第216話 vs好き勝手

 ペルゼニアが女王になってから最初にやったことは、対スバル用の研究だった。

 並行して組織改革もやってはいたが、その辺は部下に丸投げして書類にサインを入れただけである。

 彼女はまず、王国の敷地内で破壊された獄翼を回収させた。

 そこに記録された戦いを見る為だ。

 1から10まで全てとなると獄翼自身から見た方が手っ取り早いのだ。

 その方が『勉強』にもなる。

 そうやって記録媒体を入手した後は、朝から晩まで視聴を続けた。

 息抜きには王国の技術者に作らせた等身大スバル人形をタコ殴りにし、睡眠時間はノアに調整を依頼。

 女王の責務に至っては必要最低限の業務だけ行い、自分が出なくても構わない物はゼクティスとジャオウに丸投げした始末だ。

 本来なら抗議物だが、下の不満は決まってこの一言で黙らせる。


『じゃあ、あなたが倒してくれるの?』


 頼れる相方がいたとはいえ、タイラントやグスタフ、サイキネルや鎧を倒した旧人類だ。

 最早旧人類だからという理由で嘗めてかかると、痛い目を見ることは明らかである。

 少なくとも、ペルゼニアはスバルをそう評価していた。

 だからこそ倒さなければならない。

 父が作り上げた新人類王国の理想において、蛍石スバルは害悪以外の何物でもないのだ。

 個人的には残念に思うが、仕方がない。

 新人類として生まれてこなかった彼が悪いのだ。

 他の兵に任せるつもりはない。

 あれは最初から自分の物だ。

 彼が愛した機体に乗って、彼が経験したすべてを自分も体験する。

 そのうえで彼を殺してあげよう。

 自分が望むのは強い彼だ。

 それを打ち破った時、女王としての自分はようやく完成する。

 そんな気がした。

 目を瞑れば彼の笑顔を思い出す。

 それが心地いいが、同時におぞましい。

 自分を構成する欠片のひとつひとつが作り変えられていくようで、不気味に思う。

 そして、喜んでいる自分がいることが腹立たしい。

 だからこそ、彼の主張は受け入れがたいものだった。


「戦え!」


 女王に似つかわしくない汚い口調。

 必死になってペルゼニアは訴え続ける。


「戦え! 戦え! 戦えええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 なぜ、奪ってきた人間に対してあんなことが言えるのだ。

 まともな神経ではない。

 彼女の叫びを聞いた少年は、振り降ろされた光の刃を躱しつつも、言う。


『いやだ!』

 

 スバルはペルゼニアの要求を頑なに拒む。

 どうしてそこまでして戦いを拒否するのか、と言いかけた瞬間、彼の方から答えは出た。


『今まで好き勝手やってきただろ! 俺の大事な人間を一杯傷つけて、さぞかし満足したんだろうな!』

「ええ、そうよ」

『なら、今度は俺が好き勝手やる!』


 なんだそれは。

 あんまりな発言を前にして、ペルゼニアは唖然とする。


『あ、あの! 私が言うのもなんですが、それをやる余裕はあるんでしょうか!?』


 スバルの後ろでサポートに回っているアウラが言う。

 彼女は能力を取り込まれる心の準備もしていたのだが、スバルはそれを使う気配は一向にない。


「後ろにXXXの兵がいる。それすら使わないと言うの!?」


 アンハッピー。

 まさに不幸。

 こんな屈辱が、未だかつてあっただろうか。

 外界から長い間離れていた彼女にとって、一番のショックだった。


「大体!」


 あまりの屈辱的状況に、ペルゼニアは激昂する。

 彼女の怒りを具現化し、獄翼の黒のボディが赤く染まっていく。

 変色の広がりに比例し、ペルゼニアに移植された目玉から赤い液体が流れ出た。

 もしスバルが彼女の姿を見ていれば、血の涙を流していると呟いていたに違いない。


「私とあなたは、物の数十分しか繋がりが無いでしょう! それがどうして友達なのよ!」


 エネルギーソードが突き出された。

 素早い一撃だ。

 吸い込まれるかのようにしてコックピットに向かっていく。

 だが、ダークストーカーは恐れることも無く、それ以上の反射神経で突きを弾いた。


「なっ!?」


 こちらが計算した以上の動きだ。

 明らかに反射の速度が上がっている。

 少なくとも、彼を倒す為に再現させたプログラムとは比べ物にならない。

 シミュレーションでは、9対1でペルゼニアが勝っていたと言うのに。


『そんな事を言うなら、その数十分で俺に執着するお前はなんなんだよ!』


 ダークストーカーが迫る。

 刀を構え、こちらに突撃してきた。

 ついに攻め入ってくるかと身構えるも、彼の狙いはペルゼニアではない。

 刀が一閃される。

 銀の弧を描き、刃が獄翼の腕をスライスした。

 ペルゼニアの握る操縦桿は一連の動作に追いつけない。


「そんな――――」


 唖然を通り越し、遂には呆然としてしまった。

 ペルゼニアはこの日の為に念入りな準備をしてきたのだ。

 彼と別れた数か月、毎日を費やした。

 自らが望んだ最高の瞬間を迎える為に、だ。

 その為にブレイカーの勉強をした。

 国の凄腕と称されるブレイカー乗りたちと戦い、腕を磨いてきたのだ。

 彼女はそれらすべてに勝利を飾っている。

 スバルは強いと意識しつつも、自分が負けるなんてちっとも考えていなかった。


 だが、ペルゼニアが切磋琢磨に獄翼の操縦をしていた頃、スバルもまた己の限界に挑戦していた。

 打倒、神鷹カイトに向けての特訓において、彼のステータスはペルゼニアの想像を超える物へと昇華されていったのだ。

 スバル本人としても、反射神経だけは相当強化した自信がある。

 その事実が、ペルゼニアを少しずつ追い詰めていった。


「あ、あ……」


 何時ものようにアンハッピー、と冗談めいた言葉も言えない。

 ブレイカーでの戦いは、反射神経の戦いだ。

 速度と手数で勝負するミラージュタイプ同士ならば尚更である。

 その戦いにおいて、ペルゼニアは完全に敗北していた。

 しかも、相手は最も危惧していた神鷹カイトではない。

 ダークストーカーの後部座席に座っているのはXXXの中でも下から数えた方が早い雑魚だ。

 しかも、彼女の力を借りているわけでもなかった。

 正真正銘、蛍石スバルに敗北を喫したのである。

 彼と同じ土俵に立ち、絶望に陥れる為の戦い。

 その筈だったのに、気付けば立場は逆転しつつあった。


『まだやるか、ペルゼニア』


 ダークストーカーが切っ先を向ける。

 鋭利な刃に対抗する為の武装は、今の獄翼に存在していない。


「……もちろんよ」


 だが、ペルゼニアはそれでも戦いを望む。

 己の内にある『もうやめよう』と叫ぶ声を無視し、彼女は眼球に力を込めた。

 獄翼に内蔵されたSYSTEM Xのメーターが一気に回復していく。

 それを確認した瞬間、彼女はアプリを再起動した。


『SYSTEM X、起動』

 

 コックピットに無機質なアナウンスが流れた直後。

 獄翼の関節部から光が漏れだした。

 普段の青白い発光ではなく、真っ赤な光の粒子が噴きだしていく。


『きた!』


 アウラが警戒する。

 スバルが参戦するよりも前、旧人類連合の精鋭や姉のカノンを退けた形態だ。

 光の色は赤だが、確実にあの時と同じかそれ以上の力を発揮してくるという確信がある。


『仮面狼さん!』

『わかってる』

『わかってるなら、はやくSYSTEMを使ってくださいよ』

『いやだ!』

『ちょっとぉ!?』


 幾らなんでもそれはないんじゃないか。

 アウラとペルゼニアは、スバルに対して全く同じことを考える。


「勝てると思うの?」


 あまりに頑固な物だから、聞いてみる。

 スバルは間を置く事も無く、即座に答えた。


『そんなことをしたら、君は納得しないだろう』


 何を言うのだ。

 納得がいかないのは、今のこの状況のことをいう。

 燃え上がる怒りの炎を内に秘め、ペルゼニアは叫ぶ。


「私は女王よ! 本当ならあなたなんかと関わることなく、玉座に君臨する人間なの! あなたを飼い殺す凄い人間なのよ!」


 ムキになって叫んでいると、自分でも思う。

 心の中にいる冷静な自分が本当にそうなのかと問いかけてきた。

 己の矛盾が、波紋のように身体の中に広がっていく。

 だが、ペルゼニアはそれらを己自身の言葉で黙らせる。


「いいわ。ここで終わらせましょう。順番が変わるけど、あなたを先に殺してあげる。もっと絶望して、苦しんで、みっともなく泣いて謝まって、そして死んでいきなさいよ!」


 獄翼の周囲を豪風が包む。

 黒い螺旋階段に包まれた深紅の輝きが、湧き上がる激情を瞳に宿す。


『俺は、お前に飼われたことなんて一度もないよ。例えお前が怖くたって、もう怖気づいたりするもんか!』


 親友が背中を押してくれた。

 背中に感触が残っている。

 僅かな温もりを感じつつ、スバルは獄翼を視界に入れた。


『来い、ペルゼニア! 俺たちは対等だ。邪魔な物を全部取っ払って、お前がしがみついている女王の座から引きずり降ろしてやる!』


 その為には、嘗ての愛機を無力化する必要がある。

 悲しいが、あれは同じ土俵に立つには不要な物だ。

 だからこそ、破壊する。

 これは戦いではない。

 駄々っ子を自分の席から引き剥がすだけだ。

 言い聞かせ、スバルは操縦桿を強く握る。

 黒と赤が入り混じった台風が、荒れ狂う。

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