第215話 vs苦しみ

 ヒメヅルの大地に黒が積もる。

 ゼクティスの背中から抜けた無数の羽が、雪のように降り注いでいた。

 積り、小さな山となった羽の集まりが崩れ落ちる。


「ぶはぁ!」


 まるで海の中から這い上がってきたかのようなテンションで、御柳エイジが現われた。

 彼に続き、シデンとアーガスも羽の中から現れる。


「いやはや、太陽は美しい。やはりあのような薄暗い空間よりも、このようなさんさんと照り輝く光こそが私には相応しい。ところで、彼女はまだ?」

「出れたって事はたぶん、アキナが倒したんだと思うけど……」


 周囲を軽く見渡すと、目的の人物はすぐに見つかった。

 倒れ込んだゼクティス・ローグエール。

 そしてその横で力なく座り込むカイトと、面白く無さそうな表情を浮かべるアキナだ。


「おう、カイト! やっぱりお前が戦ってたんだな。こいつの封印世界に穴が開いたから、誰か新しい奴が封印されかかってるんだとは思ったけどよ」


 元気な声でエイジが語りかける。

 それもその筈。

 初見殺しの塊のような女を倒す事が出来たのだ。

 少なくとも、これで封印の危険はないしペルゼニアに集中できる。

 ゼクティスによって閉じ込められた世界の中でアキナと再会し、彼女の提案に乗って脱出案を実行したが、これが功を成したと言えるだろう。


 まあ、脱出案といっても『穴が開いたらシデンとアーガスが能力で穴を固定し、エイジがアキナを投げる』という、至ってシンプルな作戦なのだが。


「…………」

「あれ?」


 ただ、当のカイトは妙に元気がない。

 元々ローテンションな男ではあったが、今日はやけに沈んでいるように見えた。


「どうしたの?」

「さあね」


 シデンが訝しげにアキナを見やると、彼女はそっぽを向いた。

 こちらも機嫌が悪くなったように思える。

 彼女の性格を考えれば、獲物を倒した時点で満足していてもおかしくないのだが。


「折角助けてあげたっていうのに、何も言わずにこの有様なんだもん。こっちの気分が滅入るわ」

「ふむ。それは確かに美しくないな」


 深く頷くと、アーガスはカイトに問いかける。


「山田君、なにがあった」

「……俺は負けていた」


 溜息をつくような小さな声だった。

 俯き、仲間たちを見上げることも無くカイトは言う。


「勝ったのはコイツだ。お前たちが陰ながら策を練っていなければ、俺は今頃封印されていただろう」

「まあ、作戦っていうかね……」


 あまり作戦とも言えるような内容でもないので、素直に胸を張る事が出来ない。

 約1名、アキナだけは得意げだったのだが。


「そうでしょう! それならアタシに感謝の意を示して、少しは戦ってあげようとかそういう意思はないの!?」

「連戦する気かよ」


 飽くなき戦いへの飢え。

 知ってはいたが、真田アキナの闘争心は異常だった。

 24時間戦い続けていなければ納得できないとでも言わんばかりの態度である。


「…………この女は、俺だ」

「はぁ?」


 突然、妙な事を言い出したカイトに全員が間抜けな声をあげた。


「自分自身の価値を見出せず、やっと見つけた場所で我武者羅に頑張って……子供の頃の俺を見ている気分だった」


 彼女の訴えは、妙に心に響く。

 エリーゼに自分の存在を認めてほしくて、やれることをぜんぶやった。

 彼女に認めて貰えれば、それだけでよかったと感じていた日々を送っていたのだ。

 ゼクティスはそれが憎いと言う。

 確かに、望む物を別の人間が得るのを見ればそう考えるかもしれない。

 事実、カイトは満たされていた。

 エリーゼの言葉に。

 彼女の温もりに。

 だが、それは裏切られた。


「俺達は、きっとみんな同じだ」


 これまで、何度も出会ってきた戦士達。

 その殆どはこの世界に生まれた、己の存在意義を見出す為に戦っている。

 今は時代が新人類よりになってきたが、その流れを作るまでにどれだけの苦労があったことだろう。

 ゼクティス・ローグエールはその色が特に濃い人間だった。

 ちょっと違う道を歩んでいけば、きっと自分はゼクティスと同じになる。

 容易に想像できる並行世界だった。

 だからこそ、カイトは問いたい。

 お前が羨ましがった物がまやかしだとしても、まだ欲しいと思うのか、と。


「エリーゼがいなかったら、きっと俺はこいつと同じになってた。エリーゼがいたから……」


 ただ彼女が隣にいてくれればよかった。

 幻想でも、ずっとそれに浸かれていれば幸せだったかもしれない。

 だが、それを打ち砕かれた時のショックは、今でも忘れられない衝撃だった。


「なんで」


 思い出すたびに、拳が震える。

 優しく微笑む彼女と、冷たい眼差しで銃を向ける彼女の姿が交互にフラッシュバックしていく。

 そのまま意識が沈んでいきそうになるカイトの背中を、力強く叩く手があった。


「終わったことだ」


 エイジだ。

 事情を知る親友は、必要最低限の言葉だけで彼の隣に立つ。


「忘れるなとは言わねぇ。それがどれだけお前にとって大事な物かは理解しているつもりだし、実際に見てきた」


 だが、今この瞬間も戦っている仲間がいる。

 エリーゼを失ってから手に入れた繋がりだ。


「考えたって、答えは出ないぞ」

「……そのとおりだ」


 頭では理解している。

 ただ、時々思うのだ。

 あの日、銃口を向けてきた彼女は本当にエリーゼだったのだろうか、と。

 よく似た別人が化けて、自分を陥れようとしたのではないか、と。

 そんな都合のいい想像をしてしまう。

 不毛であるとわかっていても、忘れることができない。

 一生塞ぐことのない傷口として、一緒に暮らしていくだけだ。

 だが、その傷口は時々酷く沁みる。

 自分の可能性になりえたゼクティスに哀れみの眼差しを送りつつも、カイトは心の中で問う。


 ――――お前はこの苦しみを背負っても、それが羨ましいと言えるのか。


 答えは返ってこない。

 





 新人類王国もすっかり寂れたものだ。

 誰もいない玉座を見つつ、リバーラはそう思う。

 半年前、自分が国王として君臨していた頃はもっと活気があった。

 だが、今はそれでいい。

 何故なら、この玉座の主は新人類王国の理念を体現している子だからだ。

 ただ偉そうに踏ん反り返っているだけで、何が王だろう。

 自分で獲物を見定め、刈り取る。

 過程で邪魔が入るのなら、それさえも八つ裂きにする傲慢さ。

 これだと決めたら仕留めるまで追い続ける執念。

 ペルゼニアは、すべてを持った子だった。

 理想通りの子供であったともいえる。

 長男のディアマットがつまらない発想の持ち主で非常に落胆したが、ペルゼニアの誕生はリバーラに新たな希望を見出した。

 リバーラは自身の子供に、毎回この質問を投げる。


『お前は狩りに行く時、武器を持つか』


 ディアマットは答えた。

 

『当然です。狩りとはそういうものでしょう』


 なるほど、確かにそう答える人間もいるだろう。

 だが、それではこの国を治めることはできない。

 寧ろ、君臨すべきではない。

 真の強者は、そんなつまらない答えを望まれないのだ。

 そんな憤りを感じるリバーラに対し、ペルゼニアは答えた。


『いいえ。持つ必要はないわ』


 心底不思議そうな顔をするペルゼニア。

 彼女は自然な口調で父の質問に答えていく。


『私たちには生まれ持った力がある。ハンティングは弱肉強食の世界であると聞いたわ。それなら、生まれながらにして強者である狩人が武器を持つ必要なんてあるのかしら』


 もしもあるのだとすれば、


『それはきっと、自分と対等の敵が出てきた時か。もしくは戦争の時なのでしょう』


 完璧だ。

 完璧すぎる答えだ。

 この子は新人類がどう生きていくべきなのかをきちんと理解している。

 新人類王国の玉座に座るのに相応しい人格と思考を、彼女は兼ね揃えていた。

 自分と対等の敵が出会った時は、生き残るために優れた武器を取る。

 戦争は相手を屈服させる『蹂躙』だ。

 敵の心を折る為には、強力な武器が必要になる。

 まだ小さいながらも、ペルゼニアはそれを十分に理解してる子だ。

 だからこそ、王はペルゼニアこそが女王になるべきだと考えた。

 ただ、唯一リバーラに誤算があったとすれば、それはペルゼニアが狩りの対象に興味を示したことに他ならない。

 屈服するべき旧人類に対して武器を準備し、ペルゼニアは意気揚々と出撃していった。

 空しい家臣を引き連れて。

 戦争をするというのなら、それでいい。

 敵を蹂躙する為には、武器を効果的に使う必要がある。

 だが、もしも戦う為に日本に飛び出ったのだとしたら、あの娘は壊れてしまったと判断するしかない。

 それは国にとっても、自分にとっても悲しい結末だ。


 だからペルゼニア。

 早く戻っておいで。


 リバーラは玉座の前で佇み、呟く。


「早く反逆者を殺して、戻っておいでよ。旧人類のガキなんかに心を惑わされたなんて、僕の杞憂だと思わせてくれよ」


 王は不安に耐える。

 それは彼が新人類王国の国王として君臨し続けていたどの時間よりも苦しく、辛い時間だった。

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