第114話 vs目玉
カイト達が遊園地突入作戦を開始した時刻まで遡る。
時刻と言っても、新人類王国とグルスタミトでは時差がある為、全く同じ時間というわけではないのだが、丁度そのあたりの時間を見計らってディアマットは眼前にいる女を呼び出していた。
彼女の名はノア。
新人類王国、最強の集団である『鎧持ち』の管理を務めている女性である。
「なにかご命令でしょうか」
一見畏まっているような挨拶だが、態度は目に余る程にふてぶてしい。
仮にも目上の立場の人間に対して、腕を組んだまま壁に背を預けている姿勢はどうかと思う。だが、ディアマットは彼女を咎める為に自室に呼び出したのではない。
「ノア、単刀直入に言おう。君はあの化物を知っているのではないか?」
あの化物、というのがどの化物なのかは言うまでもない。
今、新人類王国でもっともホットな話題はアメリカに現れた大怪獣である。
「私が例の星喰いを知っていると思う理由をお尋ねしても?」
ノアはくるくると前髪を弄りつつ、王子に問う。
やや面倒くさそうにしている態度が、ディアマットの予感を確信へと変えた。
「あなたは鎧の管理者だ」
「確かに、言うまでもありませんね」
「ならば、以前私が使ったゲイザー・ランブルのことも熟知している筈だな」
半年前、シンジュクに送り込んだ純白の鎧。頭痛の種であったカイトを直接対決で圧倒して見せたあの力は、素直に評価するべきなのだろう。
しかし、最初から最後までゲイザーが優勢だったわけではない。むしろ、最初は完全に圧されていた。仮にもう一度戦わせてみろと言えば、勝敗がどう転ぶかはわからない。
まあ、その辺は一旦おいておこう。
話の観点はゲイザーではあるが、問題は彼の目玉にあった。
「シンジュクで私はアレを操作した。だからこそ、他は知らなくても私が知っていることがある」
もしかすると、リバーラも知らないことかもしれないが。白の鎧、ゲイザーは今回現われた化物と同じ類の瞳術を使うのではないか、とディアマットは予想していた。
「ゲイザーの目は、どこから持ってきた」
鎧持ちは新人類のクローンである。
王国内で代理が利かない強い戦士を複製し、そこに新たな新人類の異能の力をプラスさせて生まれた、正真正銘の理想の戦士。
ゲイザー・ランブルの場合は、神鷹カイトをモデルとして月村イゾウの痛覚遮断能力が備わっている。そこまではディアマットにも調べがついていた。だが、オリジナルを追い詰めた黒い目玉については出所がわからないままである。
新人類の中には、身体に変化を及ぼす人間がいる。
例えば翼が生えるシャオランであったり。感情の昂ぶりがそのままオーラとなり、全身が赤に染まるサイキネルなんかもいる。
だが、目玉が変色する新人類など存在していない。ディアマットが己の持つ権限を全て使って調べた結果であった。
「私の予想が正しければ、鎧の目玉は星喰いが持っているのと同じものだ。違うか?」
「いいや、合ってますよ。たぶん」
思いのほか、あっさりと認めてきた。
しかしその返答は歯切れが悪い。
「たぶん、とは」
「あそこまで成長した例を見たことが無いので、流石に同じだとは判断できないんですよ。赤い瞳孔も、今の鎧持ちの中だと誰も出てこない」
ノアは肩を落とし、やれやれと溜息をついた。
どうやら色々と気苦労のある話のようなのだが、ディアマットにとって大事なのは彼女の実験成果とその過程などではない。
「では、質問を少し変えよう。鎧に使われた目玉は、どういったものなのだ」
シンジュクで扱った時は敵がいたためにあまり気にしていなかったが、こうなってくると気になってしまう。
その心情を察したのか、ノアは含み笑いを浮かべながら王子に話し始めた。
「一世紀程前。隕石が地球に衝突したのはご存知ですね」
「勿論だ」
この辺は、今の社会では一般常識レベルだ。この問題に答えられないようでは、中学入試も失敗する。
「では、その後の過程は少々飛ばしますが……実は隕石を調査している内に、ある物が見つかったのです」
「それも知っている。アルマガニム原石だ」
これも一般常識問題だ。
なぜ、そんな簡単な質問をするのかと少々苛立ちを募らせた直後。ノアはくすり、と笑みを浮かべてから悪戯っぽく囁いた。
「残念ですが、それでは50点ですね」
「なに?」
「原石だけではないのですよ。あそこで見つかったのは」
ノアは当時のことを詳しくは知らない。
全ては先人が始めたことだ。彼女はあくまで研究を引き継いだに過ぎない。だが、当時の情報を知る事はできる。
「当時、あそこで見つかったのは、アルマガニウムの原石だけではなく、小さな卵が12個ほどあったと聞いています」
「卵!?」
デイアマットの目が丸くなった。
当然だ。隕石の中に卵があるなど始めて聞いた。これではSF映画にでてくるモンスターだ。
「2代ほど前の研究責任者は、それを持ち帰ったのだそうです。誰にも気づかれることなく、ね」
「まさか。そんなことが可能だったと言うのか?」
「当然ながら、他の研究者の目はありました。ただ、卵自体はそこまで巨大ではなかったため、無事に持ち帰れたそうです」
あ、そうそう。
ノアは何かを思い出したかのように手を叩くと、ディアマットの返答を待たないまま続けた。
「あの時、割れた卵が発見されてるんですよ。もちろん、公表されてはいませんけどね」
「な、なんだと!?」
割れた卵。
ゲイザーの目玉の提供者が持ち去られた卵の中身なのだとしたら、それがどうなったのかは大体見当がついた。
「では、それが!」
「恐らく、今話題になっている星喰いなのでしょうなぁ。地球との衝突の際に割れたのだと当時は考えられていたそうですが、今の現状を見る限り、それも怪しい」
ここまでの情報を整理して考えるなら、むしろ地球との衝突の際に卵の中身が生まれたと考えた方が自然に思える。海に逃れ、遊園地なんて住処までこさえるようになったのは感慨深いものがある。
ノアは先代の研究所長が大喜びするであろう光景を思い浮かべ、苦笑した。
「なにがおかしい」
「いえ、少々知り合いの気持ち悪い顔を思い出しましてね」
「不謹慎な。状況がわかっているのか、君は」
言われて、ノアは笑みを深めた。
彼女は思う。恐らく、この世界で一番現状を理解しているのは自分である、と。
「王子、宜しいでしょうか」
「なんだ」
「話を少し戻しますが、王子が察したように、鎧持ちは卵の中にいた生物の目玉をそのまま移植しています」
その過程においては、様々な失敗があった。目玉から溢れ出る高出力のエネルギーにより、クローンの身体が崩壊する事なんぞ日常茶飯事で、その度に巨額の資金が消し飛んだものである。
いかに新人類の科学の結晶といえども、鎧を量産することは難しい。
今でこそ回収された12組の目玉が移植完了し、安定した動きを見せてはいるが、この次も確実に成功できるかと言われたら、確約はできないのだ。
だが、
「確実に言える事は、星喰いの目玉は鎧のそれよりも強く成長しています。本来の持ち主が、成長プロセスに従ってきたのですからね」
ならば、もしそれを回収することができれば。
その時は、最高の『鎧』が完成するのではないだろうか。ノアの脳裏に、まだ見ぬ13人目の鎧の幻影が浮かび上がる。
「わくわくしてきませんか。そんな力を持つ人間を」
「……少なくとも、私は国の方が大事だ」
「そうですか。残念です」
理解を得られず、肩を落とす。
だが、ディアマットはノアを完全に否定したわけではなかった。
「もしも、だ。もし、星喰いの目を回収することができたとして。肉体の当てはあるのか?」
「ええ、もちろんですとも」
たぶん、その『当て』が上手く目玉と結合すれば、ノアの夢はかなう。
最強の人間。かつては大学で同じテーマを掲げて研究したエリーゼが、最後まで届かなかった未知の領域。
鎧持ちは確かに強い。強いのだが、それでもまだ戦うことができる人間がいる。
ノアが見てみたい最強の人間とは、何者をもひとりで破壊し尽く、悪魔のような戦士であった。そこに意思も何もなく。ただ、戦いという舞台の上でひたすら破壊を繰り返す。そんな人間が、見てみたい。
「ですので、王子。お願いがあります」
ディアマットの興味がどこまで深まっているのかはわからないが、途中で身体について聞いてきたことから、皆無ではない。
ゆえに、ノアは図々しくも懇願する。
「どうか星喰いの目玉と、新たな鎧の身体を私にいただけないでしょうか」
やや間を置き、ディアマットは小さく呟く。
「……よかろう。それで、身体の当てとは」
「それは――――」
そんなものは、ひとりしかいない。
わざわざ発表するのも馬鹿らしくなってきたが、王子はまだそこまで理解が及んでいないようだ。
だが、冷静に考えればそんな王子でもわかる。
あまりに簡単すぎるクイズを前にして、ノアは失笑しながら答えた。
「元XXX所属、神鷹カイト。彼の強靭な体と、再生能力があれば、きっと」
かつて、学友であったエリーゼが育てた『最強の人間』。
だが、彼はまだ完全ではない。ならば、最強の人間には自分が仕上げてやろう。
「きっと、いい鎧になることでしょう」
心底そう思いながらも、ノアは進言した。
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