第204話 vs選択

 倒れたケンゴの元にカイトが駆け寄った。

 スバルはその光景をただ見る事しかできない。

 立ち上がる力が残っていないのもある。

 だがそれ以上に、親友を裏切ってしまったという罪悪感が彼を蝕んでいた。


 自分が殺したのだ。

 中途半端なままでここまで来てしまった。

 あのままペルゼニアに銃口を向ければ、彼は助かった筈なのだ。

 それを水泡に帰したのは、他ならぬ自分のせいだ。


 ゼクティスが起き上がり、エイジとシデンのふたりと臨戦態勢に入った。

 ふたりが自分に向けて何か言っている。

 普段ならよく聞こえる筈の声も、今は届かない。

 スバルの全神経は柴崎ケンゴの容態に注視されていた。


 倒れた親友の身体を、カイトが起こす。

 何度か呼びかけているのが見えた。

 ややあった後、カイトが顔を伏せる。

 彼はゆっくりとケンゴの身体を草むらの上に降ろすと、ゼクティスを睨んだ。


「そいつ、任せていいか?」

「おう、任せとけ!」

「早く行って! あれはかなりマズイよ!」


 彼らの目から見ても、ペルゼニアは相当な力の持ち主である。

 能力に加え、自らを鎧にまで仕上げているのだ。

 彼女の持つ可能性は、底が見えない。

 急いでアーガス達と合流し、戦いに備える必要があった。

 ペルゼニアの強襲を受ければ、いかに旧人類軍の精鋭や新人類軍のエリートでも無事では済まない。


「お、俺も……」


 辛うじて、それだけ呟くことができた。

 風が吹けばかき消されてしまうような、小さな声である。

 だが、カイトの耳にはしっかりと届いていた。

 彼は速足でスバルの元へと近づくと、厳しい目つきで覗き込む。


「お前には無理だ」


 譲歩しての発言だったのだろう。

 カイトの瞳には怒りの炎が宿っていた。

 普段、敵にぶつける眼差しである。


「お前が行って何になる。またケンゴと同じように見殺しにする気か」

「それは――――」

「お前が柴崎ケンゴを殺した」


 弁解しようとした瞬間、素早く言葉の刃を抜かれる。

 なにも反論することができなかった。

 このまま爪を喉に突き付けられ、刺されても文句は言えないだろう。


「銃を渡したのは俺だ。責任は俺にもある。だが、引き金を引いたのはお前だ」


 経緯はどうあれ、少年は選択肢を突き付けられた。

 そして選んだのだ。

 自分が人を殺さない選択を。

 結果的に、彼の親友は風の刃で刺されてしまった。


「お前にとって、ペルゼニアとはなんだ」


 カイトが非難する。

 お前が撃ち殺さなかったあの化物は、本当に親友の命と釣り合いが取れていたのかと問う。


「その答えが明確に出てないなら、お前が行っても無駄だ」


 それだけ言うと、カイトは走り去っていく。

 スバルは見届ける事も出来ずに、呆然と座ったままだった。

 ただ、宙に浮いているだけのように思える虚無感だけが彼の中に残り続ける。


「スバル君、危ないよ!」

「せめてどこかに隠れるくらいのことはしてくれ!」


 横から大事な言葉が響いてくる。

 本来ならすぐにでも実行しなければならないほどに大事なことだ。

 その理解はある。

 だが、身体が追いついていない。

 スバルは振り返ることなく立ち上がると、ゆっくりと歩きだす。


「お、おい!」


 エイジが慌て、スバルの元へと駆け寄る。

 しかし、彼の目の前に黒の壁が立ち塞がった。

 ゼクティスの翼だ。

 背中から伸びる黒の羽がドーム状になり、エイジとシデンを覆い尽くしていく。


「案ずるな。ここでは殺さない」


 光が閉じ、視界を奪われながらもゼクティスは言う。


「ペルゼニア様の望みは貴様ら全員の絶望。ゆえに、お前たちはただ封じ込めるだけだ」


 反論が飛んでくる事は無かった。

 光のない世界に閉じ込められた瞬間、ふたりの足が大地へと沈んでいく。


「なぁ!?」

「うわ、なにこれ!」


 まるで底なし沼だ。

 足場のない大地に放り出される浮遊感を感じつつも、彼らの肉体は埋もれていく。


「時期が来たら、また出すよ」


 言い終えたと同時、ゼクティスはその場を覆い尽くしていた翼をひっこめた。

 黒翼によって作り出されたドームの中央にいたふたりの新人類は、忽然と姿を消している。

 後はスバルだけだが、彼は正気を保てていない。

 振り返ってみると、友人の亡骸にすり寄っているだけだった。


「他愛もない」


 皮肉を込めて言うも、言霊に込められた棘すら彼には届かない。

 最早ゼクティスが手を出すまでも無く、彼は戦意を喪失していた。

 ペルゼニアによって彼の戦意は根こそぎ奪われていったのだ。


「聞こえているか」


 再度、確認の為に声をかける。

 スバルは振り返らない。

 耳に届かないのを覚悟のうえで、ゼクティスは言うべきことを言っておく。


「お前は絶望を選んだ。ペルゼニア様が宣言通り、お前の大事なものを抉っていくことだろう。しかとその目で、お前の全てが壊されるのを見届けるがいい」


 翼を広げ、ゼクティスが飛翔。

 大きな翼が広がると同時、スバルの身体に突風が打ちつけられる。


「…………」


 それでも無反応だった。

 まるで中身がなくなった抜け殻のように、微動だにしない。

 しばし、スバルは固まったままだった。

 動かない親友の顔を見ながらも、湧き上がる感情を抑えきれない。


 頭では理解している。

 ペルゼニアを撃つべきだった。

 銃弾が当たるかはさておき、殺す気で狙うことは出来た筈だ。

 彼女は敵なのだ。

 ケンゴだけではない。

 町長や先生、同級生にご近所さんまで彼女に殺された。

 恨んでいないのかと問われれば、当然首を頷ける。

 だが、できなかった。

 いざ、チャンスが来ると震えが止まらない。

 ペルゼニアの言う通りだった。


「本当に半端ですね」


 少女が紡いだ言葉と同じ台詞が響き渡る。

 その言葉に対し、スバルはようやく外界へと耳を傾けた。

 周りにいた筈の面々がすでに消えているが、疑問に思う余裕はない。


「え……」


 森の奥から現れた少女の姿。

 腰までかかる赤毛。

 どこか優しそうな雰囲気があるが、そんな空気とは真逆の冷たい視線が少年に向けられている。

 現れた彼女の名を、スバルは知っていた。


「マリリス?」


 見間違えるはずがない。

 彼女はマリリス・キュロだ。

 つい先日、ゲーリマルタアイランドで鎧に襲われ、そのまま命を落としてしまった少女の名前である。


「どうして」

「もちろん、わかりやすい形でいる方が都合がいいからです」


 少女の姿がぶれる。

 一瞬でマリリスの姿は掻き消え、代わりに新たな少女が姿を現した。

 雪のような綺麗な髪に、黄金の瞳。

 マリリスとは明らかに違う特徴を持つ彼女であるが、彼女のこともスバルは知っていた。


「イルマ・クリムゾン」

「それで、何時までそうしているつもりですか」


 合流予定だった相手にすら蔑まれている。

 本格的にどうしようもない馬鹿であると、スバルは自分を自虐した。

 元々、XXXの面々以外には辛口な傾向がある彼女だが、今だけはそれが特別強く感じる。


「彼女は敵でしょう」

「見てたのか?」

「遠目で。事の顛末も、ある程度は」

「それじゃあ、どうしてカイトさん達を追わないんだよ」

「貴方がそのままではボスが困りますので」


 あくまでボスの為。

 彼女らしい答えだった。


「仕方がないので、今回は特別サービスです」

「は?」


 何を言うのかと思った瞬間、再びイルマの輪郭が崩れる。

 再構築された肉体は再度マリリスの姿へと変身し、背中から蝶のような羽を出現させた。


「何する気だよ!」

「無論、治療です」

「治療?」

「彼はまだ助かりますよ。彼女の力を使えば、ですが」


 驚き、目を見開いた。

 スバルのリアクションを見て、表情ひとつ変えずにイルマは鱗粉を撒き散らす。

 光の粉がケンゴの身体へと付着していった。

 光が触れた瞬間、彼の腹に空いた穴が塞がり始める。


「う、うう……」

「ケンゴ!」


 唸りつつもケンゴが目覚める。

 彼ははっ、と起き上がると己の身体にある筈の傷口を確認した。

 血は流れていない。

 それどころか、完全に塞がっている。


「あれ、俺……」

「危なかったですね」


 役目を終えたイルマが変身を解除し、森の中へと歩き出す。

 カイトたちの元へと向かうのだろう。

 彼女の後姿を見届けつつ、スバルは言った。


「ありがとう!」

「ありがとう?」


 その言葉に反応し、黄金の眼差しがスバルを見つめる。

 軽蔑の眼差しだった。


「勘違いなさらずに。私はあくまでボスの為に行動したまで。あなたに感謝される為にやったわけではありません」


 それに、


「彼をこんな目に会わせたのは、あなたでしょう。私が彼女をコピーしていなかったら、死んでましたよ」


 ゆえに、イルマは提案する。


「ちゃんと謝ったらどうです。どういうつもりでトリガーを引いたのか、彼には知る権利があるでしょう」


 冷たく言い放ち、イルマは木々の中へと消えていく。

 取り残されたスバルは、その姿を呆然と見送っていた。


「スバル……」

「ごめん」


 起き上がった親友が、心配げに声をかけてくれた。

 今はその事実が、彼の心に罪悪感という切り傷をつけていく。

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