第210話 vs柴崎ケンゴ

 空から悲鳴が轟いた。

 田舎の空は喧しさとは無縁で、五月蠅いと思えるのはたまに飛行機が通りかかった時くらいだろう。


「ミハエル君」


 そんな故郷の空で、顔見知りが散った。

 スバルは見る。

 嘗ての愛機、獄翼と戦っている最中に真っ二つにされた蒼孔雀の無残な姿を。

 あれに乗っているパイロットは、自分と同じくらいの少年なのも知っている。

 半年前、毎日のように一緒に訓練をして、同じ仕事をこなしたのだ。


 だが、そのミハエルは死んだ。

 自分が殺したも同然である。

 ペルゼニアを止めれなかったのは自分だ。

 引き金を引けなかったために、ミハエルは殺されてしまった。

 強い自虐心が溢れ出すと同時、スバルは握り拳を作る。

 今にも爪が食い込み、皮膚に穴をあけてしまいそうな痛みが走った。


 それでもスバルは動けずにいる。

 今、自分が何をするべきなのかは理解しているつもりだ。

 本当なら、今すぐダークストーカーへと駆け寄り、パイロットを交代すべきである。

 カノンは先日のゲーリマルタアイランドでの戦いで重傷を負っている身だ。

 身体が頑丈とは言え、激しい動きをさせると危険である。


 だから、自分がやらなきゃならない。

 

 そういう道を選んだのだ。

 シンジュクで獄翼の操縦桿を握った時から覚悟していた筈だろう。

 だというのに、どうして身体が動かない。


 ペルゼニアは敵だ。

 己の甘さが、彼女を牢獄から解放させた。

 だから、自分がきっちりとケジメをつけないといけないんだ。

 そうじゃないと、死んだミハエルに顔向けできない。


 スバルは何度も自分の身体に命じた。

 動けよ、と。


「……っ!」


 思うように動かず、歯を食いしばる。

 まるで全身に鎖が絡みついたかのように、スバルの身体はぴくりとも動かない。


「難しく考える必要はねぇだろ」


 そんなスバルの肩に、手が置かれる。

 声だけで誰なのかわかる。柴崎ケンゴだ。

 だが、スバルは彼の顔を直視できなかった。

 昔、カイトがエイジの顔を直視できずに逃げ回っていたことがある。

 当時は『さっさと謝れよ』と他人事のように思っていたが、今になって彼の苦しみが親身に理解できた。


「俺は……」


 きっと、彼は自分を憎んでいる事だろう。

 殴られても文句は言えない。

 それ以上の裏切りをしたのだ。

 結果的に息を吹き返したとはいえ、見殺しにしてしまった。

 なにか弁解すべきだとは思っても、何ていえば良いのか分からず、ただまごついている。


「お前が引き金を引けないのはわかってた」


 そんなスバルの態度を見かねてか、ケンゴが語りかけてきた。

 彼の声質には、怒気という感情は込められていない。


「俺が、お前を見殺しにするって思ってたのか?」

「そうじゃねぇよ。もっと単純な話、お前が彼女を殺せるとは思えなかったんだ」


 簡単に言ってくれる。

 とはいえ、実際に引き金を引けなかったのは事実だ。


「彼女の言い分を聞く限り、お前とアイツは面識があるんだろ。そう言う相手に、お前がどうこうできるわけねぇ」


 親友の言葉は淡々としている。

 その分、スバルの中にもすんなりと染み込んでいく。


「俺は、人を殺した」


 スバルの両肩が震える。

 ケンゴが置いた手を振るい落とすかのように、彼は訴えた。


「もう戻れないところまでやったのに、引き金が引けなかったんだ!」


 最初にカイトが訴えた事でもある。

 だが、共に戦う事を望んだ。

 仲間たちの為なら躊躇いなく戦えると信じてきた。

 なんでもできると、勘違いしてきた。


「新人類をブレイカーで殺した。関係ない一般人も、いっぱい巻き添えにした」

「スバル」

「助けてくれた新人類も見殺しにした……一緒に来た女の子も、どうしようもなかった。信じてるって言ってくれたのに」


 スバルの背後にイゾウとマリリスの幻影が現われ、自分を見下してくる。

 相変わらず中途半端な自分を、非難するかのような眼差しだった。


「それでも、なんとかしなきゃいけないって思って切り替えてきたよ!」

「スバル!」


 1年間、スバルは必死だった。

 生きる為に己の武器を全部使い、助けたいと思う人間の為に身体を張ってきた。

 それでも、すべてがうまくいったわけではない。

 その度に悩み、目視できる敵にぶつかることで、なんとか目先の悩みを先送りにしてきた。


 それがここで行き詰まり、爆発したのだ。


「俺のせいだ。俺が素直に引き金を引いてたら、お前があんな目にあうことはなかったんだ!」

「お前のせいじゃない!」


 崩れ落ちるスバルの両肩を力強く握ると、ケンゴは無理やり親友の顔を自身に向ける。


「全部、俺のせいだ」


 ケンゴはそう言うと、肩を手放す。

 スバルは親友から目を背けることも無く、ただ呆然とするだけである。


「お前を行かせたのは俺だ。そのお前が、自分が悪いって言うなら、俺が悪い」

「ケンゴ……」

「だから、俺はお前に撃たれたとしても文句は言えないと思ってる」


 柴崎ケンゴの中には、深い後悔がある。

 善意で行った行動だった。

 だが、それが新人類軍の逆鱗に触れてしまったのだ。

 本当はスバルではなくケンゴが苦しみを味わう筈だった。

 ペルゼニアの言う『絶望』を受けるべきなのは、スバルじゃない。


「正直に言うとな。ずっと怖かったんだ。連れていかれた後、あんなことになっちまって。お前に恨まれてるんじゃないかって、ずっと思ってた」


 せめてもの贖罪として、蛍石家を守ろうと決意した。

 学友や街の人間に声をかけて大清掃、家の意地にも尽力している。

 だが、それで自分の罪が帳消しになる事はない。

 スバルを行かせ、マサキの暴走を促し、カイトを街にいられなくしてしまった。

 柴崎ケンゴは大好きな蛍石家に対し、謝っても謝りきれないことをしてしまったのだ。


 そんなある日、スバルとカイトが帰ってきた。


「でも、お前は全然変わってなかった」

 

 玄関で親友の喜ぶ顔を見て、心が痛んだ。

 物騒だけど頼りになる住み込みバイトが感謝の言葉を送ってくれても、素直に受け入れることができない。

 彼らは、自分を受け入れてくれたのだ。


「謝らなきゃいけないのは俺の方だ。ごめんな、スバル。俺がお前をこんな目に会わせちまった」


 ケンゴの表情が崩れていく。

 目尻から大粒の涙が零れ落ちると、彼は深く腰を落とし、そのまま頭を下げた。


「ごめんよ。ごめんよぉ……!」


 大きな身体が震えている。

 1年ぶりに会った親友の身体は、スバルよりもずっと逞しい。

 だけども、彼の時間は1年前からずっと止まったままだった。


 ふたりの頭上を、ブレイカーが駆け抜けていく。

 飛行ユニットによる羽ばたきが、ケンゴの嗚咽をかき消していった。

 だが、スバルには彼の言葉のひとつひとつがじんわりと浸透していく。

 突き刺さった言葉は、槍のように離れない。

 寧ろ離してなる物かと、懸命になって親友の言葉を拾い上げた。


「顔を、上げてくれ……」


 だが、何よりも。

 こんなにまで自分のことを考えてくれたことが嬉しかった。

 同世代の仲間もいない中、ひとりだけ残って。

 もう二度と帰ってこないかもしれない自分たちの為に、家を守ってくれた。

 それだけで十分なのに。

 

「ケンゴ。こんな俺でも、まだ友達でいてくれるか? まだ、答えは出ないけど」

「勿論だ。お前さえよければ、このまま親友を名乗らせてくれ」


 ケンゴがゆっくりと頭を上げる。

 久方ぶりに握手を交わす。

 戦いのベクトルは違えど、お互いに必死になって何かを成し遂げようとした手だ。

 双方とも、お互いの変化を意識せざるをえない。


「それに、答えならもう出てるだろ」

「え」


 上空で獄翼とダークストーカーが火花を散らす。

 獄翼が大きく両手を広げ、前に振り降ろした。

 直後、ダークストーカーは真空の刃によって刻み込まれる。

 軌道を読めても、かわしきれる大きさではなかった。


『うあっ!』


 スピーカーからカノンの声が漏れる。

 機体のバランスを崩し、ダークストーカーが墜落していった。


「カノン! 妹さん!」


 森の中へと飛び込むダークストーカーの姿を目視し、スバルが叫ぶ。

 そんな彼の背中に、そっと手が添えられた。


「いけよ」


 親友が背中を押す。

 スバルは僅かに躊躇いつつも、ケンゴに振り返った。


「彼女はお前を待っている」

「でも、俺は……」

「何も馬鹿正直に相手のショーに乗ってやることはないだろう。アイツが自分勝手に絶望ってのを振りまくなら、お前はお前の勝負を展開すればいい」

「俺の勝負?」

「仲良くしたいんだろ、アイツと」


 蛍石スバルは、ペルゼニア・ミル・パイゼルと殺し合いなどしたくはない。

 ケンゴは親友の根底を叩きつけると、提案した。


「それなら、よく話し合って来いよ! 同じ土俵で、嫌でも聞こえるように!」

「……わかった!」


 力強く頷くと、スバルは森の中の緑へと走り出す。

 ダークストーカーが墜落した場所に向かって、まっすぐ走る。


「急げ! アイツ、もう一機の方に狙いを定めた!」


 後ろからケンゴの叫び声が聞こえた。

 その声に押し出されるかのようにして、スバルは加速していく。


 気付けば、スバルとケンゴの距離は随分と開いていた。

 もう、彼の声は届かない。

 聞こえない筈なのに、耳には自然と親友の声が届いてくる。


「スバル。足、速くなったな」

「…………うん」


 体育の成績は、いっつもビリ。

 小さい頃は逆上がりの補習をやっていた。

 だけども、隣には何時も彼がいる。

 ケンゴが背中を押してくれる。

 毎日彼が背中を押してくれたおかげで、苦手項目から鉄棒が消えた。


「頑張れ! 負けるな!」

「おう!」


 背中に暖かい感触が伝わってくる。

 不思議と、迷いは晴れていった。

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