第213話 vs絆コンビネーション(糸)
何度も響く爆発音に、カイトは意識を奪われない。
彼の全神経は今、眼前に佇むゼクティスと、どこかに隠れたジャオウに注がれていた。
「どうした。遠慮なくかかってきていいんだぞ」
構えをとったまま、動こうとしないカイトにゼクティスが言う。
明らかな挑発だった。
だが、ゼクティスの誘いに反応する事も無く、カイトはじっと動かない。
『お誘いは断るんだね』
カイトの頭に女性の声が響き渡る。
この声が聞こえる度に彼は不快感に襲われるのだが、それをぐっと堪えたうえで心の中で呟いた。
『当然だ。わざわざ敵の術中にはまりにいく気はない』
とは言え、それも時とタイミングによる。
突撃するのがベストだと感じれば問答無用で速攻勝負を仕掛けるつもりだ。
それができないのは、ローグエール姉弟がシデンとエイジを『封印』したからだ。
『正直な所、封印っていうのはよくわからない。だが、言葉の意味から考えても無力化されたことは確かだだろう』
『あのふたりよりも鍛えてるようには見えないんだけどねぇ』
『そんな外見でエイジのパンチを受け切っている。どちらにせよ、かなり調教された新人類だ』
御柳エイジの握力がどの程度の物かは今更語るまでもない。
自分のそれを1と例えるなら、彼は1.5くらいは叩き出せる筈だ。
正直な所、彼と腕相撲をして勝つ自信はない。
『それと、さっきの口やかましい奴が消えたのも気にかかる』
地面の中に溶け込んだジャオウのことを思いだす。
あれもなにかしらの能力なのだろうが、それにしては気配が感じられない。
この世界から消え去ってしまったかのように、ジャオウは己の存在した証を消し去っていた。
『間違いなく奇襲してくるね』
『まあ、そうだろうな』
予想は簡単にできる。
問題は、どこから飛んでくるか。
隠れる場所には困らないのもあり、見つけるのは中々骨の折れる作業になりそうだ。
『先に能力を見極めたいんだろうけどさ』
エレノアが確信へと踏み込んでくる。
自身の考えを見通され、カイトは若干の苛立ちを覚えた。
『時間、ないんだよね』
既に5分は経過しているのではないだろうか。
だいぶ長い間、硬直時間は続いたように思える。
『こうしている間にも、待機している子はみんな殺されてるかもね。向こうのペルゼニアは彼らに比べても明らかに未知数。残してきた面子で勝てると思うのかい?』
旧人類連合の精鋭に、XXXの後輩。
緑の国、トラセットの英雄。
客観的に見たらなかなかのラインナップだ。
彼らが所有するブレイカーも、性能が悪い訳ではない。
だが、相手は鎧だ。
恐らくは力を極限にまで引き延ばした新人類である。
居残りをしているメンバーが弱いとは言わないが、相手が強すぎるのだ。
『君がふたりに任せて先行した理由、忘れていないだろう』
『言われなくても』
『なら、焦らない方がいい』
珍しくエレノアが諭し、カイトが諭された。
内心、親友がやられたことに焦りを感じているのを見破られたのだろう。
プライベートもクソもない身体構造がただ恨めしい。
『馬鹿を言わないでくれよ。態度を見ればすぐにわかる。何年君を見てると思ってるんだい』
『……ふん』
面白く無さそうに鼻を鳴らすと、カイトは半目になる。
先程まで警戒心剥き出しだった眼光は収まり、どんどん落ち着いた表情になっていく。
『君は自分が思っているよりもクールじゃない。割と熱くなりやすい性格だ』
『それもストーキングの成果か』
『もちろん。私は君に関する事ならなんだって答えられる』
即答してくるところがムカつく。
そして、否定しきれない自分にも苛立ちが募っていった。
カイトは溜息をつくと、再びゼクティスを睨む。
「じゃあ、遠慮なく」
草木が震える。
草原を蹴り上げ、カイトが真っ直ぐ突っ込んできた。
真顔のままそれを迎え入れるゼクティス。
彼女は表情ひとつ変えないまま、カイトの動きを観察する。
速い。
その一言に尽きる動きだ。
目で追うのが精一杯、と言った感じだろうか。
たぶん、あの爪を突き立てられたら無事では済むまい。
そんな想像をしつつも、ゼクティスは羽を広げた。
巨大な黒翼がカイトを覆い尽くすも、羽に触れるよりも前にカイトが行動に出る。
ゼクティスの懐に入り、顎を蹴り上げたのだ。
「がっ――――!?」
顔面が跳ね上がる。
同時に、ゼクティス自身も宙に浮く。
異次元に繋がる羽はカイトに触れることもかなわないまま、再びゼクティスの背中に収まる。
相当重い一撃だ。
脳にまで衝撃が届いている。
頭蓋骨をしっかりと強化していなかったら今頃脳みそが飛び出しているのではないかと思う。
御柳エイジの拳もかなりの一撃だったが、カイトの足はそれ以上だ。
脚力がそのまま威力に繋がっていると考えれば、その破壊力のすさまじさが伺える。
ペルゼニアを守るために骨格強化手術を受けた身体が、こうも簡単に悲鳴をあげている。
何度も受ける訳にはいかない。
「ジャオウ!」
ゆえに、弟を呼んだ。
カイトの背後から弾けた男の声が響く。
「あいよ、姉ちゃん!」
「む」
姉の声に合わせ、地面からジャオウが飛び出した。
池から飛び出すようにカイトの影の中から出現し、鉤爪を振りかざす。
爪の先端が首筋に迫る。
クリーンヒットを確信するも、その直前でジャオウの動きが止まった。
「んんっ!?」
腕を掴まれたのだ。
力強い握力によって鉤爪の動きは止まり、ジャオウの身体が固定される。
ただ、問題があるのはジャオウの手を掴んでいる物体だ。
「腕!?」
それ自体に問題はない。
手が手を掴むなんてよくある話だ。
問題なのは、ジャオウの手を掴んでいる腕がカイトの背中から生えていることにある。
胴体から伸びている腕は、ゼクティスに狙いを定めたままだ。
ジャオウを捕えた3本目の腕が蠢くと、カイトの上着が黒い霧になって霧散する。
「な、なんだぁ!?」
「気を付けろ。ソイツ、中にもうひとり潜んでいるぞ」
姉の助言を受け、ジャオウは思い出す。
この超人は二重人格者。
しかも本人を身体の中に取り込んだ男である。
身体の中から人間を出し入れすることに驚いていたら、きりがないのだ。
「残念だなぁ、誰も驚いてくれないなんて」
黒い霧がジャオウの周りを漂うと、再び集まって構築されていく。
カイトの身体から離れ、一時的にエレノアが姿を現した。
その指には既に銀色の線が走っており、ジャオウの身体を絡め取っている。
「じゃあ、こんなのどう?」
期待したリアクションでないことに心底残念がりつつも、エレノアは10本の指を一斉に動かす。
大地に逃げ込もうとするジャオウだが、絡みついたアルマガニウムの糸はびくともしない。
再び飛び込む事もできず、ジャオウは糸によって宙に投げ飛ばされた。
「ジャオウ!」
ゼクティスが叫ぶ。
翼を広げ、彼の救援に向かおうとするも、カイトがそれを許さない。
彼は右拳を構えると、飛び立とうとするゼクティスの腹部にそれを放った。
肘から解き放たれた拳が射出される。
鉄拳がめり込むと同時、ゼクティスもそのまま吹っ飛ばされる。
「ねえ、カイト君」
「……なんだ」
ローグエール姉弟が宙に浮くのを見ると、エレノアが楽しそうな笑みを浮かべつつ振り返ってくる。
非常に嫌な予感がしたが、ジャオウの奇襲から身を守ってくれたのは他ならぬ彼女だった。
頼んだ覚えはないが、それでもエレノアだったのだ。
「折角だし、ここで絆の合体技としゃれこんでみないかい」
「やだ」
融合してから少し経った時期に、エレノアからコンビネーションの訓練を提案されたことがある。
それこそが彼女の言う『絆の合体技』なのだが、カイトにしてみればなんでそんな気味の悪いネーミングの技を取得しなきゃいけないんだといった話だ。
ついでにいえば、合体技にはあまりいい思い出がない。
「えっ!?」
すると、エレノアは驚愕の表情を作る。
見るからに抗議の視線を送ってきていた。
このままいくときっとブーイングが飛んでくるのだろうが、それに付き合うのは非常にナンセンスである。
融合してしまった手前、エレノアと距離をとることはできない。
ゆえに、カイトは提案する。
「自分で倒す」
切り離した右腕をぐるぐると回す。
ゼクティスの腹部にめり込まれた鉄拳と肘を繋ぎ合わせる糸が、その動きに合わせて広がっていく。
「うっ!?」
羽ばたくよりも前に、ゼクティスの胴体が締め上げられた。
しっかりと手ごたえを感じつつ、カイトは疾走。
肘から伸びる糸を引き戻しつつも、ゼクティスへ突撃していく。
凄まじい勢いで糸が巻き戻される。
絡め取られたゼクティスの胴体が、カイトのもとへと引き寄せられていく。
「あはっ」
正に必殺の一撃を叩き込まんとしているカイトの耳に、嫌な声が聞こえた。
エレノアの舌なめずりだ。
猛烈に嫌な予感を感じつつも、カイトはちらりと振りかぶる。
「あはははっ! なぁんだ、素直じゃないな!」
エレノアの両腕が上から下に落とされる。
直後、束縛されたジャオウの身体が急降下していった。
「うおおっ!?」
慌てふためくジャオウ。
当然だ。
彼の落下地点には、まさにカイトへと回収されていくゼクティスがいる。
このまま落ちていけば、ぶつかるのは目に見えていた。
「本当なら空中で華麗に見せつけるんだけど、なるほど。地上で森に隠れながらのプレイっていうのも悪くない!」
「……いや、真剣にひとりでやるつもりなんだが」
エレノアがひとりで盛り上がり始めた。
彼女の嬉しそうな声を聞いた瞬間、ジャオウが口元を引きつらせる。
「テメェ、とんでもねぇヘンタイだな!」
「そうだよ。私は彼が絡むとヘンタイになれるんだ」
ならないでほしい。
切実にカイトは思う。
「ほら、カイト君! そろそろいくよ!」
「……本当にやらないとダメか」
「でも、この状況だと一番威力が出るのは私と君による絆なんだよ!」
本当かよ。
単純に動きを封じたところを爪で刺し貫いた方が早い気がする。
エレノアの言う『絆』の一番の利点は分離しながら戦えるということであり、カイト本人としてはエレノアとのコンビネーションに威力など求めていなかった。
「ああん、もう!」
納得しないカイトに痺れを切らし、エレノアが指を動かす。
直後、カイトの身体が宙を浮いた。
意図しない跳躍である。
当然、彼は取り乱した。
「おい、何をする!」
「ふたりの共同作業だよ! この機を逃したら、次の機会なんてないんだ!」
無理やり身体を動かしておきながら、なにいってるんだこいつ。
湧き上がるイライラを必死に抑えつつも、カイトは思った。
彼の意思とは裏腹に、右足は真っ直ぐゼクティス目掛けて突き出される。
そして反対側から走るエレノアは、今までで見た事もないような笑顔でカイトと全く同じ動作をした。
「せぇの!」
ゼクティスとジャオウの表情が青ざめる。
重なる姉弟の影。
前後から迫る超人の蹴り。
その先にあるのは、お互いの首だ。
首の位置が重なると同時、カイトとエレノアの蹴りが炸裂する。
カイトの鋭い一撃はジャオウの首に大打撃を与え、エレノアの勢い任せの一撃はゼクティスの首に衝撃を加えていく。
カイトとエレノアの足が、ローグエール姉弟の首を介して合わせられた。
ゼクティスとジャオウが同時に吐血すると、ふたりはがっくりと崩れ落ちていく。
その動作の間、エレノアは終始笑顔のままだった。
彼らが地に伏すと同時、巻き付いていた糸が緩んだ。
ゼクティスの背中から伸びる羽が、勢いよく広がっていった。
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