第77話 vs巨人

 巨人が飛翔する。

 虫をイメージさせる透明の羽を動かし、獄翼へと向かって羽ばたいてくる。

 その両手から生えるのは膨大な熱を発する小さな刃だ。


「接近戦で来るぞ!」

「くそっ! 人様の装備奪いやがって!」


 毒づきながらも獄翼は刀を構え直す。

 巨人が両手の刃を振るうと同時、漆黒の巨人は刀を振るってその一撃を弾いた。トラセットの上空に金属がぶつかり合う音が響き渡る。


「俺のだぞ、それ!」


 弾き、空中でバランスを崩した巨人に向かって、叫ぶ。


「返せ!」


 先に体勢を立て直した獄翼が構え直し、巨人に向かって突進。

 刀の切っ先を向け、巨人の胸を狙う。一方の巨人はその間も動く気配がない。

 獄翼との距離が0に詰まる。

 命中。刀が巨人の右胸を刺し貫き、数度目の鮮血を街に降らせた。


「うおおっ!」


 柄を握り直す。力の向きを変えた刃は巨人を突き刺したまま、上へと切り上げた。胸から肩にかけて巨人の身体が切り裂かれ、宙へと放り捨てられる。


「はぁ……はぁ……どうだ。化物!」


 スバルが勝ち誇った笑みを浮かべ、斬り捨てられた巨人を見やる。

 が、その時だ。巨人がくるん、と宙で回転し、再び獄翼に顔を向けてきた。


「なっ!?」


 突き刺さった形跡がある。

 今も巨人の右肩はばっくりと裂けている状態だ。おびただしい量の血を見ても、ダメージがないとは思えない。

 では、なぜあれはこうも平然と体勢を立て直してこれるのだ。


「痛覚がないのか?」


 スバルの後方でカイトが観察する。

 彼の脳裏に浮かんだのは嘗てシンジュクで戦った白の鎧、ゲイザーだった。だがその考えはすぐに訂正することになる。


「――――!」


 巨人が吼えたのだ。

 まるで痛みを訴えるかのように、獣のような悲鳴を響かせる。

 そうしている間に、巨人の肩の傷がみるみるうちに塞がっていった。幼虫が巨人へと変態を遂げた時と同じ様に、傷口に肉が移動することによって、だ。


「……あるみたいだな」


 その様子を見たカイトが、ぼそりと呟く。

 だが実際に戦っているスバルは苛立ちが募るだけだ。


「刀が通用しないなら、どうやって戦えばいいんだよ!」


 獄翼が装備している武装の中で、もっとも強力な武装が刀である。

 その切れ味は、かつてアキハバラにおいて新人類王国の中でも随一のワンマンプレイヤーと呼ばれたサイキネルとも渡りあった程だ。

 その刀で致命傷を与えられないとなると、自動的にお手上げになってしまう。


「だがノーダメージではない」

「え?」


 後ろで紡がれた同居人の言葉に、スバルは思わず振り返りかける。

 そんな彼の顔を正面に向け直したのはマリリスの一声だった。


「ま、前! 来ます!」

「ぐっ!」


 視線を正面に戻すと、巨人が再び突撃を開始していた。

 傷口は既に塞がっており、僅かな痕跡が残っている程度である。ならば再びその傷口を広げてやろうとスバルは刀を向ける。


「いいか、奴は恐らく学習中だ」

「学習!? なにを学ぶって!?」


 巨人の両手から生えるヒートナイフが獄翼に目掛けて突き出される。

 両手を正面に向けて突撃するその姿は、先程幼虫に仕掛けた獄翼をそのまま再現したかのような光景だ。


「戦い方だ」

「え!?」


 巨人の突撃を回避し、スバルはカイトの言葉を聞く。

 その間、少年は刀を振るう気になれなかった。彼の内で暴れ出した黒い感情が、この時だけ影を潜める。


「わかるか。奴はお前から戦い方を学ぼうとしている」

「そんな……だって、相手は虫ですよ!?」

「そうだ。新しい虫だ。人間と話して、コミュニケーションをとる上に摂取エネルギーも馬鹿にならない」


 その分ポテンシャルは高い。だからこそゴルドーはこの虫を『救世主』として息子の代わりに崇めるようになった。

 だが、長い間大樹とトラセット国内に閉じ込められた彼は無知以外の何物でもない。


「アスプルからは人格を学ぼうとした。そしてお前からは、戦い方を学ぼうとしている」

「なんのために?」

「もちろん。敵を排除する為に」


 スバルの瞳孔が大きく映し出される。

 

「つまり、それはなにか?」


 あの化物は獄翼を倒す為に、獄翼を真似ていると。

 その為にわざわざ姿をこちらに合わせ、武器も取り込んで利用していると。

 それは少年にとって、こう捉えることが出来た。


「体のいい練習相手ってことか!?」

「学習対象として丁度いいと判断したんだろうな。現に今のはさっきお前がやった動きだ」

「ふざけやがってぇ!」


 少年の内側で潜んでいたどす黒い炎が再び燃え上がる。

 恨みの視線は真っ直ぐ巨人を捉え、憎しみの力は指先を辿って操縦桿を通じ、獄翼へと注がれる。


「馬鹿にするなよ、お前のせいで泣いた奴がいるんだぞ! お前のせいで死んだ奴がいるんだぞ!」


 少年の慟哭がコックピットに響く。

 彼の後ろでその言葉を聞いた少女は、黙って俯いていた。


「俺は怒ってるんだぞ! なにを悠長にやってるんだ!」


 背中から噴き出している青白い翼が、大きく広がった。

 それは獄翼の黒いボディを加速させ、少年のどす黒い感情を巨人へと運んでいく。


「お前にも味あわせてやる!」


 痛みを。

 例え何度回復しようが、関係ない。ダメージが通るならその度に斬り捨てるだけだ。

 何度でも。何度でも。何度でも。

 奴の胴体を切断し、頭を切り落し、四肢を切断して。そうやってあいつにわからせてやる。


「食らえええええええええええええええええ!」


 刀が巨人に向けて振り下ろされる。

 刀身が脳天を叩き割り、腹部にまで到達した。


 だが巨人はそんな状態にも関わらず、両手を獄翼の肩へと伸ばす。


「なっ!?」


 発熱したナイフが両肩に突き刺さる。

 コックピットに大きな振動が襲いかかると同時、耳障りなアラート音が鳴り響く。正面モニターにダメージ警告が表示される。


『関節部損傷! 被害甚大!』

『装備切り替え推奨!』


 でかでかと表示されるポップアップ画面に苛立ちを覚え、スバルは叫ぶ。


「うるせぇ!」


 操縦桿に引っかかった親指を押し込む。

 獄翼の頭部に装備されているエネルギー機関銃が、至近距離で巨人の割れた頭を吹き飛ばした。

 だが、それでも巨人の動きは止まらない。

 ヒートナイフを突き刺した体勢のまま獄翼を押し倒し、そのまま地上へと落下を図る。


「スバル!」

「わかってる!」


 同居人に急かされながらも背中の調整を急ぎ、体勢を整えようとする。

 しかし巨人はそれを許さない。

 彼は頭部を復元させながらも、右のナイフを引き抜いて更に奥へ突き刺した。飛行ユニットへの直撃である。


『外部ユニット損傷!』

『飛行不可! 機体の安全を保つことを優先されたし!』

「今やってんだよ、おんぼろ!」


 スバルが画面に向かって叫んだと同時、獄翼と巨人は街中に激突した。

 








 アーガスが頭を抑えながら中枢へと向かう。

 大樹を振動が襲った際、彼は大きく頭を打って意識を取り戻していた。

 気絶した後、大樹になにがあったのか。


 巨大生物は。

 XXXとあの少年は。

 家族は。


 数々の疑問を抱えつつも、アーガスは歩を進める。


「父上……」


 中枢だった場所に到達すると、そこには悲惨な光景があった。

 壁が割れ、外が思いっきり見える。まるでビルの外装が破壊されたかのような光景だった。

 そんな中枢のど真ん中で、父ゴルドーが佇んでいる。


「見ろ、アーガス。あれが我々の望んだ救世主だ」


 ゴルドーが外へ指を向ける。

 その方向に視線を誘導していくと、そこにはアーガスの想像以上の光景が待ち受けていた。


 巨人だ。

 全長大凡20メートル程であろう、赤い巨人。

 全身が引き締まった筋肉を連想させるがっちりとしたボディが、あれを生物だと認識させる。

 少なくとも、ブレイカーではない。

 もし機械の巨人であるならば、腹に刀が突き刺さった状態で平然と立っていられるわけがない。


「あれが、彼なのですか?」


 反射的に英雄は口にしていた。

 あまりに違い過ぎる。この大樹に閉じ込められていた時は、芋虫のような頭部をしていた筈だ。それどころか、あの頃よりもスリムに見える。

 面影がないどころの話ではなかった。


「そうだ。使用人とアスプルを取り込み、彼は外へと出た」


 父の答えを聞いて、英雄は僅かに唇を噛み締める。

 ほんの数刻前に言葉を交わした弟と、使用人たちの姿が彼の脳裏にフラッシュバックして消えていった。


「だが、まだだ」


 だがそれでも足りない。

 彼はまだ極上の餌として用意していたマリリスを食らっていない。今の形態はまだ不十分なままなのだ。

 それをXXXの青年が無理やり外に連れ出したに過ぎない。


「さあ、救世主よ!」


 ゴルドーが両手を挙げ、新生物の注意を誘導する。

 復元した巨人の顔面に浮かび上がっている青い結晶体が、僅かにこちらへと向けられた。


「その鋼の扉をこじ開け、中にある最後の餌を食らうのだ! その時こそ、お前はこの世界の誰よりも強くなる!」


 アーガスが巨人の足下へと視線を落とす。

 かつて自分の大使館で預かっていた黒の巨人が、大の字になって倒れていた。

 しかも見たところ、肩と背中からは火花が散っている。

 あれでは立ち上がったとしても、勝負にすらならないだろう。


「まさか、彼らを倒したというのですか。未完成の状態で!」

「そうだ」


 アーガスが信じられない、とでも言いたげな表情でゴルドーを見やる。

 

「あの方は不死身だ。何度斬り捨てられても復活し、徐々に学んで強くなる。見ろ、もはや刃を受けても平然とした顔をしていらっしゃる」


 顔をしている、と言われてもアーガスの目には只の結晶体が光っているようにしか見えない。

 反逆者を倒したことで、本格的に神様として崇める気なのだろうか。

 そうだとしたら、まだ気が早い。


「……父上、残念ですがまだです」


 あれには恐らく、スバル少年が乗っているのだろう。

 ならば彼の隣に陣取るあのXXXの男も、必ずそこにいる筈だ。

 

「不死身の戦士は、もうひとりいます」

「なに!?」


 ゴルドーが驚愕の眼差しを息子へと向ける。

 詰め寄り、彼は責めるようにして問いかけた。


「誰だ!? 誰なんだその新人類は!」


 まだひとりいる、としか言っていないのに既に新人類と断定しているのはもはや病気ではないだろうか、とアーガスは思う。

 実際、当人は新人類なのであえてなにもツッコまないでおくが、それにしたって食らいつきすぎだろう。とはいえ、このままにしておくと首を絞められかねない。


「あそこにいますよ」


 なので、教えてあげることにした。

 アーガスは外へと首を傾げ、その存在がいるであろう場所を示す。


「なんだと」


 怪訝な表情でゴルドーが外を見る。

 丁度その時だった。獄翼の関節部が青白く光り出したのは。


「むお!?」


 一瞬、光がトラセインの街を包み込む。

 目を刺激され、軽い眩暈を覚えたゴルドーが数歩後ずさった。


「な、なんだあれは!?」

「あれが新人類最強の戦士です。少なくとも、私が知る中では」


 アーガスは見る。

 ゆっくりと立ち上がり、両手から爪を伸ばす漆黒の巨人を。

 背中の飛行ユニットは切り離し、負傷した両肩も徐々に復元している。あれこそまさに不死身の証明だ。

 彼を倒さずして、最強で不死身の生命体などといった称号は得られない。


「さて、山田君。君ならどう戦う?」


 口元に笑みを浮かべつつ、アーガスは獄翼を見やる。

 内心、僅かに期待を寄せながら。


『山田君じゃない』


 すると、黒い巨人がこちらに指を向けて話しかけてきた。

 なんたる地獄耳。まさか今のが聞こえていたというのか。


「き、君。美しい聴覚をしているのだね?」

『よく聞こえるんだ。コレをやると』


 まあ、それはいい。

 カイトはそう呟いてから、巨人へと向き直る。


『よくもやってくれたな。今度は俺が相手だ』

「――――」


 巨人が両手のヒートナイフを構え、再び発熱させた。

 どうやらまだ戦う気があることは理解できているらしい。しかも、次は『中身』が違う。


『勉強できるとでも思ってるか?』


 獄翼が問う。その質問に対し、巨人は答えない。

 

『暇なんか与えてやらないよ』


 直後、トラセインの街に突風が巻き起こる。

 黒い巨人は一瞬でその姿を消し、超スピードの弾丸となって巨人に襲い掛かった。猛烈な風を全身に受け、巨人が空への離脱を試みる。

 だが羽ばたき始めたのと同時、巨人の足が獄翼に捕まれた。そのまま思いっきり大地へと叩きつける。


 激突。


 激しい破砕音が響き渡ると同時、獄翼は巨人のマウントポジションを取る。その後行われたのは、両手から伸びる爪によって行われる解剖ショーだ。

 腹部に突き刺さったままの刀を引き抜いた後、獄翼は両手の爪で巨人の身体を削り取っていく。


「い、いかん!」


 巨人の肉片が飛び散る中、ゴルドーが叫ぶ。


「このままではあの方が……!」


 どこか懇願するような彼の声に応えるかのようにして、巨人の顔面が輝きだした。顔面の結晶体から光が溢れ出し、獄翼を覆い始める。

 が、獄翼はそれを察知した瞬間にすぐさま離脱。空を切った光は雲の中へと消えていき、ややあってから爆炎と共に轟音を響かせた。


『それだけか!?』


 離脱した後、器用に足を捻らせる。

 折り返し地点を曲がったかのような直線移動だった。しかもその動作が、スピーディすぎる。

 巨人がまるで追いついていない。しかも厄介なことに、今度の武器は刀に比べて射程範囲が短い。

 短い刀身を身体に取り込む前に引き抜かれてしまい、また新たな刃を突き立てることで巨人の取り込み動作をシャットダウンしているのだ。


 巨人は困惑していた。

 というのも、明らかに翻弄されている。スバルの時は刀の無力化につとめて、それが成功したことで撃退することが出来た。

 だがカイトは違う。こいつを同じ方法で無力化することができない。

 今の彼は、カイトにされるがままに踊り続けていた。先程のようになんとか隙を作って立ち上がっても、すぐさま蹴りを入れることで再び連続攻撃に移行してしまう。

 

 巨人には彼を止める手立てがなかった。

 こうしている間にも、どんどん身体が削ぎ落とされていく。


『残り時間は?』

『まだ3分以上ある!』


 カイトの問いかけに対し、中でカウントダウンと睨めっこしているスバルが答える。

 バトンタッチした後の彼は、案外素直に引き下がっていた。

 自分でも熱くなりすぎた自覚があったためか、今はカウントダウンの注視に専念している。


 だが、今この場だけで限っていえば。

 そのやり取りが致命的なミスにつながってしまった。


 巨人の耳には今、無数の音が聞こえている。

 中でもっとも大ボリュームを占めていたのは逃げ惑う人々の悲鳴だったのだが、それに混じって僅かながらにノイズが響いている。

 彼は知っていた。新人類と呼ばれる種族は、旧人類と呼ばれる人種とは違って特殊な電波を発していることに。

 このノイズは、それだ。

 先程のやり取りを聞くことでノイズを察知した巨人は、目の前で戦っている『中身』が新人類であることを確信した。


 それならば、手段はある。


 巨人は顔面に光る結晶体を照らしつつ、僅かに前かがみになった。

 それを好機と捉えたのか、獄翼が疾走を開始する。顔面に向けて両手の爪が向けられた。

 だが、それも正面まで迫って来ただけの話だ。

 巨人は怯えることもなく、攻撃を実行する。その攻撃手段は、音波だ。


『なんだ?』


 きぃん、という鳥肌が立ちそうな音が響く。

 それは獄翼のコックピットを貫通し、トラセインの街全体へと響き渡った。

 

『ぐ……』

 

 だが、それだけの異変にも関わらず、獄翼は地面に膝をついてしまった。

 ヘルメットから響く同居人の苦悶の声を聞いたスバルが、安否を確かめようと声をかける。


『カイトさん、どうしたんだ!?』

『あ――――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?』


 返答は、彼による断末魔の叫び声だった。

 カイトと一体化した獄翼は、苦しみを再現するかのようにして頭を抱え、その場で悶えはじめる。


『カイトさん!』

『どうしたんですか一体!』


 マリリスが問うも、スバルにだって理解できない。

 黒板を引っ掻いたような音が聞こえたと思ったら、いきなり同居人が苦しみだした。これだけだ。

 これだけなのだが、苦しみ方が尋常ではない。

 見れば、マリリスの横でヘルメットを被ったカイトの身体が跳ね上がっている。血管が浮かび上がり、震えながらぱくぱくと口を開け閉めしているその姿は、過去に例を見ない状況だった。


『ま、まさか……』


 悪い予感がした。

 その答えを確認するべく、スバルはSYSTEM Xをカット。ヘルメットを放り捨て、カメラの視界を街全体へと走らせる。

 数秒もしない内に、目的の人物たちを見つけた。

 御柳エイジと六道シデンだ。

 だがこのふたりもカイト同様、頭を抱えて苦しんでいる。彼らの目の前にいる女性も同様だった。


『やっぱり! 新人類全体に攻撃を仕掛けてやがる』


 その答えが出たのと同時、カイトの意識が自身の身体へと戻ってくる。

 マリリスの横で身体の姿勢を整えていた彼の身体は、意識を取り戻した瞬間に崩れ落ちた。


『お、おい!?』

『しっかりしてください!』


 たちまちパニックとなる獄翼。

 だがそんな中で、音波の影響を受けていない新人類がひとりいた。アーガス・ダートシルヴィーその人である。

 彼は音波が響くと同時に、全身に巻き付いている根を絡ませることによって自身を覆い隠したのだ。反射的に行っていた防御だったが、今はそれが功を成して音波の影響を受けずにすんでいる。


「なんということだ」


 根の中でアーガスが汗を流す。

 これは生物兵器を作り出すとか、戦い方を学ぶという話ではない。

 彼は既に新人類用の生物兵器として完成していたのだ。もしも彼が新人類王国へと乗り込み、この音を発すればそれだけで大半の新人類が死滅してしまうことだろう。


「まさか、ここまでとは」

「んマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアベラス!」


 下手をすれば自身すら殺されかねない状況に怯えるアーガスを尻目に、ゴルドーは笑っていた。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ! この力さえあれば新人類王国は全滅だ。あなたは熟成した餌など使わなくても、既にこの星の頂点であらせられる!」


 ゴルドーが言い終えたのと同時。

 音波は止んだ。獄翼の瞳から光は消え去り、街中で戦いを繰り広げていた王国の女傑も倒れたまま動かない。彼女と戦っていた反逆者も同様だ。


「無事なのは我が息子のみ。これならば!」


 勝てる。あの新人類王国に。

 その確信を得たゴルドーは、根を解除したアーガスの横で高らかに宣言した。


「ふははははは! 新人類王国最後の日だ!」


 勝ち誇った言葉だった。

 だがその言葉を紡ぎ終えたのと同時に、ゴルドーの身体が宙を浮いた。


「ほあ?」


 空に向かって宣言した為に気付けなかった。

 巨人の頭部にある結晶体。そこが割れて、無数の根っこが飛び出していたのだ。根はゴルドーを捕え、少しずつ巨人の口へと運んでいく。


「な、なにをするのだ! 君はエネルギー効率の悪い我々を食うことは――――」


 最後まで言い終えることは無かった。

 悲鳴をあげつつも、ゴルドーは穴の中へと放りこまれたのだ。飛び出していた根っこが穴の中に回収され、結晶体が元の位置にスライドする。


「ち、父上!」


 あっという間の出来事だった。

 アーガスの目の前で、父親が食われた。その行動に様々な疑問が浮かび上がるが、それでも彼としては反射的に構えを取らざるを得ない。


「……私も、美しく捕食するつもりかな?」


 アーガスが聞いた話だと、あくまで彼が効率よくエネルギーを得る為には因子を注入された人間である必要がある。

 だが、ゴルドーはただの人間だった。それを容赦なく食らうとは、どういう心境の変化だろう。


「――――」


 巨人が無言のまま、アーガスへと向き直る。

 圧倒的な存在感を誇る巨体に見下ろされ、英雄は一歩後ずさった。


 だが、彼が食われることはなかった。

 しばし無言で見つめ合った後、巨人は羽を広げて飛翔。倒れ込んだ獄翼に興味を示すこともなく、他の街人を食らうこともなく、雲の中へと消えていった。


『カイトさん! エイジさん! シデンさん!』


 トラセインの街に、スバル少年の悲痛な叫び声が響く。

 彼が何度必死になって呼びかけても、友人たちは答えなかった。


「……どうなっているのだ」


 アーガスがぼそり、と呟く。

 新生物は予想以上の力を秘めていた。途中からしか見ていないとはいえ、それだけは認めなければならない。

 だが、明らかに様子がおかしい。

 なぜゴルドーを食らい、やろうと思えばトドメをさせた獄翼を葬らなかったのだ。果てには、自分を食べなかった理由も説明が出来ない。

 そもそも、彼は知能を持った生命体だった筈だ。大樹に収まっていた頃、あんなに喋り続けた彼が、なぜなにも話さずに怪物のような唸りをあげたのだろう。


 アーガスは思う。

 もしかすると、自分たちは起こしてはならない者を起こしてしまったのかもしれない。

 それも本人が自覚してないような、強力過ぎる生物を、だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る