第183話 vs第二期XXX
「サムタック?」
『そうです。それが師匠の目の前にある建造物の名称です』
レジーナ宅の電話を拝借し、王国側の事情を知っているカノンに連絡を取るといきなり変な単語が飛んできた。
スバルは首を傾げ、詳細を問う。
「そのサムタックっていうのはどういうものなんだ?」
『何となく分かるかもしれませんが、一種の拠点だと考えていただいても構いません。ミスター・コメットの負担を減らす為、一気に兵を搬送する役割があると考えていただければ』
「じゃあ、あれ一個に相当な戦力があると考えていいんだな」
『はい。聞いてる限りだと、ゲーリマルタアイランドに搬送されたのは私達XXXと――――』
カノンが敵の詳細を喋り出すと、スバルは嘗てない集中力でそれを記憶していく。
紅孔雀が量産体制に入っているのは予想外だったが、それならそれで余計にブレイカーが欲しいと思える状況だった。
エネルギーランチャーを構える高機動ユニットを相手に、カイト達に生身でなんとかしてくださいというのはいささか頼り過ぎと言う物である。
「カノン。俺が動かせるブレイカーはそっちにある?」
本題に入る。
すると、電話の向こうにいる弟子は迷う事も無く答えた。
『あります』
「急いで持ってきてくれ! カノンたちもこっちに来てるなら、そのまま合流しても構わないってカイトさん言ってたし」
無茶な注文だな、と自分で言ってて思う。
要は裏切ってこっち側に合流しろと命令しているのだ。
しかも相手はこれまで苦楽を共にしてきたであろう第二期XXXである。
残りの第二期のふたりはそれを快く思わないであろうことは、なんとなく予想できた。
『わかりました。ですが、その前に耳に入れておいて欲しいことがあります』
「なに?」
『アトラスのことです』
アトラス・ゼミルガー。
その名を忘れる筈がない。
数か月前、星喰いとの戦いが終わった直後にスバルを人質にとり、脱走の時もスバルを目の仇にしてきた新人類。
何度か命の危機に陥ったことがあるが、その度にカイトが身体を張って助けれくれている。
「……あの人が今回の司令官?」
『そうです。そして、彼の最大の目的は師匠になります』
「彼? 彼女じゃなくて?」
『アトラスは戸籍も身体も女性になってますが、弄る前までは男性です』
「え!?」
アトラスがスバルを狙ってくる可能性が高いことは本人も理解していることだった。
執拗に恨みをぶつけられたのだ。
今度もそうなるであろうことは容易に想像できる。
ただ、性別については想像できなかった。
何度か顔を見たことがあるが、毎回カイトに異様な執着心を見せてくる。
所謂ヤンデレ筆頭なのだという印象を受けていたのだが、それが男性だったとは。
「……ま、まあいいや」
あれがカイトとキスしていた事実を思い出したところで、スバルは頭からその光景を振り払う。
今大事なのはホモがなんだとか、そういった話ではないのだ。
「それで、アトラス――――は、俺を狙ってるんだな」
一瞬、さんを付けようと思って僅かに口籠った。
星喰いとの共同戦線の時に、新人類軍側の司令官として登場したのもあり、自分よりも立場が上の人なのだという認識があったからだ。
しかし、彼は己の欲望のままに暴れまわる爆発魔である。
これから戦う相手に、遠慮などしていられない。
『はい。理由は今更お話しするまでもないと思います』
「そうだね。もう俺も殺されかけてるから」
『それで、アトラスの行動なのですが……実は今回、私たち以外のXXXも専用機を用意しています』
「タイプは?」
『アトラスがアニマル。アキナがアーマーです』
ベランダに視線を送る。
今の所、紅孔雀以外の機体が出撃している様子はない。
精々バトルロイドがでているのだろうと予想できるくらいだ。
距離がある場所では、等身大サイズのバトルロイドが出てきても視認することは難しい。
「もしかして、俺が出てくるのを待ってたりするの?」
『半分は』
「どういう意味?」
『今、彼は紅孔雀で学園へ向かっています』
カノンの言葉を受け、目を見開く。
あそこにはヘリオンや赤猿がいる。
それだけではない。
先程カイトも出ていったばかりだ。
カイトが間に合えばいいが、そう都合よく間に合うとは考えにくい。
当然、アトラスはヘリオンの顔を知っている筈だ。
『学園は避難場所として指定されている場合が多いですからね。先にそちらを潰そうと考えているようです』
「俺が行けば、多少は時間稼ぎになると思うか?」
『稼げると思います。だけど、紅孔雀の機動力じゃ』
当然だが、スバルの足ではブレイカーとかけっこしたところで結果は見えている。
相手は巨大兵器だ。
追いける筈がない。
「もうひとりはどうなんだ」
『アキナですか。彼女は、暴れたいだけです。だから、それなりに戦えそうなのをぶつければ、足は止まると思うんです』
聞いてから、スバルはひとりの新人類を思い出す。
月村イゾウ。
あの男も暴れることを優先した人間だった。
たった1日程度しか付き合いのない包帯侍がスバルの頭の中で点滅し、静かに消滅していく。
あの脱走の後、彼がどうなったのかは知らない。
だが、きっともうこの世界には居ないのだろうと思う。
『だから、私がアキナを止めます』
「……やれるのか?」
弟子の決意表明を受け取ると、スバルは重苦しい空気を飲み込んで口を開く。
『勝つのは無理です。ただ、動きを止めることくらいはできるかと』
「妹さんや、誰かを応援にいかせても無理なのか!?」
真田アキナとの面識は、ほぼないに等しい。
彼女がどんな力を持っていて、何ができるかは理解できない。
ただ、それでもカイトの部下だったのだ。
あの第一期XXXが加われば、なんてことはない相手ではないかと思う。
『たぶん、それをやったら喜ぶだけでしょう。彼女、そういう自分が不利な状況を喜ぶだけだから』
だからこそ、カノンは自分ひとりで赴こうと決意する。
『喜ばせない。絶対に』
強い決意の表れだった。
過去に何かしらの因縁があるのだろうか。
いずれにせよ、止めても無駄なんだとスバルは理解する。
「……無茶するんじゃないぞ」
『一番無茶しそうな貴方に言われても』
そりゃそうだ。
自分はこの中で一番劣ってるんだから、一番無茶をしなきゃいけない。
「用意にはどの程度時間がかかる?」
『準備自体は出来てます。というか、今だします』
「え?」
てっきり、これから準備する物だと思っていた。
彼女の物言いからそう予想したのだが、違うのだろうか。
『アウラ、出して!』
『了解!』
受話器からアウラの声が聞こえる。
僅かに機械の稼働音が聞こえた。
この音をスバルは知っている。
ブレイカーのハッチが締まる音だ。
『今、サムタックからダークストーカーを出します』
「ダークストーカー!?」
シルヴェリア姉妹が駆る黒の罪人。
デスマスクを携え、破壊の車輪を履いた鉄の魔人。
あれをここで出すと言っている。
「俺にダークストーカーを動かせって!?」
『そうです』
と言うか、それ以外にないのだ。
サムタックに搭載された機体は専用機と紅孔雀。
後者は人工知能が搭載され、専門の知識がないと取り外せない。
専用機はプロテクトがかけられている。
カノンとアウラの権限で動かせるのは彼女たちの専用機であるダークストーカーしかないのだ。
ただ、スバルとしては弟子の専用機を使うというのはちょっと抵抗がある。
「ていうか、いいのか? 長年使ってきたんだろ」
『師匠なら構いません。というか、元々師匠の機体をパクっただけですし』
だから動かし方も問題ない。
寧ろ、その辺のブレイカーと比べると扱いやすい筈だ。
『武装はなるだけ獄翼の時と同じ物を選んでいます。どうかご武運を』
「わかった。そっちも無茶すんなよ」
言い終えたと同時。
受話器の向こうから轟音が聞こえた。
これも聞き覚えがある。
ブレイカーが射出された時の音だ。
ベランダを見れば、サムタックから黒い機影が見える。
ダークストーカーだ。
前に見た時と比べ、ところどころシルエットに変化があるが間違いない。
黒い機体はこちらに向かい、真っ直ぐ飛んでくる。
「レジーナさん、俺アレに乗るから! もしあの人が戻ったらよろしく言っておいて――――」
振り向き、スバルは気づく。
家主であるレジーナが何処にも居ないことに。
呆気にとられ、マンションの一室を細かく探し始める。
ダークストーカーがマンションに到着するまでの間探し続けたが、レジーナの姿が見つかる事は無かった。
『お待たせ』
サムタックの格納庫。
ダークストーカーを発進させ、携帯をしまうとカノンは踵を返す。
「本人が目の前にいるっていうのに、随分好き勝手言ってくれるのね」
そんな彼女に微笑むのは同期の少女、真田アキナだった。
彼女は己の身の桁以上のハルバートを抱え、挑発的な視線を送る。
「勝てるつもりでいるの?」
『さあ。でも、自分の役目はわかってるつもり』
「アトラスに看破されてたとしても?」
『寧ろ、ここまで放っておいてくれたのが奇跡だと私は思ってるかな』
サムタックで出撃する前、アトラスは言った。
カノンは出撃直前に紡がれたアトラスの言葉を思い出す。
『おふたりがリーダーと個人的に連絡を取り合っていることは知っています。あの旧人類ともね』
それを知っている上で、彼は提案したのだ。
『なんなら、これを機に向こう側についていただいても構いません。共にリーダーに忠誠を誓った身ですが、我々の理想は非常に食い違っている。あの旧人類を生かすか否かで』
アトラスとシルヴェリア姉妹を分かち合った物はスバルの存在だった。
正確に言えばカイト達もそうなのだが、アトラスは蛍石スバルの存在を良しとない。
彼はスバルを倒せばすべて丸く収まると本気で考えていた。
それこそがアトラスの歪みであり、狂気であるとカノンは思う。
『こうなる時の為にダークストーカーを改良したんでしょう。SYSTEM Xもわざわざ取り付けなおしてますし』
『それを全部見過ごして、どうするつもりなの?』
『強いて言うなら、決戦ですよ』
アトラスはこのゲーリマルタアイランドでの戦いで全てに決着を付けようと考えている。
蛍石スバルの始末も。
神鷹カイトへの忠誠も。
他のXXXのあり方でさえも。
『正直、メラニーさんが今更出張ったところであの方々に勝てるとは思えません。彼女がどんな切り札を隠していようが、それは結構。気になるようであればおふたりがどうにかすればいい』
なので、同伴者の少女は無視する方針で行く。
アトラスの本命はあくまでXXXのみであり、それ以外は邪魔でしかないのだ。
『私の理想を言えば、旧人類を私が殺す為におふたりが舞台を作ります』
『どういう意味?』
『彼はブレイカーの操縦に自信があるんでしょう? だったら、私も同じ土俵で立たないと納得しないと思いまして』
『ダークストーカーを師匠に与えろ、と?』
『そうですよ。紅孔雀でも構いませんが、ダークストーカーの方が彼との相性がいいでしょう』
そして残ったアキナにはごみ処理をしてもらう。
XXX以外の邪魔になりそうな超人、アーガス・ダートシルヴィーの抹殺。
エイジと協力したとはいえ、タイラントを倒すほどの男なのだ。
アキナも納得するだろう。
アトラスはそう考えていたのだ。
シルヴェリア姉妹も、一応はその案に乗った。
だが、スバルから連絡を受けた今となっては、アトラスの提案に乗るだけではいけないと思う。
スバル曰く、彼らは今、各々で自由行動を取っているらしい。
突然の襲来に戸惑いも隠せない上に、ヘリオンまで居ると来た。
不安要素があまりに大きすぎる。
『アキナ。この前、私が言った事を覚えてる?』
「リーダーたちに何かしたら許さない、だっけ?」
『そうだよ』
ばちり、と音が鳴った。
カノンの両腕から稲妻が迸る。
彼女は背負った鞘からゆっくりと日本刀を抜いた。
「ブレイカーと同じ装備を自分にまで用意するかしらね、普通」
アキナが皮肉たっぷりにそう言った。
『刀とダークストーカーは私たち姉妹と、あの人たちを結ぶ絆』
「結構ロマンチックな台詞を吐くのね」
『うん。でも、最後まであの刀で戦ってくれたのが嬉しかった』
師の愛機、獄翼がどうなってしまったのかはカノンも知っている。
あの機体は最後まで自分たちが与えた刀を使ってくれた。
だからこそ、己も獄翼に負けない刃となる必要がある。
『だから私は、これに拘ろうって思う』
「いいわよ、なにで来てもさ! そんなナマクラで私を切り捨てられるとは思えないけどね!」
アキナが吼える。
もう待ちくたびれた、とでも言わんばかりに彼女は突進。
ハルバートを振りかざすと、カノンがいる場所へと矛先を叩きつけた。
跳躍。
破砕。
轟音。
回避に成功したカノンは、ハルバートが命中した痕跡を観察しつつも思う。
まともに受けたら死ぬな、と。
パワーでは間違いなくアキナが上だ。
正直な事を言うと、アキナとカノンの相性は最悪に近い。
だが、同じ能力で病み上がりの妹では確実に勝てない相手だとカノンは考えていた。
「訓練で何度かスパーしたよね! 戦績、覚えてる?」
『……2:8でアキナ有利』
「そゆこと。アンタが許さなかろうが、今更アタシに勝てると思うなって話」
だからこそ、アキナは望む。
更なる強敵との戦いを。
「ここにはリーダーがいるんでしょ。アトラスは手出しするなって言ってたけど、誰かが相手しないとアトラスが死んじゃうよね。だから早く退いてよ!」
『お前の自己満足の為にリーダーの手を煩わせない』
カノンが刀を構え直し、刀身に電流を流す。
『アキナ、今日は私が勝つよ』
「へぇ、負け越してるくせに大層な台詞を吐くじゃない。何か勝算があるの?」
『うん。今日の私は無敵だから』
「そう。じゃあ夢見たまま倒れちゃえ!」
床から矛先を引き抜くと、再びアキナが疾走した。
カノンは襲い掛かってくる巨大な矛の軌道に目を光らせると、その線上に命中しない個所へと潜り込む。
素早くアキナの真横へとダッシュし、カノンは刀を振り降ろした。
刀身がアキナの肌に触れる。
僅かに鈍い音が鳴り響いた。
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