第112話 vs報酬

『なにぃ!? あのバカ早速乗り込んだのか!?』


 外にいるフィティングに通信を入れ、状況を説明した後の第一声がこれである。モニターの向こうで目を丸くしたエイジが、続けざまに叫んだ。


『で、お前等はどうしてるんだよ!』

「一応、俺とオズワルドさんとバトルロイドが待機してる。他は外壁調査」


 聞けば、シャオラン以外の新人類軍は紅孔雀にバトルロイドを乗せているらしい。

 彼女たちは命令には敏感だが、その命令を出せる人物は新人類軍側の軍人に限定される上、量産型ゆえにカイト達についてくることもできなかった半端ものだった。


「ねえ、あの人の作戦って毎回こうなの?」


 先程の、割と一方的だったカイトの指示に呆れを覚えつつもスバルは問う。


「XXXのリーダーやってたって聞いてるけど、俺の知ってるリーダーと少し違うんだけど」

『そりゃあそうだ』


 定義は組織によるが、リーダーという立ち位置にいる人間は基本的に部下を使って行動させる。

 時には部下の情報を収集してその後の行動を促したり、叱ったりと様々だ。人の上の立場になると、こういった仕事が常に付きまとう。

 ところが、である。

 神鷹カイトのそれは殆ど指揮とはいえず、どちらかといえば自分自身が道を切り開いて、部下を後からついて行かせる方針であった。その指示の出し方は、スバルのイメージにある上司の姿とは、少し違う。


『アイツの基本方針は、できる奴がやれ、だからな。部下がやるよりも自分がやった方が確立が高いなら、そうする奴だ』

「でも、それだと部下の立場が無くない?」

『いや、そうでもないよ』


 少年の素朴な疑問に答えるのは、扇子で自分を煽いでいるシデンだ。

 格納庫で着ていたパイロットスーツは何時の間にか脱ぎ去り、普段のメイド服を着用している。むさくるしい男と猛禽類が映る中、彼の存在は癒しであった。


『指導者の理論で、自分が手本を見せるタイプの指導もちゃんと確立されてるらしいよ。彼は典型的なそのタイプ。第二期の子も、基本的にはカイちゃんの戦法に近いことをやってくるしね』


 言われてスバルは思いだす。

 カノンとアウラのダークストーカーは速攻型だ。スバルの影響も受けたとはいえ、その前に彼女たちの指導を行っていたカイトの影響も考えれば、あんな接近戦主体の機体ができあがるのも頷ける。


『何も命令を出すだけがリーダーの仕事じゃないのさ。君だって、自分より弱い人がリーダーやってたら少し複雑でしょ?』

「そりゃあ……まあ、そうだけど」

『ならいいじゃない』


 ただ、懸念があるとすればひとつ。


『でも、連れて行ったのがあのふたりなのが問題だね』


 エレノア・ガーリッシュとシャオラン・ソル・エリシャル。双方ともにカイトに向けて異常な執着を向けている女だ。

 特にシャオランの方は、アキハバラでカイトの腕を食った前例があった。放っておけば、今度は頭から丸かじりされかねないのではないかと不安になってしまう。


「エレノア……さんについては、知ってるんだっけ?」

『年上だからって、無理にさん付けしなくていいぞ』


 言いつつも、エイジはどこか遠い目で天井を見上げた。


『直接会ったことはない。まあ、カイトの野郎も本人と直接会ったことはないだろうが、人形越しでなら何度か会ったことがある』

『彼女も懲りないよね。16年ストーカー続けてるんだから』


 16年。

 その言葉を聞いた瞬間、スバルの肩に重い何かが圧し掛かった気がした。ふと後ろを見れば、マリリスもどうコメントしたらいいのかわからない、と言わんばかりに顔をしかめている。

 16年前と言えば、スバルとマリリスは丁度生まれた頃で、カイトに至ってはまだ6歳だ。ストーカーだとは聞いていたが、まさかそんな小さい頃からの追っかけだとは知らなかった。


「ついでに、カイトさんはデレたことあるの?」

『言う必要ある?』


 素朴な疑問は、たった一言で解決した。

 エレノアのストーカー歴だけ生きてきた少年は、溜息をつく。馬鹿な質問だったと、己の行動を省みた。


『まあ、何にせよ。確かに今突入した面子だとその3人が適任だろ』


 組み合わせにはかなり不安が残る。

 しかしながら、何が起こるかわからない場所に向かう力があるのも、その3人だけなのだ。

 

『大丈夫。シャオランは見た感じ、多少ネジは外れてても任務には忠実っぽそうだ。エレノアも状況くらい弁えてくれるだろうよ』

「……本当にそうかなぁ」







 嫌な予感という物は、古来からなぜか的中しやすいものである。

 遊園地に辿り着いたカイトは、早速中に入ろうとしたところ、背後から腕を掴まれた。シャオランによる束縛だった。


「なんだよ」

「……なんで腕があるんでしょう」


 相変わらずのYシャツジーパンという、ファッションセンスの欠片も無い服装に、ダルそうな瞳。前に出会ったとき、その双眸は眠気を放っていた筈だが、目の前にあるそれはやけに活き活きとしているように見える。


「私が取り付けてあげたんだよ」


 そんなシャオランの横から、得意げな顔でエレノアが近づいてきた。

 彼女は反対側の腕を掴み、自身の胸の中へと抱き寄せ始める。が、カイトが両方の腕を無理やり解いた。


「さっさと行くぞ」

「……お待ちください」


 二度目の突入が再度拒まれ、カイトは苛立ちの表情を露わにして振り返る。


「こんどはなんだ」

「先程のお仕事のご褒美を所望します」


 ここでそれを要求するのかよ、とカイトは唸った。

 確かに少し前、この遊園地を探ってもらった。その結果、自分たちが突入することになったのだ。依頼したことは忘れはしない。

 だが、よりにもよってエレノアの前でそれをするか。

 額に汗を貯めつつも、カイトはエレノアに視線を送る。歯ぎしりをしていた。かなり悔しそうである。なんで鼻糞と髪の毛でそんなに悔しがるのかは理解できないが、彼女にも譲れない物があるのだろう。きっと。


「……ちっ」


 舌打ちして悪態をつくと、カイトは髪の毛を一本抜いた。

 それをシャオランに向けて乱暴に投げつける。犬のように飛びつき、口でキャッチして見せた。

 いつから自分の頭髪はビーフジャーキーになったのだろう、と疑問に思えてくる。


「んぐ……んぐ……」


 そして気のせいでなければ、シャオランが口の中で何かを味わっている。まるで飴を含み、舌で転がしているような光景であった。だが、彼女が先程口にした物は――――いや、これ以上はよそう。


「カイト君! 私にもなにかおくれ。友達記念!」

「お前はあれでいいのか」

「だって羨ましいじゃないか! 目の前で好物を貪られていたら!」


 友達記念の単語も含み、突っ込みどころ満載のエレノア。

 彼女はシャオランを指差し、地団太を踏んでゴネはじめた。こんな大きな子どもとペットがいたら嫌だな、と思いながらカイトは肩をすくめる。

 蔑むような視線をエレノアに送ってから、カイトは再度遊園地の入口へと近づいた。


「ああ、今のいいよ! 凄くよかった! 写真に収めたいからもう一度やって。プリーズ!」


 後ろがなにかと喧しいが、気にする素振りも見せないまま遊園地の中へと侵入する。

 当然ながら警備員の姿ない。

 入場券の確認を取る係員もいない。

 風船を持ってくるマスコットさえもいない。


 華やかに光り輝く無人の遊園地は、不気味なほど静寂に包まれていた。

 

 遊園地の中に侵入したカイトは、早速あるものを探す為に移動を開始する。


「ねえねえ、カイト君。私、遊園地って始めてなんだよね」

「ほう、意外だな。ババアでも未経験なことがあるのか」


 何時の間にか背後にぴったりとくっついてきたエレノアが、元気よく首を縦に振った。


「だから、あれ乗らない?」


 エレノアが指差した方向を見てみる。

 メリーゴーランドだった。白馬と籠がぐるぐると回転しているそれを一瞥してから、カイトは表情を変えずに言う。


「やだ」

「じゃあ、あれは!」


 ジェットコースターが高速でレールの上を走っていた。


「やだ」

「……あの。私はアレに乗ってみたいです」


 背中から白い翼を羽ばたかせ、シャオランが着地した。

 遊ぶ流れに便乗してくるとは夢にも思っていなかったカイトは、呆れて眉を八の字にねじらせる。


「遊びに来たんじゃないんだぞ」

「しかし、私はまだ鼻糞を頂いておりません」


 一応、今は上官の立場なので、あくまで敬語のままシャオランは報酬を求めてくる。だが、肝心の報酬の程度があまりに低すぎる。問題はそれだけではないのだが、本当にそれでいいのかと聞きたかった。

 だが、これ以上彼女たちのお気楽な戯言に付き合ってい暇はない。

 カイトは今回の人選を恥じながらも、歩を進めた。


「なんか探してるの?」

「ああ」

「糸が千切れた方向はあっち側だけど」


 カイトが向かう方向とは反対側を指差し、エレノアは言う。

 だがカイトは『それでいい』と呟くだけだった。


「今探してるのは監視カメラだ」


 監視カメラ。その用途については語るまでもないだろう。今では設置されていない場所を見つける方が難しい。

 遊園地にも当然設置されている筈の代物だった。


「女がこの遊園地とどんな繋がりがあるのかはわからない」


 だが、映像の中の彼女の様子を見る限り、施設そのものの用途を把握していると考えられる。ならば当然、外からの侵入者を見つける役目を果たす機器がどれなのかは知っているだろう。


「カメラから呼びかけてみる」


 カイトが足を止める。

 見上げた先には、探していた物体が電柱らしきものに括り付けられていた。赤いランプが点灯している。どうやら、まだ動いているらしい。


「おい、黙って俺についてこい」


 後ろについてくる気味の悪い女たちに言うと、カイトはカメラの視界から離れた。

 すると、監視カメラはカイト達の方へと向きを曲げる。


「確定だな。あの監視カメラ、誰かが見てる可能性が高い」

「……追尾性かもしれませんが」

「本来、人が多く出入りする遊園地でそんな代物を使うか?」


 それ以上、シャオランは何も言ってこなかった。

 なにか納得したように手を叩くと、無言でカメラを見上げる。


「おい、見てるなら出てこい」


 試しに呼び出してみる。

 直後、カイト達の背後にあったメリーゴーランドが急停止した。


「ぬ?」


 背後の違和感を感じとり、カイトは後方を振り向く。

 するとどうだろう。先程見た時には誰もいなかった筈の白馬の上に、白いドレスを身に纏った女が跨っていた。


 その姿を確認すると、カイトは僅かに女から視線を逸らす。

 彼女の目を見ないように視界を調整すると、再び呼びかけた。


「お前、怪獣か?」


 突拍子もない質問だと、自分で思う。

 だが適切な言葉が思いつかなかったのも事実だ。そもそも言葉がわかるのだろうか、という疑問が後から出てきたが、今はこれで押し通すしかない。


「…………」


 だが、問いかけに対して女は沈黙したままであった。

 彼女は赤い瞳孔をカイト達に向けると、にやりと笑みを浮かべる。エレノアとシャオランに変わった様子はない。


「あ!」


 女は返答しないまま、カイト達に背を向けた。

 だが逃げるわけではなさそうである。彼女は動きづらそうなドレスを引きずりながら、ゆっくりと歩いていた。


「どういうこと?」

「……恐らく、付いて来いと言っているのではないかと思われます」


 シャオランの視界の中で、地図アプリが展開される。

 遊園地の簡単な図解が視界の中に映し出され、今の現在地を確認した。それから間もなくして、女の移動予想位置を割り出し始める。

 出力結果が出た。シャオランは、ゆっくりとそのアトラクションの名前を呟く。


「……ミラーハウスです」

 

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