第214話 vsゼクティス・ローグエール
女王を守る為には強くなければならない。
幼い頃からゼクティスとジャオウはそう言われ続けてきた。
新人類に限った話ではないが、人間は訓練した分だけ強くなる。
それが子供のころから続けていったのなら尚更だ。
ただ、彼らが求められたのは各々の強さではない。
生き残る事。
そしてペルゼニアの願いを叶える事だ。
幼い頃、王は言った。
『いいかい、敵は君達の主が倒す。君たちは主の力で死ななければそれでいいんだ』
主君を戦わせ、自分たちは高みの見物――――とまでは言わないが、何もするなと言われたのに等しい。
しかし、彼らが想像するよりもペルゼニアの力は強大だった。
『ペルゼニアはたぶん、将来的にこの国を治めることになるだろうね』
『ディアマット様ではなく、ですか?』
この当時、リバーラの後継者には2人の候補者がいた。
第一皇子のディアマット。
そして末っ子のペルゼニアである。
だが、ペルゼニアは災害を巻き起こした為に牢屋に入った状態だ。
ゆえに、王の座はディアマットの物であり、自分たちも将来的にはディアマットに仕える物だと信じて疑わなかった。
『新人類王国はね、強者の国なんだ。だから国を治めるのに相応しいのはあの子だと僕は考えているよ』
『しかし、それではディアマット様は……』
『まあ、あの子もいずれ理解できる日が来るだろうね』
いずれにせよ、リバーラの構想において王は絶対的な立場でなければならない。
だからこそ、王のフォローをする為の人材が必要だった。
そこで目を付けたのがローグエール姉弟である。
彼らの能力は非常にユニークであり、なにより『見栄え』がいいのだ。
『どっちにしろ、君たちがペルゼニアに仕えることになるよ。仮にディアマットが王位を継承したとしても、そうするつもりだね』
何故。
当然ながら湧いてきた疑問を言うべきか否かと悩む姉弟に向け、王は言う。
『王はひとりでも敵を倒さなければならない。つまり、無双をする宿命があるんだよ』
始めて聞く宿命だ。
圧倒的な軍勢を相手にし、ひとりでも勝つ。
ペルゼニアはそんな戦いを求められていた。
彼女の戦いには、仲間など必要ない。
『というか、あの子は能力の都合上、ひとりで戦わせた方が都合がいいんだよね』
『では、我々は本当に書類を持ち運びするだけなのでしょうか』
『いんや』
王はいらずらっぽく笑みを浮かべ、幼い子供たちに囁く。
『君たちはただひたすらに耐えてほしい。ペルゼニアの技は敵味方関係なく巻き込むことになるだろう。それを見極め、あらゆる攻撃を耐え続けるんだ』
それは単純に戦闘力を伸ばすよりも辛い使命である。
どんなに辛い環境であっても尽くし、死ぬかもしれない境地に置かれてもペルゼニアの為に立ち続けなければならない。
『王には付き人がいるんだよ。付き人っていうのは上に立つ人間にとって需要なファクターなの』
要約すると、王様に付き人は見栄え的に必要であるが、ペルゼニアは力が強すぎてそれが難しい。
だからゼクティスとジャオウは耐えれるようになりなさいというのだ。
しかも、ふたりには敵を倒すなと言う。
『敵を倒す兵なら幾らでもいる。でも、君たちはそういうのに特化された能力じゃない』
敵を閉じ込める。
隠れ、奇襲する。
いずれもリバーラの理想とする強者のイメージとはかみ合わない。
どちらかと言えば、サポートの為にあるような力だ。
『王は大胆じゃないといけないんだよ! 大胆にばったばったと敵を倒す為には、それに釣りあうサポート力がないといけないんだ!』
姉弟の戸惑いを汲み取り、リバーラは両手を大きく広げる。
彼の言う無茶は今に始まった事ではない。
隣で構えるグスタフも、心なしか気の毒そうな表情をしているのが理解できた。
だが、内心。
ゼクティスは憤りを感じつつも、挑戦心が芽生えていた。
『……かしこまりました』
『姉ちゃん!?』
ゆえに、無茶振りを先に了承したのはゼクティスだ。
『我らはこの日より、ペルゼニア様の為に命を捧げましょう。ペルゼニア様が敵を倒すまで耐え続け、サポートを続ける。今日よりその準備に入ります』
『よろしい』
姉の返事を聞いた王は満足げに頷く。
だが、そこに横槍を入れる存在があった。
グスタフだ。
『待て』
『んもう、グスタフ! 折角少女がペルゼニアの為に決心してくれたんだよ? なんで茶々を入れるのかなぁ!』
『リバーラ様、お言葉ですがその前に確認しておくべきことがあります』
言いつつも、本音を言えば自分の興味が優先されたようなものだ。
ゼクティスはまだ幼い。
見たところ、あのXXXの少年と年は変わらないだろう。
少年にしてもそうだが、なぜ年端もいかない子供達がここまでの覚悟を背負えるのか。
グスタフには不思議で仕方がない。
『傍で仕えるということは、苦しいものだ。特にペルゼニア様の場合は格段に難易度が高い。お前たちが訓練を経たからと言って、必ずしも生きて帰ってこれる保証はないのだ。なぜ、自らの人生を急ぐ』
『急ぐのではありません』
ゼクティスの瞳がグスタフに向いた。
氷のような冷たい視線。
目を合わせただけで背筋が凍えるのではないかと思える鋭い眼光がグスタフを射抜く。
『これは運命です』
『運命?』
なんともファンタスティックな単語である。
グスタフは戸惑いを覚えつつも、少女の言葉に耳を傾けた。
『はい。8年間、弟と共に歩んでまいりました。どこにも居場所は見つからず、ただボロボロになるまで歩き続けた毎日』
思い出したのだろう。
横に構えるジャオウは悲痛な表情になっていた。
『すべて理解しました。この日の為に、私は生まれてきたのです』
占いを頑なに信じる知り合いがいるのを思い出したが、ややあってからそれとはまったく別の人種であることをグスタフは悟る。
彼女は自分の死に場所を求めているのだ。
あの若さで、どれだけの絶望を感じればその考えに行きつくのだろう。
『グスタフ。どうして僕がこの子達を推薦したか、わかるかい?』
グスタフの問いかけを終始見守っていた王が、口を開く。
にやついた笑みを浮かべつつ、王は少女を見た。
『XXXもそうだけどね。この子たちは帰る場所がどこにもないんだ』
新人類として生まれた子供達は、異能の力が宿っているケースがある。
外見だけでは判断できない場合が大半だが、ゼクティスの場合は明らかに目立つ特徴を持っていた。
今でこそ新人類という分類が成功している為に、誰も驚きはしないが、果たして彼女が生まれた時に親はどんなリアクションを残したことか。
『ここには同じ境遇の仲間がいる。そして、生まれたことに意味が持てる。新人類が――――いや、優秀な人間が相応の対価を得ることができる』
だからね、ゼクティス。
『君は優秀な子になりなさい。君たちはペルゼニアの隣で生き、彼女が役目を終えるまで死んではならない』
その言葉は、もしかしたら呪いだったのかもしれない。
不思議なくらいあっさりと飲み込み、身体の中に染み込んでいく。
ゼクティスの脳は、王の言葉に疑問を持つことなどなかった。
こうして、姉と弟は茨の道を進んでいく。
生きるというのは、難しい。
家臣になる為にサポートをしてくれたグスタフも死んだ。
彼は強い新人類だった筈だ。
実際に戦う所を見たことがあるが、とても敵う相手ではない。
王は無双するものだと言われたが、あれは無双将軍だった。
そんな無双将軍も、殺された。
ゼクティスの身の周りにいる人間で一番『死』から遠い人間だった筈なのだが、結果だけ見れば案外あっさりと逝ってしまったように思える。
この戦いが支配する世界で生き残る事が、どれだけ厳しいことなのかを理解した瞬間でもあった。
だが、それでもゼクティスは生きなければならない。
自分が死ぬ時。
それはペルゼニアが堕ちた時に他ならない。
虚ろな意識で呼吸を確かめる。
新鮮な空気が血で詰まった口の中に入っていくのがわかった。
「がはっ!」
息苦しい原因を作っている塊を吐き出すと、ゼクティスはゆっくりと起き上がる。
「なに!?」
カイトとエレノアがこちらを見る。
意外そうな表情をしていた。
当然だ。
ゼクティスだって、殺されたのかと思った。
だが、ゼクティスは死なない。
死んではならない理由がある。
「意外か?」
強烈なインパクトが首に襲い掛かったのは確かだ。
多分、まともに受けては首の骨がへし折れて絶命している。
弟のように。
「手応えはあったんだけどね……」
エレノアが頭を掻きつつも、困ったような表情を向ける。
彼女が困惑するのも無理がない。
まだふたりはジャオウの力を殆ど理解していないのだから。
「あの子は、影」
「影?」
「そう、影。自らが影となり、他の陰に溶け込むことができる」
一瞬の交差。
その隙に弟は己の影を姉のそれに混ぜ合わせた。
そして蹴りが首に命中する瞬間、自らが盾となってくれたのだ。
「ありがとう、ジャオウ」
思えば、どこまでも姉に尽くしてきた苦労人であった。
彼がペルゼニアの元に下ったのも、どちらかといえば姉についてきたようなものである。
羽の生えた姉を庇い続け、身体中が傷だらけになった。
痛い筈なのに、必死に耐えてくれた。
幼い弟の幻影が、ふらふらのゼクティスに呼びかける。
姉ちゃん、ここは逃げろ、と。
「大丈夫、あなたが救ってくれた命がある。あなたが守ってくれた人生がある!」
耐え続ける道を選んだのはゼクティスのみ。
だが、実際に一番耐えたのはジャオウだった。
その事実がただ辛くて、ゼクティスは吼える。
「あなたの分まで、私がペルゼニア様の隣で生きる!」
その為に、彼らは封印しなければならない。
ゼクティスの咆哮に呼応し、羽が縦横無尽に伸びていく。
黒の塊が森の中を駆け巡り、羽を撒き散らす。
「くっ」
「うわぁっ!」
カイトとエレノアが踏ん張り、風圧に耐えた。
カイトの目から見て、ゼクティスの背中から伸びる羽はどこまでも巨大に見える。
「エレノア、奴を縛れるか!?」
このままでは封印される。
直感的にそう思うと、カイトは隣にいるストーカーへと言う。
「やってみよう!」
「させるか!」
エレノア・ガーリッシュによる糸は非常に厄介だ。
あれに巻き付かれただけで、自分の取柄は無効化されてしまう。
もう二度と、あれを食らう訳には行かない。
「ああああああああああああああああっ!」
ゼクティスが悲痛な叫びをあげる。
当初出会った時のクールな表情は完全に捨て去られ、苦痛しかない歪み方。
彼女の痛みに比例し、背中からふたつの凹凸が出現する。
「なに!?」
背中を突き破り、新たな羽が出現した。
4枚翼が大きく羽ばたくと、獣のように飛びかかる。
暴れる4枚の翼はエレノアを飲み込み、そのまま木々を薙ぎ倒していった。
「エレノア!」
隣にいたストーカーが翼に飲み込まれた。
悲鳴をあげる間もなく、一瞬のうちに。
「……これが、封印」
まるで捕食だ。
飲み込まれた痕跡により、草原は抉られている。
本当に『封印』されただけなのか疑問に思えてきた。
『いやぁ、危なかった』
そんなことを考えている矢先、脳内にエレノアの声が響いてきた。
「なんだ、無事だったのか」
『飲みこまれた後、すぐ君の中に戻ったんだよ。ひょっとして心配してくれた?』
「いや」
まあ、そんなとこだろうなとは思っていた。
カイトとエレノア。
ふたりは化物の目によって魂が繋がれている。
どちらかを倒したところで、もう片方の身体に避難すれば倒したことにはならないのだ。
『ただ、あれはまずいね』
そんな不死身コンビでも、ゼクティスの技の危険性は十分に理解できている。
飲み込まれた張本人が、珍しく真面目な口調で説明し始めた。
『すごいパワーだった。たぶん、今のは鎧でも封印できると思うよ』
「マジか」
『前に戦った金ぴかがいるだろう。あれと力勝負しても負けないんじゃない?』
殺傷力では間違いなく鎧の方が上だと思う。
だが、ゼクティスのそれもかなりのものだ。
封印の詳細もわからない以上、飲み込まれるのは危険すぎる。
「……なるほど。なら、当たらなければいい話だろう」
カイトが靴を脱ぎ捨てる。
靴下を突き破り、銀色の爪が飛び出した。
「そういうのなら得意だ!」
カイトが激走する。
その踏込は草原を吹き飛ばし、地面を貫き、そして空気を震撼させた。
相対するゼクティスは、正面から伝わるビリビリとした刺激を肌で感じつつも、彼を招き入れる。
「来るか!」
縦に割れる大地を目視しつつ、ゼクティスは手招き。
背中の4枚翼が蠢くと、一斉にカイトへと襲い掛かった。
黒の槍が大地を貫く。
土が飛び散ると同時、ゼクティスは己の眼前に男の顔があるのを理解した。
「うっ!」
当たっていない。
一瞬の加速力が、先程と比べても格段に上がっている。
「今度は、誰も守ってくれないぞ!」
「わかってるさ」
ゼクティスは思う。
酷く冷静な声だ、と。
本当なら弟の為に泣いてやってもいい筈だろう。
ジャオウは生まれた頃から自分に付き添い、不憫な役を貰ってきた。
たぶん、自分が弟なら恨み言を呟いている。
姉ちゃんのせいで俺は何時も貧乏くじだ。
きっとこんな具合で、文句を言う。
ただ、感謝はしているのだ。
幼い頃、羽の生えた不気味な少女に対して優しく接してくれたのは、力を持った弟だけである。
もしも弟がいなければ、ゼクティスは自我を保てていた自信がない。
「それでも、私は死んではならぬ!」
巻き込んだのは、間違いなくゼクティス自身だった。
だから、自分が折れてしまっては顔向けできない。
「私は最後の最後まで生きる!」
カイトが空を切り、爪を振るう。
ゼクティスは素早い連打を丁寧に捌きつつも、4枚の羽でカイトの身体を包み込む。
「生きて、ペルゼニア様の為に生まれたのだと――――」
「ちぃっ!」
殆どゼロ距離だというのに、カイトの攻撃はゼクティスに届かない。
何度も爪を振るっているが、その度にゼクティスが両腕で捌いてくるのだ。
信じられない集中力である。
一度突進を見ただけで、ここまで防いでくるものなのか。
「証明したいんだよ、私は!」
自分に言い聞かせるようにして紡がれてきた言葉が、カイトへと向けられた。
「お前にわかるか、この痛み!」
生まれながらに力を持ち、気味悪がられた少女時代。
必死になって頑張って、見向きもされなかった故郷の悪夢。
「ここしか私に場所は無い。必要としてくれたところは、ここだけだった!」
望まれたのは修羅の道。
だひたすら耐えて、耐えて、耐えて、王の付き人になる事。
「お前が羨ましかった!」
羽が封印するよりも前に、ゼクティスの拳がカイトの胴体を叩きつけた。
圧迫感を受けつつも、彼は堪える。
「王国に辿り着き、私たちと同じような子供がいると聞いた!」
「それがどうした!」
「お前は愛されていた!」
最初はただの興味本位だった。
過酷な訓練を受け、国の為に戦いに出る少年兵の集団。
自分たちとベクトルは違えど、きっと辛い筈だと思っていた。
お互いに支え合うことができれば、もしかすると友達になれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつもゼクティスが見たのは、自分の理想とした姿である。
「頭を撫でられた!」
「なにっ」
「よくやったねって、褒めてもらえてる! 私はそんな言葉、一度ももらえなかった!」
XXXのリーダー、神鷹カイト。
彼は監督であるエリーゼのお気に入りであり、人生そのものだった。
遠くから覗き見たゼクティスは、それが羨ましくて仕方がない。
どうしてだ。
同じ力を持って生まれた人間で、身寄りがいないんじゃないのか。
なのになんでこの子は、こんなにも幸せそうなの。
「私は、お前が羨ましい!」
「知るか!」
「持っている癖に、捨てたお前が憎い!」
「捨てられたんだよ!」
両者の拳が衝突する。
威力で勝ったのはカイトだ。
爪先から伸びる鋭利な刃が、確実にゼクティスの拳を撃ちぬいている。
だが、ゼクティスは止まらない。
「俺だって、好きで捨てたわけじゃない!」
「戯言を。あんなに大事そうにされていた癖に!」
「お前に何がわかる!」
拳を貫き、尚も突進してくるゼクティス。
無数の黒い羽を身体に浴びつつ、カイトは危機を感じ取っていた。
羽が完全に周囲を覆い尽くしている。
辺り一面を支配していた自然の色はなく、ゼクティスの色に染められた。
封印が始まろうとしている。
「暗闇の中に消え、ペルゼニア様の名の下に断罪されよ!」
降り注ぐ羽が、カイトにまとわりついていく。
足が動かない。
羽が絡みつき、巨大な腕に掴まれているかのような錯覚を覚えた。
視界が黒に塗りつぶされる。
ゼクティスの顔も見えなくなろうとしている中、カイトはひとつの声を聞く。
「待ってたのよ、この時を!」
興奮冷めやらぬ野獣のような声だと、カイトは思う。
同時に、そんな声に聴き覚えがあった。
目を覆っていた羽が剥がれる。
僅かに見える視界から見えたのは、ゼクティスの背中から飛び出す真田アキナの姿だった。
「お前、どうして!」
「知らないの? アタシ、しつこいのよ!」
アキナの細い腕がゼクティスの首に巻きつく。
鋼鉄化したそれは後ろへと引っ張ると、鈍い音を立ててゼクティスの首を折り曲げた。
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