第113話 vsミラーハウス

 ミラーハウス。

 鏡張りの通路を移動し、探索する、あるいは出口を探し彷徨うアトラクションとして知られる建物である。一見幻想的に見えるが、何気に行方不明者が出ていることでも知られており、遊園地の中でも気を付けておきたい場所のひとつだ。


 カイトとエレノア、シャオランの3人は白いドレスの女を追いかけてミラーハウスに突入すると、早速鏡で覆われた通路に直面する。

 一面銀世界。視界のトリックによって、先の通路もわかり難いため、目標を追いかけにくい場所だった。


「おや」

「どうした」


 最初の通路を曲がって行った女を追いかけようとするカイトだが、エレノアの声に反応して立ち止まる。

 返答が届く前に異変に気付いた。アトラクションに入る為の入口が消え、鏡の壁で塞がれていたのだ。


「閉じ込められたっぽいね」

「ふん」


 なぜか嬉しそうに笑みを浮かべたエレノアを一瞥した後、カイトは壁へと振り向く。鏡に向けて拳を思いっきり叩きこんでみた。ガラスが粉砕され、水飛沫のようにカイトの足下へと滴り落ちる。


「ぬ」


 だが、穴の開いた壁はカイトが通り過ぎるのを防ぐようにして、瞬時に新しい壁を目の前に出現させる。まるで他の壁が細胞を分裂させて、傷を治していくかのような光景であった。


「……どうやら、ただのミラーハウスじゃないようだな」

「ミラーハウスだけではありません」


 最初に映像で見た通り、遊園地のアトラクション全体が不可思議な現象に包まれている。カイト達はそれをまとめて大怪獣、星喰いと命名しているが、本当に怪獣が遊園地に化けているのかも定かではない。


「……とにかく、今は彼女を追うことを考えた方がいいでしょう。我々の足なら、まだ追いつく筈です」

「お前、急に仕事モードになるな」


 シャオランに訝しげな視線を送り、カイトがぼやく。

 つい先ほどまで髪の毛をよこせ、鼻糞をよこせと言ってきた人物とは思えない真面目顔だった。だが、今は彼女が正論なので忠告を素直に受け取っておくことにする。


「エレノア、いくぞ」

「行く必要はないんじゃないかな」


 もうひとりの同行者に行動を促した直後、エレノアは壁を触りながら言う。


「なんか、くるみたい」

「なんかって?」


 聞き返した直後。それはカイト達へと覆い被さってきた。

 鏡だ。彼らを取り囲んでいた鏡の通路が、回転しながら迷路を組み替えていく。


「道を塞ぐつもりか」

「いや」


 すぐさま思いつく妨害方法は、あっさりと否定された。

 エレノアは小さく呟くと、移動していく鏡の通路を見ながら続ける。


「たぶん、私たちは……招待されたんだ」


 その言葉を裏付けるように、通路の変化が止まった。

 形成された空間は、鏡の迷路などではなく、鏡で覆われた巨大な空間。道に迷わせるつもりなのかと身構えていたカイトも、目の前に現れた鏡の部屋には唖然としていた。

 だが、同時に疑問も湧く。カイトはエレノアへと振り返り、問う。


「なぜわかった」

「壁を触って理解したんだ。ここのミラーハウスはアルマガニウムのエネルギーで覆われている。中身の許可さえ下りれば、私が憑依することも可能だね」


 ゆえに、彼女は理解した。

 このミラーハウスそのものが、意思を持っていることに、だ。試しに憑依しようとしたら、既に中にいる何者かの意思に拒絶されて弾かれたのである。


「カイト君、よかったじゃないか。君の願いどおり、彼……彼女かも知れないけど、話し合う機会を設けてくれたようだよ」

「言葉は理解できるわけか」


 この時点で、相手の知能は自分たちの同等以上だと考えていいだろう。

 問題はコミュニケーション方法だが、果たして会話できる相手なのだろうか。

 なんにせよ、善は急げ。

 カイトは悩む前に早速行動に出た。


「おい。俺の質問に答えられるか?」


 カイトが鏡の部屋に向かって問いかける。

 しばしの静寂が訪れた後、ある鏡に文字が浮かび上がった。自分たちが日常生活で使っている文字そのものである。


『それ自体は容易である』


 書かれた文字は、まさに質問への返却に他ならない。

 その事実を目の当たりにすると、3人はお互いに顔を見合わせた。直後、エレノアが表情を緩ませる。


「なんかこういうのいいよね。阿吽の呼吸って感じがして」

「俺はエイジやシデンといつもこんな感じでやってる」


 突き放したつもりだが、エレノア的には大満足らしい。

 恍惚とした笑みを浮かべ、体をくねらせ始めた。気持ち悪いので、カイトは改めて鏡へと向き直る。


「俺達はお前のことを知りに来た。幾つか質問をしてもいいか?」

『断る』


 でかでかと書かれたその返答を視界に入れた瞬間、カイトは理解する。

 こいつは最初から話し合う気が無いタイプの化物なのだ、と。


『我々は貴方との会話を求めない』

「では、なぜ俺達をここへ案内した」


 結局は質問になるのだが、それでも言っておいた方が後々後悔せずに済む。何事も伝達が肝心なのである。


『我々は貴方達を脅威に思う。だからここにいる』


 返された返答は、思いの外シンプルなものであった。

 しかし、先程から気になるのは『我々』という表現である。当初、映像記録から星喰いの正体は女に取り付いた地球外生命体なのではないかと推測されていたのだが、それ以外にもいるというのだろうか。


「我々とはどういう意味だ。お前は複数いるのか?」

『貴方の問いには答えない』

「なら、私の質問はどうだい?」


 まるで言葉遊びに興じるかのようにして、エレノアが己を指差し提案してきた。


『我々は貴女に恐怖した。貴女は隔離する』

「へ?」


 想定外の返事に間抜けな声を出した直後。

 正面の鏡が不気味に輝き始め、エレノアの姿を映しだす。光は一本の柱となってエレノアに向かって行き、彼女の胸を簡単に撃ちぬいていった。







 カイト達が突入してから20分が経過。何事も無ければ、10分後には第二突入部隊がやってきて山脈を破壊する手筈になっている。

 もっとも、カルロ達が山脈を破壊する手立てを見つけることが大前提なのだが。


「……連絡、ないですね」


 スバルの背後で、ただ残っているマリリスが寂しげに呟いた。

 先に突入したカイトからの連絡はない。カルロ達からの連絡も無かった。双方ともに、仕事が上手くいっていないならまだいい。

 もしも彼らの前に星喰いが現われ、襲われているのだとしたら。嫌な想像がマリリスの頭の中を駆け巡っている。


 そんな折だ。

 スバルのもとに通信が入った。名前の表示欄には『カルロ』とある。名前を確認すると、スバルは通信スイッチをオンにした。


『こちらカルロ。山脈破壊に関してだが、ひとつ発見がある』

『発見?』


 オズワルドが興味深げに問う。

 5年前、彼は逃げ回るだけで山の内部を碌に観察できずにいた。当時の彼の仕事でもあった為か、やや楽しそうである。


『なんだ、それは』

『我々の真上にある雲だが。あれを映しているのは、ガラスだ』


 一瞬、スバルは首を傾げた。

 カルロの言う空を見てみる。夜の暗闇の中に、ただただ白い雲が浮かんでいた。


「あれがガラス?」


 だとすれば、この空間には天井があるということになる。

 いや、山の中なのだから天井があって然るべきなのだが、あの上空に浮かぶ雲はなんだというのだ。


『近くで見ればわかるが、透明なガラスの中に雲が描かれているだけだ』


 その言葉がどういう意味を持っているのか、わからないスバルではない。

 要するに、今まで上空に浮かんでいたと思われる雲は、ただのアートなのだ。それも、近くで見なければわからないほどにリアルな。


『破壊できそうか?』

『ミハエルが剣で損傷させることに成功している。第二突入部隊に破壊特化の新人類がいると聞いた。ソイツの力を使えば、たぶん天井に穴をあけることができると思う』


 タイラントの顔を思い出し、スバルは控えめに頷いた。

 確かに彼女や他のXXXの力ならば、ひびの入ったガラスを破壊するくらいわけないだろう。これで作戦のひとつに、終了の目途が付いた。


「す、スバルさん! 前方に巨大な生体反応です!」


 後方のマリリスが叫ぶ。

 コックピットに喧しい警報音が鳴り響く中、スバルは見た。

 遊園地がどろどろと溶け始めている。観覧車が、ジェットコースターが、メリーゴーランドが、銀の水滴になってひとつの塊へと変貌した。


『星喰いだ!』


 オズワルドが叫ぶと同時、彼の周囲に浮かんでいた紅孔雀が一斉にエネルギーランチャーを構える。

 銃口は遊園地の方角へと向けられており、引き金を引けばいつでも発射できる状態であった。だが、獄翼だけはその準備ができていないままである。


『獄翼、どうした! 構えろ!』

『でも、あっちにはまだカイトさんが!』

『言っている場合か! 目の前に奴がいるんだぞ!』


 怒鳴り声が響いた直後、オズワルドはカルロへ命令を出す。

 カイトがいない今、指示を出す権利を持つのは階級が最も高い彼だった。


『カルロ、ミハエルは外に連絡して第二突入部隊の要請を出せ。星食いはそれまでの間、我々で食い止める!』

『食い止められるのですか!?』


 ミハエルが正直な疑問を投げた。

 映像の通りだとすれば、星喰いの全長は200メートルを超えている。対して、紅孔雀と獄翼は20メートル以下だ。一度でも直撃を受ければ、装甲の脆いミラージュタイプでは致命傷にしかならない。

 

 ただし、それは普通のミラージュタイプのブレイカーならば、の話だ。


『その為に、今回は敵にそういう物を用意してもらったんだ!』


 紅孔雀は今回の作戦の為に用意されたブレイカーだ。

 その機動力、所持している武器の破壊力は並みのブレイカーの比ではない。5年前にオズワルドが搭乗していた蜂鳥などは論外だ。

 あの時に比べると、今回はようやく『戦える』状態になったと、オズワルドは思う。彼はあの頃の記憶を思い出しながら、眼前に佇む異形の怪物を見る。

 

 老兵の眼前に、5年前の悪夢が再び立ち塞がった。

 蝙蝠を連想させる歪な翼。振り回しただけでブレイカーを木端微塵にしてしまう尻尾。そして巨大な牙。全てがあの当時と同じだ。

 だが、オズワルドの方は違う。

 

『全機に通達する! 一撃でも受けたら、機体と自分は死ぬと思え!』


 かなり無茶な警告であるという自覚はある。

 だが、実際問題。軽く手で握られただけでもブレイカーは潰されてしまい、コックピットは爆発する。あれはそういう理不尽な生命体なのだ。

 攻略法は単純明快。当たらないこと。

 それを実現するだけの鋼の巨人も、手元にある。


『攻撃よりも回避だ! いいか、それだけを念頭においておけ!』


 星喰いが一歩前に出る。

 それを合図として、紅孔雀たちと獄翼は一斉に散った。

 

 

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