第201話 vs殺人事件

 1年ぶりに再会した親友は妙に逞しくなっていた。

 身長や顔つきはそう変わっていないが、心なしかムキムキになっている気がする。

 筋肉が付き、身体が太くなったのだ。

 ケンゴがこの1年間でどれだけ頑張ってきたのかが伺える。


「久しぶりだな、柴崎ケンゴ。どうやらこの家の件ではお前に迷惑をかけたらしい。ありがとう」

「い、いや。そんな……」


 そんな親友も、丸くなったカイトを前にしたら困惑してしまうようだ。

 どこか視線がきょどっている気がする。

 カイトの隣に陣取るふたりの不審者の存在もあるのだが、彼らの存在感よりもカイトの雰囲気が様変わりしたのが余程衝撃的だったらしい。

 とは言え、スバルの記憶の中でもカイトが『ありがとう』などと言ったことはあまりないのだ。

 彼はそういう男として認識されやすい。


「おい、どうしたんだよあの人。なんかすっごい丸くなってないか?」

「まあ、その分色々と酷い目にあってるんだけどね」


 流石にエリーゼの件を気軽に話すことは躊躇われたので、そこは濁しておく。


「紹介しておくよ。横のふたりはカイトさんの友達で六道シデンさんと御柳エイジさん」

「友達!?」


 ケンゴが驚愕し、数歩後ずさった。


「この人、ダチがいたのか!?」

「おいこら」


 あまりに失礼な物言いに、抗議の視線を送るカイト。

 ただ、そこに殺気がないことを伺うに、本人もそれなりに自覚があるのだろう。

 なにせちょっと前までは自他ともに認める一匹狼だったのだ。


「……まあ、それはいい」


 いいんだ。

 とても残念そうな顔で溜息をつくカイトだが、改めてケンゴを見て質問を投げかけた。


「確認しておきたいんだが、この家にはよく来るのか?」

「あー、大体1週間に2回のペースだな。最初はもっと多くの人が参加してたんだけど、今だと俺と柏木さんくらい」

「まあ、そんなに多くの人が掃除に参加したら混乱するだけだし」

「それもあるけど、根本的な理由は違いますよ」


 シデンが問うと、ケンゴは急に敬語を使いはじめた。

 見知らぬ年上と話すとなると、緊張するらしい。


「おじさんが死んでから暫くした後、街の人が一斉に引っ越しし始めたんです。王国の報復を恐れて」

「なるほど」


 ヒメヅルを出た際、豚肉夫人が懸念した事項だ。

 柏木一家が掃除の手伝いをしてくれていることから察するに彼女は残っているのだろうが、他の住民は夫人の恐れた事態を飲み込み、そのまま逃げだしたのだ。

 そこは非難すべきことではない。

 いつ襲われてもおかしくないのは事実だ。

 火の粉を浴びない場所に逃げたいと思うのは当然であるとカイトは納得する。


「みんな避難したから、去年に比べて人口が半分にまで減っちゃってね。ヒメヅル高等学校も閉校したよ」


 それはスバルとカイトに向けられた言葉だった。

 かつてはそこに通っていた生徒と、一度しか中に入った事のない男だ。

 各々、あの場所はもう機能していないと思うと寂しいものがある。


「じゃあ、お前は今なにをしてるんだ」

「親父の家業の手伝いをしてるよ。知ってるだろ、大工なんだ」


 成程、道理で筋肉のつきが良い筈だ。

 スバルは納得すると、他の生徒たちの現状を聞いた。

 教師を含め、皆見送りに来てくれた友人たちである。


「他の皆は?」

「揃って避難したよ。今頃はシンジュク辺りで予備校に通ってるんじゃないかな。みんな掃除手伝ってくれたんだぜ」


 なんとも生々しい話だ。

 人生で嫌いな物のワースト3に勉強が入るスバルとしては、避難先でも勉強をする場所に通う神経が理解できないのである。

 家の掃除をしてくれたのは素直に感謝しているのだが。


「ところで、アンタ等はどうして戻ってきたんだ?」


 予備校という単語にげんなりするスバルを尻目に、ケンゴは逆に問いかけた。


「正直、もう二度と会う事はないって思ってたんだけど」

「俺もそう思っていた」


 だが、自分たちの事情を全て喋るわけにはいかなかった。

 ゆえに、要点を濁した上で答える。


「ここにはついでで寄っただけだ。一度、コイツに墓を見せておきたくてな」


 スバルの頭を掴み、無理やり引き寄せる。

 嘘は言っていなかった。

 本命はイルマとの待ち合わせなのだが、彼女が誰に変身しているのかもわからない以上、迂闊な事は言えない。


「でもよ。大変な時に来ちまったな」


 ケンゴは追及することなく、今のヒメヅルの懸念点を語り始めた。

 ここに来る直前にカイト達も知ったある事件。

 それがヒメヅルを混乱させている。


「町長の殺人事件か」

「……正確に言えば、連続殺人らしい」

「連続殺人!?」


 穏やかではない単語だ。

 スバルは驚愕の表情のままケンゴに詰め寄る。


「町長以外にも殺されてるのか!?」

「……3日前、熊谷も死んだ」


 親友の襟を絞めかねない勢いだったスバルが、愕然とした表情で項垂れていく。


「クマガイって誰?」

「……あのふたりの教師だ」


 熊谷シンヤはヒメヅル高等学校において、スバル達の学年の担任を務めていた男性である。

 カイトも面識がある人間だ。

 スバルが徴兵される日に、彼が異様に涙ぐんでいたのは印象的だった。

 カイトの中で、彼は『号泣先生』という呼び名で親しまれている。


「なんで連続殺人だって言えるんだ?」


 エイジが率直な疑問をあげる。

 教師と町長。

 あまり繋がりがあるとは思えない組み合わせだ。


「目撃者が変な事を言うんですよ」

「それって目撃者が犯人のパターンなんじゃないの?」

「2件とも別の人間です。問題なのは、殺された時の状況ですね」


 曰く、彼らは外を出歩いていたところ、突然血を噴き出して倒れたらしい。

 周囲に人はおらず、不審人物もいなかったのだそうだ。

 まるで見えない刃物が襲い掛かったような光景だと、目撃者は証言していた。


「新人類か」


 ケンゴからおおよその情報を聞き出したカイトが、率直に答えを出した。


「たぶん」

「この街に新人類がいるのか!?」


 スバルの記憶が正しければ、ヒメヅルに住んでいる新人類はカイトしかいない。

 そのカイトも街から去った以上、この街に新人類は誰もいない筈だ。


「人は出ていっても、新しく入ってきた奴は居ない。誰かが新人類なのを隠蔽して犯行に及んだのかはわからないけど、そういう可能性を考えた方がいいって警察が……」

「おい。どっちにしろやべぇぞ」


 蛍石家に不穏な空気が流れ込む。

 エイジはカイトに顔を向け、言う。


「この街にいた唯一の新人類がお前だろ。そのお前が帰ってきたんなら、真っ先に疑われるんじゃねぇのか?」

「でも、今日来たばかりならみんなが証人になれば……」

「なると思うか?」


 ケンゴが言いかけた言葉を、カイトが両断する。

 彼らはケンゴよりも状況を重く考えていた。


「……夫人の言ってた事が当たった」


 マリリスの件もあり、スバルに余計な不安を与えたくは無かった。

 だが、相手は逆に更なる重圧を押し付けようとしている。

 考えを全て喋ることはしなかった。

 だが、彼も同様のことを考えているのだろう。

 表情が徐々に青くなっていくのが手に取る様にわかる。


 これは報復なのだ。

 蛍石スバルと神鷹カイトに対し、挑発している。


「ケンゴ、柏木一家も来ると言ったな」

「あ、ああ。夫人は今旅行中だから、旦那さんだけが来る予定だけど……」

「何時来る」


 問われ、ケンゴは気づく。

 柏木家の大黒柱はまだ蛍石家に到着していない。

 そして外には連続殺人犯。

 単純に遅れてるだけなのかもしれない。

 だが、そう言い切るには危険すぎる状況だ。


「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!」


 意識を奪うには十分すぎる程に大きな声が街中に響き渡った。

 蛍石家にも例外なく届いたそれは、中にいる人間たちの意識を問答無用で外へと向ける。


「今のは!?」

「夫人の悲鳴だ」


 ケンゴ曰く、旅行中ということだったが帰ってきていたらしい。

 その夫人の悲鳴。

 嫌な予感がする。

 カイトが舌打ちをしたと同時、彼らは一斉に立ち上がった。








 ――――ニュースをお送りいたします。


 今週の水曜日、シンジュクで発生した30人近くが殺害された大事件ですが、ようやく遺体の身元が判明しました。


 亡くなったのは神崎マコトさんを始めとした高校生で、事件発生当時から行方が分からなくなっていました。

 神崎さんたちはこの春に閉校したばかりのヒメヅル高等学校から引っ越してきた高校生で、同級生と定期的に交流を深めていたそうです。

 今回の被害者は全員ヒメヅル高等学校から転校してきた生徒たちで、同窓会の最中になにかしらの事件に巻き込まれてしまったのではないかと思われています。


 また、ヒメヅル高等学校で神崎さんの担任を務めていた熊谷シンヤさん、38歳も先日殺害されており、警察では学校関係者に事情聴取をおこなっています。


 なぜ、閉鎖された学校の生徒たちが遠いシンジュクで殺されなければならなかったのでしょうか。

 犯人の正体。

 そして目的も、いまだにわかっていません。

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