもついて行けるものではなかったが、賭けてみる価値はあると思う。


 スバルが改めて獄翼を見やる。

 ペルゼニアに移植された目玉によって、変わり果てた姿。

 約半年間、一緒に戦ってきた仲間が迫ってくる。

 もう休ませてくれ、と。

 そう言っている気がした。


「ごめんよ。本当なら、俺だってこんなことしたくない」


 蛍石スバル、17歳。

 彼は愛着がわきやすい。

 ほんのちょっと座っただけだが、既にダークストーカーも身体の一部だと思っている始末だ。

 当初は弟子の機体だからと遠慮していたのだが、座ってしまったらこんなもんである。

 だからこそ、スバルはダークストーカーを含めた全員に向けて言った。


「すっげぇ痛いぞ!」


 巨人が激突する。

 強烈な風圧がダークストーカーの黒い肌を傷つけ、機械の悲鳴を轟かせた。


「損傷率、63パーセント!」


 アウラが懸命に伝える。

 困惑したまま彼女は続けた。


「持たないって言ってるじゃないですか!」

「もう終わるよ!」


 非難する口調で紡がれた言葉は、あっさりと退けられる。

 アウラが顔を上げた。

 ノイズ混じりの正面モニターを通じ、外の様子を確認する。

 獄翼の頭部に切っ先が叩きつけられていた。

 正確に言えば、刃先が獄翼のカメラアイに突き刺さっている。


『あ、あああああああああああああああああああっ!』


 ややあってからペルゼニアの絶叫が木霊する。

 SYSTEM Xで機体とリンクした人間は、機体の受けるダメージもリンクしてしまう。

 実際の肉体にダメージはいかないが、機体が受けたのと同じ衝撃が身体に襲い掛かってくるのだ。

 痛みに慣れているXXXの戦士たちと比べ、ペルゼニアには耐性がない。


「SYSTEM Xは機体頭部に搭載されている。そこを壊せば、もう能力を使えない」

「さ、流石に乗ってただけはありますね……」

「賭けだったけどね」


 それこそ修理された際にSYSTEM Xの場所を取り換えられていれば、竜巻に飲みこまれて死んでいた。

 ほんの数秒だけの接触で、ダークストーカーもその身の6割を削り取られている。

 少し間違えば、コックピットごとスバル達が消滅していたのは目に見えていた。


「でも、これしかなかった」


 物寂しげな目で獄翼を見やる。

 SYSTEM Xを破壊され、ラーニングが解除された今、獄翼はペルゼニアの力を使う事が出来ない。

 もう風を纏う事はないし、化物の目玉の力で無理やり再生する事もない。

 刀を引き抜き、スバルは言う。


「これで俺とお前の条件は一緒だ」


 果たしてこの声がペルゼニアに聞こえているのかはわからない。

 悲鳴が収まったとはいえ、痛みに慣れていないペルゼニアには相当な負担だった筈だ。

 言葉を受け入れる準備はできていないのかもしれない。

 だが、このままだと同じことの繰り返しになるだけだ。

 ダークストーカーも限界にきている。

 もう次は無い。

 ゆえに、今。

 行動を起こす必要があった。


「ペルゼニア。こんなことをして何を言ってるんだって思うかもしれないけど、俺はもっと君のことが知りたい」


 マトモに話したのは、ほんのちょっとの時間だけ。

 それもペルゼニアの質問に答え続けただけだ。

 スバル自身、彼女のことをよく理解しているわけではない。

 だが、彼女は言った。

 自分に惹かれているのが許せない、と。

 ちょっと照れくさいけども、それってつまり、


「君は、俺を受け入れてもいいって思ってくれたんだろ」


 とんでもない自惚れ発言だ。

 後ろの弟子の妹が物凄い目でこちらを見下しているのが判る。

 だが、ここまで来た以上止まれない。


「皆を殺したのは、そりゃあ許せない。でも俺の目の前には、今。君がいる」

「仮面狼さん、キザですね」


 吐き捨てるような口調でアウラが言った。

 棘を含んだ言い方をするのもわかる。

 姉のカノンを傷つけられ、一時的に行動を共にした旧人類軍の精鋭たちを殺されたのだ。

 それといきなり仲良くしようと言うのは、普通なら正気を疑われるだろう。


「俺には国の重さっていうのは理解できない」


 だが、女王様でも人間だ。

 新人類でも旧人類でもなく、ただ人間なのだ。

 人である以上、怒る事もある。

 悲しい事もある。

 辛い事もある。

 そういうのを共感できる奴が、ひとりぐらいいてもいい。


「君のやったことは忘れない。でも、君に苦しみと刺激を与えたのは俺だ。その苦痛を少しでも和らげることができたらいいって思ってる」


 ペルゼニアからの答えはない。

 通信回線は生きているままだ。

 相手が聞こえていると信じつつも、スバルは提案する。


「俺とやりなおそう」


 簡単な提案だった。

 こういう時、ドラマだともっとかっこいい台詞を用意してるんだと思う。

 いざという時に出てこない自分の語彙力の少なさに軽い絶望を覚えた。


『く、くく……』


 ややあって、回線の向こうから失笑が漏れた。

 直後、獄翼のコックピットが展開する。

 パイロットシートから身を乗り出し、ペルゼニアが姿を現した。


「ペルゼニア!」


 思わぬ行動に、スバルもコックピットを開こうとする。

 だが、その行動は後部座席のアウラによって阻まれた。


「待って! お願い、今は開けないで!」

「でも……」

「あの子は生身でも台風になれるような子なんですよ! 同じ空気に触れているだけで何が起こるかわからないじゃないですか!」


 そこまで言われてしまったらスバルも反論できない。

 大人しく操縦席へと戻ると、改めてペルゼニアに視線を向ける。


「ほんっと、嫌になるくらい甘いんだから」


 髪を掻き上げ、ペルゼニアがダークストーカーを見る。

 カメラアイを通じ、スバルと視線が合った。

 意識しているのかいないのか、彼女は僅かに頬を染めつつも続ける。


「負けたわよ」


 それは、堂々とした敗北宣言だった。

 新人類王国の最高の立場に君臨する女王が、自ら敗北を認めたのである。

 それもたったひとりの旧人類の少年に、だ。


「じゃ、じゃあ……」


 国の最高責任者が負けを認める。

 それはスバルにとって、戦いの終わりを意味するものだ。

 アウラも同じ意味で受け取ったのだろう。

 ふたりは自然と笑みを浮かべ、お互いを見やる。


「ええ、負けたわ。私はあなたに負けた」


 でも、


「まだ新人類王国は負けていない」

「え?」


 すっかり浮かれていたスバルは、そこで一気に現実へと引き戻される。


「わたしたちにはまだ、国家最強の鎧がある。先代国王が残っている。例え現在の女王が負けても、彼らは延々とあなた達を追い続けるのよ」


 それこそ、どちらかが滅びるまで。

 お互いに痛みを与えつつ、行き着く先は片方の消滅だ。

 恐らく、リバーラと反逆者のどちらかが消えるまで、この戦いは続く。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、ペルゼニアは向き直る。


「あなたとは、もっと別の形で出会いたかった」


 とびきりの笑顔で、そう言った。

 先程まで殺し合っていた人物とは思えない、穏やかな笑みである。


「ねえ、どうしてこの世界には二種類の人間がいるのかしら。なんであなたは新人類じゃないの? どうして私は旧人類じゃないの?」


 提案を耳にした瞬間、ペルゼニアの身体は歓喜に打ちひしがれていた。

 怒りや悲しみではなく、喜びが湧き上がっていたのである。

 それを理解した瞬間、彼女は気づいた。


「私、あなたが好き」

「え」


 完全に不意を突かれた。

 思わぬ告白に直面し、スバルが赤面。

 僅かに操縦席から飛び上がり、震えだす。


「なに喜んでるんですか!」


 脳天にアウラの空手チョップが炸裂した。

 その衝撃でそのまま操縦席へと着地すると、スバルは呻き声をあげながら頭を支える。


「これまでずっと外の世界から離れてたから、どんなのかわからなかった。でも、なんとなくこれがそういうのなんだなって思うの」


 胸に手を当て、ペルゼニアが瞳を閉じる。

 うっすらと、目尻から透明な液体が流れ始めた。


「暖かいね」


 ペルゼニアが言う。

 彼女は僅かに天を見上げ、呟いた。


「不思議。たった数十分だけの筈なのに、どうしてこうなれるんだろう」


 人間って不思議だ。

 改めてそれを思い知ると、ペルゼニアは瞳を開ける。


「……スバル」

「ペルゼニア」


 始めて名前を呼ばれた。

 年相応の少女のような笑みで呟く彼女の姿に見惚れ、スバルは反射的に名前を呼び返す。

 その言葉に、敵意は含まれていない。


「ごめんね」


 ただ一言。

 彼女が謝ったのは聞こえた。

 声色が徐々に震えていく。


「私、女王だから。責任は果たさないといけないの。私のせいでいっぱいアンハッピーな人が増えたから、私がハッピーになったらダメだと思う」


 だから最後に、これだけは言わせてほしい。

 恐怖を振り払うように身体を抑えると、彼女は縋るような表情で言った。


「ごめんね。あなたの大事な人を奪って、本当にごめんね」


 直後。

 ペルゼニアの姿が消えた。

 一陣の風が吹く。

 ダークストーカーの刀に、赤い染みができあがった。


「え?」


 一瞬の出来事だった。

 瞬きをしていれば、確実に見逃している。

 恐る恐るカメラアイを胴体へと向けた。


「見ちゃダメ!」


 アウラが呼びかけるが、もう遅い。

 スバルは見た。


 見てしまった。

 

 刀を通り過ぎ、切断された物体。

 半分になってしまった、ペルゼニアを。


「あ――――」


 蛍石スバル、17歳。

 新しくできた友達はトータルで一時間も話したことがない新人類の少女だった。

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