第158話 vs女王
神鷹カイト脱走事件から3日が過ぎた。
メラニーは他の兵と共に王の間へと召集され、背筋を伸ばしている。
普段なら『また王と王子の親子漫才が始まるのか』などとぼやくところなのだが、今日に限って言えばそんな戯言を口にする気にはなれなかった。
「さて、よく集まってくれたね。さっそくだが、この前の脱走事件の被害状況の確認をとろうか」
重い足取りでリバーラ王が玉座に座り、報告書が読み上げられるのを待つ。
本来ならディアマットや、グスタフが勤めていたのだが、彼らはもういない。
なので、グスタフの腹心だった男が代理で読み上げ始めた。
「はっ。まず、城の被害報告になりますが――――」
淡々と読み上げられる報告を聞きながら、メラニーは思う。
よくもまあ、一番被害を受けたであろう場所でそんなことを確認が取れるな、と。
王の間はカイト達と鎧が戦闘を行った場所である。
床が氷漬けになり、切断もされるといった状態だったのだが、新人類王国が誇る頼れる大工さんたちの活躍によって3日間で修復されてしまったのだ。
逆に言えば、3日が治せるものは全て治してしまっている。
ここで確認しなければならないのは、治らなかった物だ。
「鎧はコードネーム、ジェムニとエアリーが死亡。……グスタフ様もお亡くなりになっています。また、一般兵もヴィクター・オーレイヴを始め13名ほど死亡していると報告が」
一瞬、王の間がざわめいた。
鎧持ちとグスタフの死である。
彼らが新人類王国に与える影響力は計り知れない。
特にグスタフに関しては長い間国を支えてきた支柱と言ってもいいだろう。
「また、タイラント様も意識不明の重体。現在、病院で昏睡状態に陥っており、何時目を覚ますかは不明だそうです」
報告を耳にした瞬間、メラニーが拳を握りしめた。
親愛なる上司の敗北。
レオパルド部隊の他のメンバーから聞いた話によると、自分が通してしまった御柳エイジによって倒されたらしい。
どうしてあの時、自分は面倒くさがらずにちゃんと職務を全うしなかったのか。
そんな苦悩が、とんがり帽子の中の小さな頭に訴えかける。
「そして……ディアマット様もお亡くなりになりました」
リバーラの顔色を伺いつつも、兵は報告書を読み上げる。
ディアマットの死に関しては王国に務めている者の全員が知っていた。
ただ、それを聞いた後のリバーラの反応が読めない。
怒り狂うのか。
それとも侮蔑するのか。
もしかしたら何時もの様に笑いまくるのかもしれない。
いずれにせよ、息子が死んだ上に正当な王位継承者もいなくなった。
メラニーもおぼろげに『荒れるだろうな』と溜息つをつくことしかできない。
今回の脱走は新人類王国にとって過去最大の打撃だ。
これまでの戦いも『過去最大の打撃』ではあるが、今回は結果だけで見れば正真正銘の過去最大である。
幹部クラスが揃って倒され、比較的まともに兵を指導していたディアマットも死亡。
守り神とも呼ばれる鎧すら負けた。
文字通り、お先真っ暗である。
「そうかぁ。知ってたけど、ディード死んじゃったかぁ」
何度か頷いてから王は報告書を読み上げた兵を下がらせる。
その表情は真顔。
喜怒哀楽の感情を感じさせない鋼鉄の顔に、メラニーは寒気すら感じた。
「ま、でも仕方ないよね!」
メラニーの寒気が全身に回ってくる。
真面目な表情で玉座に陣取っていた筈の王が、急に笑い始めたのだ。
普段のように、手足をシンバルのように叩きながら。
「元々、ディードは失敗続きだったわけだし。彼に愛想尽かしてた兵も少なくないでしょ。丁度いいんじゃないかな?」
リバーラ王の視線が僅かにメラニーを貫いた。
反射的に、とんがり帽子を深くかぶり込んでしまう。
メラニーは己の心臓の鼓動が早くなっているのを感じた。
なんだ、あの男は。
自分の息子が死んだのだぞ。
どうしてそうも笑えるのだ。
息子よりも自分の国の鉄則が大事だというのは、王国兵のメラニーですら理解できない狂気の領域であった。
「でも、大丈夫! 今日からディードに代わって新たな継承者が来るからね。ついでに、王位もここで渡したいと思うよ」
「ええっ!?」
今度こそメラニーは驚きの声を口にした。
別の王位継承者と、指導者の交代。
どちらも非常に大事な事だ。
だが、それにしたって一気に飛躍しすぎである。
メラニーでなくとも驚く。
見れば、王の間に集まった兵は揃って唖然としていた。
「まあ、今度は安心していいよ。君たちも色々とディードには思うことはあっただろうけど、彼女はすんごい能力者なんだ。おいで、ペルゼニア」
王が背後を振り向く。
直後、玉座の隣に風が集った。
空気が螺旋状に渦巻き、人の身体を構成していく。
新人類王国、最後の王女。
ペルゼニアの登場であった。
「みなさん、アンハッピー」
にやり、と笑みを浮かべてペルゼニアは前に一歩出る。
満足げに立ち上がると、リバーラは娘に玉座を譲った。
豪勢な椅子に着席すると、ペルゼニアは報告係だった兵に視線を向ける。
「そういうわけで、今日から私が女王としてここに君臨するわ。同時に、組織図の組み換えもするから、そのつもりでね。お願い」
「は、はい!」
再び報告係が一歩前に出る。
彼も面食らっているのだろう。
事前の打ち合わせも無いまま、新たな指導者に向けて緊張を含んだ声を放った。
「ま、まず各部隊の組織図ですが……鎧はノア様が変わらず管理。グスタフ様の代理には一時的にXXX代表のアトラス様がつくことになります。タイラント様の代理は、シャオラン様が」
妥当な修正であった。
鎧の管理はノアにしかできないし、レオパルド部隊は国の兵というよりは私兵に近い。
タイラントが倒れた今、彼女の腹心であるシャオランが預かるのが都合がいいのだ。
そしてグスタフの代わりを務められる強者は、この国ではXXX以外に居ない。
もっとも、グスタフを殺したのはそのアトラスなのだが、その事実は知れ渡っていない。
「ふぅん。ねえ、もうひとつ聞いていい?」
「な、なんでしょうか」
一通り説明を受けたペルゼニアが、不満げに問いかける。
「一番の問題は、国にここまで大打撃を与えた連中を始末する事だと思うの。彼らが本当に捜索不可能な場所に出ちゃったのか、よく探してね。そうじゃないと、今度はみんながアンハッピーになっちゃうわよ」
ゲーリマルタアイランド。
南半球に存在する、小さな島国である。
特にこれといった観光スポットもないが、あまりの小ささのお陰で新人類王国と旧人類連合の争いに巻き込まれていないのが魅力の国だ。
そんな魅力に惹かれて、毎日多くの避難民がここに集まってくる。
いつか来るであろう戦乱の日に怯えながらも、なるだけ戦いから遠いところに住みたいとは誰もが思う事なのだ。
ヘリオン・ノックバーンもそのひとりである。
王国に嫌気がさし、逃げてきた彼はこの国に辿り着き、今では立派に社会人として活躍していた。
理想の生活だと自負している。
唯一、不満があるとすれば共に逃げた筈の仲間とはぐれてしまったことだろう。
彼らの安否はわからない。
後輩たちも無事なのか。
たまに不安で仕方がなく、夜も眠れない日がある。
今日が正にそれだ。
眠そうな瞼を擦りつつも、ヘリオンはパジャマから私服に着替える。
「時間は……まだ6時か」
早起きしすぎてしまった。
だが、今日は9時から約束がある。
このまま二度寝するよりかは、なんとか目を覚まして早めに出発準備をするのがいいだろう。
そう思っていた時だった。
「ぎぃえええええええええええええええええっ!」
「おおっ!?」
この世の物とは思えない、恐ろしい悲鳴が聞こえた。
ヘリオンは急いで玄関の扉を開け放つと、階段を下りていく。
アパートの1階に辿り着くと、『大家の部屋』とプレートがかけられている部屋を軽くノックした。
「大家さん、何事ですか!?」
ややあってから、大家の部屋が勢いよく開いた。
しわが目立ち始めた中年のおばちゃんが青ざめた表情で出てくると、ヘリオンにすがりつく。
「へ、へへへへヘリオンちゃん! 大変なんだよ。う、うちの。家のトイレから腕が!」
「う、腕!?」
一体どういうことなのだ。
首を傾げつつも、大家が言った言葉は間違いなく超常現象である。
まさか、遂にこの国にも新人類王国の侵略の手が迫ってきたのだろうか。
トイレと腕に関連した能力者に心当たりは無かったが、ヘリオンは僅かに緊張感を滲ませると『見てきます』と断ってから部屋の中に入る。
開けっ放しの扉があった。
わかりやすい。
あそこがトイレなのだろう。
心なしか、なにやら物音が聞こえてくる。
何かがいるのは間違いなさそうだ。
ヘリオンはゆっくりと扉に手を付けると、トイレの中を覗き込む。
「うっ!?」
腕だった。
便器の中から、確かに腕が伸びてきている。
しかも手招きしていた。
なんというか、非情にホラーめいた光景である。
かつて新人類軍の兵として働いたことがあるヘリオンでも、この光景の前には一歩たじろいだ。
だが、冷静になって見てみると腕の周りには何人かの人間の姿が見える。
まず嫌でも目についたのが金髪の男性だった。
なぜか口に薔薇を咥えている男は、隣で困惑している赤毛の少女と東洋系の少年に命令し始めた。
「す、すまないが君たち。退いてくれないかね」
「す、すみませんアーガス様。退きたいのは山々なんですけど……」
「この体勢じゃ動けねーよ!」
トイレにいるのは腕だけではなかった。
その右側には金髪の男と少女、そして大男が挟まっており、反対側にはメイド服姿の青髪と東洋系の少年のふたりが挟まっている。
腕も含めれば合計6人だ。
そりゃあ、トイレにこれだけの人数が挟まっていたら狭い。
抜けないのも当然だ。
なんでこんな水道管しかなさそうな場所に挟まっているのかは疑問だったが、ヘリオンは敢えて口にしないでおいてあげた。
彼は空気が読める男なのだ。
「ん?」
ただ、冷静になって観察したことでヘリオンは気づいた。
メイド服姿の青髪。
そして金髪と一緒になって挟まっている大男。
この男たちに見覚えがある。
「も、もしかしてシデンとエイジか!?」
「え?」
「んごぉ!?」
メイド服が顔を上げる。
大男の方は顔面を押し付けられている為、振り返ってくれなかったが、なんとか声だけは出そうとしてくれたところをみるに、反応はしてくれたみたいである。
「ああっ、ヘリオン!」
「シデン! 六道シデンじゃないか。元気……じゃないな。うん」
そりゃあ誰がどう見ても元気な訳がない。
水道管しか入らなさそうな場所に挟まっているのだ。
これで元気な奴がいれば、きっとそいつはトイレの精霊なのだろう。
「……すると、この腕はまさか」
ヘリオンがまじまじと腕を観察する。
直後、腕の先端から爪が伸びた。
それを見ただけで、ヘリオンは腕の正体を理解してしまう。
「ああ、やっぱり!」
腕が大きく振るわれた。
トイレを切り裂き、水道管が割れる。
水浸しになった狭い一室に、堂々とした態度で歩くひとりの男が降臨した。
「……ヘリオン、久しぶりだな」
「ああ。うん、久しぶり」
神鷹カイト。
この男には昔、命を救われた。
今何をしているのだろう、と考えた事は何度もあったが、まさかこんな形で再会できるとは夢にも思わなかった。
「早速だが、ここはどこだ。今は何日だ。そしてなんか臭いぞ」
「そりゃあ臭いだろうよ」
鼻を摘まみ、ヘリオンは一歩後ろへ退いた。
背後から大家のおばちゃんが駆け寄ってくる。
彼女はトイレの中から現れた爪魔人の姿を目にすると同時、気を失って転倒した。
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