第182話 vs空回り

 一室の空気が凍り付いていくのがわかる。

 スバルの隣にいる教頭などは泡を吹いて倒れている始末だ。

 よほど衝撃的な発言だったのだろう。

 しかし、言い方は酷だが都合はいい。

 テイルマン関連の話をするなら教頭は耳を塞いでおいた方がいいだろう。

 もしも聞かれてしまえば、学園におけるヘリオンの居場所を奪うことになりかねない。


「でも、さぁ!」


 自分の額に青筋が浮かんでいるのを理解しつつも、スバルはカイトに怒鳴りつける。


「なんでいきなりそういうことを聞くのさ!?」

「一番聞かなきゃならないことだ。早めに聞いておくに限る」

「教頭失神しちゃったよ! アンタ、確か問題ないとか言ってたよね!?」

「言ったな。まあ、テイルマン関連の話題に移る時は気絶させるつもりだったが」

「最悪だ!」


 いずれにせよ教頭は気を失う運命にある事を知ると、スバルは頭を抱えて教頭の不憫さを呪う。

 そんな彼の狼狽ぶりを知ってか知らずか、カイトはレジーナへと視線を移した。


「……知ってるのね。彼の事」

「ああ」


 テイルマンの言葉が出たのだ。

 レジーナもカイトの正体に薄々勘付いてきはじめている。


「ただ、勘違いはしないでほしい。これは俺が勝手にやってることだ。別に誰と付き合おうがお前の自由だし、将来誰と結婚してもお前の自由だと思ってる」

「だったら、」

「だから、お前にテイルマンを知っていてほしい」

 

 テイルマン。

 ある程度知識を蓄えた人間なら、その名前を知らない人物はいない。


「……何を知れっていうの。彼の新人類としての能力の事?」

「それもある。だが、俺としてはヘリオン・ノックバーン個人を見てほしいと思ってる」


 テイルマンは悪名高き新人類だ。

 能力は目立つ物ではないが、ライオンを無表情なまま殺すような人間に好感を抱く人間がいれば、そいつは歪んだ人間だと認識されるだろう。

 カイトも現在進行形で危ない人間だと認識されている。


「もしもお前がテイルマンを嫌ってるなら、ヘリオンを見てほしい。ヘリオンを見てくれるならテイルマンを知ってほしい。俺の要件はこんな感じだ」


 レジーナは俯き、無言になる。

 その間、カイトは何も言葉を発しなかった。

 スバルも同様だ。

 こんな空気の中、何を話したらいいのかわからなくなる。


「何が違うっていうの」


 しばらくの静寂の後、レジーナが呟く。

 肩を震わせ、彼女は続けた。


「だって、彼はあの資料映像に出てきたテイルマンなんでしょ!?」

「そうだ。だから両者について知らないといけない。ただテイルマンの常識を上辺だけ見て分かったつもりでも、それが全部ヘリオンに当て嵌まるかと言えばそうでもない。お前もそれは何となく分かってる筈だ」


 この数か月。

 カイトはヘリオンと共に同じ屋根の下で暮らしてきた。

 職場での彼の姿は1週間程度しか観察していないが、昔とあんまり変わらないと思っている。


「ヘリオン・ノックバーンはあれが素なんだ。デカくて気を回しすぎる。それが空回りする事も少なくない」


 ただ、その裏で冷徹な過去があったのも事実だ。

 あの資料映像を撮影した当時、カイトやヘリオンたち少年兵は戦う事しか自分たちの存在意義を見出せなかった。

 敵を倒せ、と命令されればそうするし、無表情でライオンを殺せと言われたらその通りに実行する。

 そういう集団だった。


「……そうね。彼はもう少し自分の身を省みる事があってもいいと思う」


 カイトの発言に思う事があったのだろう。

 レジーナは溜息をつく。


「初めての授業でも気合を入れて、空回りしちゃって。生徒たちから爆笑されたわ」


 学園や日常生活で見ることができるヘリオン・ノックバーンはきっと彼の本性なのだろう。

 仕事上でも、プライベートでも長い付き合いなのだ。

 そういう一面が彼のいいところなのだと、そう考えていた。

 ただ、出会う以前の彼が何をしてきたのかは知らない。

 ある日のデート帰り。

 帰宅する途中に彼の口から放たれた言葉は衝撃的な物だった。


『僕はテイルマンだ』


 真剣な表情で呟く彼に対し、自分がどんな表情をしたのか。

 レジーナは覚えていない。

 たぶん、間抜けな顔をしていたのだろうとは想像することはできる。

 その後のヘリオンの言葉はこう続いた。


『……信じられないなら、証拠を見せてもいい』


 それがまずかった。

 ヘリオンの背後から伸びる細長い尻尾。

 それを見た瞬間、レジーナは恐怖に掻き立てられたのだ。

 幼い頃に見た、新人類の少年によるライオン殺し。

 呆気なく絞殺されたライオンと同じ末路を、自分もたどってしまうのではないかと言う恐怖。

 本人にそんなつもりはなかったのかもしれない。

 だが、ヘリオンのやってしまったことは凶器をチラつかせるのと同等の意味を持っていたのだ。

 本人にとっては身体の一部でも、他人から見れば立派な凶器である。


「でもね。怖いの」


 帰り道での出来事を振り返り、レジーナは呟く。


「今度会ったとき、あの尻尾が襲い掛かってくるんじゃないかって想像するとね。どうしても震えが止まらないのよ……」


 蹲り、身体が震える。

 資料映像の中で絞殺されたライオンの無残な姿が、自分に置き換えられていく。

 彼がその気になれば簡単なことだ。


「貴方、彼を知ってるんでしょう。そんなことはないって言い切れるの?」

「言い切れない」


 断言した。

 予想外の発言を聞き、レジーナとスバルは愕然と項垂れる。


「な、なんでそういうことをいうんだよ!」

「責任はとれん。それに、ヘリオンの尻尾が凶器になるのは事実だ。感情の制御は上手くなったかもしれないが、アイツは暴走する危険性も秘めている」

「暴走?」


 レジーナが視線を向ける。

 カイトは真顔のまま、静かに頷く。


「テイルマンはただの呼称だ。アイツの新人類としての能力はそんなもんじゃない」


 スバルは思い出す。

 食卓でアーガスから聞いたテイルマンについての情報。

 それによれば、彼は爬虫類の遺伝子を濃く受け継いでいるらしい。

 特撮に出てくる爬虫類人間のようになるのか、ティラノザウルスのような化物になるのかまではわからないが、いずれにせよ大変なことになるのは目に見えている。

 XXXの面々が恐れている程だ。

 これまで戦ってきた誰よりも凶悪な何かがヘリオンにあるのだろうと予想できる。


「ただ、そんなアイツでも命令は絶対服従だ。そうしないと自分が殺される立場だったからだ」

「宣伝に出ないと殺すぞって脅された訳?」

「そうだ」


 スバルの疑問に、カイトは簡潔に答える。


「アイツに不幸があったとすれば、リバーラ王に目をつけられたことだ。子供で、しかもわかりやすい身体の変化。パワーも十分あるんだからいい宣伝材料になる」


 だが、そこの宣伝で見せたのがテイルマンの――――ヘリオン・ノックバーンの全てではない。

 彼には恐るべき能力がある。

 それも含め、彼はレジーナに知っておいてほしかったのだろう。

 その上でプロポーズし、玉砕したのだ。


「アイツの本性が怖いか」

「……ええ」


 掻い摘んで問題点を挙げれば、一番の問題はこれに尽きる。

 これからヘリオンと付き合っていく上で、何が真実なのかわからなくなってきた。

 今まで付き合ってきた彼が正解なのか。

 それとも、残虐なテイルマンか。

 カイトの話を信じるのであれば、前者が正解なのだろう。

 しかしそれを鵜呑みにできるほど、レジーナは呑気ではない。

 カイトとてそれは理解している。

 ヘリオンに助け舟をだすことはできても、最終的に決定を下すのはあくまでレジーナなのだ。

 だからカイトは頭を下げて頼むしかない。


「例えテイルマンでも、アイツは1年間必至に学園で働いてきた。それじゃあ、ダメか」


 レジーナは沈黙する。

 迷っているような表情だった。


「もう一度、アイツにチャンスをくれてやれないか」


 ダメ押しをするかのようにカイトが頼み込んだ。

 どこか痛々しさすら感じる光景である。


「ん?」


 そんな時だ。

 部屋が揺れた。

 テーブルが激しく揺れ、食器棚からカップが飛び跳ねる。


「じ、地震!?」

「警報は出てなかったけど……」


 訝しげに携帯を取り出すと、レジーナは着信履歴を確認する。

 緊急地震速報は入ってきていない。


「まさか」


 カイトが立ち上がり、ベランダへと走る。

 カーテンを広げ、窓の向こうの景色を解き放った。

 巨大な円錐の建築物が、地面に突き刺さっている。

 近くの建物と見比べてみても、全長200メートル以上はあるだろう。


「な、なにあれ!?」

「スバル、教頭を叩き起こせ! レジーナ、悪いが臨時教師は今日で終わりだ。芸術の授業はお前が復帰してなんとかしろ!」


 カイトが踵を返し、玄関へと疾走する。

 ザンギエフの設定も忘れるほどに焦っている。

 呆気にとられるスバルとレジーナ。

 彼らの態度を見て苛立った臨時教師は、とっさに叫んだ。


「新人類王国だ!」


 大地に突き刺さった巨大建築物。

 その側面に穴が開いた。

 穴の中から深紅の巨躯が身を乗り出し、背中の羽を展開しながら飛び立っていく。

 紅孔雀だ。

 しかも星喰いとの戦いの時と全く同じ武装を施している。


「俺は学園のヘリオンに知らせに行く。お前はシデン達と合流しろ!」

「その後はどうすればいい!?」


 紅孔雀の機影を確認し、ようやく状況を理解したスバルが問う。

 もう獄翼は無い。

 少年が戦う術は失われている。

 それでも、ただの足手纏いになりたいとは思わなかった。


「俺も戦う!」

「なら、電話でカノンとアウラに連絡を取れ!」


 少年の意地にも似た感情を汲み取り、カイトは提案する。


「アイツらなら、もしかするとブレイカーを送ってくれるかもしれない。最悪、こっち側にそのまま引きずりこんでも構わん!」

「わかった!」


 頷くと、スバルは教頭の頬を叩き始める。

 かなり深い眠りについているのか、彼は『ごらんミチコ。あれがアレクサンダーだよ』などとわけのわからない譫言を呟いていた。


「ねえ!」


 そんなスバルに声がかかる。

 レジーナだ。

 まだ教頭が意識を取り戻さない為、身体をゆすりながらスバルは対応する。


「どうして武装した新人類王国がここにくるの!? 貴方達の仲間なんじゃないの!?」

「俺は旧人類だよ!」


 一言で返答すると、スバルは不十分だと考えた。

 彼はレジーナの顔を見上げ、付け加える。


「あの人たち、みんな逃げたんだよ! 事情はいろいろあるけど、基本的にあの国が嫌になったっていうのは一緒!」

「じゃあ、貴方達を追ってきたわけ!?」

「どっちにしろ、ここは何時か侵攻されたよ!」


 仮にカイトやヘリオン達を見つけたから襲い掛かってきたのだとしても、早いか遅いだけかの違いなのだ。

 なぜなら、新人類王国の目的は世界地図を全て自分たちの色で塗り潰すことにある。

 その後、どんなことが起こるのかはスバルもレジーナも良く知っていた。


「戦う気?」


 先のカイトとの会話を思いだし、レジーナが問う。

 常識を疑う言葉だ。

 例えブレイカーがあっても、向こうの方が数は多い。

 それにこの少年は旧人類だ。

 常になにかしらの技術に特化している新人類に適うとは到底思えない。


「そうだよ」

「どうして!? 貴方のお兄さん、新人類でしょ。任せておけばいいじゃない!」

「新人類でも、人間なんだよ!」


 人間である以上、何時か死ぬ。

 本気の争いなら尚更だ。

 だから何とかしたいと思う。


「最初は無機質で怖いって、俺も思った。でも、あの人たちだって必死で生きてる。悩むし、悲しむし、怒ったりもする。俺たちとなんにも違わない!」


 だからこそスバルは思う。

 彼らと一緒に生きる為に、自分のできることを全力でぶつけよう、と。


「だから、電話借りるね! 教頭先生をお願い」


 中々起きない教頭に見切りをつけ、先にレジーナの家の受話器に手を付ける。

 持ち主は許可も出していない行動に対し、怒る事は無かった。

 代わりに再度ベランダを見やる。

 赤いブレイカーが飛び出し、学園の方角へと向かっているのが見えた。

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