『敗戦勇者と勇気なき街娘編』

一夜明けて ~ある弱き勇者の懺悔~

 首都、トラセインより離れた場所には住宅都市のトラメットがある。

 大樹が割れ、謎の生命体が出現してから一夜明けたこの日。トラメットは避難民であふれかえっていた。

 その避難民の中には、謎の生物と戦った少年も紛れ込んでいる。

 混雑している病院のベットに3人の新人類を寝かせ、彼は医者の言葉を待った。


「……どう、でしょうか」

「ふむ……」


 朝からフル稼働で勤務し、疲労の色が見える初老の男性が静かに頷いた。

 一番奥に眠るエイジの診察を終えた後、彼はスバルとマリリスに向き直る。


「正直に申し上げますと、設備が足りな過ぎます。彼らのどこに異常があり、いつ目覚めるのかは断言できません」

「生きてはいるんですね!?」

「心臓が動いています。それは間違いないでしょう」


 ただ、


「今の彼らの状況を一言で表すなら、植物人間です」


 その状態になった人間のことは、スバルも知っている。

 よく交通事故などに巻き込まれて意識を失い、永遠に眠り続ける人間のことだった。少なくともスバルの認識では、奇跡でも起きない限り彼らが目覚める事はない。


「ご存知かと思いますが、点滴をしない限り彼らは生きていられないでしょう。例え彼らが新人類でも、です」


 重い現実がスバルの両肩にのしかかる。

 再生能力を保持しているカイトですら、点滴を受けないと栄養失調で死に至る現状にまで追い込まれてしまった。彼らは動物としての大事な要素を取り除かれたのだ。


「受けられるんですか?」

「……大変申し上げにくいのですが」

 

 医者が僅かに視線を逸らした。


「今、この国はどこも怪我人で溢れかえっています。彼らに回せる分はとても……」

「そうですか……」


 予想できなかったわけではない。

 実際、ここに辿り着くまでに目の当たりにした人間の殆どは包帯を巻いているか、傷を負っていた。ゴルドーによる演説が行われた為、国の大半の人間がトラセインに集まっていたのだ。

 ベットが使えるだけでもありがたい話だった。


「行こう」

「でも……」

「いいから。先生、すみませんがベットだけ貸してください」

「わかりました。そちらの方は宜しいのですかな?」


 医者がマリリスに視線を向け、いう。

 今の彼女は外見の変化を誤魔化す為、布で身体全身を覆っている上に車椅子に座らされていた。そこまでしないと彼女の変化を誤魔化す事ができないのだ。


「大丈夫です。それでは、また」


 車椅子を引き、ふたりが退出する。

 そのタイミングで話しかけてきたのはマリリスだった。


「あの。どうするんですか、これから」

「取りあえず、なにか持ってきて無理やり食べさせよう。獄翼の中にカロリーメイトがあるから、それを砕いて押し込むだけでも大分違う筈だ」


 まさか自分があの3人を介護する日が来るとは思わなかった。

 実際にやっている光景を思い浮かべると、違和感しか感じない。

 だがそれ以上に感じるのは、己の不甲斐なさ。

 あの生物を解き放つように願ったのは自分だ。その結果がこれである。戦いを挑んだスバルは負け、代わりにカイトたちが意識を刈り取られた。

 それどころか、街までボロボロにしてしまった。病院を埋め尽くす怪我人の存在が、自分を責めるように口を開けているような錯覚さえ覚える。

 自然と車椅子を押す力が強まっていった。


「あ、あの!」

「ん?」


 僅かな勢いの違いを感じ取ったのだろう。

 布で覆いかぶさった視界から彼の表情は見えないが、マリリスには彼の苦悩を敏感に感じ取ることができた。


「あなたは、悪くないですから」

「……ありがとう」


 無理やりはにかんで見せる。

 だが折角の言葉も、慰めになる事はなかった。恐らくは自分以上に苦しんだであろう彼女に気を使わせてしまったという事実が、余計な重しになって彼に圧し掛かる。

 重い足取りで病院から出ると、入口の前で少女が彼らを待ち構えていた。


「お久しぶりです」

「え?」


 完全に不意を打たれて、思わず間抜けな声を出してしまう。

 だが冷静になって見返してみると、彼女とは面識があった。サイズの合っていない長すぎるローブと、絵本の中に出てきそうな三角帽子を被った少女の名はメラニー。

 アーガスと同じく、日本以来の再会だった。


「め、メラニーさん!?」

「唾飛ぶとばっちぃんで、口閉じてくれませんか?」


 酷い言われようである。

 ちょっと心にダメージを受けつつも、スバルは彼女に問う。


「何してるの。こんなところで」

「勿論、調査です。何をとまでは、言わずともわかりますね?」


 無言で溜息をつくと、彼女はそれを肯定と受け取ったのか一方的に会話を続ける。


「正直なところ、アレの存在は王国としても緊急事態です。殲滅優先度は堂々のトップワンです。首位です。野球でいえばV9時代の巨人軍です」

「野球好きなの?」

「物の例えです。後、息が臭いから許可がない限り貴方から話しかけないでください」


 酷い言われ草だった。

 そんなに匂うかな、と思い手を口元に当てて呼吸をしてみる。別段、窒息してしまいそうなほどではないと思いたかった。


「兎に角、アレをなんとかしてぶっ殺しちゃわないと王国どころか新人類が絶滅しかねません。それはアンタとしても不本意なはずです」


 反逆者と言われても別にスバルは新人類を目の仇にしているわけではない。実際、カイトを始めとした面々は良い友人である。まだ意識を刈り取られていないシルヴェリア姉妹や新人類のゲーム仲間まであの巨人の手にかかる事だけは、なんとしても避けたかった。

 

「なので、共同戦線を張りましょう」

「え?」

「ついてきてください。詳しい話はそこでしますから」


 言いたいことだけ言うと、メラニーは回れ右。

 ローブを翻しながら住宅街の街を進んでいく。こちらの意思などお構いなしだった。


「どうしましょう」

「……正直に言うと、俺あの人結構苦手だから付いていきたくないんだよな」


 今にして思えば、彼女の要求に応えて素直にカードを渡してしまった物だから画面の中の愛機を破壊される羽目になったに等しい。

 元々の毒舌も相まってあまり気は進まなかった。

 進まないのだが、しかし。スバルだけであの巨人を倒せるかといえば、また別の話だ。


「言ってられる場合じゃないよな」


 呟くと、彼はメラニーの後に続いて車椅子を押し始めた。


 




 車椅子を押して30分程歩いていると、前を歩くメラニーの歩が止まった。

 彼女はあるマンションの前で立ち止まると、呼び出し機に手をかける。

 ボタンを何回か叩いたのち、小さな呼び出し音がスピーカーから漏れ始めた。ややあってから呼び出し機は若い男性の声を響かせる。


『私だ』


 電子音に紛れているが、その声ははっきりと覚えている。

 国の英雄、アーガス・ダートシルヴィーその人だ。大樹の中でカイトに叩きのめされた筈だったが、無事だったようである。

 どうやって巨人の怪音波からやり過ごしたのかという疑問はあったが、この場で聞いても仕方がない事なので敢えて口を閉じていることにした。本人の尊厳の為にも補足しておくが、決してメラニーに何か言われるのを恐れてではない。


「連れてきました。開けてください」

『いいだろう。玄関に入る時は美しい合言葉を忘れるな。なんならここで復唱しよう。ビューティフルパーティカル――――』

「開いたんで先行きますよ。ついて来てください」

『ああ、こらメラニー嬢! 仮にも上司に向かってその態度は美しくないんじゃないかと私は思うのだが!』


 抗議をかましてくる上司(金髪)の叫びを無視して、メラニーはスバル達を引き連れて玄関へと進んでいった。

 エレベーターを使って最上階まで登り、そのまま突き当りの一室まで進んだところで彼女は立ち止まる。


「ここが『プチ連合軍』の集会所です」

「プチ?」

「プチです。今あれの相手をできるのは、貴方がたと私とあのナルシストさんしかいません」


 視線も合わせないでそう言い放つと、彼女は袖の中から灰色の折り紙を取り出す。

 そのままドアに貼り付けると、がちゃり、という音を響かせて扉が開いた。


「車椅子は気を付けてください。ちょっと段差がありますので」

「あ、ありがとうございます」


 毒舌少女に気遣われたマリリスが遠慮がちにお辞儀をする。

 それを見届けた後、スバルは無言でマンションの一室へと入室した。日本の玄関とは違って靴を脱ぐ習慣がないのにちょっと戸惑いつつも、少年は居間へと向かう。


「やあ、スバル君。そしてマリリス君。また会ったね」


 いた。ソファーに座ってこちらを見つめるパツキンナルシスト薔薇野郎が、鋭い視線と共に彼らを迎え入れた。

 だがスバルは勿論のこと、マリリスとしても今更彼に出迎えられたところで嬉しくもなんともない。寧ろ心中は非常に複雑だった。


「……よく無事で済んだよな」

「とっさに防御反応をとったのだよ。メラニー嬢もそうやってあの場を生き延びた」

「いらん情報のやり取りは省いてもらえませんか?」


 メラニーが半目になってアーガスを睨むが、彼は全くひるむことなく反論した。


「いらん、ということはない。少なくともあの怪音波を防ぐ手段なのだからね」

「こいつには必要ないです」

「確かにその通り。だが、あの生物が今度は旧人類を破壊する音波を放ってくるとも限らない。知っておいて損はないという物だ」

「俺が言いたいのは、そういうことじゃねぇよ!」


 少年が叫んだ。

 横でアーガスとやり取りをしていたメラニーもびくり、と身体を振るわせて若干飛び退く。


「……よくもまあ、俺達の前にまた顔を出せたもんだよな」

「……許してくれとは言わない。君やマリリス君が私を恨むのは当然だし、もし私が君の立場なら、殴っていた事だろう」


 だが、


「今、この国には君の力が必要なのだ。そして私の力も」

「そうやってアンタの親父は俺達を騙したぞ。そしてアンタ等の目論見通り、虫は外に出た」

「だが、その力は我々の予想をはるかに上回る物だった」


 アーガスの表情に陰りが見え始める。

 視線を落とし、どこか懺悔するような彼の態度が、余計に少年の苛立ちを加速させた。


「勝手な事言うなよ! その為にアンタの弟は死んだ! 彼女だって!」

「やめてください!」


 このまま喋り続ければ本当にアーガスを殴りつけていたであろうスバルに静止の声が投げられる。

 彼に押された車椅子に座る、マリリスだった。

 彼女はゆっくりと布を脱ぎ、変わり果てた顔面を露わにして英雄を見据える。


「私たちは、本来なら忌み嫌いあって当然の関係かもしれません。ですが、今私達が争ったところで根本的な解決にはならない筈です」

「それは……そうだけど!」


 彼女の言う事は一理ある。

 だがその言葉がいかに正しくとも、アーガスの姿を視界に入れて溢れ出るどす黒い感情を抑えられない。


「お熱なところ、申し訳ありませんが」


 軽い咳払いをしてからメラニーが彼らの間に移動する。

 3人を視界の両端におさめつつも、彼女は言う。


「私達には時間がある訳ではありません。そして互いの共通の敵はただひとつ」

「その通り」


 アーガスが頷き、立ち上がる。


「非常に勝手で醜い申し出なのは理解している。だがあの虫を放っておけば、我がトラセットだけではない。人類が滅びるかもしれないのだ」

「その為に駆除をしようっていうのか……!? あんだけ国民を犠牲にしておいて」

「蔑むといい。私は醜く、弱い人間だ。だが今だけは、戦う相手を見定めているつもりだよ」


 数歩前に出て、彼は正座をする。

 

「彼に殴られ、私は考えた」


 カイトは言った。痛みは自分だけにしかわからない、と。

 今、彼は身体中が悲鳴をあげていた。勿論、カイトに殴られた痛みが抜けきっていないのもある。

 だがそれだけではないのを、英雄は理解していた。


「私は弱いままだ。その弱さが、家族と国民を殺した」


 もっとしっかり言っておけば。

 あんな化物に頼ることなどないと強く言っていれば、こんなことにならなかったかもしれない。

 だがいくら後悔したところで、彼らは帰ってこない。

 その事実がアーガスの心に消えない傷跡を残した。傷跡がじんわりと染み込んでいくようにして、彼の全身に広がっていく。


「今度こそ国の為に戦いたいのだ」


 深々と英雄が土下座をした。

 日本に伝わる頼み込みと誠意の示し方だった。


「全部終わったら私を殺してくれても構わない。頼むスバル君。どうかこの国の為に、私に力を貸してほしい」


 もう同じ痛みなど、味わいたくはない。

 一晩考え、その結果がこれだ。この少年と少女にとって、それがどれだけ身勝手な願いなのかは十分承知している。

 しかし、だからといって放っておくことなどできない。彼らが受けた傷は、自分の罪だ。

 罪と向き合わなければ、もう二度と国の為に戦うことなどできない。ただ弱いままの自分が居るだけである。

 この時、アーガスはそう考えていた。


 やや間を置いた後、スバルは返答する。

 

「……ごめん」

「そう、か」


 覚悟していた解答だった。

 だが実際に耳に入れると、思っていたよりも傷口が広がる物だ。

 もっと罵倒されても文句は言えなかったのだが、それがないだけまだ救われているのかもしれない。


「外の空気を吸って、少し考えさせてほしい。いいかな?」

「私に君を止める権利はない。行くといい」


 アーガスの許しを得たスバルは、マリリスに視線を向けて呟く。


「マリリスはどうする?」

「ご同行させてください。私も少し考えを整理したいので……」

「わかった。行こうか」


 車椅子を押し、玄関へと向かう。

 そんな彼らに対し、メラニーは静かに言葉を投げつけた。


「アイツは、今度この街に来る可能性が高いです」


 当然と言えば当然だ。

 トラセインから一番近い人里がこのトラメットである。新生物が人間を餌にする以上、空腹を満たすために狩りを行うのは自然な流れといえた。


「何時来るのかは私にもわかりません。もしかすると、貴方の故郷や私の故郷に現れるかもしれません」


 お忘れなきよう。

 その言葉を耳に入れた後、スバルは無言で部屋から退出した。

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