第181話 vsレジーナ
レジーナ・クロムメイルの自宅は学園からバスで30分ほど移動した場所にある住宅街。
その中にひっそりと佇む小さなマンションの一室だった。
一人暮らしにしては十分すぎるスペースである。
「一人暮らしなの?」
「だと聞いています」
スバルが道案内をしてくれた教頭に問うと、考え通りの解答が返ってきた。
「教頭、呼び鈴を」
「わかりました。では、失礼」
部屋番号を知らないカイトが一歩後退すると、代わりに教頭が呼び鈴の前に立つ。
番号を入力した直後、呼び出し音が鳴った。
『……はい?』
少々間を置いたのち、若い女性の声が響く。
恐らく、彼女がレジーナ・クロムメイルなのだろう。
スバルはそう結論付けると、教頭の言葉を待つ。
「お久しぶりです、クロムメイル先生。私です」
『教頭先生。お世話になっています』
「前にお話ししていた、臨時教師の方にお越しいただきました。授業の引継ぎなどの打ち合わせをお願いしたいのですが、宜しいですかな」
『はい、鍵は開けてあります。どうぞ』
レジーナと教頭のやりとりはあっさりとしていた。
少なくとも、レジーナの声色を聞く限り不健康なわけではないらしい。
「ロックが解除されました。参りましょう」
「は、はい!」
教頭に連れられ、スバルがマンションの中へ突入する。
彼らの中で一番緊張しているのは間違いなくスバルだった。
まだ見ぬレジーナと、彼女を取り巻く環境が複雑な事情を帯びてきているのはスバルも知っている。
教頭は『決して友人を騙す人物ではない』と庇っているが、元気そうな様子を見ると不安になってくるものだ。
「ここが彼女の自室ですね」
呼び鈴を鳴らした番号と同じナンバープレートが張り付いている扉の前で立ち止まる。
遂に到着した。
ここからが本当の勝負だ。
随分と遠回りした気がするが、この為にカイトとスバルは学園に入り込んだのである。
自然と視線はカイトへと向かっていった。
この男も教頭の条件を飲んだとはいえ、実際にレジーナに会ったら何をしでかすかわからない。
スバルと教頭は何かあったときの為の自制装置だ。
「では、失礼して」
カイトは平静な態度で呼び鈴を改めて押下する。
扉の奥から僅かにチャイムが鳴る音が聞こえた。
「はい」
「臨時教師の山田だ。レジーナ・クロムメイルの部屋で大丈夫だろうか」
「ええ、大丈夫ですよ。今開けますね」
言い終えた直後、扉が開いた。
女性の顔が外を覗き込んでくる。
「レジーナ・クロムメイルか」
「は、はい。そうですが……」
臨時教師がくることは教頭から説明を受けていた筈だが、いざ対面するとレジーナも面食らうようだ。
名前の確認。
初対面だというのに、このふてぶてしい態度。
戸惑うのも当然だ。
呆気にとられるレジーナに、教頭が改めて紹介する。
「クロムメイル先生。こちら、電話でもお話しした芸術の臨時教師。山田先生です」
「山田・ゴンザレスだ」
軽く首を傾け、挨拶をする山田・ゴンザレス(本名:神鷹カイト)。
今や学園では彼を芸術の教師だと認識している人間はおらず、独自過ぎる課題を与える独裁者、山田学の帝王として君臨している男だ。
正直なところ、引き継ぎは必要ないんじゃないかとスバルは思っている。
「同じく、俺の弟の山田・ザンギエフだ」
カイトから紹介され、反射的にスバルがお辞儀した。
未だにザンギエフ呼びは納得していないのだが、それで通知されてしまった以上は仕方がない。
「……芸術の教師なんですよね?」
「そうだが」
訝しげな視線でカイトを見やるレジーナ。
弟の顔見せはあまり疑問を抱いていない様子で、スバルに疑いの眼差しがくることはなかったのだが、カイトの態度には疑問を覚えたようである。
風貌も威圧感たっぷりだ。
相変わらず頭の半分を覆っている包帯と鋭い目つきが相手を威嚇しにかかる。
教師ではなくギャングだと紹介した方が納得されそうなのが悲しい。
「クロムメイル。早速だが学園についての話をさせてもらいたい」
「え、ええ。部屋に案内するわ」
有無を言わさず突入しにかかるカイト。
レジーナもそのつもりだったとはいえ、こうもふてぶてしいと混乱するらしい。
彼女が部屋の奥にさがるのを見ると、カイトは扉を開けて我先にと突撃していった。
まじまじと部屋を観察する臨時教師。
風貌も相まって不審者にしか見えなかった。
なので、スバルは一言アドバイスをしておく。
「カイトさん」
「なんだ」
「あんまりきょろきょろしない方がいいよ。怪しいから」
「何が怪しいんだ。事前に連絡はしてるし、ちゃんと学園では芸術教師として働いてる」
「山田学専門でしょアンタ」
世の中には守らなければならないマナーというものがある。
ルールは人と場所によって様々だが、カイトの場合はそこから覚えなければならない気がした。
どう考えてもミスキャストな気がしてならない。
こんなことなら、多少無理を言ってでもエイジやシデンに臨時教師を頼んだ方が良かったのではないかと思う。
今日のこともそうだ。
土曜日は彼らの職場が休みなので、着いて来てもらいたいと切に思った。
最早カイトは独裁者モードに突入している。
彼が本気でキレたら自分や教頭では止めれる気がしないのだ。
その為にも彼と同等の立場にあったエイジとシデンの協力は欲しかったが、
『まあ、ふたりが行くなら問題ないでしょ』
『そうだな。わらわら行っても俺達は部外者だし、今日はマリリスの仕事ぶりでも見に行こうぜ』
などと言ってついて来てくれなかった。
それがスバルの緊張をより一層加速させている。
いつ爆発するかもわからない爆弾が目の前にある以上、彼は楽観視することができなかった。
「ごめんなさい。弟さんまで来るとは思わなったから、部屋をそんなに広げてないの」
「気にするな。話をするのは俺だけでいい。コイツは見届け人のような物だ」
「物騒な物言いね」
本当に物騒だ。
なんでいきなり果し合いに必要そうな立ち位置になっているのだろう。
見れば、教頭も不安げな表情でスバルを見つめていた。
そんな縋るような目で見られても困る。
不安なのはスバルだって一緒なのだ。
やはり偉そうに胡坐を組んでソファーに君臨するカイトを視界に収め、スバルは祈る。
どうかヘリオンさんの為にも平和に終わりますように、と。
「それじゃあ、どこから話したらいいかしら。そっちからの質問があったら最初に答えようと思うんだけど」
「なら、始めに聞いておきたいことがある」
「なにかしら」
「ヘリオンを振った理由を教えてくれ」
祈りは神様に通じなかった。
マリリス・キュロがレストランで働き始めて早数か月。
仕事にも慣れて、新しいアルバイトの子への指導もこなしている。
馴染みの客もできて、ようやく彼女なりの軌道ができたといった感じだった。
大家のおばちゃんが学校に行けと急かしているのもあってローテーションは狭いのだが、充実した日々を送っていると考えている。
ちょっと前の過激な戦いの日々が嘘のようだ。
マリリスはあの戦いの中で積極的に武器をとったことはない。
戦いはほぼカイトやスバル任せで、傷を治すことだけに務めている。
強いて言えばSYSTEM X経由で新生物や星喰いを相手に能力を使った程度だが、人間相手は一度もない。
マリリスは新生物のDNAを植え付けられ、覚醒した貴重な存在だ。
使い方次第ではカイト以上に化けるのではないかと何度か囁かれていたが、本人はそのつもりが一切ないし、仲間たちもそれを尊重してくれている。
それがありがたかった。
一度暴走させて、恩人を失ってしまった苦い過去がある以上、マリリスは自分に植え付けられた力をそういう方向に向けたいとは思えない。
「キュロさん、お客さんの対応をお願いして貰っていいかな」
「はい!」
店長が仕事の依頼をしたので、笑顔で対応する。
故郷のパン屋で学んだ営業術だ。
どんな状況でも、お客さんの前では満面笑顔。
今は亡きゾーラから学んだことはちゃんと活かしている。
そうすることが彼女への贖罪になるのだと、そう考えていた。
街にも溶け込めている。
このまま島で一生を終えるのも悪くないかもしれない。
「いらっしゃいませ! おひとりで――――」
しかし、彼女の願いとは裏腹に嫌な気配はやってくる。
「お久しぶりです」
「め、メラニーさん?」
何度か会った事のあるとんがり帽子の少女の訪問は、マリリスにとって予想外な物だった。
なぜ彼女がここにいるのだという疑問が頭の中で沸騰しはじめる。
「そんなに身構えないで欲しいんですよね。私、アンタと戦いに来たわけじゃねーですから」
「そ、そうなんですか?」
メラニーの言葉に幾分か安心すると、マリリスはほっと胸を撫で下ろす。
「あ! もしかしてスバルさんたちを倒そうとしてますか!? ダメです、いけませんよ、そういうことは!」
「心配しなくても、今更私があのトンデモ集団に勝てるとは思ってませんよ。今日は武器も持ってきてませんから」
それを証明するようにメラニーがローブを脱ぎ始める。
内側を捲ってマリリスに見せてやった。メラニーが武器として使用する折紙はどこにもない。
「こっちもみます?」
今度はとんがり帽子をとって、マリリスに中を見せてきた。
手に取って注意深く覗き込んでいる。やはり折紙は発見できない。
「ありませんね……」
「そーですね。実際、用意して来てませんから」
メラニーの発言は納得できるものが多い。
失礼だが、彼女ではカイト達には敵わないだろう。
彼女の上司であるタイラントすら負けたのだ。
数か月の月日が経っていたとしても埋まる溝ではない。
自分でも認めているのだろう。
「では、何をしにきたのですか」
「簡単ですよ」
率直に聞いてみると、メラニーは口元に曲線を描いた。
気味の悪い笑顔だ。
トラセットで数時間ほどの交流を持っていたが、こんな彼女は見たことがない。
「今日はアンタに強力してほしくてここまで足を運びました」
「え?」
直後。
メラニーの右手に黒い物体が出現した。
虚空の中から突如として出現した物体は、世間からは仮面と呼ばれている仮装アイテムだ。
だが、パーティー用の物と比べても大分歪な形だ。
ところどころに痣のような痕跡が残っており、仮面というよりは人間の顔の部分をそのまま抜き取ったかのような印象を受ける。
「そーですよ。簡単な話なんです」
メラニーは思う。
自分では彼らに勝てない。
それは残念な事実だ。
しかしその事実がタイラントを再起不能にまで追い詰めてしまった。
ならばどうするか。
単純な話だ。
自分よりも強い奴に協力してもらえばいい。
「マリリスさん、さよなら」
メラニーが冷たく言い放つ。
次の瞬間、彼女の右手に収まっていた仮面がマリリスの顔面に飛びついた。
吐息を吹きかけられたかのような生暖かい感触が肌を覆う。
「んんっ!?」
顔を覆うようにして跳びついてきたそれに反応し、マリリスがマスクを剥がそうとする。
しかし、マスクはびくともしない。
まるで接着剤でも塗り付けて固定したかのように、だ。
「それはノアさんからレオパルド部隊に支給された鎧。私たちは『リブラ』って呼んでます」
メラニーの声が聞こえる。
先程まで近くにいた筈の少女の声は、どんどん遠ざかっていく。
「んんんっー!」
なにか声を発して助けを呼ぼうとしても、マスクが顔全体を包み込んで口を動かすことができない。
呼吸も苦しくなってくる。
意識が遠のいていく。
「ソイツは他者の身体を乗っ取って意のままに操る『寄生人間』。それのクローンです。張りついたら一生剥がれませんよ。そして、」
マリリスの身体が蠢く。
皮膚が歪み、身体の中に眠る何かが暴れ出すようにして動き回る。
「私は、XXXやアーガスさんよりもアンタが一番強いと踏みました」
左腕が破ける。
皮膚を貫いて出現した大鎌の出現に、レストラン中に悲鳴が響き渡った。
そんな騒音などお構いなしに、メラニーは支給された鎧へと命令する。
「さあ、行きますよリブラ。アトラスさんたちが来る前に全員皆殺しにしちゃってください。でないと、後でうるさいですから」
オーダーメイドがリブラの耳に届く。
マリリスの両腕がぷらん、と力なく垂れ下がった。
仮面の瞳の中から虹色の輝きが溢れ出す。
「手始めにこの店からやってくださいよ。どんな物なのか見てみたいんで」
命令を聞き届けると、リブラは右腕を構えた。
華奢な腕が溶け始め、細長い鞭のような形状に変化する。
鞭がしなり、大きく振るわれた。
可愛らしい飾り付けが施された店内の壁が、無残に抉り取られる。
マリリスの提案で張り付けたデコレーションだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます