第153話 vs因縁

 コックピットが激しく揺れる。

 シートベルトで抑えなければモニターの中に頭をぶつけてしまうのではないかと思える衝撃を身体に浴びつつも、スバルは被害状況を確認した。

 右腕は大破。

 それ以外の箇所も赤い斑点が浮き彫りになっている。

 認めたくないが、攻撃が跳ね返されたことで獄翼の各部にダメージが発生したようだ。


「システムカット! 体勢を整える!」


 ヘルメットを無理やり外したのち、スバルは素早く操縦桿を握って巨大ロボの姿勢を安定させた。

 シデンが連射しなかったのがせめてもの救いだろう。

 獄翼は各部に損傷を抱えながらも、まだ動く事が出来た。


「スバルさん。次は私が――――」

「よせ。お前が行っても同じだ」


 マリリスが提案するも、隣に座るカイトによってあっさりと取り下げられる。


「飛び道具は奴に効果がない。今のを見ただろう」

「でも、かと言って近づけるとは思えません」


 つい少し前にカイトが近づいて見せたが、あれはマリリスの中では接近戦にカウントされないらしい。

 実際にダメージを与えているわけではないので当然と言えば当然なのだが。


「それでも、一番まともにやれるのは俺だ」

「確かにそうなる!」


 白羊神から放たれる暴風を堪えながら、スバルが頷く。

 唯一、ダメージを与えられそうに見えたのがカイトのみであった。

 遠距離攻撃が弾き返される以上、なんとか接近戦に持ち込むしかない。

 もとより獄翼の武装の大半は接近主体なのだ。

 スバルとしては望むところである。


「スバル。さっき俺はどの程度タイムを消耗した?」

「近づくだけで3分くらい!」


 SYSTEM Xには制限時間が設けられている。

 その時間は僅かに5分。

 その時間内であれば、獄翼は後部座席の新人類の力を取り入れることができる。

 だが、取り込まれた人物がスバルの意思とは関係なしに動く場合、そのタイムはさらに縮まる事になるのだ。


「攻撃を仕掛けて、あれに一撃を与えるには時間が欲しいな」

「でも、あれ以上時間をかけたらまた同じことの繰り返しだよ! それとも、何か作戦がある訳!?」

「今のままだと、ない」

「ねぇのかよ!」

「ないんですか!?」


 わかってはいたけど、ここまで即答されるといっそ清々しい。

 半年前、同じようなやり取りをしたことを思い出してスバルは頭を抱えた。

 あの時は力技で解決しにかかったが、今回はそれが通用するとは思えない。

 というか、実際にやってみたら駄目だったパターンだ。


「とりあえず、目下のミッションは、だ」


 カイトが口を開くと同時、白羊神は両腕を深く落とす。

 両手の握り拳に赤い光が凝縮されていき、螺旋状に回転し始めた。


「あれをなんとかして止めよう」

「真顔で言うな! どうやって止めればいいんだよ!」

「さっき勢いを殺しただろ。あれと同じようにして、半年前と同じ防御をやればいい」


 半年前と同じ防御。

 刀を地面に突き立て、シールドで余波を防ぐ。

 危険極まりない防御方法だった。


「避けるのじゃダメなんですか!?」

「後ろを見ろ」


 言われて、マリリスが背後をモニターに映す。

 城があった。

 そして外壁で戦いを展開する、エイジとアーガス、タイラント。


「生身であれを避けられるか?」


 問いかけに対し、マリリスは無言になった。

 表情がどんどん青ざめていくところを見るに、現状が最悪な方向に向かいつつあることを理解したらしい。


「で、でも! お城に向かって攻撃するのは流石に……」

「リバーラ王や主要メンバーが退避してたら、建物はどうなっても構わない筈だ。5分もあればここの連中は非難ができる」


 それに、サイキネルのサイキックパワーはありえないことを可能にする超常現象である。

 外壁で戦っている連中だけを消し炭にして、攻撃を止める事も十分可能かもしれない。


「いずれにせよ、攻撃するって事は構わないって事だ。たぶん」

「今から避難を呼びかけたら!?」


 スバルが別方向から提案する。

 普通の人間だと避けれないかもしれないが、外壁で戦う3人はいずれも常識はずれの新人類である。

 彼らなら、走れば案外なんとかなるのではないかとスバルは考えていた。


「なら、やってみるといい」


 淡々とした口調で、カイトは答える。


「タイラントがそれを許すとは思えんがな」

「やらないよりはマシでしょ!」


 スバルがマイクをオンに設定すると、大声で叫んだ。

 

「おい、攻撃が飛んでくるぞ! 一旦戦闘を中止して逃げてくれ!」


 その言葉に反応し、エイジとアーガスがこちらに振り向く。

 白羊神が拳を握りしめているのを見て、ふたりとも驚愕していた。

 彼らは城壁を移動していき、なんとか直撃コースから逃れようと懸命に走る。


『そうはいかん!』


 そんなふたりの前に降り立ったのはタイラントだ。

 彼女は拳から放たれる破壊のオーラを前方に射出し、ふたりの逃げ場を塞ぐ。


『おい、テメェ! どういうつもりだ!』


 振り返り、エイジが睨む。

 

『お前も消し炭になるぞ!』

『笑わせるな。お前たちとは根本的に違うんだ。あんなビーム砲では私は殺せない』


 直後、タイラントの身体を包み込むようにして青白い球体が出現した。

 球体に触れた外壁が崩れ落ちる。

 それが破壊のオーラによってつくられたバリアなのは、一目瞭然だ。


「……思った通りだ」


 その光景を眺め、カイトは腕を組む。

 彼があくまで冷静な態度で状況を観察し、評価する。


「タイラントは耐えるつもりでいる」

「生身でアレを耐えられるの!?」

「少なくとも、死ぬ気はないだろう。だが、多少はダメージを受ける筈だ」


 逆に言えば、タイラントはそれを覚悟でこの場に立っている。

 

「どう足掻いても、あいつはここで決着をつけるつもりだ」


 それこそ、自分が死ぬまで続けるつもりなのだろう。

 カイト達が生きている限り、彼女は戦い続けるつもりだ。

 その果てに何があっても、それが絶対に正しい事なのだと信じている。

 執念だった。

 大昔、XXXとして初めて王の命令を実行した。

 その時の名残が、目の前に転がっている。


「……どう考えても俺に責任あるよなぁ」


 頭を抱え、ぼやく。

 隣に陣取るマリリスとシデンの視線を感じつつも、カイトは溜息をついた。


「仕方がない。俺が何とかしよう」

「え?」


 突然吐き出された言葉に対し、スバルは困惑を隠せなかった。

 なにせ、ついさっきまで『半年前と同じ方法で何とかしろ』と言ってきた男である。

 どういう風の吹き回しなのだろうか。


「どうしたの、急に」

「あそこで暴れている女は、多分俺のせいで執念深くなっている」

「またアンタのせいなの!?」


 これで何度目になるかもわからないカイトの尻拭いを目の前にして、スバルは反射的に吼えた。

 思えば、トラセットでレオパルド部隊の襲撃にあったが、あれもこの男のせいなのかと思うと無性に腹立たしくなってくる。


「そういえば、あの時タイラントさんはすっごいアンタを敵視してたよね。何したんだよ! ちゃんと謝れ!」

「アイツの上司を殺した」

「おい!」


 冗談で済まされない話だった。

 なにかしらの因縁はあるんだろうな、程度の認識だったのだが、まさかここまで根深い確執が潜んでいるとは夢にも思わなかったのである。

 彼の隣で座るマリリスなんかはあまりのショッキングな事実に気を失いかけている。


「じゃあ、なにか!? あの人、上司を殺したアンタを殺すためにわざわざこんなところまで出て来たって事!?」

「それだけじゃない。半年前、新生物との戦いが終わった後に自分の軍を動かしてきたのもそれが理由だろ」

「完全にアンタのせいじゃないかよ!」

「そうだ。だからこそ、俺がこの場を何とかしようと言っている」

「どうする気なんだよ。まさか、殺されに行くわけじゃないでしょ!」

「当然だ。俺はまだ死ぬ気はない」


 だが、だからと言ってエイジたちをむざむざ殺させるわけにはいかない。

 故に、カイトは提案する。


「俺があの白い激動神のバリアを突破する。その後はお前らに任せた」

「任せたって……バリアを破る当てでもあるの!?」

「ある」

「ほら、ないんじゃ――――ええっ、あるの!?」


 さっきと言ってること違うじゃん、とは突っ込まない。

 その前にカイトが口を開いたからだ。


「……俺の勘が正しければ、これで行ける筈だ」


 前髪を掻き上げ、黒く染まった左目を見せる。

 赤の瞳孔が、不気味に輝いた。

 





 獄翼から僅かに聞こえた友人のぼやきを耳に受け入れ、エイジは息を飲みこむ。

 額から冷や汗が流れるのを感じつつも、彼は口を開いた。


「成程。そんなに決着をつけたいのか。まったく、モテる男はつらいぜ」

「美しいことはまったく罪だね」


 何故かアーガスが隣で得意げに髪を掻き上げた。

 その態度を前にして無性に殴りたくなったが、今は味方なのでじっとこらえる。


「誰が貴様らのような品のない男に興味を持つか」

「こいつと一緒にするな!」

「はっはっは。この美しき私を見てツンになることはないぞ!」


 なぜか妙に自信満々の笑みを浮かべてアーガスがいう。

 どこからその自信が来るのか、一度聞いてみたかった。


「つーか、マジで時間無さそうだな」


 背後で拳を構える白羊神の存在感を感じつつも、身構える。


「できれば、決着は自分ひとりでつけてぇんだけどな」

「それは私とて同じだよ」


 高笑いしていたアーガスがぴたり、と動きを止めた。

 彼は真顔になってタイラントを見ると、ぼそりと呟く。


「今更君に故郷のことを話す必要はないだろう。だが、私は毎日夢見てきた。祖国を滅ぼした奴を、この手で倒したいと」

「けっ、譲る気はねぇわけだ」


 ならば、決着の方法はひとつしかない。

 エイジは先に一歩踏み出すと、スコップを振り回しながら突撃した。


「早いもん勝ちだもんね!」

「あ、ずるいぞ! 私も美しく参戦させたまえ!」


 一歩遅れて、アーガスが続く。

 かつて王国を震撼させたXXXに所属していた青年と、トラセットの英雄のコンビ。

 傍から見れば十分な脅威なのだろうが、タイラントはそれらを見て、まるで脅威を感じていない。


「一度負けてる癖に、私に適うと思っているのか!」

「負けてねぇっての!」


 エイジがスコップを振りかざす。

 横薙ぎに振るった刃先が、青白い球体のバリアに命中した。


「む!?」


 バリアが砕ける。

 球体がすべて崩れ落ちたわけではないが、スコップと激突した個所は確実に砕け散っていた。


「なんだ、そのスコップは!」

「俺の武器だっつってんだろ!」


 バリアに穴が開いたのを確認すると、エイジはスコップの柄を握り直す。

 横薙ぎから持ち直されたそれは、正面に構え直される。

 突きの構えだ。

 反射的にそれを理解すると、タイラントは己の身体に破壊のオーラを纏い始める。

 青白いオーラが螺旋状にタイラントを包み込んでいき、ドレスのようにして纏われた。


「むん!」

「てぇりゃ!」


 突き出されたスコップの刃先と、オーラに包まれた右拳が衝突する。

 火花が散った。

 エイジが仰け反り、再度スコップを構え直す。


「まだだ!」


 もう一度スコップを突き出した。

 だが、その一撃はタイラントの左手によって軽くあしらわれる。

 刃先を掴み、彼女はもう一方の手をエイジの顔面へと突き出した。


「はっ!」

「むっ!?」


 そんなタイラントの眼前に、なにかが飛び込んだ。

 薔薇だ。

 花弁が白で染まっている一輪である。

 目の前に飛んできたそれを、タイラントは躊躇うことなくキャッチする。

 左手で掴んでいたスコップを力一杯突き放すと、彼女はアーガスを睨んだ。


「血迷ったか、アーガス。私にお前の植物は利かん」

「その通り。4年前、君と始めて戦い、私はかつてない絶望を味わった」


 故郷の侵攻を受けた際、英雄と称されていたアーガスは潔く戦いに向かった。

 そこで出会ったのが、同じく侵攻の先陣を切っていた若き司令官、タイラントである。

 敵対していたふたりの英雄は、必然的に戦う事となった。

 結果がどうなったのかは、今更語るまでもないだろう。

 アーガスの力は、破壊の化身であるタイラントを前にしては相性が悪すぎたのだ。


「だからこそ、品種改良に品種改良を重ねて今の美しい私がある。私は常に美しさに磨きをかけるのだ!」

「ならば、その顔ぶん殴ってやろうか!」

「できるものなら」


 自信に満ちた笑みが浮かんだ。

 訝しげに見やると、右手に異変が起こる。


「なに!?」


 キャッチした白の薔薇が輝きだした。

 同時に、タイラントを包む青白いドレスが発光する。

 ばちばち、とノイズを響かせながら分解していき、白の花弁の中へと吸収されていく。


「貴様、なにをした!」

「別に何も」


 そう、アーガスは何もしていない。

 強いて言うのであれば、タイラントが触ってしまった事に問題がある。


「山田君すら耐えられなかった薔薇に、君が勝手に触れただけのこと」

「おのれ!」


 この薔薇はやばい。

 直感で理解したタイラントは、薔薇を投げすてる。

 放り捨てられた薔薇の花弁は、白から黒へと変色していた。


「隙あり!」

「む!?」


 スコップを持った男が、刃先を顎目掛けて振り上げる。

 オーラを身に纏うまで時間がない。

 必然的に回避行動に出なければならなかった。

 タイラントは僅かに後ろにさがり、スコップ攻撃を回避する。


「へ……っ!」


 エイジが笑みを浮かべた。

 それを目の当たりにした瞬間、タイラントは思う。


 しまった、と。

 一歩下がる事でスコップ攻撃から回避することは出来る。

 だが、まだこの男の射程距離内だ。

 僅かに下がるだけでは、エイジのパワーを回避したとは言い切れない。


 スコップが空を切った際の風圧が、タイラントの鼻先を抉った。

 顔面を斬られたのではないかと思える痛みが襲い掛かってきたと同時、エイジが右足をタイラントに叩きこんだ。


 僅かな嗚咽が漏れた直後、新人類王国最強と呼ばれた女傑が、外壁の上を転がって行った。

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