第117話 vs銀の女と大怪獣と
第二突入部隊の人数は、第一突入部隊と比べると少ない。
先に突入したメンバーが旧人類連合側寄りであるため、第二突入部隊のメンバーは新人類軍寄りになっているのが大きかった。彼らの仕事は山脈の破壊ゆえに、力のない旧人類と組むよりかは、同じ新人類と組む方が効率がいいのだ。
しかし、その中で。タイラントは居心地の悪さを感じていた。
なぜか。彼女の隣で飛行する紅孔雀に乗る、新人類軍の代表。彼が放つ無言の威圧感が、強烈な寒気となってタイラントに襲い掛かってきたのだ。
「……大丈夫なんだろうな」
念を押すように、タイラントは問う。
数分も穴の中を移動すれば問題の遊園地に着く。先行部隊の話によれば、既に星喰いは目覚めており、戦闘が開始されていると聞く。
タイラントたちは加勢するのではなく、山を破壊しなければならない。
だが、半年ほど前の会議で、代表同士のいざこざが起きてしまった。
あの後、結局わだかまりが消えた気配は無く、アトラスは部屋に閉じこもったきりだったのだが、今日になって彼は朝一で紅孔雀のコックピットに搭乗していた。果たして、彼の精神はどこへ辿り着いているのだろうか。表情も見えないコックピットからでは、それが見えてこない。
『ご心配は無用です』
そんなタイラントの不安を余所に、アトラスは普段通りの口調で言う。
『あの件に関しては、ご迷惑をおかけしましたね。申し訳ありません』
「そう思うのであれば、これまでの間なにをしていた」
『儀式です』
返却された答えは、タイラントには理解できない言葉だった。
『リーダーを怒らせたことは私の一生の恥です。そこに関しては、咎められても仕方がないでしょう』
タイラントもその時の現場にいたが、どちらかといえば問題があるのはカイトのような気がする。アトラスがそれに気付いているのが、盲目的に献身しているのかはわからないが、彼が詫びるのは見当違いに思えた。
『しかし、二度目はあってはなりません』
ただ、当の本人にとっては死活問題である。
アトラスは二度と過ちを犯さないために、儀式を執り行ったのだろう。
「お前とアイツの問題だ。何をしたのかは敢えて聞くまい」
『お心遣い、感謝します』
光が見えてきた。
穴の奥の世界は夜の世界が広がっていると聞くが、先発隊の報告によれば、出口には光がさしていたらしい。ならば、今回の戦場の入口はあの光で間違いないだろう。
タイラントはそれを確認すると、雑談を終えにかかる。
「だが、仕事は仕事だ。己の任務がなにか、忘れるな」
『勿論です』
光の中に紅孔雀が突入した。
直後、タイラントたちは目の当たりにする。眼前で暴れる大怪獣の姿を。
その周辺で飛び回る友軍の姿を。
そして、大怪獣の頭上で戦いを開始した妹分、シャオランの姿も見た。
『タイラント様。合流ポイントに友軍機が待機しています。まずはそちらに』
「了解した」
本当なら、すぐにでも駆けつけてやりたい。
行って、彼女が戦いを仕掛けている相手を思いっきりぶん殴ってやりたい。
だが、今は仕事だ。
シャオランとて子供ではない。
自分の役目は理解しているし、上司であるタイラントの仕事が何なのかを理解している。
その上で、シャオランは第一突撃部隊に配属されたのだ。
「アトラス、いくぞ」
それはアトラスとて同じである。
彼の敬愛する『リーダー』もシャオランと共同戦線を展開し、怪物の頭上で戦っていた。
彼が言う儀式は全てカイトの為に執り行われた物である。
駆けつけて、戦いたい気持ちが溢れかえっている事だろう。
その気持ちは痛いほど理解できた。
『タイラント。私の任務はただひとつです』
アトラスが小さく呟く。
彼が駆る紅孔雀のウィングが火を噴き、加速した。
向かう先にあるのは、星喰い。
「お、おい!」
『あのお方の為に生きる事だ!』
止めようと手を伸ばすが、時すでに遅し。
アトラスの紅孔雀は星喰いのもとに全速力で加速していった。
『止めなくていいんですか!?』
「……誰が止められると言うんだ」
アトラスの精神は、既にタイラントたちの計り知れない場所へと到達している。
彼の言う『儀式』がそれを更に昇華させたのだろう。
まさか司令官を務める立場にある者が、こうも堂々と仕事を放棄するとは。
『しかし……』
「では、お前は追いかけられるのか?」
ついてきた兵の言いたいこともわかる。
だが、最新型で尚且つ最大速度の紅孔雀に追いつける機体など存在しないのだ。
同型機に乗るのであれば、尚更である。
同じ速度で走ったら、先にスタートしたアトラスには追いつけない。
「放っておけ。奴にとってはこの戦い、私たちには理解できないほどに神聖なんだろう。山の破壊は我々で行うぞ」
『……了解しました』
やや間をおいてから、タイラントについてきた兵が納得した。
無論、完全に納得したわけではないだろう。
だが納得しなければならない。
これも新人類王国が敷いてきた絶対強者主義の弊害なのだ。
ただ、アトラス・ゼミルガーがどれだけ『あのお方』を崇拝していようと、当の本人と主義は合わない。
その確信だけが、タイラントの中にあった。
神鷹カイトは星喰いの頭上で上着を脱ぎ、素早く袖を切り裂く。
「なにしてんの」
右腕が話しかけてくる。
行動の邪魔にならないよう、動作はこちらに任せてくれている辺り、空気は読んでいるようだ。
「目隠し」
「やだ、そういうプレイ? 燃えてくるね」
「黙れ」
喋ったことを心底後悔した。
ハチマキを締めるようにして目を覆うと、カイトは再び女を睨む。
「見えるの?」
「見えない」
だが、見えなくとも肌が感じる事ができる。
鼻でにおいを追う事はできる。
耳で音を察知する事ができる。
「だが、問題ない」
シャオランに続く形でカイトが疾走する。
先に突撃したシャオランは、左手で生成した剣で女に切りかかっていた。だが、その斬撃が肉を切り裂くことはない。
女の身体が泡のように膨れ上がり、シャオランの一撃を防いだのだ。
「あ!」
突けば弾けてしまいそうな銀の泡。
だが、その硬度は剣を弾くほどに堅い。
シャオランはその事実を認めると、飛翔しもう片方の腕を構える。
銃口となった右腕に赤い光が集い、女だった物の脳天目掛けて照準を合わせる。
「ターゲットロック」
シャオランの視界に映る捕捉オブジェクトが、泡を捉えた。
同時に、泡が一気に凝縮されていく。
5秒もしない内に早変わりしたその姿は、先程まで突っ立っていた女の姿ではなかった。
まるで鎧を着こんでいるかのような銀色のボディ。
輝く顔面に、不気味に光る黒い目玉。
客観的に観察すると、先程の女が銀色の何かに包まれ、戦闘態勢に入ったように思えた。
現に彼女の右手には、剣が握られている。
黒曜石のような輝きを放つそれを振り回しつつも、銀の鎧は真上に退避したシャオランへと跳躍する。
「発射」
だがシャオラン。
跳躍して接近してくる銀の鎧目掛けて、赤いシャワーを浴びせる。
右腕の銃口から放たれた光の雨は瞬く間に銀の鎧を飲み込み、星喰いの鼻先を焦がしていく。
大怪獣が痛みを訴えるようにして叫んだ。
『敵影健在。危険!』
「照射終了」
シャオランの視界にメッセージが走る。
強制表示されたポップアップ画面を閉じると、破壊のシャワーから生還した銀の鎧がそのまま襲い掛かってきた。
しかしシャオランは慌てない。
彼女は両手を元の形に戻すと、そのまま黒い剣に向かわせる。
直後、刀身がシャオランの両掌に挟まれた。真剣白羽どりである。
「キャッチなう」
『その後の選択は』
頭の中に仕込んである電子頭脳が問いかけた。
問いに対する選択肢は幾つかあるが、ここで応えるべきは、
「パスします」
言葉が紡がれた瞬間、背後から迫るカイトも跳躍する。
彼は飛翔するシャオランの肩まで跳び上がり、その肩を蹴り上げると鎧の頭上にまで跳び上がった。その後、繰り出されたのは、爪を向けての顔面蹴り。
「がばっ!?」
カイトの爪が顔面に直撃する。
鼻があるであろう部位が潰れ、銀色の液体を吹き出しながら鎧が吹っ飛ばされた。
「ねえ、今のずるい! 凄いコンビプレーっぽい! 私もやりたい!」
「やかましい」
ただ、蹴りあげた張本人は緊張感ゼロである。
右腕に憑依したストーカーがうるさくてシリアスになりきれないのだ。
「やーりーたい! やーりーたい!」
空中で右手がぶんぶんと上下運動する。
自分の意思とは無関係に行われるそれに軽い怒りを覚えたが、今言ってもどうせ聞きはしないのでカイトは諦める事にした。
代わりに、この苛立ちは敵にぶつける事にする。
カイトの耳が激突音を拾い上げた。
何かが落ちた音である。しかも自分の真下だ。その位置に叩き落とした物体は、ひとつしかない。
その事実を認識すると、カイトは器用に身体を曲げて回転。
鎧が起きあがり、見上げる。
改めて黒い剣を握り直すが、時すでに遅し。
彼女がそれを振るう前に、カイトの手刀が脳天に直撃した。
その感触を素早く確かめると、彼はそのまま縦へと一閃。
『うげっ』
遠くから電子音交じりで、うめき声が聞こえた。
近くを飛び回るスバルか、オズワルドのどちらかだろう。
眼前で何が起こったのかもわかる。目隠しをしていても手ごたえを感じたのだ。
「バリアは!?」
振り向き、シャオランへと確認する。
「発生中です。恐らく、まだ仕留めきれていないか。もしくは星喰い自体が発生させているかと思われます」
「なるほど」
前者であれば、このまま攻撃を続けるだけだ。
だが後者であるなら、少々分が悪い。
バリアの中で行動できるのが、生身のカイトとシャオランだけだからだ。
質量があまりに違い過ぎる。
せめて、ブレイカーでも欲しい所だ。
なんとかバリアの穴が出来ればいいのだが。
カイトがそう考えている時である。
「紅孔雀、接近」
「なに」
新たな機影を、シャオランが察知した。
カイトは無意識のうちに右手を抱え、風が吹く方向へと向ける。
目隠しをしている為、エレノアに詳しい解説を求めているのだ。
そして彼女も、無言でその役目を引き受ける。
飽くなき好感度アップの為に。
「あれ、多分フルスピードだね。このままだと突っ込むよ」
「通信回線は開いてるのか? オズワルド、スバル。奴を止めろ!」
『りいぃぃぃぃぃぃっだあぁぁぁぁぁぁっ!』
止めにかかったふたりが、その動きを止めた。
星喰いに突撃しにかかった紅孔雀から轟く方向に、身震いしてしまったのである。
『な、なんだ!?』
『あれは!?』
オズワルドとスバルを振り切り、紅孔雀が星喰いの頭部へと突撃。
それを見た星喰い。
餌が突っ込んできたことにより、口を大きく開いた。
頭部に続くバリアを解除し、開いた穴の中へ紅孔雀を招き入れる。
『は、ははっ!』
壊れたような笑い声が、僅かにスピーカーから響いた。
『馬鹿め! お前なんかに、私はくれてやらない! 私の命は、あのお方の為にあるのだ!』
紅孔雀が星喰いの牙に手を伸ばす。
全速力で突っ込んだ深紅の巨人が、巨大生物の牙と牙の間に挟まった。
直後、コックピットが展開する。
その中から躍り出たのは、赤い仮面をつけた『女』。
彼女は操縦桿のような棒を握り締め、怪物の喉にそれを見せつける。
殆ど口の中なので、カイト達からは中に誰が乗っているのかは確認できない。
だが、その声には聴き覚えがあった。
「アトラスか!?」
『私たちの前から消えろ、怪物。目障りだ』
次の瞬間。
紅孔雀が、星喰いの口の中で爆ぜた。
アトラス・ゼミルガーが握りしめていたのは、自爆装置だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます