第205話 vsヘンタイ

 青空が広がる。

 やはり日本の風は心地いい。

 アーガス・ダートシルヴィーは第二の故郷に広がる大自然を堪能していた。

 ブレイカーのコックピットには入らず、深呼吸。

 待機している面々の中で、彼だけが外に出ている。


「ミスター・ダートシルヴィー。備えていた方がいいのでは」


 オズワルドが問う。

 彼らにとって、アーガスは元敵という非常に複雑なポジションだった。

 だが、隣に立つダークストーカーとそれに乗る姉妹も変わらない。

 オズワルドを含めた3名は、神鷹カイトと共にいる新人類を味方として受け入れていた。

 そう認識してしまうのだ。

 アーガスもそのことは聞いている。

 元XXXのウィリアム・エデンによる旧人類の精神操作。

 人間の根本的な心理に異物を植え付け、絶対的な存在として君臨することができる支配の力だ。

 正直なところ、そんな人間が旧人類軍の背後にいるというだけで恐ろしさを感じる。

 だが、その感情は決して表に出してはならない。

 ウィリアムという人間が見えない以上、余計な不信感を与える事はお互いにとって不利益でしかないのだ。

 ゆえに、アーガスはあくまでスマイル。


「心配り、美しく感謝する」


 アーガスは呑気に見えて冷静だった。

 彼はこの状況で自分が何処にいるべきかを、しっかりと理解している。


「だが、私はブレイカーの操縦は下手糞なのでね。大人しく外の大自然を堪能しているとも」

「はぁ……」

「心配せずとも、この地は私にとって美しき第二の故郷。大地がある限り、私に敗北は無い」


 ヒメヅル近辺の地理はアーガスにとって好ましい地域である。

 人工物が少なく、自然に恵まれている。

 ここならば自分の力を思う存分発揮できるだろう。


「ところで、君たちもただ敵の襲来を待つだけでは退屈だろう。私と共に美しいメロディーを奏でるつもりはないかね?」

「メロディー?」

「そうだとも。作詞作曲はこの私、アーガスが担当した美しき調べ。その名も、ブレイブメモリー・アーガス!」


 要約すると、自画自賛する為の主題歌である。

 げんなりとする旧人類軍の精鋭。

 ウィリアムにコントロールされていても、こんなところでは素が出てきてしまう。


「む?」


 早速リズムを口ずさもうとした瞬間、冷たい空気が肌に襲い掛かる。

 嫌な風だ。

 先程までの心地良さが遠ざかり、急激に寒気が増していく。

 攻撃的な強風である。


「どうした、ミスター・ダートシルヴィー」

「この辺、妙に強風多いですよ。やっぱり、中に入った方がいいのでは?」

「ミハエル君、コックピットを閉じるのだ!」


 とっさに指示を飛ばした。

 呆気にとられつつも、ミハエルは一度開けたハッチを閉じる。

 彼の行動に従い、ダークストーカーもハッチを閉めた。


『どうしたんですか』


 急な態度の変化を目の当たりにし、カノンが問う。

 

「お客さんだ」


 木々の間から強風が迫る。

 アーガスは振り向き、右手から青い薔薇を出現させた。

 振りかざし、花弁の中から強風が生成されていく。

 相反する勢いを持ったふたつの風が、森の中でぶつかった。


『うわ!』


 近くにいる4機のブレイカーが揺れる。

 比較的、装甲が薄いミラージュタイプであっても、巨人を揺るがす程の超強風。

 パイロットたちは、ここにきて敵襲を察知した。


『アーガスさん!』

「静かに」


 厳しい目つきでアーガスが森の奥を睨む。

 真剣な眼差しだった。

 彼は強風を飛ばしてきたであろう存在を見つけ出そうと注視する。


 だが、彼の視界に飛び出したのは新たな影だった。


「ひゃっほう!」


 突如、木の中から軍服に身を纏った男が飛び出してきた。

 木から木へと飛び移り、白い歯を光らせつつもアーガスへと迫る。


「美しくない顔だ」

「うるせぇよ!」


 対面した瞬間、ダメ出しを受けて男が――――ジャオウが憤怒する。

 なんでいきなり顔を合わせただけでこんなことを言われなきゃならんのだ。

 自慢じゃないが、顔には結構自信がある方なのに。


「見ない顔だ。どこの誰だね」

「挨拶は上流階級の基本だ。名乗ってやろう!」


 ジャオウは妙に乗りの良い態度で言うと、アーガスの目の前に着地する。

 

「俺はジャオウ・ローグエール。新人類王国の女王、ペルゼニア様に仕える男の中の男! サインなら幾らでも書いてやるぜ」


 ジャオウの白い歯が光りだし、指を天に向ける。

 なんとも自己主張の激しい男だ。

 だが、自己主張ならばこちらも負けていない。


「美しくない男のサインなど必要あるまい」


 アーガスは決め台詞をねじ伏せ、高らかに叫ぶ。


「挨拶は上流階級の嗜みと言ったか。成程、確かにいい挨拶だ。しかし品がない」

「なに?」


 ぼろくそな言いようである。


「真の美しき輝きを目の当たりにして、大人しく国に帰るがいい!」

「なんだと、てめぇ!」

「聞け! 我が名は美しき美の狩人、アーガス・ダートシルヴィー! 天と地と海が生み出した美の化身。天然記念物。緑の守護者!」


 お決まりのサタデーナイトフィーバーポーズが炸裂した。

 アーガスの背中から太陽のような輝きが見える――――気がする。

 あまりの超常現象を目の当たりにし、カノンは己の目を擦った。


『……今、アーガスさんの背中が光ってたような』

『姉さん、疲れてるのよ。目薬使う?』


 既に目薬を使っているのだろう。

 アウラの瞼からは僅かに滴が零れている。

 そんな彼女たちが目の当たりにした不思議な現象を前にして、ジャオウは大きく仰け反った。


「ぐあぁっ!?」


 何故か大袈裟なリアクション。

 そのまま膝をつき、悔しがり始める。


「ぐふっ……ちぃっ、なんて美しいオーラなんだ。この俺がここまで気圧されるとは」

『ねえ、あれなんなの?』


 とうとうツッコミが入った。

 旧人類軍の精鋭が白い目で見つめる中、仰け反ったジャオウの背中を風が叩きつける。


「……了解しました、ペルゼニア様」


 直後、ジャオウの目つきが変わる。

 彼は起き上がり、両腕を大きく広げた。


「アーガス・ダートシルヴィー。噂には聞いていたよ。マジもんのヘンタイだってな」

「失礼な。美の化身と言い換えたまえ」


 なんとも図太い発言である。

 抗議を送るアーガスに対し、ジャオウは笑みを浮かべる事で答えた。


「気にすんなって。褒めてるんだ」

「ほう。君、中々見る目がいいぞ。薔薇をあげよう」

『切り替え早いよアンタ!』


 仲良くなりそうな雰囲気が流れつつあることに憤りを感じるミハエル。

 だが、ジャオウは獰猛な笑みを浮かべることでその可能性をかみ砕く。


「いらねぇよ。敵の施しはうけねぇ」

「ほう。では、私と戦おうというのだね」

「主の命令だ。家臣としては従わなきゃならねぇ。まあ、給料もらってる以上は文句は言えないわな」


 それに、


「ヘンタイに制裁を加える時ってのが、一番楽しいんだよなぁ!」

「むっ!」


 ジャオウが飛びかかる。

 まるで猫が飛びかかってくるかのような、軽い跳躍だ。


「ヘンタイはいい! 世間のしがらみから解き放たれた、真の自己を持っている! 俺ぁ、そういうのと遊ぶのが何よりも大好きなんだ!」

「獰猛だね、君は!」


 やはり美しくない。

 心の中で結論付けると、アーガスは新たに薔薇を生成した。

 赤薔薇からレイピアの刃が飛び出す。

 持ち替え、そのままジャオウに向けて突きを放つ。


「おらぁ!」


 細い刀身に向けて突き出されたのは、鉤爪だった。

 何時の間にか右手の袖の中から飛び出している。

 レイピアと鉤爪が衝突した。


「もっと見せろよ! ヘンタイならヘンタイなりに面白いもん持ってるだろ! 折角ヘンタイに生まれたんだ。面白いもん作ってないと損なんだよ」

「そう急ぐ必要はあるまい。人生は長いのだ。偶には落ち着いて、周りの美しい景色に目を向けるのも一興なのだよ」

「そりゃあ良い理論だ。芸術家っぽい台詞で嫌いじゃないぜ」


 ただ、素直には頷けない。

 なぜなら、ジャオウには時間がないのだ。


「なあ、ヘンタイ。気付いてるか?」

「君の後ろに誰かがいる事かな」

「かはっ! いいヘンタイだ」


 誤解が広がりそうな勢いでヘンタイと連呼しつつ、ジャオウは笑みを崩した。


「あの方は、極力お前らを自分の手で殺めようとしていらっしゃる」

「なに?」


 その言葉が意味することはひとつ。

 このジャオウはあくまで当て馬であり、彼の背後にる人物――――ペルゼニアはたったひとりで自分たちを倒そうと言っているのだ。


「馬鹿な。たったひとりで我々全員に勝てると思ってるのかね」


 正直な所、今の王国の戦力での小数精鋭でアーガス達を倒すのは難しい。

 既に鎧もカイトに倒されている。

 名のある新人類も大半が倒れてしまった。

 このままいけば旧人類連合と合流することだってできる。

 それらを相手に、たったひとりで立ち向かうとは無謀としか言いようがなかった。

 

 残りの鎧を全投入するか。

 それとも既存の戦力を全て出すかくらいはやってくるかと思っていたのだが、ペルゼニアはそれほどまでの実力を持っているのだろうか。

 以前会った時には、想像すらできなかった話だ。


「できるとも。あの方はそういう力を持っている」


 英雄の疑問は、家臣によってあっさりと打ち破られた。


「だからよぉ、ヘンタイ。今の内から全力出して戦おうぜ。超真剣に戦っとかないと、お互い悔いが残るだろう?」


 ジャオウが天を指差し、訴える。


「それとも、みんな仲良くあのお方の餌になるかぁ!?」


 ジャオウが指差す青空の彼方に、影が浮かぶ。

 同時に、各ブレイカーの機器がその姿をキャッチした。


『敵機接近! 数は1です』

『1機だと!? まさか、本当に』


 4機のモニターにそれぞれ敵影が映し出される。

 風に乗り、猛スピードで向かってくる黒の巨人。

 その姿を視界に収めた瞬間、カノンが小さく呟いた。


『獄翼だ……』


 新人類軍の識別反応を背負い、彼女たちのもとへ向かっているのは獄翼だった。

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