第165話 vs姉妹と悪口と病原菌
新人類王国史上、最悪の失態から1週間以上が経過したある日のことである。
カノン・シルヴェリアとアウラ・シルヴェリアは姉妹仲良くベットの上で寝転んでいた。
ただ惰眠を貪っているのではない。
彼女たちはふたり揃って包帯だらけだった。
「姉さん、リンゴとって」
『ん』
機械音声が僅かにノイズになって響く。
カノンは歩けない妹の為にうさぎさん状に切りそろえられたお見舞いの品を取ってあげると、再びベットに腰を下ろす。
怪我の状態だけで言えば、カノンの方が軽傷だった。
グスタフによってへし折られた腕は首からぶら下がっている物の、アウラのように足を固定しなければならない状態ではない。
自由に動けるだけマシというものだ。
心底つまらなさそうな顔でフォークを突き刺すと、アウラは口を開いた。
赤い耳を口に含む前に、姉に問いかける。
「組織形態が変更されるって本当?」
『うん。アトラスから聞いた』
予想しなかったわけではない。
王国の顔のひとつともいえるグスタフを倒したのは自分たちだ。
トドメを刺したのはアトラスだが、そこに至るまで追い込んだのは間違いなく自分たちなので、その辺は胸を張っておく。
『グスタフは死んで、タイラントは意識不明の重体。王子のディアマットは死亡だって』
「3分の1は私たちの手柄だけど、ここまでやられちゃ流石の新人類王国もすぐには立ち直れないでしょ。特にグスタフとタイラントはすぐに代わりの人材が見つかるとは思えないし」
『国王が代わったのには驚いたけどね』
怪我で倒れてていたシルヴェリア姉妹の耳にも、ペルゼニア女王降臨のニュースは届いている。
既に彼女の指揮の元、カイト達の捜索は開始されているのだそうだ。
ただ、そう簡単に見つかるとは思えない。
彼らは異次元の波の中に飛びこんだのだ。
広大な大地どころか、銀河までも続くと言われている亜空間の穴。
そんな場所から生存しているかもわからない彼らを探すのは、ほぼ不可能だ。
瓦礫の山の中から一粒の砂を探し当てるような作業である。
それこそ、向こうから連絡でも取ってこない限りは見つけられないだろう。
「姉さん。あれからリーダーたちから連絡は?」
『ないよ』
不貞腐れた表情のまま、アウラが問う。
頬を膨らませる気持ちもわかる。
折角命がけでグスタフと戦ったのに、カイト達は何も言わないまま逃げ出してしまったのだ。
途中で迷宮が造り替えられたとはいえ、置いてけぼりにされたのはちょっとムカつく。
これが大恩あるカイトたちでなければ、雷を落としていたところだ。
それでも連絡を取ってこないことを咎められない理由があった。
この半年もの間、彼らは死ぬ物狂いで戦ってきたのだ。
生きて逃げ切れた保証はどこにもないのだが、仮に生き延びていたとしたら、どうか平和な場所で穏やかに暮らしてほしいと思う。
その場所に自分たちがいないのは寂しいが、彼らが平和であればそれでいい。
カノンとアウラの両者の見解であった。
ゆえに、アウラも不貞腐れた顔のままではない。
リンゴを貪り終えると、フォークをお皿の上に放り投げてから再びベットへと倒れ込んだ。
『行儀が悪いよ』
「いいんですー! 私たちだって名誉ある負傷なんですよ? これを機にリラックスしましょ」
この前取得した有給休暇も、新生物に食い散らかされて大変だった。
お陰でダークストーカーは大破。
帰ってから始末書を書かされた始末である。
「そういえば、アキナとアトラスはどうしたんですか?」
何気なく聞いてみる。
聞けば、アトラスはカイトに殴られたという。
病的なまでの信仰心を持つアトラスが、明確に拒絶されてしまったのだ。
今度は誤解もなにもありゃあしない。
正直に言って、次は何をしでかすか全く読めない。
それが不気味で仕方がなかった。
『グスタフの後釜に任命された後は、公認手続きとかで忙しいみたい。急な交代だから、すぐに行動に移すことはないと思うよ』
「その場合、私達も駆り出されそうなのが辛いですよね」
『そういう意味で言うと、当面の問題はアキナだね』
「なにかやらかしたんですか?」
『逆。迷宮の中でリーダーたちと遭遇できなくて、すっごく悔しがってた。八つ当たりしそうなくらいに』
「うわぁ……」
現在どんな姿勢で仕事に向かっているのかは知らないが、お見舞いに来て欲しいとは思えない情報だった。
彼女のことは決して嫌いではないのだが、感情の向く先がストレートすぎるのが偶に傷である。
彼女が荒れれば、それだけこちらが被害を被るのだ。
「退院したら即トレーニングにつき合わされそう」
『そんなことしてる余裕もないと思うな。ブレイカーが支給されるらしいし』
「え、そうなんですか!?」
それは初耳だった。
元からブレイカーに興味を抱いていた自分たちなら兎も角、あくまで己の身体を使った勝負を好むアキナにブレイカーが支給されるとは思いもよらなかった。
アキナ本人もブレイカーの所持は否定的である。
「なんだってまた」
『ブレイカーさえあれば、星喰いや新生物との戦いでも出撃できたし、今回の件でも積極的に前に出てこれたから』
理由を聞いて納得できてしまった。
アキナはXXXの中でも特に戦闘狂だ。
自らの闘争本能を満たす為なら、なんだって使う。
毛嫌いしていたブレイカーでさえも、だ。
だが、アウラは此処でひとつの可能性に辿り着く。
「姉さん。もしかして、だけどさ。アトラスも?」
『うん』
予想通りの返答が頷きと共に返ってきた。
『グスタフの後釜に就任した後、すぐに命令を出したそうだよ。技術チームが早速着手してる』
「今から着手させてるって事は、間違いなく新型ですよね……よほど仮面狼さんにリーダー取られたのが悔しいのかな」
誤解を招きそうな発言だが、大体あっているのでカノンは敢えてなにも否定しない。
ただ言える事は、アトラスやアキナがブレイカーに乗ってスバル達を襲撃しようものなら身体を張って止めなければならないと言う事だ。
彼らはきっと、どこかで無事に暮らしている。
だが、平穏な時は長くは続かない。
もしも見つかれば、その時は彼らの粛清が入るだけだ。
その時に備え、自分たちもしっかりと準備をしておかなければならない。
「姉さん、携帯鳴ってますよ」
『うん』
思考を中断させる振動音が鳴り響くと、カノンは片手で器用にロックを解除する。
メール発信者の名前は『赤猿さん』だった。
予想だにしなかった連絡先に驚き、カノンは画面を開く。
ここ最近、戦争に巻き込まれそうだから避難すると言って音信不通になったばかりだった。
『赤猿さんからだ』
「オフ会のお誘い?」
『待って』
メールを展開し、本文を黙読する。
興味深い内容のメールだった。
『弟子が全国区プレイヤーに勝負を挑むんだって』
「弟子って、赤猿さんの?」
アウラが顎に指を当て、赤猿と名乗る少年の顔を思いだしはじめた。
名前通り、猿っぽい顔をした男だった気がする。
後、女性にとてもだらしない。
はっきり言うとあまりいい印象はなかった。
そんな赤猿が、避難先で弟子を作って全国区プレイヤーと勝負する。
あまり興味が湧かない話だった。
『避難先のゲーセンを貸し切って決闘するんだって。知り合いには動画にして送ってくれるみたい』
「なに、姉さん興味あるんですか?」
『うん。とっても』
我が姉ながらになんとお人好しなんだろう。
アウラは溜息をついた。
女性であれば即座にナンパしにかかるような品性の欠片も無いサルの弟子くらい、放っておけばいいのに。
どうせ赤猿に似て、女にだらしのない奴なのだろう。
まだ見ぬ赤猿の弟子の顔を勝手にイメージしつつ、アウラは言う。
「じゃあ、動画を楽しんでください。相手が私の知ってる人かは知りませんが、尻の赤いお猿さんの弟子に期待するだけ無駄かと思いますよー」
『私たちの上司だって名乗ってるらしいけど』
ベットの上で寝転がっていたアウラが、血相を変えて起き上がった。
一瞬で顔面が汗だくになっている。
「じょ、じょじょじょじょ上司ぃ!?」
『うん。因みに、対戦相手は登録名をマスカレイド・ファルコって改名したんだって』
「何してんのよあの人たちは!」
アウラは力の限り叫んだ。
その一言には様々な感情が入り乱れているのが見て取れるが、一番の興奮材料はやはり、
「なんでよりもよって赤猿の弟子なのよ! 誰!? 誰なの、姉さん。赤猿の弟子にまで落ちぶれた人は!」
『アウラ、あんまり人の悪口言うのはよくないよ』
「姉さんはもう少し友達になる人を選ぶべきです! いや、仮面狼さんは合格だけど!」
興奮冷めやらぬアウラを宥めつつも、カノンは思う。
果たしてカイトが弟子入りしたと伝えていい物だろうか、と。
妹が赤猿を毛嫌いしているのは知っていたが、まさかここまで拒絶反応が来るとは思わなかったのだ。
恐らく、赤猿本人も理解していまい。
彼はアウラに連絡先を教えた直後、即座にブロックされた実績を持っていた。
「姉さん、電話させて! 今すぐ赤猿に雷落としてやるから! リーダーたちをあんな奴に接触させたら駄目。身体が腐ります!」
『アウラ。人をそんな病原菌のように言っちゃだめだよ』
今にも骨折した足のまま飛び出しかねない妹を宥めつつ、カノンは思う。
まさかアトラスやアキナが暴れ出す前に、妹が暴れ出すとは。
世の中って何が起こるのかわからない。
親愛なるリーダーと師匠の激突も含め、心底そう思った。
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