『激ファイト! スバルvsカイト編』

NEXT、始動 ~自宅警備員たちの憂鬱~

 新人類王国での決死の脱走劇から早1週間。

 ゲーリマルタアイランドのあるアパートでは、ちょっとした歓迎会が開かれていた。


「それじゃあ、新しい住民にかんぱーい!」


 それなりに年を重ねていらっしゃる大家のおばちゃんがコップを掲げると、周りを取り囲む若者たちもコップを持ち上げる。

 全員の容器がかつん、と音を立てた直後、彼らはジュースを口に含み始めた。


「いやぁ、あらためてようこそゲーリマルタアイランドへ。あたしぁ、歓迎するよ!」


 幸いなことに、大家のおばちゃんは話が分かるご婦人であった。

 新人類王国から逃げてきたと素直に話してみたところ、彼女は涙ながらに『そうかい、あんた達も大変だったんだね』と同情してくれて、部屋を提供してくれたのだ。

 突然トイレの中に登場したことはツッコんでこなかったが、本人が気にしてないならいいだろう。

 たぶん。


「で、ヘリオン」


 そんなおばちゃんの御好意を受け取っておきながら、陰でぼそぼそと戦友に耳打ちする黒い影があった。

 神鷹カイトその人である。

 植え付けられた左目が異様に目立つ為、無理やり包帯を巻く事でなんとか誤魔化してはいるが、本人としてはいちいち巻くのが面倒なのでマスクでもしたいところであった。


「このおばちゃんは、どこまで俺達の事情を知っている」

「昔のクラスメイトだって紹介しておいたよ。流石に何をしてきたのかまではいえないだろう」


 金髪をオールバックにして整えたクラスメイトの姿は、立派な社会人であった。

 彼にも新しい生活がある以上、汚点はなるだけ隠したいのだ。

 ヒメヅルで暮らしていた頃のカイトにも同様の経験があるので、その辺は素直に頷いておく。


「まあ、君たちがこの半年間で何をしてきたのか聞いた時には、僕もびっくりしたがね。君の性格の変化も含めて」

「……ふん」


 これまでの出来事は、ある程度ヘリオンに話している。

 それこそ最後に会った日から最近の脱走に至るまで、全部だ。

 時々『作り話じゃないだろうね』と確認してきたが、全部実話なので首を横に振ったことを覚えている。

 フィクションであるなら是非そうしていただきたい現実であった。


「俺としては、お前がきちんと働いている方が驚きだがな」

「失礼な。君が働けるなら僕だって正社員になれるとも」

「嫌味か」

「昔のお返しだ」


 聞いたところによると、ヘリオン・ノックバーンは教員免許を取得して教師になったらしい。

 他の仲間たちの歩んだ進路と比較すると、一番マトモだった。


「個人情報とか大丈夫なのか」

「ここは戦争の被害から逃げた多くの難民で賑わっている。国外から戸籍を移動する手間もかかるから、移住の際に新しく戸籍を発行してもらえるんだ」

「じゃあ、俺達も可能なのか」

「やろうと思えばね。その分、犯罪も多いけど君たちがそれを心配する必要はないだろう」


 巻き込まれたとしてもなんとかする実力はある。

 問題は稼ぐ方だ。

 聞けば、ヘリオンの給料は自分ひとりの面倒で精一杯らしい。


「君たちも早く定職に就いた方がいいぞ。本来なら学生であるふたりのことを考えるならね」

「ぬ……」


 教育免許を持ってる奴が言うと説得力が違う。

 昔は人付き合いができる奴、程度の認識だったのが、気付けば一番の常識人になっていた。

 是非ともウィリアムに爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。


 しかし、金銭の問題は無視できない。

 いかにこの国が外からの移住者に寛大でも、自分の生活は自分でなんとかしなければならないのだ。


「それで、みんなはこれからどうするんだい?」


 ヘリオンがカイトから視線をずらし、他の4人に問いかける。

 難しい顔をして頭を掻いたのはスバルだった。


「うーん、特に考えてないな。部屋の整理に忙しかったし、この半年間はずっとブレイカーの操作してたし」


 蛍石スバル、16歳。

 本来なら学生として青春を謳歌する予定ではあったが、たった一本のダーツで運命を狂わされた哀れな少年。

 戦いに慣れ過ぎた影響で、彼はこれからどうすればいいいのかを考えていなかったのだ。


 それはきっと他の仲間たちも同様だろう。

 スバルはそんな期待を胸に秘め、他の仲間たちに視線を送る。

 だが、


「一応、私はアルバイトを見つけたので、そこのお世話になろうかと」


 マリリスはレストランでのアルバイトを決めており、


「ボクもOLとして正式に合格通知が来たよ」


 六道シデンはあるオフィスビルに勤務することが決まって、


「昨日から建築現場で働いてるぜ」


 御柳エイジは一足早く労働に着手しており、


「はっはっは! 私はノックバーン君の紹介で学校の用務員をすることになっている。私が勤務する以上、学園は常に美しくある事が約束されたのだ!」


 アーガス・ダートシルヴィーに至っては、なんかやらかしそうなくらい気合を入れている。

 意外とみんなは陰ながら頑張っていた。

 ちょっと口元を引きつかせつつ、スバルはカイトを見る。

 視線に気づいたカイトは、気まずそうに呟いた。


「……警備員」

「マジで!?」


 まさかこの男ですら新たな生活の地で職を入手したと言うのか。

 この中の誰よりもコミュ障であるカイトが!

 仲間外れを食らったと思い、スバルは肩を落とす。


「何度も言ってるけど、家に警備員を雇うお金はないよ」


 ショックを受けていると、横からおばちゃんが白い眼をカイトに向けた。

 青年の肩が僅かに震えるのが見える。

 スバルは一瞬にして表情が明るくなった。


「なぁんだ、警備は警備でも自宅警備員か」

「うるさい。色々と受けたが、ダメだったんだ」


 一応、カイトも住み込みな上に拾ってもらったとはいえ、アルバイト経験がある。

 履歴書には『パン屋勤務経験あり』とか『運転できます』といったアピールも書けるし、リーダー経験だってあるのだ。

 アピールできる点はいくらでもある。

 それでも採用されない理由は、彼の容姿にあった。


「まあ、そんなかっこじゃな」


 エイジが指を突き付け、カイトの顔を指摘する。

 包帯である。

 顔面の左半分を包帯でぐるぐる巻きにしているのだ。

 嫌でも目立つ上に、本人が割と暗い性格なのでちょっとした威圧感を受ける。

 しかも、外したら外したで露わになるのは黒い眼球に赤の瞳孔だ。

 びびるどころの話ではない。


「カイちゃん、お化け屋敷なら結構稼げるんじゃない?」

「実は遊園地で面接を受けた」


 受けたんだ。

 意外にも自分を冷静に解析しているカイトに向けて、一同そう思った。


「ただ、俺の中にはまだエレノアがいてな」

「……ああ」


 これまた複雑な話なのだが、カイトの身体にはふたつの人格が住んでいる。

 ひとつはカイト自身。

 もうひとつは移植手術の際に離れられなくなってしまったエレノア・ガーリッシュのものだ。


「あいつ、急にしゃしゃり出てきていらんことを喋りまくったんだ」

「大変だな、君も」


 同情するヘリオンが肩を叩く。

 エレノアの存在はヘリオンも知っている。

 カイトに対して異様に執着している女性であった。

 まさか彼女がカイトに憑依していて、かつカイトがそれを許してしまう日が来るとは、夢にも思わなかった。

 人生って何が起こるかわからない。


「まあ、とにかくそんなわけで俺が二重人格で、しかも片方がやばい性格だって知れ渡っちゃったらしい。あれ以来、書類審査で落とされるようになった」

「何を言ったんだよ、アイツは」

「……言いたくない」


 おでこに手をあて、カイトが溜息をつく。

 ただでさえコミュ障なのに、人格破綻者がその中に潜んでいるとあってはまともに就職活動ができるわけがなかった。

 当然ながら、他の仲間と比べても出遅れる。


「仕方ないねぇ」


 一通り話を聞き終えた後、おばちゃんが椅子から立ち上がる。

 

「アンタとスバル君はお庭の掃除でもしておくれよ。本来なら定期的に業者に任せてるんだけど、ヘリオンちゃんのお友達が困ってるとあれば、ね」

「すみません、大家さん」


 ヘリオンがカイトの頭を押さえつけ、お辞儀した。

 その動作に流されるようにして、スバルも頭を下げてしまう。

 それもこれも、ヘリオン・ノックバーンが大家の信頼に値する人間だったからだ。

 人格破綻者に囲まれている中、本当にXXXとして活動していたのかと疑問に思えてしまうが、カイト達の様子を見るに、ヘリオンはそこまで変化がないらしい。

 要はXXXでもレアな人格者なのだ。

 異次元空間のダイブした時はどうなるかと思ったが、彼の元に転移できたのは幸運であると言えた。


 ただ、流されるようにしてアパートの手伝いが決定してしまったが、住処がこのアパートになった以上は自宅警備員と大して変わらない現実がある。

 

 なんとかしてニート予備軍から脱出し、これからの身の振り方を真剣に考えなければ。

 スバルは強く決心すると、ジュースを一気に飲み干した。







 その翌日。

 スバルは特に目的も無く街を歩いていた。

 いざ実行に移そうにも、迂闊に動けない。

 自分も学校で働かせてもらえないかとヘリオンを頼ってみた物の、既にアーガスを採用した時点で定員は満たしていた。

 他の仲間たちの職場も同様である。

 ヘリオンからは学生に戻ってもいいんじゃないかと提案されたが、故郷の学校を一度退学している以上、あんまり気は進まなかった。

 それに、長い間ブレイカーを操縦してきていると、シャープペンシルよりも操縦桿を握りたくなる。


 かと言って、この辺でブレイカーを操縦するとなると軍しかない。

 折角脱走に成功したのに、またむざむざと戦いに戻ると言うのも気が引けるのだ。


「はぁ……」


 愛機の獄翼を失った以上、自前のブレイカーを使ってのデリバリーサービスも行えず、スバルは溜息をつくばかりである。

 そんな時だ。

 ふと、ある看板が目に留まった。


「ゲーセンか……『ブレイカーズ・オンラインNEXT導入』……NEXT!?」


 でかでかと太い赤字で強調されている文字に反応する。

 ブレイカーズ・オンラインNEXT。

 あのブレイカーズ・オンラインの正当な続編である。

 ここ最近、戦い続きで全く気付かなかったが、遂に続編が稼働したのだ。

 気になる詳細を間近で見ようと、スバルは文章に目を光らせる。

 いつになく真剣な表情であった。


「へぇ。前回のカードもそのまま使えるんだ……」


 この手のゲームはプレイヤー情報やスコアと言った情報を登録するカードが存在している物であるが、スバルが数年かけて築き上げた栄光は戦いの中でへし折られてしまった。

 その事実に気付くと、肩の力が一気に抜けてしまう。

 

「はぁ……俺のダークフェンリル・マスカレイド」


 溜息をついていても仕方がない。

 愛する機体は2機とも破壊されてしまったのだ。

 心機一転、ここいらで新しいカードを作ってプレイし始めてもいいかもしれない。

 そう思うと、少年の足は自然と店内の中へと踏み入れていた。


「おお。すげぇ人」


 案の定、筐体の前には人がごった返していた。

 バランス調整も入り、自分の機体がどれだけ影響を受けているのかを確認したいのだ。

 とてもじゃないが、こんなに人がいる中で新しい機体を作ってテストする余裕があるとは思えない。

 ただ、案の定旧作の筐体にはあまり人が入っていなかった。

 席に誰もいないのを見るや否や、スバルは素早くカードを作り、筐体の前に座る。

 機体データを作成するだけなら旧作でもできるからだ。

 スバルはコインを投入すると、早速機体データの作成画面に入る。

 基本となるのは当然ミラージュタイプ。

 カラーリングを黒に変色させると、機体名の入力画面へと切り替わる。


 ここでスバルは少し悩んだ。

 本来なら前の機体名を入れるべきなのだろうが、長い間苦楽を共にした獄翼も捨てがたい。

 どちらの名前を継承させるべきか、非情に悩む。


 と、そんな時だ。


「おい、見たか」


 隣から話し声が聞こえる。

 新作の観戦客が、友人同士で話し込んでいるのだ。


「ああ。これで反対側のプレイヤーが167連勝だろ」


 耳を疑う発言であった。

 ゲーセン通いしてた頃のスバルですら、そんな連勝数を記録したことはない。

 というか、そんなに連勝していればバランス修正の把握も新武装や新機体の性能チェックも無い気がした。


「しかも機体がさ」

「ああ、鳩胸でだぜ。信じられねぇ」


 ミラージュタイプの代表的量産機、鳩胸。

 シンジュクでスバルも戦った事がある、灰色の量産機だ。

 お世辞でも高性能の機体とは呼べない。

 少なくとも真剣勝負の対戦では、そんな機体を選んだ瞬間に舐めプだと判断されるだろう。


 しかし、聞けば反対側の筐体のプレイヤーはそれで勝てているらしい。

 世の中には弱キャラを好んで使用するマニアックなプレイヤーもいるにはいるが、それでもこの連勝数は異常だ。

 少なくとも、スバルの知るブレイカー乗り仲間でもここまで成績がいい奴は居ないだろう。

 一体どんな奴がプレイしているのか、少し気になった。

 徐に立ち上がり、背伸びしてみる。

 向こう側で座っている男の姿がちらっと見えた。


 見えたのだが、しかし。

 そいつの顔を見た瞬間、スバルの表情が一気に青ざめた。

 何故なら、そこに座って3桁連勝を叩きだしている化物こそが、顔の半分を包帯で覆っている神鷹カイトだったからである。

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