第202話 vs不幸の風

 柏木家に人が集まっていく。

 玄関の手前で腰を抜かしている柏木夫人が、魚のように口をパクパクと開けていた。

 我先にと駆けつけた警察官が夫人を支える。


「お、夫の! あたしの夫の首がないんだよ!」


 玄関で転がっている柏木ヒデオの遺体は、長年警察官をやっている男の目から見ても悲惨なものだった。

 ここ最近、ヒメヅルを騒がせている連続殺人犯の仕業なのだと直感が告げているが、それにしたって酷い。

 人間はどれだけの憎しみを持つとここまで酷い真似ができるのだろう。

 首が繋がっていない一家の大黒柱の姿を見て、警察官は祈らずにはいられなかった。


「ほら、どいたどいた! 見世物じゃないんだぞ!」


 後からやってきた後輩警察官が住民たちを押しのけていく。

 簡易的にバリケードを作り、できあがった人混みを近づけさせない。

 そんな一団から少し離れた位置で、カイトたちは聞き耳を立てていた。


「……柏木さんが」


 豚肉夫人の叫びを聞き、スバルは呆然としていた。

 彼はあまりのショックに尻餅をつきそうになるのを堪えつつも、問う。


「なんで柏木さんがこんな目に」

「スバル。悪いことは言わない。早くここから出て行った方がいい」


 ケンゴが深刻な表情を浮かべ、スバルの肩を揺らした。

 彼にも状況が呑み込めてきたようだ。

 今、ヒメヅルには新人類軍がいる。

 しかも、そうとうヤバい思考の持ち主だ。

 1年前に現れたナルシストと魔法少女に筋肉達磨なんかとは比べ物にならない、正真正銘の殺人マシーンが、ここに来ている。


「こんなところで待ち合わせしなくても、別の場所でやれよ。それがいいって!」

「同じことだ」


 ケンゴの提案に、カイトが首を横に振った。


「誰かは知らんが、地の果てまでも追ってくる。そしてここの連中が皆殺しにあうだけだ。もしかすると、これまで会った知り合いも殺されているのかもしれない」


 スバルがはっ、と振り返る。

 彼の脳裏にはこれまでお世話になった数々の人間の姿が浮かんでいた。


「そんなのダメだ!」

「なら選択肢はひとつだ」


 戦うしかない。

 敵の規模がどれだけなのかもわからないのが痛手だが、こうなってしまった以上、手をこまねいているわけにはいかなかった。


「問題は住民だ」


 柏木家の前に集まるヒメヅルの住民たちを視界に入れ、カイトはぼやく。


「敵の能力はステルス性に秀ている」

「町長や熊谷先生を殺したのと同じ、見えない刃か」

「ああ。しかも人体の骨すら軽く切断している」


 見えない刃と言うより、ギロチンが飛んできているような物だ。

 そんな一撃をまともに受ければ、住民はおろか新人類だって無事では済まない、


「カイトさん、敵に心当たりは!?」

「ない。お前らはどうだ?」

「ボクもわからない」

「俺もないが……こんなことができそうなイカレポンチには心当たりがあるぜ」


 全員の視線がエイジに集中する。

 彼は無機質な最終兵器の姿を思い描きつつ、その名を呟いた。


「鎧だ」

「鎧!? こんな場所で!?」

「ゲーリマルタアイランドでも出してきた。俺達の行く先には、常に鎧とそれ以上の戦力がいると考えていい」


 実際、これまで出会った鎧は優秀な新人類の能力を組み合わせたハイブリットな人間ばかりだった。

 今回もそれと同じか。

 もしくはそれ以上の戦力を有していると考えなければならない。

 でなければ、マリリスの二の舞だ。


「いずれにせよ、連中がいる場所から住民を避難させなければならん」

「避難って言っても、ここにそんな場所はないぜ」


 ケンゴが抗議するように言った。

 ヒメヅルは老人たちの街だ。

 非難するだけでも時間がかかるし、それが街ごととなるとモタつくのは目に見えていた。


「かと言って、非難させたら山の中だ。敵の戦力がわからない以上、下手に動かすのは……」


 八方塞がりとはこのことだと、スバルは思う。

 この3人がすぐに行動プランを出せないのは珍しい事だった。

 環境がそうさせたのかはわからないが、XXXは比較的即断即決の傾向がある。

 そんな彼らが攻めあぐねているのが、自分たちの置かれた現状そのものであるとスバルは理解した。


「アンハッピー、トゥーユー」


 不意に、歌が聞こえた。

 よく誕生日に歌われるリズムに乗せ、不吉な歌詞がヒメヅルの土地に響いていく。

 

「アンアッピー、トゥーユー」

「う!?」


 その存在に真っ先に気付いたのはカイトだった。

 彼は素早くスバルとケンゴの袖を掴むと、自身の後ろへと引っ張り込む。

 彼らの前に回り込み、XXXの3人は歌を歌う人物を睨んだ。


「誰だ、貴様」

「うふふ……」


 鋭い眼光を突き付けられ、歌を歌っていた少女が――――ペルゼニアが笑みを浮かべた。

 姿恰好は大分綺麗なものになっているが、間違いない。

 彼女の顔を確認した瞬間、スバルは反射的にカイトの背中から顔を出していた。


「ペルゼニア!」

「え、知り合い?」


 名前を呼ぶスバルに対し、訝しげな視線を送るケンゴ。

 だが親友の疑問を余所に、カイト達は表情に焦りの色を浮かばせる。


「ペルゼニア。奴がそうか」


 その名前は聞いたことがある。

 母親と異母兄弟を皆殺しにした、生まれながらの殺人鬼。

 当時、新人類軍に所属していた人間なら誰もが知っていることだ。


「スバル君、知ってるの?」

「……まあ、ちょっとね」


 助けたんだよと言うのは簡単だ。

 だが、スバルは喉から出かかったその言葉を出すのを躊躇ってしまった。

 彼女は自ら牢屋に入り、己を封印していたのだ。

 スバルとしては助けたつもりでも、彼女にとってはいい迷惑だった。


 そんなペルゼニアが、ここにいる。


「ペルゼニア。お前が皆を殺したのか!?」

「ええ、そうよ」


 紡がれた返答はあっさりとしたものだった。

 年下の女王は悪戯っぽく舌を出すと、無邪気に笑う。


「アンハッピー、トゥーユー。貴方に不幸を与えてあげる。その為に私はここにきたのよ」


 現在、ペルゼニアの立ち位置は新人類王国の女王である。

 その女王様が目の前にいた。

 王国のトップが、わざわざスバルを苦しめる為だけにここに来たと言うのか。


「他の目的は何だ」

「別に何もないわよ、XXX」


 ペルゼニアはスバルを見つめ、それ以外を眼中に収めずにいる。

 ゆえに、カイトから飛んできた質問への返答も適当なものだった。


「私は同じことを喋るのが嫌いなの。手間をかけさせないでちょうだい」


 そうでないと、


「次に首が飛ぶのは、貴方になるかも」


 風が吹いた。

 ペルゼニアの背中から一陣の突風が舞い上がる。


 来る。

 

 カイトが身構えると、ペルゼニアから吹いてきた風が勢いを弱めた。


「うふふ……冗談よ。貴方はまだ後。物事に順序があるように、アンハッピーを届けるのには相応しい順序があるわ」

「俺にアンハッピー?」

「そうよ。全部あなたを絶望の淵に沈めるためにやっているの。貴方の先生も。貴方のご近所さんも。貴方の同級生も。貴方の街の偉い人も、全部私が殺してあげたわ」


 笑みを崩さぬまま、ペルゼニアは宣言する。


「次はもっと近いのを殺すわ。そういえば、森の中に何人かいるわよね」

「え!?」


 身構え、木々の間へと視線を向ける。

 直後、一陣の風が吹いた。

 当たりの強い強風に揺られ、ペルゼニアが宙に浮く。

 そのまま枯葉が流されるようにして、彼女は森の中へと溶け込んでいった。


「お、おい待て!」

「よせ、罠だぞ!」


 それを追い、スバルが走る。

 彼に続き、カイト達も森の中へと駆けていった。


 暗い森の中からペルゼニアのソプラノボイスが響き渡る。


「アンハッピー、トゥーユー。身の程を弁えないで私の国を台無しにした貴方には、報いを与えてあげる」


 だからこそペルゼニアはスバルに近しい人物を殺めていった。

 ゼクティスやジャオウを使わず、ひとりで全員殺したのである。

 彼女は女王として。

 祖国を守る最強の戦士のひとりとして、国を辱めた重罪人に絶望を与えなければならない。

 それこそが彼女の使命だった。

 

「その為に次は」


 風がスバルの頬を撫でる。

 ひんやりとした感触が少年の上半身を通り過ぎ、後ろを走る仲間たちへと向かっていった。


「貴方の友達を殺してあげる」

「え!?」


 何もない強風の中からペルゼニアが姿を現す。

 突然姿を現した少女に驚きつつも、正面にいたカイトが爪を振るう。

 右手から伸びた銀の刃がペルゼニアの身体をすりぬけていった。

 そのまま通り過ぎていき、女王はケンゴへと手を伸ばす。

 彼女はケンゴの首を絞めると、そのまま彼の背後に回り込んだ。

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