第78話 vs姉妹と恩人と
トラメットは住宅都市でもあるが、同時に鋼壁都市とも呼ばれている。
住宅街を丸ごと覆うようにして聳え立つ鋼の壁が街を守り、敵の侵攻を防ぐ役割を果たしているのだ。これはトラセットが独立するよりも以前、大樹目当ての進軍を恐れた国が施した処置でもあった。
もっとも、バトルロイドやブレイカー、果てには戦闘機といった飛行する破壊兵器の前では軽く飛び越えられてしまい、無力である。近年では精々爆風から守れればいいと言う風潮もある始末だ。
それに今回に関して言えば、街を守る為の壁が仇となってしまう。
もしも新生物がここに飛来してきた場合、人間は壁を超えて非難しなければならない。モタついていれば、それだけで捕食されてしまうのだ。
そういう観点から考えても、唯一ブレイカーを動かせるスバルの存在はこの街を守る為には大きなキーパーソンであると言える。
いかにアーガスやメラニーが力を持っているとはいえ、彼らでは街で戦闘を繰り広げた時点で壊滅の未来しか見えない。あの巨体と渡り合って、外におびき寄せる体のいい巨体が必要だった。
スバルもその辺は理解している。あの巨人がまた姿を変えて人類クラスにまでサイズを小さくしてくれるのであれば話は別だが、ただ捕食を目的とするだけなら巨人のままでも行える事は実証済みだった。
わざわざ姿を合わせてやる必要は、今の彼にはない。
「――――そんなわけで、今は俺以外みんな寝込んじゃってる。ごめん」
そんな中でスバルは獄翼のコックピットまで戻り、通信を行っていた。
相手は勿論、スバルたちと繋がりを持っている人物――――カノン・シルヴェリアだ。
『り、りりりりリーダーたちが植物人間になっちゃったんですか!?』
「落ち着け! 取りあえず深呼吸!」
ただ、スバルは彼女に現状を教えたことを激しく後悔していた。
まさか尊敬するリーダーがやられたことでここまで取り乱すとは。『はわわ』と言いつつまた頭を打って気絶するか分からないのが怖い。
しかし気絶する前に、彼女には確認をとっておきたいことがあった。それを聞かずして倒れられると、色々と拙い。
「それで、新人類王国の動きに何か変わったことはあるのか?」
『ひっひっふー……』
「それ赤ちゃん産むときの奴だからな」
『大丈夫です。落ち着きました。それで、王国の方の動きですが……』
本当に落ち着いたのかな、と首を傾げるスバルだったが、その後カノンから得た情報は意外とまともな物だった。
『えーっとですね。まず、各国に散り散りになった代表的な兵が続々と帰還して来ています』
「代表的な兵?」
『分かりやすく言うと、大使館を預かっているレベルですね』
確かにわかりやすい。つい先ほど会話していたアーガスがいい例だ。
『そして、予定されていた出撃の大半が様子見に変更されています。ほぼ戦力を揃えたうえで待機していると見ていいでしょう』
「お偉いさんから説明はないの?」
『ええ、何も。XXXもそんな虫の存在なんて何ひとつ聞いていません。多分、王子が独自に出撃させた兵が何人かいる程度だと思いますが、師匠のお話を伺う限り、メラニーとかいう子以外は全滅したと思われます』
この時、スバルは失礼ながらもカノンが冷静に状況を分析し始めていることに感心していた。
さっきまで『りりりりリーダーがあああ!』などど言って慌てふためいていたのが嘘のようである。
「でも、あんなドでかい生物が出てきて何の説明もなしってのはどうなんだ? というか、納得できるわけ?」
『さあ。王の考えは私達には理解できませんから』
割と本音を含んでいる。カノンが今まで出会ってきた人間の中でも、リバーラ王は群を抜いて何を考えているのか分からない。
恐らく家族も含めてそうだろう。王子のディアマットが彼を忌み嫌うのもその辺が理由だ。
『いずれにせよ、仮にその巨人が王国に襲いかかってきたら殆どの新人類が死滅するでしょう。私達もきっと例外ではありません』
彼女はあくまで冷静だった。
元上司たちが倒されて取り乱してはいたが、自分が倒されることに対しては妙にクールだ。
「防ぐ手立てはないのか?」
『あるとすれば、自分で防御の手段を持ってることです。ですがそれが出来る新人類は基本的に王の護衛に回る筈なので、私たちは黙って倒れるしかないわけです』
ただ、唯一防ぐ手段があるとすれば、
『もしくは、やって来たところを倒します』
「……それしかないよな」
結局はその二択なのだ。怪音波を受けて倒されるか、音波を出す暇なく倒してしまうか。
しかし相手は恐ろしい速度で学習し、細胞を進化させている。
カノンから譲ってもらったアルマガニウムの刀ですら、あの巨人には既に通用しない。頼みの綱である新人類トリオは全員ベットでダウン。ここで頼らなければならないのが、シンジュクで因縁のあるアーガスとメラニーの選択肢しかないのだから困った。
「なあ。もし刀が通用しない奴を相手にする場合、カノンならどうする?」
『金タマ蹴り上げて、そのまま電流を流します』
「刺激的だね」
少し前に斬り合ったダークストーカーが獄翼の股を蹴り上げ、そのまま電流を流す光景を思い浮かべる。
想像しただけで少年の股間が萎縮していった。表情も徐々に青ざめていく。
しかし、大体スバルが予想した通りの答えである。
「他の武装より、そっちを選ぶ?」
『状況にもよりますけど、刀は今の師匠の機体や私の機体の最強武装です。これが通用しないのであれば、違う方向から攻めるしかありません』
そりゃあそうだ。
切れ味においては劣化でしかないダガーや、エネルギー機関銃であれを倒せるとはとても思えない。
必要なのだ。刀と同等か、それ以上の攻撃方法が。
獄翼の場合、その役目を果たす為にSYSTEM Xがある。だがスバル一人では同調機能を起動させても意味がない。
誰か他の新人類の協力を得る必要があった。
「わかった。ごめんな、変な事聞いて」
『いえ』
「そっちも時間かける訳にはいかねぇだろ。また連絡するな。妹さんにも宜しく」
『了解しました。お気をつけて』
通信を終えると、スバルは溜息をついた。
弟子の話を聞いて、改めて思う。やはりあの二人の新人類の協力がないと勝つ事はできない、と。
弟子の手前、例え話と切り出したが刀が通用しないのは事実だ。いかにダメージを与える事が出来ても、最終的に倒す事が出来なければ意味がない。
だがその為にあの二人と――――故郷に襲来した新人類軍と手を組むのは、どうしても躊躇われた。
「どうしました?」
そんな少年の苦悩を察したのか、マリリスが声をかける。
獄翼のコックピットで布をとり、七色に輝いた不気味な瞳がスバルを映し出す。
「現実を思い知らされたって感じだな。改めて」
相談と確認の意を込めておこなった連絡も、やってみれば肩が重くなっただけだ。気乗りがしないと言えば聞こえは悪いが、父親を殺した男の仲間と手を組まなければならない状況が少年の溜息をどんどん深い物にさせていく。
「俺、受け入れられるのかな」
無意識のうちにぼやいていた。
自分が熱くなりやすい性格なのは痛いほど理解している。そんな自分が、彼らとうまく連携をとって戦えるだろうか。
頭では理解している。今は彼らの力が必要不可欠だ。メラニーに関しては、恐らく恥を忍んで頼んできたのだろう。
「……私が口を出すべきではありませんけど、難しいと思います」
マリリスも同意だった。
一度手痛く裏切られた身としては、英雄の土下座も半信半疑になってしまう。例え彼らの気持ちが本物だったとしても、だ。
仮に百歩譲って共同戦線を張るとしよう。だが少なくとも、背後に乗せて戦うことを許せなかった。
「言ってる場合じゃない事はわかってるんだけどさ。面倒くさいよな、俺」
ぼやいたところで無い物はねだっていられない。
だがそんな現状とは裏腹に、彼らの受けた痛みはただ無言で訴え続けるだけだった。
カノン・シルヴェリアは考える。
先程師匠と連絡を取り合った際に出てきた例え話。そして先輩戦士であるカイト達が倒された現状から考えて、恐らく獄翼の武装は通用しなかったのだろう。
頼りのSYSTEM Xは使用できず。後ろに乗れるのもスバルと敵対してた新人類のみ。状況が状況とは言え、もしも今回の一件に決着がついたらどうなるか分からない。
ゆえに、カノンは退院したばかりの妹に提案した。
『アウラ。有休をとろう』
「へ?」
怪訝な表情で妹が顔を向ける。
いよいよもって姉の人口声帯が狂い始めたか、とでも言わんばかりの目だった。
「いきなりどうしたんですか、姉さん。確かに私たちは有休が溜まっていますけど、別に今消費しなくても」
今更補足するまでもないが、彼女たちは未成年である。
だがしかし、最前線で戦ってきた立派な戦士でもあった。給料もそこいらの会社員より格段に上である。新人類王国は強い者に寛大な国だ。強者が望めば、休暇は貰える。
実際、彼女たちがオフ会と称してブレイカーズ・オンラインのネット仲間たちと遊びに行けるのもこの有休あってのことだった。
それゆえにアウラは、大規模なオフ会に備えて無駄な申請はすべきではないと考えている。
『リーダーたちがやられて、師匠がピンチになってるのに?』
「いきましょう姉さん」
即答だった。
詳しい話を問う事も無く、現状を軽く説明しただけでこのやる気。
よくできた妹であるとカノンは思う。
「敵の詳細は?」
『巨人』
「なら、ダークストーカーの使用許可を貰わないといけませんね。アトラスに申請を出しましょう」
あっさりと紡ぎだされた非現実的な敵の詳細を前にして、アウラは冷静にスマートフォンを取り出し、リーダー代理を呼び出した。
敵の正体に関しては特に疑問に思わなかった。彼女たちにとって大事なのは、リーダーたちがやられ、大恩あるスバル少年が危機であるということだけなのだ。
その為ならば例え火の中水の中。どこであろうとも全力で駆けつける所存である。
3コールもしない内に、今のリーダーが呼び出しに応じた。
『アトラスです。何か御用ですか?』
「アトラス。緊急事態よ。私たちの有休とダークストーカー出撃の許可をよこしなさい」
『有休はまだいいとして、ダークストーカーまで持ち出せませんよ。ゲームならちゃんと画面の中の方を使ってあげてくださいね』
ダークストーカー・マスカレイド。
カノンがプレイする対戦ゲーム、『ブレイカーズ・オンライン』で使用されている機体を再現させたブレイカーだ。
功績を残したシルヴェリア姉妹のリクエストによって開発された機体ではあるが、オーダーメイドの為、整備にはコストがかかる。アトラスがダークストーカーを出撃させるのに躊躇うのはその辺が理由だ。
何か故障が生じた場合、その分チーム全体に配分されるお給料にも響いてくる。現に獄翼につけられた損傷を修復させる為に、かなりの資金が投じられている。
その為、アトラスとしてはダークストーカーを出撃させる場合、それ相応の戦場でない限り許可を出さないつもりなのだが、
「リーダーがやられたの。敵は巨大生物よ」
『許可を出しましょう』
即答だった。
本当にこれでいいのか第二期XXX。
この場にスバルがいようものなら、そう思っていたであろう展開だった。
『いいですか。偉大なるリーダーを酷い目に合せた奴です。殺してしまいなさい!』
「分かってるわ。タマキン蹴り上げてそのまま雷落としてあげる」
可愛らしい声して言う事がえげつないリーダー代理の声に、迷うことなくアウラは了承の意を伝える。
それに満足したのか、若干声を荒げかけたリーダー代理が落ち着きを取り戻し始めた。
『ならいいでしょう。残念ですが、私は王の命令で暫く動けません。アキナもまだ戦場から戻ってきてない以上、二人が頼りです』
「任せておいて。期待に応えてあげるわ。後処理の方は宜しくね」
言い終えると同時、アウラは素早く受話器マークをタッチ。
上司の許可を貰うと、不敵に笑う。思い返してみれば、あの男とこんなにスムーズな会話が行われたことは初めてかもしれない。
「姉さん。OK!」
『アトラスはこういう時、話が分かるからいいよね』
「全くです。ところで、場所は?」
『正確な場所まではわからないね。だけど、王子の命令を受けた新人類兵がいるみたい。彼らの移動手段は最近だとミスターだけだと思う。私達もそうだったし』
「じゃあ、とっ捕まえて電気流してビビらせれば一発だね」
それから約1時間後。
喋る黒猫による悲痛な叫び声が王国内に木霊したのはまた別の話である。
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