第157話 vs『じゃあな』

 蛍石スバル、16歳。

 この半年間の間に生命の危機に瀕したことは幾数度あれど、ここまで明確に殺意を抱かれた経験は始めてである。

 なんといっても『死んでくれないかな』だ。

 その言葉を放たれた瞬間、アトラスがどんな感情を自分に抱いているのかを知った。


 旧人類である自分に、新人類のカイト達が仲良くしている。

 そして自分が彼らの力をうまく利用していない。

 これらの要素に腹を立てているのだろう。

 しかし、そんなことを言われたってどうしようもない。

 スバルだって好きでやっているのではないのだ。


「あ、あのさ」

「黙れ」


 何か反論しようと思って口を開いた瞬間、力づくで唇を塞がれた。

 スバルの意見を聞く気など、この女には毛頭ないらしい。


「アトラス、俺は言ったはずだぞ」


 そんなスバルに代わり、獄翼のコックピットから降り立ったカイトが言う。


「そいつに何かあれば許さないって」

「ええ、確かに仰いました」


 そもそも、この新人類王国に連れてこられたのもスバルが原因だ。

 この旧人類の頼り無さそうな少年を助ける為に、カイトはわざわざ敵地にまで招待されたのである。


「ですが、その代償は何でしょうか」


 アトラスは恐れる気配も見せずに言った。

 スバルの顔を無理やりカイトの方面に向けると、視線を無理やり固定させる。


「いいですか。リーダーはお前の為にここにきた。お前の為に目玉をくり抜かれたんだ!」

「……!」


 カイトの左目に埋め込まれた黒の眼球が不気味に輝く。

 そういえば、なんであんな眼を埋め込まれたのかは具体的に聞いていなかった気がする。


「お前が無様に人質になってしまったせいで、リーダーは奴らのいいなり。その結果がこれだ。わかるか?」

「人質にしたのは貴様だろう」


 スバルに言いきかせるように呟くが、アトラスの意識はカイトの言葉によって遮られる。


「貴様が国の命令に従ってなければこうならなかった。そうも言える気がするんだが」

「……ええ、仰る通りです」


 自覚はあった。

 自分が欲を出して、彼らに帰ってきてほしいと望んだ。

 その結果が、カイトのこの変わり果てた顔面である。

 ゆえに、アトラスは覚悟があった。


「私のせいでこうなったのは十分理解しています。全てが終わった後、どうか……どうか、私に然るべき罰をお与えください」


 アトラスは俯き、涙する。

 声が震えていた。

 スバルは思う。

 この人は自分の選択を心底後悔しているのだ、と。


「全部が終わってからだと遅い。それに、貴様が罰を受けるのにそいつを巻き込むな」

「リーダー、どうして彼に拘るのです」

「友達なんだ」

「トモダチ?」


 アトラスが首を傾げる。

 なにを言っているのか理解できない、とでも言いたげな態度だ。

 実際、アトラスは己の耳を疑っている。


「……あ、そういえば前にカノンが報告してましたね。リーダーに旧人類の友達がいるとか」


 ぼそり、とアトラスは呟く。

 だがその直後、スバルの頭を乱暴に掴み直すと、少年の頭をそのまま地面に叩きつけた。


「うわっ!」

「スバル君!」

「スバルさん!」


 スバルが漏らした悲鳴に、シデンとマリリスが反応する。

 彼女たちの声に応えるようにして、アトラスはスバルの髪の毛をゆっくりと持ち上げた。


「だらしがない。こんなダメージで鼻血を垂らすなんて」

「う、うう……」


 唾を吐き捨てるかのような嫌悪感。

 悪意が込められた言葉を受け、スバルが呻く。


「リーダー、ご覧になった通りです。彼では、あなたの隣に立てない」

「……言いたいことはそれだけか?」


 カイトの目つきが鋭くなる。

 両腕から爪が伸び、刃が輝きを解き放った。

 

「……どうしてご理解していただけないのですか?」


 悲しそうな表情でアトラスはカイトを見る。

 大粒の涙がこぼれ始めていた。


「あなた程のお方が、どうしてこんな少年に拘るのです!? 彼はひとりではなにもできないでしょう! ここまでの戦いは、皆さんがいたからこそ勝てたものだ!」


 聞きながら、スバルは思う。

 そういえばそうだなぁ、と。

 一番初めのシンジュクでは、気合を入れて獄翼を飛ばした物の、結果的にはカイトを取り込むことでガードマンとヘルズマンティスを倒す事が出来た。

 いや、そもそも彼がいなければあの戦いは負けていただろう。

 背後から接近するヘルズマンティスに気付けたのは、カイトが気配を察知するのに敏感だったからだ。


 その後のシルヴェリア姉妹の襲来。

 アキハバラの騒動。

 トラセットの反乱。

 星喰いの覚醒。


 自分の力で解決できたことなど、なにひとつない。

 新生物の一件に至っては、自分が無茶をしたせいで無関係な人の生活までも奪ってしまった。


「そうだ。そいつは俺達みたいに頑丈じゃない」


 スバルの思いを肯定するように、カイトが頷いた。


「ずっと俺が勉強を見てきた。俺たちみたいにパワーがある訳でもない」

「だったら」

「自惚れるな」


 畳み掛けようとするアトラスの言葉を、カイトが一喝する。

 彼は一歩踏み出すと、左目から黒いオーラを噴出しながら歩き始めた。

 向かう先にいるのは、アトラスだ。


「それがどうした。お前から見れば、そいつはダニにも劣る小さな生物なのかもしれない。それはいいだろう」

「い、いいのかよ……」


 蛍石スバル、16歳。

 微生物以下に認定された瞬間であった。


「だが、俺にとってはかけがえのない友人だ。それを悪く言うのなら。お前でも容赦しない。最初に言った通りだ」

「リーダー!」

「俺が友達になりたい奴は、俺が決める。なんでお前が勝手に決めようとしてるんだ」


 アトラスが僅かに後ずさった。

 左目から溢れ出す、カイトの気味の悪いオーラに気圧されているのかもしれない。


「やめて……やめてください。あなたが旧人類の肩を持つなんて、私には耐えられない」

「なら、それまでだ」


 カイトが腰を落とし、疾走する。

 草原が揺れ、強烈な突風がアトラスとスバルを覆い尽くす。


「り、リーダー!」

「アトラス!」


 アトラスはやろうと思えばスバルの頭を爆発させることができたのだが、それをやることはできずにいた。

 神鷹カイトが殺意を放ってきたからだ。

 しかも自分に、である。

 恐らくこの世界でもっとも彼に忠誠を誓っている部下だろう。

 アトラスにはその自負があった。

 同時に、その要素はアトラスの誇りでもあった。

 だが、その誇りは無残にも砕け散っていく。


 星喰いとの戦いに備える共同会議で起こったような、空回りではない。

 明確にカイトがアトラスを『敵』として認識した瞬間であった。

 その事実を眼前に突き付けられた瞬間、アトラスの全てが崩壊していく。


「じゃあな」


 拒絶の言葉が、アトラスに突き刺さった。

 真正面まで迫ったカイトが、アトラスを見下す。

 少し前なら見惚れていたかもしれない、素敵な姿であった。

 しかし今は、絶望感しかない。

 騙されているんだと、自分なりに説得しにかかったつもりだ。

 それでも、彼はこの旧人類の少年を選んだ。

 長年、彼の為に尽くしてきたのに。


「リ――――」


 言葉は、最期まで紡ぎきれなかった。

 せめてもの情けなのだろう。

 爪ではなく、顔面へ拳が炸裂した。

 

 昔の想い人の姿をした人間が、宙に浮く。

 綺麗な弧を描いたのち、アトラスは地面に倒れ込んだ。


「おい、顔大丈夫か」

「お、俺はね……」


 鼻を押さえ、スバルがアトラスを見る。

 なんだか申し訳ない気持ちになった。

 アトラス・ゼミルガーが見せたカイトへの忠誠心と愛は本物であったと、スバルは思う。


「ねえ、本当によかったの」

「なにが」

「アトラスさんのところに帰らなくて」

「帰るも何も、もうここに俺の居場所はない」


 獄翼のコックピットの中からマリリスとシデンが降りてくる。

 駆け寄ってくるふたりを余所に、カイトは城を見上げながら言った。


「それに、今俺がやらなきゃいけないことは別にある」


 カイトの答えは変わらなかった。

 あくまで王国から逃げる。それ以上の解答はない。


「はーはっはっは! 無事かね、山田君!」


 決意を新たに固めた瞬間、場をぶち壊すかのような独特の笑い声が響き渡った。

 合流したシデンと、カイト。

 そしてスバルがジト目で声のする方向を見る。

 アーガスがエイジを担ぎ、歩いてきた。


「ふむ。無事に倒したようで実に美しい」

「おい、エイジ大丈夫か」

「ああ、なんとかな。ついでと言っちゃあなんだが、タイラントも再起不能にまで追い込んだ。これで当面の追手は片付けたことになるぜ」

「そうか。と、なると後の問題はミスターだな」

「あの。私の存在を無視しないでくれないかい?」


 無駄に綺麗な歯を剥き出しにして、存在をアピールし始めた。

 タイラントを倒した最大の功績者は彼なのだが、それを知る由もないカイト達はさも当然のようにアーガスをスルーして状況の整理をし始める。

 

「とりあえず、これで指揮系統が麻痺した筈だ。アトラスとタイラント。それに鎧までやられちゃ、奴らも慌てるだろ」

「じゃあ、この隙に?」

「あのゴミネコを探し出す。これしかない」


 状況を整理すると、結論はあっさりと出された。

 闇雲に異次元の波に飛び込むことは自殺行為以外の何者でもないと知っているからだ。

 無言でカイトが全員の目を見る。

 誰も首を横に振らなかった。

 それを肯定と受け取ると、カイトは即座に指示を言い渡す。

 てきぱきとした頭の回転であった。


「俺とシデンでまた城の中に行く。マリリスはエイジの――――」


 と、そこまで言いかけた時であった。

 待機状態となった獄翼の左肩を、光が貫いた。

 爆発音が鳴り響く。


「な、なんだ!?」


 スバルが爆炎の向こうに視線を向ける。

 すると、そこにはブレイカーがいた。

 1機や2機ではない。

 ブレイカーが隊列を組み、獄翼に照準を合わせていた。

 

「レオパルド部隊か!」


 タイラントの腹心、レオパルド部隊。

 隊長がやられるまでずっと待機していたのだろう。

 恐らくは白羊神の巻き添えになるのを恐れて。

 半年前に見た時に比べて数は減ったが、それでも彼女たちの存在は非常に脅威である。


「エイジ、走れるか!?」

「悪ぃ。流石に無理だ」

「安心したまえ。美しいこの私がおぶっていこうではないか!」


 己の顎に親指を差し、アーガスが宣言する。

 カイトが一瞬嫌な顔を向けるが、すぐに真顔に戻ると軽く頷いて見せた。


「頼む。お前ら、逃げるぞ!」

「逃げるってどこに!?」


 スバルが叫ぶが、彼の疑問に答える余裕はなかった。

 ただひとつ言える事は、


「タイムオーバーだ」


 もう戻っている余裕はない。

 時間をかければレオパルド部隊の殲滅は可能かもしれないが、既に獄翼もスクラップ同然。

 御柳エイジはタイラントと戦って負傷。

 マリリスが傷が治せると言っても、その力にはどうしても時間がかかる。

 シデンだってまだ体調が万全ではないのだ。

 

 と、なれば戦えるメンバーはカイトとアーガスのみ。

 だが、向こうにはまだ生きている鎧が10人いる。

 これ以上ここにいたら、やられるのを待つだけだ。

 少なくともカイトが指揮官であれば、レオパルド部隊が攻撃している隙に『次の鎧』を出す。


「でも、コメットがいないと!」

「わかってる! わかってるが、もう時間がないんだ!」


 スバルとマリリスを抱え、カイトが走り出す。

 脇腹を抑えながらシデンがそれに続き、アーガスがしんがりを務めた。


「ど、どこにいくんです!?」


 抱えられたマリリスが問う。

 

「……賭けだ」


 崖の手前まで来て、カイトが立ち止まる。

 彼の肩の上から、スバルとマリリスが下を覗き込んでみた。

 七色に光る異次元空間。

 海のように広がるそれを垣間見て、ふたりの表情は一瞬で青ざめた。


「山田君。やるんだね?」

「ああ。もう助かる道があるとすればこれしかない」

「まあ、向こうもコメットを狙ってくるなんてわかりきってるだろうからね。だからこそタイラントがここにいても許されたんだろうし」


 肩を落とし、シデンが諦めたように溜息をつく。

 見れば、アーガスとエイジも真面目な表情であった。

 ただひとり、恒例ながら呑み込みの悪いスバルが問い続ける。


「ね、ねえ。なんか、すっげー嫌な予感がするんだけど、何するつもり?」

「ダイブ」

「我々による美しきジャンプだ」

「困った時の神頼み」

「自分の運を信じようぜ」


 あんまり聞きたくない返答の数々であった。

 最後に至っては、この6人が集まっても全然戦力になる気がしない。

 運が良ければこれまでの苦労なんてないのだ。


 念の為、確認の意を含めてスバルが言う。


「宇宙に繋がってるかもしれないんだよな」

「海底かもな」

「火山かも」

「美しき地面の中かもしれない」

「大空に羽ばたけるかもな」


 はっきり言ってしまえば、確率でいうとこれらに出る方が高い。

 人間が住む地球。

 陸地は僅か3分の1なのは有名な話である。


「飛びこんだら何が起こるかわからん。みんな、しっかり手をつないでおけよ」


 緊張感が6人の間に走った。

 こうしている間にも後ろからレオパルド部隊が迫ってくる。

 ただ、彼女たちの標的は置いてきた獄翼であった。

 機体トラブルかなにかと勘違いしてくれたのかわからないが、同じくらいの身長のブレイカーが、ここまで一緒に戦ってきた相棒を斬りつけている。


 スバルは後ろで広がる相方の無残な姿を見て、唇を噛み締めた。

 その後、息を飲む。


「……わかった」


 カイトに担がれたまま、マリリスの手を握る。

 もうひとつの手をカイトの肩にやると、それを合図と受け取ったカイトが叫ぶ。


「よし、いくぞ!」


 6人が一斉に崖の上から飛び降りた。

 飛び降りてからやや経った後、黒の機体が悲鳴をあげる。


 獄翼が頭部から胴体にかけて叩き斬られた。

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