第203話 vs親友と少女
蛍石スバル、17歳。
生まれはヒメヅル。
育ちもヒメヅル。
故郷の街しか碌に知らない彼の人生は16歳のある日、転機を迎えることになる。
だからこそ、思うのだ。
もしもあの日。
青空の中から出現した新人類軍が故郷に来なかったら、自分は何をしていたのだろう。
当たり前のように朝食をとり、同居人の住み込みバイトが一足先に仕事を始めて、父がお弁当を作ってくれる。
時間が来たら親友の柴崎ケンゴと一緒に登校して、熊谷先生の授業を退屈そうに聞く。
時々、隣の席に座る神崎マコトと談笑しながらも放課後を迎えて、帰宅途中に近所の柏木一家や町長と挨拶を交わしながら帰宅する。
そして家族と一緒に晩御飯を食べて、寝るまでブレイカーズ・オンラインで仲間たちと繋がるだけの一日。
これを365日繰り返して、何時かやってくる終わりが来るのを待ち続ける。
そんな人生だったに違いない。
では、終わりとはなんだろう。
スバルは時々考えていた。
日に日に若者がいなくなるヒメヅルで、自分たちは何時まで好き勝手できるのだろう、と。
『もちろん、決まってるぜ』
中学時代、高校入試を控えたある日の通学路でケンゴに相談したことがある。
彼はスバルの問いに対し、迷うことなく言った。
『死だ』
『死?』
幾らなんでも発想が飛躍しすぎな気がした。
スバルが聞きたいのは生活の変化に対する意見である。
『だから、それが決定的に変わるのが死ぬ時なんだよ』
ケンゴは曇り空を見上げ、呟く。
『人間ってやろうと思えばなんでもできる。赤ん坊だって立つし、技術を学べばロボットだってできあがる。アニメに出てくるような巨大ロボットが完成するのはずっと後だって予想した学者も、今の現状を見たら舌を巻くだろうな』
だからこそケンゴは思う。
生きている限り、人間は自由だ。
例え植民地でも。
ヒメヅルよりもさらに過酷な環境であっても、自分の気持ちひとつで打破できると信じている。
『お前が今の生活を気に入ってるなら、それを忘れなければいい』
『そんな単純なものかな』
それこそ、どちらかの家が引っ越ししてしまったらそこで終了だ。
ヒメヅルの利益だけでは、生活に限界が来るのは目に見えている。
『俺は引っ越しした程度でお前と友達じゃなくなるなんて思わないけど?』
不安げに愚痴を零すと、親友は笑った。
彼は携帯電話を取り出し、電話帳の中から蛍石スバルの名前を検索する。
『便利な時代だよな。離れていても繋がれる。近くにいても繋がれる。そう思えるのって、実は凄く貴重じゃないかって思うんだ』
『お前、結構哲学してるんだな』
『最近、人生哲学っていうテレビ番組を見てな』
案の定、影響された結果だった。
柴崎ケンゴはテレビ大好きっ子である。
三度の飯と目新しい特番があれば、彼はそれだけで充実した人生が送れるのだろう。
もっとも、スバルとて似たような物だ。
ケンゴのテレビをゲームに置き換えるだけで、自分の人生もそのまま当てはまってしまう。
要は似た者同士なのだ。
だからこそ、こうして帰りの通学路を一緒に歩いている。
『でも、まあ。結局のところ、こうしてダベりながら帰って、時間が合う時に遊ぶ。そうするだけで俺は結構楽しいから、ずっとこういうのが続けばいいなって思うよ』
その意見には心底同意した。
同時に、ケンゴが最初に言わんとしていた言葉も理解できる。
なるほど、両者が同じことを望んでいるのであれば、確かに決定的な別れが来ない限り終わりはこないだろう。
その終わりの時が何時来るのかはわからないけれど、自分たちはまだ若い。
まだまだ親の脛を齧って、自分の楽しみを堪能してもいいだろう。
そう思っていたからこそ、スバルは焦らなかった。
自分たちにはまだ時間がある。
マサキやカイト、ケンゴの両親とて健康の身だ。
手元にある時間は十二分にある筈だった。
そして1年後。
スバルのストックは、ケンゴによって大きく削られた。
森がざわめく。
風に揺られて葉が擦れ、木々がざわつき始める。
「ケンゴ!」
ペルゼニアがケンゴの背後に回り込んだのは一瞬だった。
それまでの間、彼女は宙に浮いて森の中を移動しているだけだったのだ。
だが、その動きは一変してしまった。
まるで気まぐれな秋風のように、彼女は急な方向転換をしたのである。
しかも、その途中でカイトが攻撃を仕掛けたにも関わらず、だ。
「……まさか」
信じられん、とでも言わんばかりにカイトが震える。
爪は確かにペルゼニアの身体に触れた。
だが、感触は残っていない。
すりぬけたのだ。
爪だけではなく、カイトの身体ごとすり抜けてケンゴに飛びついた。
ペルゼニアは風を操るだけではなく、己自身を風にすることができる新人類なのだ。
風は切り裂く事は出来ない。
ここまで完璧に自然現象と一体化した新人類を目の当たりにしたのは始めてだった。
「は、離せよ!」
首を絞めるペルゼニアに対し、ケンゴが抵抗を試みる。
傍から見て、体格はケンゴの方が圧倒的に優位だった。
にも関わらず、ペルゼニアは微動だにしないまま首に腕をかけている。
彼女は吊り上った笑顔を向けたまま、スバルに言う。
「ねえ、どうして私がここまですると思う?」
今や一国の女王様となった少女からの質問。
スバルがそれに答えるよりも前に、彼らの間にいるカイト達が一歩を踏み出した。
「ゼクティス」
「はっ!」
その行く手は、突如として現れた黒い翼によって阻まれる。
まるでガードレーンのように真横に伸びてきた翼を見て、XXXの3人は急停止。
根元を辿り、翼の所有者を見やる。
新人類軍の軍服を着た女だった。
長い髪に凛とした表情。
首にはめられた大きな棘つきの首輪が一層際立つ。
「退け!」
「退くのは貴様らの方だ」
黒の翼が羽ばたく。
そのまま羽を切り裂いてしまおうかと思ったが、寸でのところで彼らの行動は止まった。
黒の羽の中に人間の腕が見えたからだ。
その先に繋がっている筈の胴体は、こちらからは見えない。
「テメェ、何しやがる!」
警戒しつつも、エイジがガンつけた。
切り傷のある眼差しに睨まれるも、ゼクティスと呼ばれた女性は不動のまま。
彼女はエイジを見返す事も無く、ただ主の言葉を待ち続ける。
「いいわ」
「はっ」
翼はゆっくりとゼクティスの背中へ収納されていく。
障害物がなくなり、再びペルゼニアとスバルの視線が絡み合った。
例えようのない威圧感に飲み込まれそうになるのを堪えつつ、スバルは問いに答える。
「俺が反逆者だから?」
「アンハッピー。それはあくまで大前提よ」
ペルゼニアがスバルに拘る理由。
交流自体はほんのちょっとだけのふたりだが、ペルゼニアにとっては刺激的な時間だった。
なにせ、自分たちの存在意義を真っ向から否定する人間が出てきたのだから。
しかし、それもペルゼニアにとっては蛍石スバルと言う『敵』を形成するひとつの要素でしかない。
「私が我慢ならないのは、あなたが戦士ではないことよ」
「は?」
なんだそれ、と問い返したい気持ちになる。
そんなスバルの心境を読み取ったのか、ペルゼニアは続けていく。
「あなたと直接話して、理解したわ。あなたは戦う人間じゃない。周りの強い大人に囲まれているだけ」
実際、この場も彼は元XXXの3人を引き連れている。
前回は新人類軍の元幹部と囚人のセットが行動を共にしていたことを考えると、大した調教っぷりだ。
「それがダメなのかよ! 俺は素手でお前らと戦えるような超人じゃねぇんだ!」
「その通り」
ペルゼニアがゆっくりと頷く。
Vの字を描いていた少女の笑みが、醜く歪んだ。
「でも、私はあなたを殺せなかった」
新人類王国は絶対強者主義の国である。
その代表者である彼女が、ただの旧人類のひとりを殺すことができなかった。
チャンスはいくらでもあったのに、だ。
アーガスとイゾウがいたことなど、言い訳にもならない。
「許せないのよ。弱いあなたに惹かれていく自分が!」
生まれて始めて、誰かと話して楽しいと感じた。
蛍石スバルは生まれついた戦士ではない。
それゆえに、ペルゼニアにとっては遠い世界の住人だった。
気付いた時には既に遅く、ペルゼニアの世界にはスバルと言うカテゴリが出来上がってしまっている。
「ねえ、どうしてあなたは新人類じゃないの?」
優れた人種なら、こんなに深く考えなかった。
父にお願いして、自分専用の捕虜として迎え入れるという手段もあっただろう。
「どうしてあなたは、こんなにもちっぽけな癖に私の中に存在を残していくの?」
振り払わねば、と必死になっても日に日に彼の存在感は増していくばかりだ。
兄、ディアマットを殺して自分自身を追い詰めてみても、余計に苦しみが増すばかりである。
「それって」
最後にペルゼニアが去った際、似たような言葉を吐いた記憶がある。
スバルはあの時のことを思い出しつつも、改めて問う。
「そんなに大事なことなのか?」
「ええ、そうよ」
ペルゼニアは即答する。
迷う間もなく、少年の大事なものを締め上げた。
「あが……!」
「ケンゴ!」
小さな腕からは想像もできないパワーである。
ケンゴは意識を失わないようにするのが精一杯だった。
「やめろ! ケンゴを離せ!」
「なら簡単よ」
ペルゼニアが空いている手を使い、黒い塊を取り出した。
スバルの手前に放り投げる。
草のクッションの上に拳銃が転がり落ちた。
「私を殺せばいいわ」
「え……?」
言われた意味がよく分からない。
スバルのみならず、カイトやエイジ、シデン達ですら目を点にしていた。
「ペルゼニア様!」
「いいの」
ゼクティスが反論しようとするも、主君はそれを抑え込む。
家臣であるゼクティスですら、ペルゼニアの行動は理解できないものがあった。
「私はこれまであなたの身近な人間をいっぱい殺した。だから、あなたにはやり返す義務があるの」
ゆえに、彼女は提案する。
「今だけは能力を使わないであげる。その銃で私を撃ち殺しなさい」
再度、ペルゼニアからなにかが投じられた。
今度はカイトの手前に飛んでくる。
彼は迫りくるそれをキャッチすると、まじまじと見つめた。
銃弾である。
「弾丸はあなたが込めなさい、XXX。覚えてるでしょう?」
「コイツはリアルで銃を撃ったことがない」
非難する目でペルゼニアを見つめる。
この1年、カイトはスバルにブレイカー以外の武器を持たせてこなかった。
彼に降りかかる火の粉は、極力自分たちで排除してきたからである。
そうすることで、彼自身が元の生活に馴染みやすくなればいいと思っていた。
「やりなさい」
だが、そんな意図はペルゼニアの知ったこっちゃない。
彼女の腕の中には、何時でも殺せる柴崎ケンゴがいる。
「……わかった」
観念し、カイトがスバルの手前に落ちた銃に弾を詰め込んだ。
未だに困惑したままのスバルに、拳銃を手渡す。
「お、俺……」
「いつか、あのチョンマゲが言っていたな」
たったひとりで死地に残り、最後まで己の意思を貫いた包帯侍。
彼は言った。
世の中は自分と同じ考えを持つ人間ばかりがいるわけではない、と。
「選ばなきゃいけない。お前の意思で」
柴崎ケンゴをとるか。
ペルゼニアをとるか。
カイトからしてみれば、簡単な選択である。
だが、この少年がそういう二者一択を選ぶことができない人間なのは十分承知していた。
それでも、この場は他に選択肢がない。
ペルゼニアはカイトの手におえる新人類ではなかった。
カイトは胸の中でマサキに謝罪すると、スバルから離れていく。
ずしん、と重たい塊がスバルの両手に収まった。
不思議だ。
普段、ブレイカーに乗ってあんなに暴れる癖に、いざ本物を手に取ると妙な重圧がのしかかってくる。
始めて誰かを潰した1年前。
巨大ハリガネムシに乗った男が、刃の中で赤い塊になったの見届けた時と同じ寒気を感じた。
ゆっくりと、引き金を持ち上げる。
震える両手はそのままで、ペルゼニアの額に狙いを定めていく。
迷う事はない。
柴崎ケンゴは大事な友達だ。
留守の間、家を守ってくれた。
16年間一緒に遊んだ。まだまだ語りたいことがある。
だからペルゼニアを撃て。
自分自身に命令を下す。
身体の震えが止まらなかった。
引き金を引いた後の未来予想図を思い浮かべる。
赤い液体を撒き散らしつつ倒れるペルゼニアの姿。
それを想像するだけで、腹の奥から寒気と熱が広がっていく。
矛盾するふたつの要素が混じり合い、吐き気を催してくる。
――――これこそが、戦いに飢えた者の末路よ!
一瞬、戦いの中に消えていった侍の言葉がよぎった。
引き金に指がかかる。
「撃ちなさい。そうすれば、あなたは――――」
「う、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
彼女が何て言ったのかはわからない。
気持ち悪さを紛らわせるための雄叫びと、乾いた音が鳴り響いてかき消されてしまった。
しばし静寂の時間が流れた。
「ぺ、ペルゼニア様!」
呆気にとられる一同の時間を再び動かしたのはゼクティスだった。
彼女は主の安否を確認する為、弾丸の軌道を計算する。
弾丸はペルゼニアの横に逸れ、近くの木に命中していた。
「イゾウさん。それは……そんなの、悲しすぎるよ」
今はもういない戦闘狂に向け、少年は呟く。
力なく項垂れ、へたりこんだ。
スバルの両手から、空になった銃が零れ落ちる。
「アンハッピー……」
静かな声でペルゼニアが呟く。
怒気を含んでいるのが、よくわかる。
「まずい!」
真っ先にカイトが走り出す。
主の邪魔をさせまいとゼクティスが翼を広げた。
だがその黒翼はカイトに届く前に動きを止める。
凍りついたのだ。
「どいてろぉ!」
シデンを睨んだ瞬間、ゼクティスの視界に大男が飛び出してくる。
エイジは拳を振り上げ、ゼクティスの顔面を殴りつけた。
軍服を着た女が吹っ飛ばされる。
「ケンゴ!」
カイトが叫んだ。
同時に、名を呼ばれた少年の身体から赤い液体が飛び散った。
ペルゼニアの支えを無くし、ケンゴの身体が草原の上に倒れ込む。
「あなたの程度はわかったわ」
凍りついた目でスバルを睨み、ペルゼニアは無表情になる。
「新人類王国の現女王として。そして、」
白い眼が黒に染まっていく。
移植された魔眼が、国に反旗を翻した若者を射抜いた。
「国を守る鎧として、あなたを排除する」
無機質な声だった。
先程の怒気を孕んだような言い方ではなく、ただ無関心といった口調。
「楽に死ねると思わないで。あなたの大事な物を全部壊してあげる。壊して、崩して、お前の人生を全て抉ってあげる。後悔なんて生易しい。ただ絶望して死んでちょうだい」
ペルゼニアが風を纏う。
ゆっくりと宙に浮きあがると、幼い身体が忽然と姿を消した。
「まずはあっちの方から消してあげる」
空を切りさき、呪いの言葉がその場に残された。
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