第116話 vs星喰い
マリリス・キュロはイメージする。
過去2回の進化を遂げ、己の細胞は願望を形にするのだと悟った彼女は、早速羽に命じた。
眼前の巨大な怪物。あれを溶かせ、と。
獄翼の羽が大きく煽がれる。風が渦巻き、光り輝く鱗粉を巻き込みながら突風が吹く。
鱗粉が怪物の皮膚に触れた。その瞬間、星喰いと命名された大怪獣が悲痛な叫びを上げる。
皮膚が焼け、鱗粉が触れた個所が溶け始めた。
「――――!」
その叫びは大怪獣の定番であるがお、か。
もしくは人間と同じようにぎゃあ、と叫んでいるのかはわからない。痛みを感じているのだという実感を味わうと、罪悪感を覚えてしまう。
マリリスは敢えてその叫びを聞き入れまいと、耳を閉じた。その意識を受け入れるようにして獄翼が両手を耳に当てる。
こうなると、武器を持つ必要がない自分の羽が案外便利に思えた。
『いいぞ、効果がある!』
溶け始めた星喰いの皮膚を確認すると、オズワルドが興奮隠せぬ口調で言う。
「効果はあるけど」
だが、間近で星喰いを睨むスバルは理解していた。
確かに効果はある。鱗粉が触れた個所が焼け、溶け始めているのだ。効果がない筈はない。
ただ、対象があまりにも巨大すぎる。
大きさが10分の1程度しかない獄翼から放たれた鱗粉は、風に煽がれようが全体には命中しない。星喰いは苦しみながらも、前進してきているのだ。
「足止めできない!」
200メートル級の巨体から、腕が伸びる。
巨大な隕石が襲い掛かってくるかのような錯覚を覚えながらも、スバルは操縦桿を引いた。獄翼の背中に取り付けられた飛行ユニットが稼働し、大きく飛翔。
上昇した獄翼に向けて、怪物の拳が軌道修正される。
脚部が僅かに掠った。
『きゃっ!』
右足の表面に、焼け跡が残る。それが怪物の拳を掠めた際におきた、摩擦熱による被害であることは一目瞭然であった。
「マリリス、大丈夫か!?」
『い、痛いです!』
流石に大丈夫、と言えるわけがなかった。
これまで乗せてきたのは常識はずれの超人ばかりである。身体を作り変えられたとはいえ、限りなく一般人のままのマリリスでは負担が大きい。本人曰く、身体は頑丈になったらしいが、それでも同居人たちと比べたら立派な女の子である。
『スバルさん、絆創膏を貼らせてください!』
「それってどこまでが本気!?」
訂正しよう。多少、天然が入った女の子である。
まさかブレイカーに意識を持っていかれながらも、絆創膏を求めてくるとは。
「フィティングに戻って、ペン蔵さんに修復してもらわないと!」
『ブレイカーって不便です!』
「そういう事を言わないの! みんなお給料もらってるんだ!」
この会話を聞いている筈のオズワルドが沈黙しているのが、妙に悲しくなってくる。スバルは会話の方向転換をする為、攻めの話題を切り出した。
「鱗粉ってどこまで出せそう?」
『スバルさん、痛いです……』
「ああ、星喰いは新生物と比べてもおっきいからね。前と同じように羽ばたいただけだと、一部しか溶かせない」
『痛いんです……』
どんどん低くなる声のトーンが痛々しい。
察するに、これまでに感じたことがない痛みのようだ。マリリス自体が頑丈でも、実際の身体を司る獄翼が負傷することで大きなダメージが発生してしまう。覚悟のうえでのSYSTEM Xだが、彼女の覚悟を超えた痛みだった。
『スバルしゃあん』
「カイトさんを助けたら即修復するから頑張って!」
今にも泣きそうな声で言われたら、流石に無視するわけにもいかない。スバルは同居人ほど鬼にはなれなかったし、非情にもなれないのである。
「オズワルドさん、第二突入部隊は!?」
『もうそろそろ来る筈だ。彼らに攻撃が飛ばないようにする為にも、我々で足止めをするんだ!』
足止めをするんだって言われても。
スバルは困り果てた表情で星喰いに視線を向けた。鱗粉によって溶けた個所は、すでにただの火傷の痕となっている。ずしんずしん、と地響きを立てながら前進する巨大生物の姿を見ると、止められる気がしなかった。
周囲に飛び回っている紅孔雀のエネルギーランチャーも、蚊の刺す如くである。ダメージとしては全く期待できずにいた。
『それでも、注意を引くことは出来る!』
オズワルドの紅孔雀がエネルギーランチャーを構える。
巨大な銃口から放たれた赤い光が、星喰いの左目に直撃した。水飛沫のようにして光が弾け、星喰いの目玉に焼け跡を作る。
『我々だけでは消滅しきれないのは重々承知だ。だが、外に開放すればまだ勝機はある』
今、銀の山の周辺には10もの飛行戦艦が取り巻いている。
それらが一斉に砲撃を開始し、星喰いに大打撃を与えるのがプランだった。その為の第二突入部隊であり、その為の第一突入部隊である。
第一突入部隊は調査を行い、耐える必要があるのだ。星喰いの巨体から繰り出される攻撃を延々と回避し続けるだけの、苦しい作業。
『スタミナが切れた瞬間、死ぬぞ!』
「くっそぉ! 分が悪すぎるぜ!」
分かってはいたが、相手はでかすぎて理不尽となると毒づきたくもなる。押してダメなら引いてもダメ。あくまで視線を向けるだけで、後は逃げ切るだけの延々とした鬼ごっこなのだ。第二突入部隊や戦艦が失敗してしまったら、それこそ永遠と続くことになってしまう。
だが、それでもやるしかないのだ。
「マリリス。もう一回いける?」
『お、お任せします!』
強がりな台詞だとは理解していたが、了承を貰えたので文句はない。
スバルは操縦桿を引き、背部に出現した光の羽を再び羽ばたかせる。
だが、それと同時に。星喰いもアクションを起こした。
『なんだ?』
最初に異変に気付いたのはオズワルドである。うっすらと。本当に薄くて、気付きにくいのだが。星喰いの周りに赤い壁が張られている。
円錐の形で星喰いを覆うそれは、獄翼から放たれる鱗粉を寄せ付けていなかった。オズワルドは叫ぶ。
『星喰いがバリアを張ってるぞ! 総員、攻撃中止だ!』
「りょ、了解!」
その言葉に従い、スバルがSYSTEM Xをカットする。
だが、全員が彼のように攻撃を中断できたわけではない。星喰いの周りに飛んでいた、バトルロイドの乗る紅孔雀がそれである。
彼女はタイミングが悪い事に、オズワルドの静止の声がかかった瞬間に引き金を引いてしまっていた。
この場に残っていたバトルロイドが操縦する紅孔雀が、赤い壁に向けてエネルギーランチャーを照射する。壁に着弾した光の柱が砕け散り、霧散していった。
「うそぉっ!?」
その光景を見たスバルが、驚愕する。
彼はエネルギーランチャーがどの程度の威力があるのかを知っていた。狙いどころが良ければ、戦艦だって沈める事が可能だ。ブレイカー単騎で持つには、いささか過ぎた武装ではある。
だが、それが簡単に弾かれた。その事実に、スバル達は身震いした。
そしてついに、最初の戦死者が出る。
星喰いの巨大な左腕が、バトルロイドの紅孔雀を掴んだ。
巨大な親指がコックピットを押し潰したのが見えた。爪先から紅孔雀の中身が零れ落ちる。
「オズワルドさん!」
『焦るな!』
叱咤の言葉は、自分も含めて言ったものであった。5年前、仲間たちが次々に食われていった記憶が、ベテラン兵を攻め立てたのだ。
『さっきまでは普通に攻撃を受けてたんだ! どこかで必ずバリアを発生させている部位がある。そこを突く!』
「突くって、どうやって!?」
『見つけた後に考える!』
その後は、紅孔雀と獄翼がバリア越しで手を伸ばしてくる星喰いから逃げ回るだけの時間であった。
文字だけで表現すると簡単だが、それを長い間続けるとなると疲れは蓄積してくる。時計の針が4分の1も進んでいない状態で、息を切らしたのはスバルだった。
「かっ、はぁ!」
大きく息を吸い、酸素を心臓に送り込む。
一瞬、脳と臓器が活性化するが、すぐに少年は息切れした。送り込んだ酸素が一気に抜けていく錯覚さえ覚える。
放っておけば今にも倒れそうであった。
「スバルさん、私が代わります!」
「え、マリリスって操縦できるの!?」
「できないですけど、あれです! SYSTEM Xを使えば、私も空を飛べます!」
マリリスの提案は魅力的なものだ。魅力的だが、しかし。彼女が背中の羽で空を飛ぶ光景なんて、この半年間で見たことがない。
しかも背後から僅かに感じ取れる、黒いプレッシャー。ちらり、と背後に控える少女の姿を確認する。
瞳孔がぐるぐると渦巻いていた。
「気持ちだけ受け取っておく」
「ええっ、なぜ!?」
「怖いんだよ!」
何が、とは言えない。マリリスは彼女なりになんとか現状を打破しようとして、自分に出来る最善の策を考えてくれたのだ。それを棒に振るのは心が痛むが、無茶をさせて撃墜されても意味がない。
だからと言って、現状がかわるわけでもなかった。このままでは自分たちはもちろん、オズワルドや調査に入っているカルロ達までやられてしまう。
スバルは恨めしげに星喰いを見上げた。
「ん?」
そこで彼は気づく。
星喰いの頭上に、小さな影が立っているのである。スバルはモニターをズームにし、影の姿を確認した。
「あ!」
女だった。白いドレスに身を纏った女。今は瞼を閉じているが、間違いない。映像の中に映っていた女と同一人物であった。
視線を向けられるよりも早く、スバルはズームカメラをシャットダウンする。
『どうした、スバル。何を見つけた』
「オズワルドさん。星喰いの頭の上に、例の女がいる!」
一瞬、沈黙が流れた。確かめたい衝動に掻き立てられたのだろう。だが、ドレスの女と目を合わせたらどうなるか、彼が一番よく知っていた。
『くそっ!』
友人を病院送りにした元凶が目の前にいる。それなのに、引き金を引くどころか顔を見る事も叶わないとは。
悔しさの余り、彼は舌打ちをするしかなかった。
そんな時である。
『ん?』
正面モニターに、熱源反応が出た。
大怪獣の頭上に、誰かいるのだ。しかも『ふたり』。
オズワルドがドレスの女を避けて視線を向ける。
直後、星喰いの頭部が弾け飛んだ。内側から抉られた銀の皮膚は宙に飛び散り、中から男女が姿を現す。
「お?」
『げっ!』
思わず、そんな失礼な声を出してしまった。
神鷹カイトである。星喰いが現われる直前に遊園地に乗り込んだ男と、シャオランと呼ばれた女性が、どういうわけか星喰いの頭の中から姿を現したのだ。
なんであんなところにいるんだ、あいつら。
「おお、比較的いい場所に出たな」
周囲を見渡し、カイトは軽く状況を確認する。
紅孔雀と獄翼の姿を視界に収めた後、カイトは正面で背を向けている女を見やった。
果たして彼女は驚いているのだろうか。
それとも、自分たちがこの場所に出てくるのも計算の内なのか。
どちらにせよ、ひとつだけ理解できる。
「カイトさん! たぶん、そいつがバリアを発生させてるんだ。それを解かないと、俺たちお手上げだよ!」
どうにも、みんな困っているようだ。
それならば、遅れて登場した身としては仕事をせねばならない。
「おい、手伝え。そろそろ第二突入部隊――――お前の上司が来る時間だ。いいところ見せてやれ」
「……了解しました」
シャオランがカイトと女の間に立ち、視線を塞ぐ。
背中から純白の翼が出現し、両腕を再構築して戦闘態勢に入る。
一歩、前に踏みこむ。
ドレスの女が振り返ったと同時、星喰いの頭上で風が舞い上がった。
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