第209話 vs羽世界
目を覚ますと、辺り一面は暗闇が支配する世界だった。
無風で、太陽の光による熱や雨によるじめじめとした空気すら感じない。
きっと宇宙空間っていうのはこんなところなのだろう、と御柳エイジは納得する。
だが、本物の宇宙に飛ばされてしまったわけではない。
呼吸ができるし、周りに星が見えるわけでもないからだ。
彼は眠りにつく前の出来事をぼんやりと思い出しつつも、呟く。
「シデーン、いるか?」
「あ、エイちゃん」
最近はツーマンセルで行動することが多くなった男女の弾んだ声が聞こえる。
声にする方向に振り返ると、エイジは特に変わった様子のない親友の姿を確認した。
「おお、無事か」
「なんとかね。ただ、」
果たしてこの状況を無事と表現してもいいものだろうか。
見渡す限り真っ暗で、なにもない。
どこかに歩いて行こうものなら、延々とそれが続く予感さえする。
「空間転移術にかかったみたいだね」
「ミスター・コメットの奴よりも、更に限定的な空間みたいだな」
本来の世界とは違う、全く異質な世界に続く道を開ける事ができる新人類。
ゼクティス・ローグエールは空間転移術と称されるタイプの新人類だった。
背中から生えた羽に意識を奪われてばかりいたが、更にこんな力を持っていたとは予想だにしなかった。
完全に初見殺しの能力者である。
「出口はわかりそうか?」
「ボクもさっき起きたばかりだから、ちょっとわからないかな。ただ、もしもコメットの空間転移術と同じ理論だとすると、入口が開く筈だよ」
ミスター・コメットの作り出す空間転移術。
異次元空間に繋がる穴を開ける能力なのだが、空間転移術と呼称される能力は大体同じような形で別の世界への扉を開く。
ゼクティスの場合とて同じ筈だ。
「だから、飲み込もうとすれば必然的に穴は開くと思う」
「飲み込むタイミングっていうと」
「勿論、カイちゃんかアーガスだろうね」
可能性として一番高いのがこのふたりだ。
旧人類連合のパイロットたちやシルヴェリア姉妹はブレイカーに搭乗している。
穴を開けたとして、そう簡単に呑み込めるサイズではないだろう。
「ふはははははははははははっ! 誰かっ、誰かいないのかねー!?」
そんなことを考えていると、暗闇の中から聞いたことのある笑い声が木霊してきた。
声のする方向に振り向いてみる。
「返事をしたまえ! 誰かいるのはわかっているのだ。なぜなら、美しき美の狩人であるこの私を招待した以上、私の美しさに惹かれて必ず誰かが近づいてくるからだ! 決してひとりなのが心細いからじゃないぞ! 決して!」
非常に喧しく、自己主張に富んだ訴えである。
なんとなく誰がいるのか理解した後、エイジとシデンは無言でアイコンタクトを交わした。
無視しておこう。
そうだね。
腕を組み、頷く事でふたりは英雄の主張を無視。
しかし、それはそれで困ったことになる。
別行動を取っていたアーガスがここに来ているのだ。
既にペルゼニアの手は別部隊にまで及んでいる。
いかにブレイカーがあるとはいえ、果たしてペルゼニアを相手にどこまで持ちこたえられるだろうか。
「エイちゃん。マジな話するけど、勝てると思う?」
「分が悪いな」
ゲーリマルタアイランドでは最後まで諦めるなと言った青年は、頭を掻きつつも難しい表情を作る。
「鎧っていうのも勿論ある。だが、それ以上に能力が優秀だ。あのレベルの能力者は、新人類軍でも類を見ない」
これまで、様々なトンデモ超人と戦ってきた。
それらと比べても、明らかに格が違う。
「自然現象と戦ってるようなもんだ。流石の俺でも、風は殴れねぇ」
単純に倒す手段は思い浮かばないでもない。
ただ、それもペルゼニア自身の事故によるものだ。
その事故率を少しでも下げる為に、新人類をこうやって閉じ込めているのだろう。
「一番事故率が高いのはカイトだ。アイツには目がある」
「じゃあ、もしカイちゃんがここに来たら」
「その前に脱出しないとな。早くしないとカノンたちが殺されちまう」
自分たちとアーガスがこの近くに集まっていることを考えれば、出入り口は近くにある筈だ。
その手がかりを、なんとしてでも見つけなければならない。
「……出口を探すなら、アイツの協力が必要かな」
「認めたくないけどね」
先程から騒がしい方角に、再び首を向ける。
すると、暗闇の中から再度悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
アーガス・ダートシルヴィーの悲鳴である。
尋常じゃない雰囲気だ。
なんというか、声色が非常に痛そうだった。
懸命に助けを求めるような必死さがひしひしと伝わってくる。
「どうした!」
思わず走り出した。
数分程走ると、徐々にアーガスの金髪が見えてくる。
暗闇の中ではいい目印だった。
「あれ」
そんなアーガスの金髪に噛みついている黒い影がある。
鼻息を荒らしつつ、がじがじと金髪を歯噛みしている少女だった。
彼女の名を、エイジは知っている。
「アキナじゃねーか!」
「ふが!?」
名前を呼ばれ、真田アキナが噛みついたまんま振り返る。
獰猛な肉食獣のような目つきだ。
まるでライオンである。
人間の頭に噛みついているのだから、あまり違和感がない。
いや、今はそれ以上に気になる事がある。
「お前、なんでこんなところに?」
「ふが! ふがが!」
「口は離せよ。ていうか、なんでソイツに噛みついてるんだ」
鼻を壊すぞ。
言いかけた瞬間、アキナがアーガスの頭を吐き出した。
涎だらけの金髪が床に転がる。
「おふぅ!」
アーガスが喚いた。
よく見れば、背中に赤い染みがある。
何かに貫かれたようだが、その傷を塞ぐようにして赤い薔薇が咲いていた。
「いやぁ、助かった。ありがとう御柳君! 持つべきは美しい友!」
親指を立て、アーガスが白い歯を光らせた。
エイジはそれを無視すると、改めてアキナを見やる。
目が血走っていた。
彼女はエイジを睨むと、今にも噛みついてきそうな勢いで喋りだす。
「お腹すいたのよ!」
切実な主張だった。
「この中に閉じ込められて、もう何時間たったのかわからないわ! 歩いても歩いてもなんもありゃしない! そこに肉があれば食べるしかないでしょ!?」
「もうちょっと美味そうな肉を選べよな」
明らかに人選ミスだった気がする。
アーガスは肉と言うよりはベジタブルでフレグランスを撒き散らす危ない花だ。
食べたら確実に腹を壊す。
「で、結局なんでお前がここに。味方なんじゃねーのか、アイツら」
「どうせゲーリマルタアイランドでの任務の失敗で怒られたんでしょ」
シデンの一言で、アキナの表情が歪む。
気にいらない、とでも言いたげな顔だ。
「図星か。わかりやすいな」
「うっさい!」
アキナに言わせれば、ブレイカーなんて持ち出したのが間違いだったのだ。
アトラスが新型を作ると聞き、自分だけ生身のままなのが面白くなかったと言う理由だけでヴァルハラを作らせた。
だが、性に合わない。
やはり自分自身で動き、殴るのが一番だ。
だからこそ、アキナは思う。
「外に出て、あの姉弟をぶん殴る!」
「本当に見境ないな、お前」
ある意味、昔と比べて一番変わってない後輩だ。
ただ敵を求め、倒したいと思った人間に喧嘩をふっかける。
今はそれがペルゼニアの家臣に向けられているというわけだ。
「しかし、外に出ると言ってもだ。方法はあんのか?」
「あるわよ」
野獣の娘は、僅かな笑みを浮かべて言う。
「アンタ等が入ってくるの、見たもの。その位置で待機して、次に穴が開いた時、そこから脱出するの」
「じゃあ、なんですぐに出なかったんだ」
簡単に数えても、少なくとも2回はチャンスがあった筈だ。
にも拘わらず、アキナはまだここにいる。
「……タイミラグが思ったよりも狭いのよ。しかも出入り口は天井に位置してる。穴が開いたのを見てからじゃ、遅いのよ」
だが、アキナは思う。
御柳エイジ。
六道シデン。
アーガス・ダートシルヴィー。
この面々が揃えば、この空間からの脱出は可能ではないのか、と。
「ねえ。提案があるんだけど」
「乗った」
内容も聞かない内に、エイジは首を縦に振った。
「ちょ、ちょっとエイちゃん! いいの? この子を外に出したら、また暴れるだけだよ」
「今はココから出る方が先だ。それに、アキナの今の目的は俺達じゃねぇ」
「そゆこと」
流石はエイジだ。
よく理解してくれている。
XXXに所属していた頃、カイトの次にマンツーマンの特訓を引き受けてくれた先輩は彼だった。
エイジの言う通り、アキナが今戦いたいのはカイト達ではない。
ただ、もしもゼクティスを殴り飛ばした後は『借り』を返したいと思う。
負けっぱなしは、性に合わない。
今度はブレイカーを出さないで、徹底的に生身での戦闘を楽しもう。
同期の――――カノン・シルヴェリアの顔を思い出しつつも、アキナは不敵に笑った。
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