第164話 vs武器選び ~スバル編~
蛍石スバル、16歳。
この日、彼は仕事で遠出する六道シデンに連れられ遠くのゲームセンターまで足を延ばしていた。
アパートから近いゲームセンターは名実ともにカイトの独占状態である。
実際、今日もカイトはあのゲームセンターで練習しているのだろう。
彼に勝利する為には、可能な限り情報を隠す必要があった。
当然、それ以上に気まずい雰囲気が嫌なのもあるのだが。
「じゃあ、ボクはこれから仕事だから」
「うん。ここまで送ってくれてありがとう」
バスから降りて近くのオフィスビルへと向かっていくシデンを見送ってから、スバルはゲームセンターへと歩んでいく。
なぜか自然とOLとして就職したシデンがゲームセンターを紹介してくれたのは素直にありがたい話である。
彼がバス停の前にあったゲームセンターを発見してくれなかったら、今頃カイトと一緒に気まずい雰囲気のまま練習に励んでいた事だろう。
カイト本人は気にしないかもしれないが、自分が耐え切れない。
シデンの定時は夕方の18時になっている。
それまでの間は筐体でひたすら修行時間だ。
しばらくゲームの世界から離れていた為にブランクがあるので、なんとかして取り戻していかないといけない。
実戦とゲームではまるで感覚が違うのだ。
カイトのように反射神経と感覚ですぐに修正が利くものではない。
だがその前に、対カイト用のブレイカーをこしらえてやる必要がある。
先日、以前の愛機であるダークフェンリル・マスカレイドを再現しようと思ったが、やめた。
今までの自分の戦法でカイトに勝てる見込みが全くなかったからである。
ここに来る前、試しに仲間たちにアンケートを募ってみた。
普段自分が操縦していた獄翼と、カイトを取り込んだ獄翼のどっちが強いか、と。
以下がその返答である。
『そらぁ、カイトだろ。新生物だって圧倒してたし』
御柳エイジは即答だった。
『カイちゃん。だって、念動神を倒せたのは彼のお陰でしょ?』
六道シデンも同様である。
思えば、専用機持ちの撃墜数は彼の方が多い気がした。
『山田君だろう。多数を相手にするなら知らないが、直接対決で彼に勝てるのはそうはいまい。まったく、私に断言させるとは美しく罪な男よ』
アーガス・ダートシルヴィーはなぜか身体中からヒマワリを咲かせつつも断言した。
『そりゃあ、彼でしょう。私がカイト君以外を支持するわけがないじゃん』
エレノア・ガーリッシュには何で聞いたんだろう。
『え、ええっと……私はふたりともカッコいいと思いますよ!』
挙句の果てに、マリリス・キュロには気を遣われてしまった。
はっきり言って、気持ちが落ち込む。
先日の一件でこちらを擁護していたように見える彼らも、根は正直だった。
正直であるがゆえに、少年の傷はどんどん深まっていく。
「見てろよ……! 今にぶっ倒してやるからな!」
全員に目に物見せてやる、とでも言わんばかりにスバルが握り拳を振り上げる。
いきなり叫んだせいで店員さんに怒られた。
へこへこと謝り、もうしませんと口約束を果たした後にスバルは目的の筐体を発見する。
ブレイカーズ・オンラインNEXTの筐体だ。
1週間後、カイトと戦う決闘場である。
稼働当初ということもあり、人は多い。
自分の番が回ってくるまで、時間がかかるだろう。
しかしスバルは待った。
装備を整えることもせず、ひたすらNEXTの筐体に座る時間を待った。
なぜか。
スバルの頭の中ではカイト対策の機体を選び終えているからだ。
また、その機体はNEXTになってから追加された新機ブレイカーである。
旧作では準備する事はできない。
「失礼」
十数分程待った後に、出番が回ってきた。
スバルは筐体に座ると、早速ワンコインを投入。
昨日買ったばかりのカードをセットし、改めて機体登録画面へと遷移した。
余談だが、今回彼が使用する登録名は『マスカレイド・ファルコ』だ。
前と大して変わりゃあしない。
そんな仮面隼は機体選択画面に入ると、迷うことなくミラージュタイプを選択する。
新規追加されたダークレッドの鋼の巨人にカーソルをセットした。
赤に染まったドレスのような腰が印象的な機体である。
正式名称は『蛇楼』。
近年開発された試作機だが、コスト面の都合で主力機の座を奪われた幻の機体だ。
恐らくだが、実際の次期量産機には紅孔雀が選ばれるのだろう。
マニアにしか詳細がわからない機体だった。
そんなマニアであるスバルは、この機体に内蔵されている特殊機能に目をつけている。
リミッター解除だ。
一時的に出力を極限まで上げる代わりに、性能が著しくダウンする高機動ブレイカー。
それが蛇楼だ。
通常の機体が出せる速度では、カイトの反射神経を超えることはできない。
狙撃なんて論外だ。
仲間のサポートがあれば話は別かもしれないが、今回の対決はあくまで直接対決。
現実でもゲームでも機動力の高いカイトをひとりで狙撃するなんて不可能であると、スバルは結論付けていた。
ならばどうするか。
圧倒的な出力で捕まえて、高火力を叩きこむ。
スバルが知る中で、それができるのは一時的に最高速度を叩きだせる蛇楼のみであった。
カイトが重量級を使ってくる可能性も0ではないのだが、彼の性格と本人の戦い方をイメージするに、それはないと考える。
あの男なら、力任せに速度とパワーでねじ伏せにかかってくるだろうと予想した。
それなら同じ分野で勝負してやる。
ただし、真正面からではなく絡め技で。
「ククク……」
まだ見ぬカイトの機体がいたぶられる姿を想像し、不気味な笑みが浮かぶ。
傍から見れば不気味以外の何者でもなかった。
後ろで見守るギャラリーたちがちょっと退き始める。
そんな彼らのリアクションに気付くことなく、スバルは武器選択画面に入った。
機体も大事だが、ここからも大事だ。
蛇楼でカイトに貼り付けても、致命打を与える武器がなければ話にならない。
「こいつだ」
当然ながら、スバルの頭の中では武器の選択も済ませている。
選んだ武器はチェーンアンカー。
敵を捕まえて、こちらに引き寄せる武器だ。
そして普段のメイン武器として使用する刀、ダガー、ナイフの3点セット。
左腕には電磁シールド発生装置。
普段なら遠距離への牽制としてライフルのひとつも所持するのだが、想定する敵にそんな物を持って行っている余裕はない。
それを切り離してでもチェーンアンカーを持っていかなければ、カイトを一撃で倒しきれないのだ。
少なくとも、自分の直感がそう囁いている。
スバルの想定する戦術を説明しよう。
まず、想定するカイトの速度は全盛期の仮面狼よりも速い物であると考えている。
同時に、彼はその速度を最大限活かしてくるだろう。
以前までのダークフェンリルは高機動の機体だが、きっとそれよりも素早い。
何度もコンボを入れて体力を0にするのは困難だ。
その点に関しては、過去最難関であると言える。
そこで出番が来るのはリミッター解除とチェーンアンカーである。
一時的に全ブレイカー中(あくまでゲーム内で登録されているブレイカーの話だが)最大の出力を発揮し、カイトの攻撃をなんとかやりすごす。
その使用時間は、時間にして30秒が限界である。
スバルはそれだけの時間でカイトを倒さなければ、チャンスはないだろうと考えていた。
カイトに最初のダメージを与えて1コンボを与えたら、チェーンアンカーで捕まえて引き寄せる。
その後は蛇楼が出せる最高速度で突っ込むつもりだ。
そうやって無理やり距離を詰めて、体勢を立て直す前にもう一度コンボを叩き込む。
スバルの必勝プランであった。
ネックがあるとすれば、30秒で仕留めきらなければならない事。
そして実際にその超コンボが実現可能なのかという事だ。
蛇楼は今回初めて登録された機体である。
現実の機能はともかく、ゲームでどこまで再現されているのかわからない。
後は実際に戦闘で使用し、感覚を確かめるだけだ。
装備を確定させ、カードの中に機体データを保存してから戦闘画面へと遷移していく。
しばし待機していると、ダークレッドの巨人と黒の巨人がポリゴンの大地に降り立った。
戦う2機の頭部がでかでかと画面中央に表示され、間に『VS』の文字が飛び出す。
直後、試合が開始された。
スバルは普段の調子で蛇楼の飛行ユニットを稼働させ、宙へ浮く。
対戦相手も同様だ。
少し観察してみたところ、相手はミラージュタイプのカスタム機らしい。
きっと長い間愛用してきた機体なのだろう。
元のデザインと比べ、若干の変更が見て取れた。
しかし、ミラージュタイプなら美味しい実験台だ。
スバルは舌なめずりすると、相手の威嚇射撃を躱しながら接近を試みた。
操縦桿の動きに比例し、蛇楼が相手に向かっていく。
相手は接近をぎりぎりまで許していた。増備
品を見る限り、対戦相手も接近戦に特化しているのがまるわかりである。
自分の間合いに引き込んだところで、一気に加速して勝負を仕掛けてくるつもりなのだろう。
そこで、スバルはリミッターを解除してみた。
蛇楼にのみ許された特殊コマンドを入力すると、ダークレッドに塗装された鋼のボディが輝き始める。
青白い光を関節部から噴出させつつも、蛇楼は一気に対戦相手との間合いを詰めた。
一瞬の出来事に、相手は反応しきれていない。
新規追加機体がやってくる特殊システムは、完全な初見殺しだった。
チャンスだ。
相手が対応しきれてないのをいいことに、スバルは初撃を打ち込んだ。
ダガーとナイフで刻み込み、刀でダメージソースを稼いでいく。
銀の刃が相手の細いボディを一閃した後、敵が吹っ飛ばされた。
そのまま行けばダウンし、起き上がりまでに無敵判定がつくことだろう。
だがスバルはそれを許さない。
リミッターを解除し、武器の発生速度が上がったのをいいことにチェーンアンカーを差し込んだ。
まっすぐ飛んで行ったアンカーが対戦相手を捕まえ、蛇楼に引き寄せる。
再び加速すると、蛇楼は先程と同じコンボを相手に打ち込んだ。
コンボの締めを斬り終えた際、スバルは確かな手ごたえを感じながら息を飲む。
行ける。
これならダークフェンリルの時よりも確実に、そしてワンチャンスで相手を仕留められる。
コンボの研究こそ必要だが、リミッター解除時に武器の発生が短くなっているのであれば、可能性が大幅に広がってきた。
今の装備に拘らずとも、様々な組み合わせで一撃必殺を狙える。
この日、スバルは歓喜の笑みで新作筐体を触り続けた。
占拠し続けてマナー違反だと騒がれ、店員さんに二度目の注意を受けるまで彼の快進撃は続く。
一週間後、決戦の舞台に上がる事になる『ダークヒュドラ・マスカレイド』誕生の瞬間だった。
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