第115話 vs右腕

 鏡で囲まれた空間が激しく揺れる。

 外で何かが起きたのだと理解できるが、こうして閉じ込められては状況の把握すらできなかった。

 先程まで語りかけてきた鏡の板も、今は沈黙している。


「交渉は最初から無理だったか」

「……まあ、最初からそんな気はしましたが」


 カイトの横で壁を調べているシャオランが呟いた。

 言葉自体は、否定しない。5年前、オズワルド達は目が合っただけで襲われたのだ。最初から人間を食うエイリアンという認識でいた方が、まだ状況の悪化は防げたと思う。

 ただ、半年前のトラセット反乱の件を考えると、一概にそうだとは言えなかった。

 当事者であったアーガスのことを思えば、同じ轍を踏むのも情けない。


「やらないよりはマシだ」


 結果としては失敗に終わったが、改めて確認できることもあった。

 それを確かめただけでも、十分な収穫である。


「取りあえず、外に出ないことには始まらん。奴の態度を察するに、遊園地はまた怪獣になってスバル達に襲い掛かっているかもしれん」


 予想通りだとすると、ここは星喰いの体内ということになる。どろどろに溶けた銀色の体液を思い出すと、あんまりいい気分はしない。

 ついでに言えば、カイトは自分が置かれた状況にも嫌悪感を抱いていた。


「で、お前は何時までここにいるつもりなんだ?」


 己の右腕に視線を向け、語りかける。

 傍から見れば『何してんのこの人』『しーっ! あれが俗に言う廚二よ!』などど言われてもおかしくない行動ではあった。

 だが、カイトの言葉に対して右腕は返答する。別に口が生えているわけではない。右腕からラジカセの如く、声が響いてくるのだ。

 声の主――――エレノアは、妙に活き活きとした口調でこう答えた。


「いやぁ。正直、もう一生このままでいいかと思ってるんだけど」

「出ていけ」


 星喰いに最大の脅威と認識されたエレノア。

 彼女の新人類としての異能の力は、アルマガニウムエネルギーを発する物体への憑依である。この遊園地自体乗っ取りかねないその力を察知した星喰いが真っ先に彼女を狙うのも頷けた。現に少し前、『エレノアの身体』は撃ちぬかれて倒れてしまっている。


 ところが、だ。

 エレノア・ガーリッシュの厄介なところは、身体の残機がある限り何度でも復活することにある。星食いは前の身体を倒しただけで満足し、意識を消し去ったようではあるが、まだこの部屋には残機が残っていた。


 アルマガニウムの大樹を素材とした、カイトの右腕である。エレノアは前の身体で動くのが不可能だと察した直後、カイトに取り付けた義手へと憑依したのだ。


「あっちにも取り付けそうな素材があるぞ。身体がある方が便利だろ」


 カイトはシャオランを指差した。彼女もまた、全身にアルマガニウムのエネルギーが満ちた新人類である。身体の各部を再構成する機械女は、それこそ扱いやすいのではないかとカイトは思う。本音を言えば、ふたりとも苦手だから潰しあってくれという狙いもあるのだが。


「はあぁ……カイト君の中、あったかいナリィ」

「とお」


 左の指から伸びた爪を、右腕に突き刺した。

 エレノアの悲鳴が響いた。


「な、何するんだい!? いかに私がそっちの趣向も行けるとはいえ、痛いじゃないか!」


 趣向あるんだ。

 知りたくもない新事実であった。


「やかましい。早く出ていけ。俺の腕はお前の家じゃないんだぞ」

「居心地のいいソファーって、ずっと寝てたいよね」

「知るか。あっち行け」

「……あの」


 右腕と滑稽なやり取りをしているカイトを一瞥し、シャオランは言う。


「私に取り付いたところで、彼女は自由に扱えないと思います」

「なんでだ」

「加工されていませんから」


 結局のところ、それが全てであった。

 憑依しようと思えばシャオランに取り付けない事もないだろう。だが、彼女はエレノアが操作しやすいように加工された人形ではない。

 ソレに対し、カイトの右腕はエレノアのお手製だった。多少の不都合があれど、どちらが居心地良いかは明白である。


「……それに、意思のある物体との共存は難しそうであると判断します」

「そうだよ。それで私はミラーハウスの憑依を諦めたわけだからね」


 もっとも、それが星喰いにとっては脅威だったのだろう。

 自分以外の異物が意識の中にズカズカと入ってくるのは、怪物にとっても嫌悪感を抱いたに違いない。カイトは大怪獣に深く同情しながらも、頭を抱えた。


「……今日だけだぞ」

「いやぁ、カイト君。今日だけとは言わず、ずっとこのままでも構わないよ。こう見えても私は便利な女だからね」

「今日だけな」


 右腕がわきわきと動きだし、器用さをアピールしだす。

 一生腕の人生でいいのか、こいつは。いや、それを抜きにしても一生共同生活するのは断固として御免なのだが。


「ところで」


 寸劇を終わらせるように切り出したシャオランが、訝しげな視線を送ってくる。


「どうやって脱出しましょう」

「決まってるだろ」


 閉ざされた鏡の壁に向かい、カイトが右腕を振り上げた。

 右腕が慌てながら言う。


「ね、ねえ。一応、私が今は右腕なのは知ってるよね?」

「もちろん。痛みを抑えたいなら、変な抵抗しない方がいいぞ」


 笑顔で言うと、カイトは右腕を壁に叩きつけた。エレノアの悲痛な叫びが聞こえたが、カイトはこれを無視。

 鏡が砕け、壁の奥が露わになる。次なる鏡の壁が見えると、カイトは再び右腕を突き出した。拳は握りしめられ、真っ直ぐ突き出される。またしてもエレノアの悲鳴が聞こえたが、やはりこれも無視。

 右腕の肘から先が、文字通り飛び出した。右腕から放たれたロケットパンチは壁を突き破り、更にその奥の鏡の壁を何枚もぶち破る。


「……なるほど。それで構わないのであれば、私も手伝いしましょう」


 シャオランが右腕を構える。直後、彼女の細胞が渦を巻き、巨大な銃口が生成された。右腕に空いた穴から、赤い光が溢れ出す。

 光がカイトの開けた穴の隣に突き刺さった。鏡どころか、壁を何枚もぶち破りつつも、彼女は顔色を変えないまま前に進む。


「穴掘りですね」

「ああ。だが、急いだ方がいい」


 拳で砕いた穴を見る。

 周囲の鏡が溶けだし、新たな鏡の壁を再構築しようとしていた。それ自体はいい。また壁が出来るなら、壊すだけだ。

 問題は、ミラーハウスから出た後、外がどういった状態に変化しているかだった。


「外で既に星喰いが暴れていた場合、面倒なことになる」

「映像の通りだと考えれば、星喰いの正体は遊園地そのものとなります」


 では、その中のアトラクションであるミラーハウスから脱出を図った場合、どうなるか。

 恐らく、外で大暴れしているであろう全長200メートル級の怪物の身体から外にでることになる。破壊した鏡の壁の奥がどこに繋がっているのかはわからないが、外で暴れている以上、スバル達が応戦している筈だった。


「流れ弾には気を付けてろ。紅孔雀はエネルギーランチャーを装備している」


 こうなってくると、強力な武装のみを選んで装備した紅孔雀の存在がネックになってくる。しかも巨大すぎる星喰いに対抗する為には、動き回るしかない。四方八方を飛び回り、攻撃を仕掛けようものなら巻き添えを食らう恐れもある。


「第二突入部隊も来れば本格的に囲まれることになる。その前に、早く行くぞ」

「了解」


 機械的にそういうと、シャオランは再び銃口を構えた。

 







 星喰いは撃墜したブレイカーを食らう為に襲い掛かってくる。

 5年前、実際に遭遇したオズワルドから聞いた話であった。彼は訓練中のスバル達に、当時の事を語っている。


『ブレイカーが、アルマガニムを動力源にしていることは知っているだろう。奴は、その動力源を食らっている。アルマガニウムは、奴の餌なんだ』


 ウィリアム曰く、星喰いはアルマガニウムの原石と共に隕石に乗って地球にやって来たのではないかと予想されている。

 納得できない話ではなかった。


「だからってさぁ!」


 獄翼のコックピットの中で、スバルは毒づく。

 オズワルドから聞いた話を思い出しながらも、星喰いの周りと高速で移動していく黒の巨人。その姿も、星喰いの前ではハエも同然であった。


「これを相手に一発でも貰ったら、死ぬって反則だろ!」

「スバルさん! 前、前見てください!」


 これまでの相手を振り返ってみる。

 シンジュクで遭遇した、ガードマンが全長30メートルほど。

 ダークストーカーが17メートル。

 念動神が推定40メートル。

 トラセットの新生物が、一番大きな形態で100メートル。

 

 星喰いは、そのどれをも大きく上回っている。

 そもそも重力とか大丈夫なのかと言いたいところではあるが、言ったところで向こうは襲い掛かるのを止める訳でもないので、それは後で文句を言いたい時の為にとっておくことにした。


「マリリス、カイトさん達の反応はないの!?」

「せ、生体反応が隠れてて見えません!」


 カイト達の生体反応は、星喰いの巨大すぎる反応に上書きされてしまっている。ゆえに、彼らが生きていたとしても、死んでいたとしても、星喰いを退かさなければ位置の確認ができないのだ。

 しかも現状、カイト達は星喰いの中にいる可能性が大きい。


「こうなったら、刀で刻んで中身を……」

『よせ、下手に近づくな!』


 鞘に収まっている刀を引き抜こうとした瞬間、オズワルドから静止の声がかかる。


『忘れたのか。奴は身体をどろどろの液体に変化させることができる。そんな物を至近距離で振り回せば、捕まって食われるのがオチだ!』

「でも!」

「スバルさん」


 オズワルドに食って掛かる様にして顔を前に押し出すスバルに、マリリスが声をかけた。彼女は決意に満ちた顔で、少年に言う。


「やりましょう。SYSTEM Xです!」

「え!?」


 ここでか、と言いかけたが寸でのところで抑え込む事ができた。

 スバルは改めて星喰いの周りで飛びまわるブレイカーを確認しつつ、マリリスに答えた。

 

「でも、まだ誰も負傷してないよ!」

「いいんです。私の羽が、あの怪獣を一時的に……と、溶かすことができれば!」


 マリリスの羽は新生物を溶かした。ならば、その同種と考えられる星喰いにも効果がある筈である。彼女の主張は、大雑把にいえばこんな感じであった。マリリスが常に進化する人間であるのなら、それも十分可能だろう。

 ただ、スバルとしては不安が残る。

 マリリスが勇気を振り絞って提案したのは嬉しい。だが、声は完全に震えあがっていた。


「マリリス、SYSTEM Xは痛みもフィードバックする! もし攻撃を受けたら、君は――――」

「あなたを信じます!」


 パイロットの少年に有無を言わせる暇も無く、マリリスはタッチパネルを走らせる。


『SYSTEM X起動』


 コックピットに無機質な起動音が響く。その直後、スバルとマリリスの真上から無数のコードに繋がれたヘルメットが落下してきた。


「……信じられた!」


 それだけ言うと、スバルは改めて星喰いへと視線を送る。

 彼が操縦桿を強く握り直したと同時、獄翼の巨大なウィングから青白い羽が出現した。それは縦へと大きく展開し、次第に蝶の形へと変貌していく。


『いけます!』

「よぉし!」


 背中に生えた光の羽を大きく羽ばたかせる。

 光の結晶を含んだ風が、星喰いを襲った。

 

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