第208話 vs凶鳥と闇猫

 爆発音が上空に響く。

 アーガスが上空を見上げると、蒼孔雀が木端微塵に吹っ飛んでいた。


「よそ見たぁ、余裕あるじゃんかヘンタイ!」

「少しは口を閉じたまえ!」


 正面から鉤爪を振り回すジャオウをあしらいつつ、アーガスは言う。

 彼は会話によるコミュニケーションを美徳とする人間だった。

 だが、誰かの死を目の当たりにして呑気な会話をするほど、アーガスも余裕を持てない。


「苛立つなよ。お前よりも前に上にいる連中はペルゼニア様に殺される。お前に確実な死が下されるのはもうちょっと後だ」

「そういう問題ではないのだ!」

「じゃあ、このまま俺があのパイロットの後を追わせてやろうかぁ!?」


 激突するレイピアと鉤爪。

 にじり寄ったジャオウの口から唾が吐き出されると、アーガスは顔にかかったそれを拭い取る。


「ヘンタイ、察してるかもしれんが俺はあくまで足止めだ。お前やXXXは面倒臭いから、なるだけ俺達が弱らせておく必要がある。残念だけどな!」


 本当なら心行くまで思いっきり暴れたかったところだが、主君の命令だ。

 刃向うことなどできない。

 ペルゼニアはローグエール姉弟よりも雲の上の存在なのだ。


「あくまでペルゼニア君が直接、我々を手にかけるつもりなのだね」

「そうだよ。だからあの方が来るまで、俺と遊ぼうぜ」

「断る!」


 ジャオウの誘いを比較的乱暴に断ると、アーガスはジャオウの腹に蹴りを入れた。

 鈍い音を響かせ、ジャオウが尻餅をつく。


「悪いが、こちらは君と遊んでいる余裕などないのだ。美しく、一撃で散りたまえ」


 ゆっくりしている余裕などない。

 生身でどれだけ獄翼に対抗できるかはわからないが、ブレイカーチームには既に犠牲者が出ている。

 一刻も早く援護が必要だった。

 その為には、目の前で邪魔してくるこの男を手早く始末しなければならない。


 英雄の左手に必殺の白い薔薇が顔をのぞかせる。


「悪いが、こっちも仕事でね。大人しく一撃で散るわけにはいかねぇんだ」

「既に地に足をつけた者が言う事か!」


 尻餅をついたままの姿勢になったジャオウ目掛けて、アーガスは突撃。

 左に握られた一輪を構える。

 

「そうだろ、姉ちゃん」

「むっ!?」


 ジャオウの口元が僅かに吊り上った。

 直後、尻餅をついたままジャオウの身体が溶け始める。

 どろどろの黒い液体になったかと思えば、一瞬で地面の中へと消えてしまった。


「なに!?」


 新人類軍なのだから、当然なにかしらの力は持っていると思っていた。

 姿を消す新人類には、何度か会った事がある。

 だが、ジャオウの場合は気配すら消えていた。

 溶け込んだ地面の中にいるのではないかと思い、両手をかざす。

 アーガスが念じると、地中から無数の植物が花を咲かせ始めた。

 地中に眠る植物の活性化だ。


 だが、ジャオウの姿を見つけることができない。

 どこに隠れたかもわからぬまま、アーガスは周辺を注意深く探る。

 すると、不意に上空から黒い影が落ちてくるのが見えた。

 ふらふらと揺らめくそれをキャッチし、アーガスは見やる。

 羽だ。

 カラスを連想させる、黒い羽。


「これは」


 一瞬、本当にカラスが飛び去っていったのかと考える。

 だが、その考えはすぐさま捨てた。

 アーガスの背後から物音が聞こえたのだ。


「そこか!」


 振り返り、左の白薔薇が放られる。

 矢のように勢いよく飛んでいく一輪の花。

 その軌道は、襲い掛かった巨大な黒い羽によって遮られた。

 森の中から現れたのは、羽を生やした軍服の女だった。


「ジャオウ、口が軽いぞ」

「ごめんよ、姉ちゃん」


 再び、背後からジャオウの声が聞こえる。

 音も無く、気配もなく現れたその存在に驚きつつも、アーガスは背後から感じる激痛に耐えた。

 鉤爪がアーガスの背中を貫いていたのだ。


「悪いな、ヘンタイ。どうやら俺の想像よりも早く姉ちゃんの仕事は終わってたらしい。大人しく封印されといてくれや」


 全く悪びれた様子も無く、鉤爪が引き抜かれる。

 背中を貫かれたアーガスは、強い脱力感に襲われながらも必死に倒れまいと足を踏ん張った。


「流石は元新人類王国の代表者。この国を任されていただけのことはある。背中を貫かれ、尚も闘志を失わない」


 ジャオウに姉と呼ばれた女が、数歩こちらに近寄ってくる。

 彼女は背中の黒翼を大きく羽ばたかせると、威嚇するようにアーガスに見せつけた。


「その闘志、暫く封印させてもらう」


 直後、ゼクティスの羽がアーガスを飲み込んだ。

 黒い羽が波のように覆い被さっていく。

 アーガスは避ける事もせず、ただそれを耐えた。


「あばよ、ヘンタイ」


 ちらちらと手を振り、ジャオウが別れの挨拶を済ませる。

 飄々とした態度に喝を入れたのは、彼の姉であるゼクティスだった。


「ジャオウ、お喋りが過ぎるぞ。なぜ敵に私の存在を教えた」

「意識を逸らせるかもしれないだろ。ヘンタイってのはな、封印をする前に手痛いダメージを与えておくもんだ」

「お前の経験か?」

「何をしでかすかわからないのがヘンタイなんだよ。アイツらは常識を捨てたからヘンタイなんだ。ヘンタイであればあるほど、不測の事態ってのが起こりやすい」


 それはペルゼニアにとっても、ゼクティスにとっても望むべきものではない。

 ならば、ヘンタイに分類される人間は痛めつけてから檻にいれるべきだろう。

 理には適っている主張だった。

 ゆえに、ゼクティスは大きく咎めない。

 結果的に敵の封印に成功したのも事実だ。


「……まあ、いい。アーガス・ダートシルヴィーの封印は完了した」


 アーガスを包み込んでいた羽がゼクティスの背後に折りたたまれていく。

 先程までアーガスが立っていた場所には、彼が流した血痕しか残っていなかった。


「これで残る封印対象は神鷹カイトのみ」

「それじゃあ、手筈通りだな」


 無言で頷くと、ゼクティスは飛翔。

 再び森の中へと飛びこんでいく。

 それに続き、ジャオウも跳躍。

 姉の後を追い、森の闇へと姿を溶かしていった。








 神鷹カイトは違和感を覚えていた。

 森があまりに静か過ぎる。

 上空は先程から喧しいが、地上で起こる筈の騒音が上空のそれでかき消されるとは思えない。


 アーガス・ダートシルヴィーがブレイカーに乗っているのかは知らないが、六道シデンも御柳エイジも戦ったらかなり派手な新人類だ。

 彼らが暴れて、森に何の被害が出ないとは考えにくい。


『不安そうだね』


 カイトの思考を読み取り、彼の中で待機しているエレノアの人格が語りかける。


「何の用だ」

『冷たくすることはないじゃないか。君が不安そうだから、ちょっとでも元気づけようと思ってね。それで好感度アップ間違い無しって寸法さ』


 そういうことを言うから好感度が上がらないのだが、構ってしまうと調子に乗るので敢えてなにも言わないことにした。

 代わりに、彼女に尋ねる。


「あの羽女、手強いのか」


 ペルゼニアの側近と思われる軍服を羽織った女。

 先程、彼女をエイジとシデンのふたりに任せてきたばかりだ。

 だが、相手の実力はまだ未知数。

 エイジに殴られ、立っていられたくらいだ。

 並の新人類よりも遥かに戦闘に特化された人間だと考えていい。


 だが、カイトはゼクティスを知らなかった。

 恐らく、自分がXXXを抜けた後、新人類王国に組み込まれたのだろう。

 カイトがいなくなった後の王国に関しては、エレノアの方が詳しい。


『知らない』


 ところが、彼女の返答は期待外れだった。


『そもそも、ペルゼニアを拝んだのも今日が始めてだからね。その辺は君も事情を知ってるだろう』

「ああ」


 ペルゼニア・ミル・パイゼル。

 新人類王国の王位継承者にして、他の継承者たちを皆殺しにした赤ん坊だ。

 生まれながらの強大な力ゆえに、檻の中に幽閉されたと聞いている。


『推測するに、彼女はペルゼニアの能力に巻き込まれても務める事が出来る人間なんだろうね。そうでないと、彼女の家臣なんてやってられないだろうから』


 人体を軽く切断する能力に巻き込まれても、死なない。

 簡単にゼクティスのポテンシャルを推測すると、こんな感じの予想ができる。


『もっとも、彼女よりも前に』


 エレノアの意識が僅かに上空へと向かう。

 獄翼とダークストーカー、蒼孔雀による空中戦が繰り広げられていた。


『まずはあっちを何とかした方がよさげだけどね』

「そのつもりだ」


 先程から蒼孔雀とダークストーカーは防戦に努めているばかりだ。

 それに、数も合わない。

 既に誰かやられてしまったのだろう。


「ペルゼニアを甘く見ていた。アイツは鎧だ。恐らく、ゲイザーなんかと違って、自分から手術を受けたんだろう。俺と同じだ」


 それによって手に入れた力であれば、同じ経緯で入手した自分の力が役に立つかもしれない。

 普通の物理攻撃が通用しないなら、埋め込まれた地球外生命体の力に賭けるしかなかったのだ。


「その通りだぜ!」


 森の中から男の雄叫びが響く。

 声のする方向に振り向くと、鉤爪を構えた軍服男が勢いよくこちらに飛びかかってきた。


「さっきから独り言をぺちゃくちゃと喋りやがって! さてはテメェ!」


 鉤爪が振り降ろされる。

 跳躍し、カイトは前方に転がり込む。

 直後、ジャオウが振りかざした凶器が空を切った。


「ヘンタイか!」

「……」


 いきなりヘンタイ認定を受け、カイトが黙りこむ。

 何だコイツ、失礼な。

 抗議の視線がジャオウを貫いた。


「独り言の多さなら、お前もそうだろう」

「なに!?」


 背後から女の声が聞こえる。

 とっさに振り返ると、森の中からゼクティスが舞い降りてきた。

 だが、彼女がこの場にいるわけがない。

 彼女は親友ふたりが受け持ったはずだ。

 それなのに、なぜこうも早い時間で追いついてくる。


「他の連中はどうした」

「封印した」

「封印?」


 聞き慣れない単語だ。

 だが、単語の意味は知っていた。

 ゆえに、言わんとしていることは何となく理解できる。


「ペルゼニア様は、極力お前たちを自らの手で殺めるつもりだ。その為には、厄介になりそうな戦士を予め封印しておく必要がある」

「ついでに、ヘンタイなら弱らせる」


 正面からゼクティスが。

 背後からジャオウが睨みつけてくる。


「少年は戦意喪失。旧人類と裏切り者は今、ペルゼニア様が死刑を執行している。後はお前だけだ。もう誰も助けてくれないぞ」

「なるほど」


 大体状況は飲み込めた。

 要するに、エイジもシデンも『封印』されてしまったわけだ。

 残されたのは自分ひとり。


「お前は特に念入りに封印しなければならない」

「怪物の目玉をぶち込んでるんだ。それに、ペルゼニア様と同じ鎧を何人も倒している。だからヘンタイじゃなくても弱らせるぜ」

「御託はいい」


 前後の敵意を受け止め、カイトが爪を伸ばす。

 お喋りな家臣のお陰で状況は理解できた。

 今の状況と兼ね合わせて、ただ悪くなっている一方である。

 

「さっさと来い。時間がないんだ」

「はっは!」


 手招きするのを見て、ジャオウが笑う。

 彼は涎を垂らしつつも、鉤爪を振り上げ突撃する。


「お前のヘンタイ、引きずりおろしてやる!」

「そういう物言いは感心しないと言っているだろう」


 前方のゼクティスが大きく翼を広げた。

 シデンによって凍らされた翼と、エイジによって殴られた頬が見える。

 カイトが見る限り、自分の目の前でつけられた傷以外のダメージは一切見られなかった。

 つまり、エイジとシデンはカイトが去ってからほぼすぐに封印されてしまったことになる。

 ゼクティスは動く気配がない。

 直感的に、封印の鍵はこの女が握っているのだろうと確信した。


「封印された連中は返してもらう」

「できるもんならやってみな!」


 品性の欠片も見られない家臣が、背後から飛びかかる。

 まるで野生の獣だ。

 溢れ出る敵意が凶器を伝い、カイトへと流れ込んでいく。

 比較的、単純な攻撃であると言えた。

 ゆえに、カイトはすぐさま迎撃態勢に入る。

 右の爪を揺らし、ジャオウの顔面へとカウンターを放った。


 だが、その一撃は届かない。

 命中する直前に、ジャオウの身体が溶けたのだ。

 まるで液体のようにどろどろと溶け、地面の中へと吸い込まれていく。


「なに」


 空を切った爪を構え直し、カイトが周辺を見渡す。

 ジャオウの姿はどこにもない。

 次に襲い掛かってくるゼクティスへと視線を移しつつも、カイトはジャオウの姿を探した。

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