第192話 vs勝ち取った物

 砂塵が校庭に巻き上がる。

 突風と共に舞い上がったそれは校庭に集まった避難民たちの視界を遮った。

 次の瞬間、砂塵が収まる。

 校庭に新たな影が現われていたのに気付かない者は、誰ひとりとして存在しなかった。


「ポッポマスター!」

「山田先生!」

「山田だ!」


 ソイツはこの島では幾つかの呼び名がある。

 だが、それらの呼び名は全て偽りであることをアトラスは知っていた。

 それゆえに、彼は目の前に現れた男の正体を呟く。


「り、リーダー……」

「え?」


 その呟きに、誰かが反応した。

 ざわつき始めた校庭が一瞬で静まり返ったのだ。

 彼らの静寂は、やがて訪れた疑問と言う形で撃ち破られる。


「リーダーって、アイツなんじゃないの?」

「新人類軍の司令官なんだよな」

「それのリーダーってどういうことだ」


 普通そう思う。

 だが彼らに説明する気はない。

 時間の無駄だし、何より事情が複雑すぎる。

 それに、時間をかけるつもりもない。

 カイトは学園長に傷がないのを確認すると、すぐ近くでこちらを見ている教師たちに視線を向ける。


「動けるか」

「え、ええ。なんとか」

「わかった。少し離れていてくれ。ここは俺が始末をつける」


 この時点で学園長は『山田先生』もテイルマンと同じ人種であることに気付いていた。

 いや、彼だけではない。

 破けた背中の痕を見て、何も傷跡が残っていないのを見たら、皆そう思う筈だ。

 だから、一言付け加える。


「俺はアイツの味方だ」


 言うだけ言うと、カイトは改めてアトラスに向き直る。

 大分狼狽えているようだ。

 彼の性格を察するに、こちらから飛び込んできたとはいえ『偉大なるリーダー』に傷をつけてしまったのは自らの首を絞めるのと同等の行為である。


「アトラス。随分と好き勝手やってくれたな」


 黒焦げになったヘリオンを見やる。

 虫の息とはまさにこのことだろう。

 このまま放置しておけば危険なのは誰の目から見ても明らかだ。

 というか、死んでいないのが不思議である。

 トカゲの尻尾みたいな生命力だと、素直に感嘆する。


「り、りー」

「黙れ」


 なにか弁解の言葉を発しようとしたアトラスを、一言で両断する。

 カイトの意思はただひとつ。


「お前はもう許さん」


 直後、風が吹いた。

 豪風が校庭を包んでいく。

 直後、校庭の砂が再び巻き上がった。

 彼の姿を注視していた赤猿は、その光景を見て仰天する。


「はっええ!」


 速い、というのはちょっと語弊があるかもしれない。

 大地を踏み込む力が強すぎるのだ。

 その時の反動で風が吹いている。

 バトル漫画の中でしか見た事のない世界が目の前で繰り広げられていた。


「ひっ――――!」


 アトラスの表情が恐怖で歪む。

 それは眼前に迫る神鷹カイトへの恐怖か。

 それとも、彼の怒りを買ってしまった事への後悔か。

 答えは赤猿からはわからない。

 一瞬のことだったが、アトラスにとって『リーダー』の存在は絶対なのだろう。


「がっ」


 アトラスの身体が宙に浮く。

 腹部に強烈な右ストレートを受け、足が浮いていた。

 すぐ真下にいるヘリオンがカイトに呟く。


「頼む。生徒もいる。なるべく酷い光景は見せないでやってほしい」

「いいだろう」

「お、ご……」


 悶絶するアトラスを余所に、カイトは再び拳を振るう。

 めり込む様に命中すると、アトラスの身体は校門へと吹っ飛ばされた。

 どう考えても拳の威力じゃない。

 赤猿は自分の頬を抓ってみた。

 痛い。

 悲しいが、夢じゃないらしい。

 ゲームセンターで出会ったちょっと目つきの怖いお兄さんは、恐るべき超人だったのだ。


「ヘリオンを頼む」


 その超人は教師や生徒たちに一瞬振り向くと、すぐさまアトラスの方へと向かう。

 幸いにも、アトラス以外の新人類軍は全てヘリオンが始末していた。

 もうこの学園に迫る破壊の魔手はない。


「ノックバーン先生!」


 するとどうだろう。

 アトラスがいなくなった瞬間を見計らい、何人もの教師がかけつけていった。

 先陣を取るのは数学教師だったろうか。

 まあ、誰でもいい。

 彼が駆け付けたのをきっかけにして、大勢の人間がヘリオンの元に押し寄せたのをカイトは見た。

 彼があの戦いの日々から抜け出して勝ち取ったものが、そこにはある。

 それを見ただけでも、この島に来た価値があるとカイトは思った。


「ん?」


 校門へと跳躍すると、誰かとすれ違った。

 アトラスではない。

 移動速度が段違いに遅かったからだ。

 荒い息遣いで校庭へと走る誰かの姿を、カイトはぎりぎりで目視する。

 レジーナだ。

 カイトに遅れて、彼女もこの校庭に来ていた。

 そのまま休むことなく、校庭へと駆けつける。

 一度驚いた顔をしてからまたヘリオンの元へと駆けつけていった。


「ヘリオン!」


 彼女の叫び声が聞こえる。

 その瞬間、カイトは自分のお節介が終わったのだと理解した。

 もしかしたら、時間の問題だったのかもしれない。

 後は彼ら自身でなんとかできるだろう。

 と、なると自分がやるべき仕事はただひとつ。

 彼が勝ち取った物を壊さないことだ。


「うぐ……はぁっ!」

「まだだぞ!」


 校門を出たところで蹲るアトラスに向け、叫ぶ。

 はっ、と顔を上げてきた。

 その顎を思いっきり蹴り上げる。

 歯にひびが入ったのが見えた。

 昔の好きな人の面影を残す顔にひびが入ったようで忍びない気持ちになるが、関係ない。


「リーダー! 私は!」


 真上に飛ばされたアトラスが懇願するように声をかける。

 だが、もう聞く耳を持つつもりはない。

 アイツはやっちゃいけないことをやってしまった。

 だからきっちりとカタをつけなきゃいけない。


「もうお前と話すことはない」


 明確な拒絶。

 絶望を感じつつも、アトラスは切り出した。


「私は、皆の為に」


 爪が伸びる。

 カイトは凶器を振りかざすと、真上に吹っ飛ばされたアトラスを睨む。

 敵を見る目つきだった。


「XXXの為に――――!」


 懸命な叫びも、あのお方には届かない。

 もう手の届かない場所に行ってしまった。


「お前と俺達のやりたいことは別だ。ひとりで言ってろ」


 カイトが跳躍する。

 バネのように飛び上がったその身体は、アトラスのま隣へと一瞬にして移動。

 伸びた爪がアトラス目掛けて繰り出された。

 ゲーリマルタアイランドの上空に突風が舞う。

 冷たさと鋭さを纏った刃がアトラスの身体を通り抜けていった。 

 肢体が横に吹き飛ぶ。

 アトラスの胴体を置いてけぼりにして、両腕と足だけが空に流された。


「ぎ――――」


 痛みで悲鳴をあげそうになる。

 だが、彼はそれを喉に留めた。

 彼の怒りを買ったのは自分だ。

 ゆえに、罰が必要なのだと心に刻む。

 そうしないと自分が崩壊してしまうから。


「が」


 代わりに紡がれる言葉は、手足を無くしても自分の代わりに動いてくれる代弁者。


「ガデュウデン!」


 その声に反応し、遠く離れた空間移動要塞、サムタックに眠る機械の獣の目に光が宿る。

 ソイツは背中の羽を大きくのばすと、無人のコックピットにも関わらず勝手にカタパルトまで移動していった。

 メインブースターを点火し、ハッチ目掛けてつっこんでいく。

 サムタックの射出口に体当たりをぶちかまし、空へと解き放たれた。


「ぬ?」


 空気を切り裂き、こちらに向かってくる気配があるのをカイトは感じた。

 軽く周囲を見渡してみる。


 紅孔雀が見えた。

 これは違う。

 周囲を飛び回る彼らは常に統率がとれている。

 というか、ガデュウデンなんて名前じゃない。


 ダークストーカーが見えた。

 これも同様の理由で論外だ。

 その近くには白いブレイカーも倒れているが、今更首のないブレイカーを呼び出したところでどうなるというのか。


 そして最後。

 こちらに猛突進してくる、赤い影が見えた。


「あれか」


 ガデュウデンとアトラスは言った。

 たぶん、彼のブレイカーなのだろう。

 呼べば来るなんて便利なシステムだと感心する。

 スバルが使っていた呼び出し機に比べたらずっと便利だ。


 ただ、その外見にはちょっと驚きを隠せない。


「おお」


 まず、胴体が異様に長い。

 この島に流れ着いてからブレイカーに関わる知識には大分触れてきた。

 基本的に人型であるブレイカーが、手足の何十倍もありそうな胴体をもっているわけではない。

 いわば、バネだ。

 バネを思いっきり伸ばしたら、たぶんあんな感じになる。

 それの先端にワニみたいな頭が付いてて、申し訳程度の手足と翼。

 日本で見る『龍』のイメージに近い物があった。


 ガデュウデンが伸びる。

 空を泳ぎ、カイトとアトラスの間へと割って入った。

 アトラスの胴体がガデュウデンの頭に収まる。

 最初からコックピットハッチを開けていたのだろうか。

 いや、それよりも。


「今更そんな物を引っ張り出してどうする」


 あれを最初から持ってこなかった理由はわかる。

 単純な話、でかすぎるのだ。

 よく蛇がやるように、丸くなって収まるようなサイズじゃない。

 今だって空を飛んでいるからスペースを確保しているような物だ。


 だが、それがどうした。

 五体不満足。

 ブレイカーの操縦の仕方ならカイトも知っている。

 これまでずっと後ろで眺めてきたのだ。

 操縦桿を手で握り、足で調整できるのも知っている。

 要は発達した車みたいなもんだ。

 腕と足を無くして動かせる代物とは思えない。


 ところが、だ。

 アトラスを取り込んだガデュウデンは大きく口を開くと、生き物のようにうねうねと動いて飛翔し始めた。


「なに!?」


 まさか、動かせていると言うのか。

 操縦桿を動かす腕も無しに。

 いや、そもそも手足を失った出血はどうする気だ。

 我慢でどうにかなるもんじゃないだろう。


 いずれにせよ、あのサイズで暴れられたら面倒だ。

 ダークストーカーには恐らくシルヴェリア姉妹かスバルが乗っているのだろう。

 紅孔雀に攻撃を仕掛けている時点でこちらの味方だ。

 ならばあれと連携して、早い段階でガデュウデンを黙らせるに限る。


「――――!」


 着地し、ダッシュしようとした瞬間。

 正面のビルを粉砕して、なにかが突っ込んできた。

 背中だ。

 しかも見覚えがある。


「エイジ!?」

「のわぁっ!」


 声をかけたと同時に御柳エイジが吹っ飛ばされて、校門の前に激突する。

 彼を気に掛ける余裕もないまま、カイトは新たに出現した敵をみた。

 悍ましい外見である。

 下半身は蜘蛛のような八本の足。

 だが、胴体には人間らしき名残もあった。

 仮面を装着している為、素顔は見えない。

 見えないがしかし、獣同然のような雄叫びには心当たりがある。


 鎧だ。


 なんとも物騒な代物を放り込んでくれたものだ。

 外見を見るに、昆虫人間かなにかだろうか。

 いずれにせよ、XXXでも力自慢であるエイジを吹っ飛ばすほどのパワーがあるのだ。

 野放しにはできない。


 ガデュウデンも気になるが、ここで此奴を放っておけば学園どころか島が滅ぼされかねない。

 鎧とはそういう生体兵器である。

 どことなくマリリスの面影がある気がするが、関係ない。

 鎧はクローン人間。

 恐らく王国に捕えられた時にDNAを採取され、生み出されたのだろう。

 加減してやる義理は無い。


「よ、よせ、カイト」

「お前は休んでいろ。俺が奴を倒す」

「待て! そうじゃねぇんだ!」


 エイジの制止を振り切り、カイトは爪を振るう。

 仮面をつけた昆虫女が、彼を敵と認識した。

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